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<流星の夏ノベル>


流星の夏ノベル 〜フェイト〜

 耳を澄ませば聞こえてくる蝉の声。
 息を吸い込めば胸に届く潮の香り。
 瞼を開くと飛び込んでくる色鮮やかな景色。

――夏到来!

 いざ行かん、夏の思い出作りに!!

 * * *

 柔らかな波の音と、ザワつく人の声。
 それらを耳に、フェイトは目の前に広がる光景を眺めていた。
「この砂浜も作り物なんだよな……」
 そう感嘆の声を零した彼の前にあるのは、青い海と白い砂浜、そして遥か頭上にそびえる天井。
 天井と言ってもほとんど視界に入らないくらいの高さで、意識して見上げない限りは気にならない代物だ。
 ここは最近建造されたばかりの大型プール施設。
 最新の技術をふんだんに使って作られた施設はかなり広い。
 何せ、彼がいる波のプールの他、屋内だけでプールが5種類、屋外にまで数種類のプールを備えているのだから、それだけでこの施設の規模は想像できるだろう。
 噂ではフェイトの上司がその運営に関わっているとか聞いたが、その辺の話は信じない――いや、信じてはいけないと思う。
「本当に謎だな、あの人……」
 葎子のバイト先のオーナーでもありフェイトの上司でもある人物を思い出して息を吐く。と、そんな彼の耳に元気の良い声が響いてきた。
「フェイトさーん!」
 砂浜を駆ける青い髪の人物。
 それを目にした瞬間、フェイトの目が見開かれた。
「ごめんなさい。思った以上に着替えに時間が掛かっちゃって」
 そう言ってフェイトの前で足を止めた蝶野・葎子は、白のビキニにパレオと言う、若干目のやり場に困る格好だ。
 やはり学生時代と違って育つところは育っているのだが、フェイトにそれを直視する勇気はない。
「……俺も、今来た所なので」
 そう零して視線を逸らす。その上で彼女の表情を思い出すと、思わず笑みが零れた。
 好奇心に満ちた嬉しそうな表情。そんな中に垣間見えるのは気恥ずかしげな雰囲気で……でもやはり期待の方が強そうな、そんな複雑で葎子らしい表情だ。
「あの……私、変でしょうか?」
 顔を合せた直後に逸らされた視線に不安になったのだろう。
 戸惑い気味に駆けられる声にフェイトの視線が戻る。
(もう、大丈夫……心の準備は出来た)
 葎子の水着姿を直視して動揺しない訳がない。だが大人になった今、ましてや海で盛大に鼻血を吹き出した今、これ以上かっこ悪いところは見せる訳にはいかない。
「いや、良く似合ってるよ。ただ、ちょっと恥ずかしい、かな?」
 小さく笑いながら口の前に手を添える。そうすることでニヤけそうになる自分を隠すのだが、葎子には別の効果があったようだ。
「は、恥ずかしいって……」
 フェイトの仕草と言葉をスマートなものに感じたのだろう。頬を赤らめて視線を落とす彼女にホッと息を吐く。
 その上で周囲を見回すと、フェイトの表情が明らかに険しくなった。
 そこかしこで騒ぐ男たち。明らかにナンパ目的で来てるのだろうが、その視線は葎子に向かっている。
「……今日は傍を離れる訳にはいかないな」
 フェイトはそう零すことで自らに言い聞かせると、まだ恥ずかしそうに頬を赤らめている葎子に手を差出した。
「葎子先輩。そろそろプールに行こう。せっかく来たんだから全制覇しないと」
 この施設の入場料は決して安くない。
 実はここに来る前、上司から割引券を貰っていたので比較的安く入れたが、市営のプールに比べたらかなり高い。
 まあ、それに見合うだけの施設があるのだから仕方ないが……。
「まずは流れるプールに行こう。確か貸出しのボートがあるって書いてあったから」
 フェイトはそう言うと、差し出した手で葎子の手を掬い上げた。
 今日は待ちに待ったプールデート。
 この前のように失敗する訳にはいかない。
 フェイトは密かな決意を胸に、いざ決戦の地に向かった。

