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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


爆炎の鎮魂歌


 眼鏡も、一種の仮面である事に違いはない。
 恐らく川で流されてしまったのだろう。眼鏡を失ったダグラス・タッカーの素顔を見て、フェイトはそんな事を思った。
 この若き英国紳士が、今まで黒縁眼鏡の内側に隠していた眼差し。それが、露わになっている。
(俺も、こんな……泣きそうな子供みたいな目を、してたんだろうな……)
 少し前の、強制的に休暇を与えられるほど思い悩んでいた自分と、今のダグは、恐らく同じような目をしている。フェイトは、そう感じた。
 あの時の自分に、立ち直るきっかけをくれたのは、1人の少女だった。
 アイスブルーの瞳が、今でも記憶の中から、フェイトの心を見つめている。
 彼女が自分にしてくれた事を、自分がダグにしてやる……そこまで自惚れるつもりは、フェイトにはない。
 ただ、言葉をかける事くらいは出来る。
「無様な迷い、ね……別に、いいんじゃないかな」
 馬鹿は無様よりはまし、とダグは言った。本当にそうであるかどうかは、わからない。
 とにかくフェイトは馬鹿を晒し、ダグは無様な迷いを見せた。
「俺が馬鹿で、あんたが無様。お互い1失点ずつってところで、前半終了だ……後半戦。気を取り直して、いこうじゃないか」
「フェイトさん……」
「大事な人を、楽にしてやりたいんだろ? 別に今回の任務と矛盾する事でもなし、俺も手伝うよ……って言うか、ダグが撃てないなら俺が撃つ。たとえ、あんたに恨まれてもな」
 ダグの従兄弟であったという、あの褐色の肌をした死者。
 あれが再び出現し、またしてもダグが迷うようであれば、フェイトが撃つしかない。
「……別に、貴方を恨みはしませんがね」
 ダグは言った。フェイトではなく、傍らに生えた大木に向かって。
「ただ、私はもう迷いません。次は、必ず撃ちますよ……出来なかった人間が、次は出来るなどと言ったところで、信じていただけるとは思いませんが」
「信じるよ。ところでダグ……それ、俺じゃないんだけど」
 眼鏡がないと、どうやら何も見えないようである。
(そんな奴に注射してもらったのか、俺……)
 フェイトは冷や汗を流した。
 近眼の英国紳士に注射してもらった解毒薬は、しかし問題なく効いてはいる。
 手足は、ほぼ問題なく動く。
 とは言え、あの毒ガスは厄介であった。戦闘中に、いちいち注射をしてもらう暇があるとは思えない。


 朝になって判明した事だが、どうやら村のかなり近くまで流されてしまったようであった。
 川に流されたついでに、というわけでもないが一旦、村に戻る事にした。態勢を立て直す必要もある。
 元凶が何者であるのかは、まだわからない。
 その何者かが兵隊として使っている冬虫夏草もどきの死者たちが、予想外に多勢であった。拳銃用の爆薬弾頭だけでは心もとない。
 そう判断したダグが、いつの間に手を回していたのか。
 村に、荷物が届いていた。IO2の支給品ではない、ダグラス・タッカーの私物である。
「死者が相手であるとわかっていれば、最初からこれを用意して来たのですがね」
 言いつつダグが、いくらか重そうにバックパックを背負った。
 火炎放射器である。
 その銃部を、ダグは小銃のように構えた。
「相手は死体と菌類です……まとめて火葬する。それに勝る手段はありません」
「まあ何でもいいけど眼鏡かけろよ。俺まで火葬されちゃたまらない」
「そうでした」
 火炎放射器と一緒に届けられた、と思しき眼鏡をかけながら、ダグは言った。
「黒縁眼鏡は、商会でもいささか評判が悪かったのでね。この機会に、こちらにしてみました」
 フレームのない眼鏡である。
 黒縁眼鏡よりも、知的な感じは遥かに上だ。
「……似合うよ、ダグ。世界をまたにかける悪徳商人って感じがする」