 * * *

 ゆらゆらと揺れるドーナツ型のボート。その上に座るのは楽しそうに水を爪先で弾く葎子だ。
「水、冷たくて気持ちいいですね」
 葎子はそう言って笑うと、ボートを押すように凭れかかるフェイトを見た。
「上手い具合に水温調節がされてるんだろうね――って、あんまり身を乗り出すと落ちるよ!」
 話の途中で何か見付けたのだろう。
 ボートから身を乗り出して手を伸ばす姿に声を上げる。
「大丈夫です。それにここはプールですよ? 落ちてナンボです!」
「ナンボって……」
 呆れるが彼女の言うことも最もだ。
 どうにも昔の記憶があるせいか、彼女に過保護な態度を取ってしまう。
 慈しみたいという想いと、護りたいという想い。それらが強すぎていつか可能になってしまうのではないか、そんなことすら思う時がある。
 だがそういう時に限って葎子は思わぬ行動に出る。
「はい、フェイトさんへ♪」
 ニッコリ笑った彼女の手がフェイトの髪に伸びた。
「……これは?」
「白いお花です。どこかから飛んで来たみたいで、1人じゃ寂しそうなので拾ってみました」
 そう言えば手を伸ばす先に白い物が見えた気がする。あれが花だったのだろう。
 彼女はフェイトの髪に白い花を挿すと、満足そうに笑って両の手を合わせた。
「ふふ。フェイトさん可愛いです♪」
「いや、男の俺が可愛くてもどうかと思うけど……」
 思うけど、それでも嬉しさが勝るのは彼女が笑っているからだろうか。
 どれだけ強い想いを抱こうと、その時にその想いが間違いではないと彼女の行動が教えてくれる。
 自分は傍にいていいのだと、そう思わせてくれる。
「ありがとう、りっちゃん」
 フェイトはそう口中で呟くと、流れるプールの先を見詰める葎子に目を向けた。
 食い入るように、目を輝かせながら一点を見詰める姿は、さきほどの穏やかな女性とは違う、子供らしさが見える。
「どうかした?」
 様子からして気になる物を見付けた。そんな所だろう。
「アレはなんですか?」
 葎子が示す先。そこにあるのは数種類のウォータースライダーだ。くねくねと色々なカーブを作りながらプールに落ちて行くその姿は、こう言った施設ならではの物だろう。
「葎子先輩はああいうの知らないの?」
「……うん。家が厳しくて、こういうプールに来るのも実は初めてです」
 遠慮気味に頷いた彼女に「ああ」と納得する。
 そう言えば葎子の家は奔放な彼女の性格とはまるで正反対の古風で厳格なもの。そんな家だからこそ、こうした場所に来るのも初めてなのだろう。
 そもそも昔の彼女には自由が殆どなかった。
 何か行動することがあれば全て姉のため。自分のことは二の次で、起こす行動、成すべきこと、全てが姉のためだったのだ。
「行ってみる?」
 ようやく得た人としての自由。それを少しずつでも達成して行こうとする彼女に笑みが零れる。
「いや、行ってみよう。何事も経験だ!」
 フェイトはそう促すと、葎子が乗るボートを押して泳ぎ始めた。

 * * *

「うわぁ!」
 ウォータースライダーの頂上に到着すると、葎子は感心したような声を発し、フェイトはクラ付きそうになる頭を押さえて立ち竦んでいた。
 その理由と言うのがコレだ。
「良いですか。片方が相手の体に手をまわして離れないように注意して下さい。途中で離れてしまうと、プールに落ちた時の怪我にもつながりかねません」
 まあ言っていることはわかる。わかるのだが、ちょっと待とうか。
 今の説明を図で現すと、座った人物の背後から包み込むようにして抱きしめる。で、OK?
 もちろん視界を考慮すると葎子が前に来るわけで、必然的にフェイトが腕を回すことになる。
「葎子先輩、嫌なら1人でも……」
「え?」
 なんで? そう視線を向けられて言葉に詰まる。
 時折思うのだが、葎子は少し情操教育と言うものが足りてないのではないだろうか。ハッキリ言って男のフェイトからしてみれば危うい。
 勿論、こうしたことは嬉しいのだが、だからと言って密着するのは如何なものか。
 しかし――
「後ろが詰まってますので急いで下さい」
 係員の手がフェイトの背を押した。
 これに戸惑っていた彼の足が葎子に近付く。すると、その手を葎子が掴んだ。
「フェイトさん、行きますよ」
「え、あ……」
 引かれて腰の前に回させられた手に息を呑む。
「り、葎子先輩?」
 かなりな密着具合だ。
 誘導されて座るものの、殆ど膝に抱っこしているような状態だし、こんなんで平静でいられるわけがない。
「やっぱりやめ――」
「フェイトさん!」
 立ち上がろうとしたフェイトの腕を葎子が抱え込んで引き止めた。その耳が真っ赤なことに今更ながらに気付く。
「今だけ、葎子のわがまま、聞いて下さい」
 ポツリ、零された声にフェイトの目が見開かれた。
 精いっぱい、絞り出すように紡ぎ出したのだろう。こちらを見ることが出来ずに俯く彼女に、腰に回した腕に力が篭る。
「……どうなっても知らないよ」
 もうなるようにしかならないだろう。
 フェイトは係員に目配せすると、一気にスライダーを落ち始めた。
 くるくると回る管の中で、葎子が離れないように腕にしがみ付いて来る。それに応えるように手に力を込めると、直ぐに出口が見えてきた。