「タッカー商会は、それほど違法な商売はしておりませんよ……私の知る限りでは、ね」
 自分の知らない闇を、商会はいくらでも抱えている。そう言いたげなダグの口調である。
 空気が、震えた。
 轟音のような羽音を響かせ、蜂の群れが空中で渦巻いている。
「ああ……そう言えば、このお姉さんたちが何か見つけたんだっけ? 元凶の、手がかりみたいなものを」
「手がかり……と言うより、元凶そのものを見つけたようですね」
 蜂たちと言葉のない会話をしながら、ダグが片手を顎に当てた。
「……いけませんね、この村に迫って来ているようです」
「元凶が?」
「大勢の死者を、引き連れてね」
 新しい眼鏡の下で、ダグの両眼がぎらりと光る。
 決意の、輝きだった。
「ありがたい事です……どうやら私たちを、早急に排除しなければならないほどの脅威と見なしてくれているようですよ」
「村の外で、迎え撃つしかないな」
 村の中で、火炎放射器など使わせるわけにはいかない。
「フェイトさん、これを」
 ダグが、ずしりと重いものを手渡してきた。
 拳銃用の、マガジンポーチである。中身の入った弾倉がいくつか、ぎっしりと詰め込まれている。
「IO2の規格品と同じものです。貴方の拳銃にも、合うはずですよ」
「……お金持ちの知り合いが出来てラッキー、と思うべきなのかな」
「金持ちは貧乏人を、労働力として利用しています。それと同じように貧乏人の方々も、金持ちを大いに利用するべきなのですよ」
 貧乏人というのは俺の事か、などとフェイトが確認するよりも早く、ダグは言った。
「さあ行きましょうフェイトさん……後半戦です」


 一言で表現するならば、茸の巨人である。
 これまで嫌になるほど目にしてきた、茸を生やした屍ではない。
 茸のみが大量に固まって、直立した象ほどの巨体を形成しているのだ。
 そんな怪物が、ズン……ッと地響きにも似た足音を発し、歩み迫って来る。
 最初は、屍に付着した単なる菌類であったのだろう。
 その屍は、恐らく冬虫夏草の違法採取人であったに違いない。
 山中で人知れず命を落とした彼だか彼女だかの怨念が、死体を養分とする茸を、このような化け物に変えたのだ。
 すでに発生源である死体からは独立し、自力で歩き回る怪物と化した茸の塊。
 それが、大勢の死者に護衛されながら、ゆったりと土漠を歩み進んで来る。
 茸を植え付けられた、歩く屍の軍勢。
 そんなものを、フェイトとダグは2人で迎え撃つ事となった。背後には村がある。ここで食い止めなければならない。
「せっかくの差し入れだ……遠慮なく使わせてもらうよ、英国紳士!」
 茸を生やした死者の軍勢に向かって、フェイトは左右2丁の拳銃をぶっ放した。
 爆発が起こった。
 2つの銃口からフルオートで吐き出された銃弾の嵐が、そのまま爆炎の火柱に変わり、死者たちを打ち砕いていた。大量の死肉が、茸が、一緒くたに灰と化して熱風に舞う。
「爆薬弾頭……」
 フェイトは、呆然と呟いた。
「IO2の規格品と……どこが同じだって?」
「言ったでしょう。お金持ちの知り合いは、利用するものです」
 ダグが笑った。
「おわかりと思いますが私、子供の時から、いじめられっ子でして。いじめられる度に、お金の力で解決していたものです。具体的に言いますと、例えば学校内で一番ケンカが強い人に金品をプレゼント」
「……もういい黙れ」
 金品で買収されたガキ大将、と同じ扱いを受けたまま、フェイトは駆け出した。
 熱風に渦巻く遺灰を蹴散らしながら、間合いを詰めて行く。
 茸の巨人が、拳銃の射程に入った。
 フェイトは引き金を引いた。左右2つの銃口から、爆薬弾の嵐が噴出する。
 無数の茸で組成された、象並みの巨体。そのあちこちで、爆発が起こった。
 象皮の如く隆起した大量の茸が、全体の4分の1程度は砕け散ったようである。
 スリムになった茸の巨人が、よろめきながら、しかし膨張してゆく。灼き砕かれた茸が、再生してゆく。
「何……」
 空になった弾倉2つを、それぞれ左右のグリップから脱落させつつ、フェイトは息を呑んだ。