 ドッボーン!

 まるで投げ出されるように落ちた体。
 腰に回していた腕はそのままに、すぐさま葎子を引き上げる。が、直後、フェイトの顔が真っ赤に染まった。
「り、りりりりり」
 待て待て待て待て。
 こういうものでそう言うことになるのはお約束だが、相手が葎子の場合これはナシだろ!
 慌てて、首を傾げる彼女の腕を引く。
 そして自分の胸に抱き込むと、葎子の目が見開かれた。
「ふぇ、フェイトさん!?」
 突然の抱擁に葎子も狼狽。けれど大事なのはそこじゃない。
 フェイトは意を決すると、彼女の耳元に唇を寄せた。
「水着……取れかけてる」
「!」
 ハッとなって視線を落とした彼女の水着が確かにズレている。しかもそれにフェイトが気付いたと言うことは、つまりそう言うことで――
「ちょっ、俺何も――」
 キッと睨み付けた葎子の視線に嫌な予感がする。
 だが逃げることは出来なかった。

 バッチーン☆

 哀れフェイトは、無実の罪でプールに沈んだのだった。

 * * *

 夕日が沈みかける中、片頬を紅葉形に腫らしたフェイトが歩いている。
 その隣には、申し訳なさそうに眉を下げる葎子も歩いているのだが、その距離が少しだけ遠い。
「葎子先輩。もう怒ってないから、ちゃんと隣を歩いて下さい」
 あの後プールで遊ぶ間も、こうして家に送って行く途中でも、葎子はフェイトと距離を置いている。
 ハッキリ言って頬の痛みより、こうした対応の方が傷つく。
「そりゃ、見た俺も悪かったけど……」
 そう零して息を吐くと、背後で足音が止まった。
 振り返ると、神妙な面持ちでこちらを見る葎子と目が合う。
「葎子先輩?」
 どうしたのだろう。
 怒っているにしては少し様子が違う気もするが……。
「あ、あの……ごめんなさいっ!」
 そう言って勢いよく頭を下げた彼女に苦笑する。
「別にもう怒ってないよ」
「そうじゃなくて!」
 は? そうじゃない?
 思わぬ言葉にフェイトの顔に驚きが浮かぶ。
 そして次に聞こえて来た声に、フェイトは本日最大級の驚きに見舞われることになる。
 その発言がコレだ。
「葎子、ぜんぜん大きくないから!」
「ぶふっ!?」
(こ、この人は何を言ってるんだ……)
 思わず咽そうになる息を整え、なにごとかと葎子を凝視する。そんな彼女は真剣な眼差しで自らの胸に目を落していた。
 勿論、手もその位置にあるのだが、いやいやいやいや、成長してない訳ないだろ!
「もっと大きければ見せても良いと思うんですが、私くらいの大きさでは見せるほどはないと言いますか……申し訳なくて」
「り、葎子先輩、落ち着いて!」
 これ以上は予想外過ぎて破壊力が大きい。
 フェイトは言葉を捲し立てる葎子を制すると、遠慮気味に彼女の胸元に視線を落した。
 そして、
「大きさとか、関係ない」
 これが彼の最大限のフォローだった。
 だが残念なことに葎子にこのフォローは通じない。
「そ、それは葎子の胸がちいさ……っ、小さいなんて言わなくても良いのに! フェイトさんのバカーーーーッ!!!!」

 バッチーン☆

 本日2度目の平手打ち。
 フェイトはヒリヒリと痛む頬に手を添えると、「フェイトさんのバカ!」と叫びながら駆けて行く葎子の後ろ姿を見詰めていた。

―――END



登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8636 / フェイト・− / 男 / 22歳 / IO2エージェント 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 23歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『流星の夏ノベル』のご発注、有難うございました。
如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!