 茸を生やした死体が、まだ大量に残っている。その何体かが、何やら煙のようなものを噴出させながら倒れていた。
 胞子である。
 死体に生えていた茸が、胞子と化して流れ出し、煙のようになりながら、茸の巨人に注入されてゆく。
 生えていた茸を全て失った死体がいくつか、倒れながら干涸びて砕け、粉末状に崩壊していった。
 一方、茸の巨人は再生を終え、再び象の如く膨れ上がった巨体を震わせた。
 その全身からブシュッ、ぷしゅー……と霧のようなものが噴出し、フェイトに向かって漂った。
 毒ガス。フェイトが昨夜、不覚にも吸引させられてしまったものである。
 その不覚が、繰り返された。
「しまった……」
 口と鼻を押さえても、もう遅い。
 手足から、力が抜けてゆく。毒に萎えた両手から、拳銃がこぼれ落ちそうになる。
 朦朧とする意識の中でフェイトは、空気が振動する音を聞いたような気がした。
 轟音とも言うべき、羽音である。
 次の瞬間。電流にも似た衝撃が、フェイトの全身を走り抜けた。
 昨夜のアドレナリン注射など問題にならないほどの、まさに衝撃と言うべき激痛である。
 無数の蜂が、フェイトの全身をめった刺しにしていた。
「毒をもって毒を制す……私が一番好きな、日本の諺です」
 ダグが言った。
 フェイトは何も応えられない。激痛が、声帯を凍り付かせている。悲鳴すら上げられなかった。
 その激痛が、毒ガスの成分を体内から駆逐してゆく。
 それを感じながらフェイトは、力が戻りつつある両手で拳銃を握り込み、念じた。
 マガジンポーチから弾倉が飛び出し、宙を舞い、左右2つのグリップに吸い込まれてゆく。
 思わずダグに向けてしまいそうになった2丁拳銃を、フェイトは茸の巨人に向かって、思いきりぶっ放した。
 爆発が起こり、茸の巨人が激しく揺らぐ。その全身から、大量の灰がこぼれ落ちる。
 象の如き巨体を構成する茸が、今度は3分の1近く、灼き砕かれていた。
 こんな事をしても、軍勢を成す茸死体たちから胞子が供給され、茸の巨人はいくらでも再生する。
 その再生が起こる前にダグが、火炎放射器の銃部を構えていた。
「何と言いましたか、こういう時、日本では……」
 そんな言葉と共に、炎の筋が土漠を奔る。
 茸を生やした死体たちが、再生のための胞子を噴出する暇もなく炎に包まれ、焦げ崩れていった。
「そうそう。汚物は消毒、でしたか?」
「……どこで、そんな知識を仕入れてくるんだよ」
 フェイトは、ようやく言葉を発する事が出来た。
「まったく、ほんとに……死ぬかと思ったぞっ」
 引き金を引きながら、攻撃の念を拳銃に流し込む。
 スリムになったままの茸の巨人に向かって、左右2丁の拳銃が火を噴いた。
 念動力を内包した爆薬弾の嵐が、再生前の巨体を直撃する。
 火薬と念動力が、融合しながら爆発し、巨大な爆炎の渦と化した。
 茸の巨人は灰に変わり、舞い散った……否。舞い散った灰の中に、灰ではないものがキラキラと混ざっているのを、フェイトは見逃さなかった。
 僅かな、胞子である。
 それが、茸を生やした死体の1つに流れ込む。
 腐り干涸びた皮膚に、ダグと同じ褐色の名残をとどめた死者。
 その身体が、僅かな胞子を吸収した瞬間、痙攣・膨張した。
 新たなる茸の巨人と、化しつつある。
「フェイトさん、私が……」
 ダグが、火炎放射器ではなく拳銃を構えていた。
 ほんの一瞬くらいは、迷ったのかも知れない。迷ったのではなく、心の中で別れを告げたのか。
 とにかく、ダグは引き金を引いた。
 発射、着弾、そして爆発。
 新たなる茸の巨人は、誕生する前に灰と化した。
「ダグ……」
「何も言わないで下さい、フェイトさん」
 ダグは再び火炎放射器をぶっ放し、残っていた死者の軍勢を灼き払った。
「彼女たちに刺された恨み言くらいなら、お聞きしますけどね」
「あれは助かった。死ぬほど痛かったけど、助かったよ」
 フェイトは苦笑した。
 かける言葉など、あるはずがなかった。