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●洋館の魔女
「ぎゃっ!」
「え?」
イアル・ミラールは、襲ってきた相手を見て目を丸くした。
(行方不明の女の子……?)
とっさの事で力を加減する事が出来なかったが、どうやら気絶しているだけのようである。
ホッと胸を撫で下ろすイアル。
──イアルの受けた依頼は、魔女退治だった。
都内の自然が残る高級住宅街の一角に、明治から大正に掛けて建てられたといわれる白い洋館。
今は使われなくなって久しく半ば朽ちた古びた洋館は、オカルトスポットとして有名になり、何時の頃からか探検に来た女性達が次々と行方不明になるようになった。
館に住み着いた悪い魔女が見目麗しい少女達を捕まえ、犬に変えて飼っているというものだった。
(被害者が襲ってくるなんて……情報が何処かで間違っていたようね)
時間がかかれば、その分被害者(敵)に遭遇する確率が増えていく。
魔女に気取られないうちに速やかに倒す必要があるだろう。
今の騒ぎで魔女に気が付かれはしなかっただろうか?
館の奥を覗き込むイアル。
だが、館の奥は先程と同じように静かだった。
身を低くし、気配を消してそろそろと進むイアル。
ホールで長椅子に座り、蓄音機に耳を傾ける魔女がいた。
少し遠いが、こちらに背を向けている。
剣を抜き、一気に間をつめ魔女を斬ろうとしたイアルを、女達の手が捉えた。
(抵抗すれば彼女達を傷つけてしまう……)
攻撃する事を躊躇うイアルは、剣を奪われ、床に引き倒されてしまった。
イアルの剣を握った魔女が笑った。
「あたしの命を狙ったからには当然の報いを、死を与えてやるのが筋だが……」
「彼女達を解放しなさい!」
「おまえ、自分の置かれている立場が判っていないね? こいつら『犬』と同じで躾がなっていないようだ」
イアルは、『犬』と呼ばれた女達を見回した。
女達は動物のように四つ這いになり「うーうー」と唸り声を上げ、イアルを威嚇する。
「可愛いだろう? ほんのちょっと心を野生化させてやっただけなのに何処から見ても立派な『犬』だ」
犬にされてから時間が余り経っていない者は服を着ていたが、長いものはボロのような服か下着姿、全裸である。
「彼女達を何だと思っているんですか?!」
「人の、本来の動物しての形。人間として生きるより楽しんでいるようだよ」
魔女が、ひひっと嫌らしい笑い声を上げる。
「私に何をするつもり?」
「お前は中々綺麗な顔をしているねぇ。怯えた顔も美しい。お前みたいな女は死ぬより『犬』にする方が楽しいかもしれないね」
獣のように四つ這いで床を這いずり回り、皿から飯を食い糞尿を垂れ流す己の姿を想像し、イアルが悲鳴を上げる。
「や、やめて!」
魔女の手が、イアルへと伸びてくる。
「恐ろしいのは一瞬さ。すぐに恐ろしかった事もわす、れ、て──」
イアルの目の前が、世界が反転した。
●
わたし、いま、なにをしようとしていたんだろ?
ああ、そうだ。
おうちにもどるところだった。
「イアル、どこだい?!」
いある、それがわたしのなまえ。
まじょがわたしをよんでる。
はやくいかなきゃ……またぼうでなぐられる──
●
「ふ〜ん、結構な妖気ね」
エヴァ・ペルマネントは、楽しげにいいながら靴で地面に転がる頭蓋骨を踏み割る。
外はそうでもないが、館の中はカビと埃、そして獣の体臭がした。
長居をすれば、体に臭いが染み付きそうである。
魔女のみを倒し、そうそうに退散するのがいいかもしれない。
そう考えたエヴァは隠れている館の主。魔女に向かって叫ぶ。
「逃げ隠れしても無駄なんだからね。さっさと出てきなさい!」
ホールの真ん中に立つエヴァを犬達の気配が囲み一斉に飛び掛ってきた。
「魔女の番犬って所かしら? 剣を抜くまでもないわね」
エヴァは軽い腕の一振りで女達を壁に叩きつける。
「呪いか何かで操られているのね。憐れね」
殺すのは簡単だろうが、弱いものを嬲るのはエヴァの趣味から程遠い。
「こんな娘、何十人並べたところであたしの敵じゃないわよ。もっと骨のある番犬連れてきなさいよ」
ふんと鼻で笑うエヴァ。
『ならばお望みどおりにしてやるよ! おいでイアル! 客人をもてなしておやり!!』
ホールに轟く魔女の声。同時にエヴァに向かって飛び出した影がある。
金髪の女だった。女から鋭い拳と蹴りが繰り出される。
軽いステップで避けるエヴァ。
「あら?」
女の拳が通り過ぎた後に、はらりとエヴァの髪が数本落ちる。
「イアルって言ったかしら? わたしに見切りを誤らせるなんて、なかなか素敵だわ」
激しい唸り声と共にイアルは、再び激しい拳と蹴りを繰り出し、エヴァに詰め寄っていく。
「でも、その程度でわたしに勝とうなんて甘いわよ」
一瞬の隙を突き、蹴り出された足を掴み、イアルを壁に叩きつけるエヴァ。
「ユー相手だとうっかり手加減を忘れそうになるわね」
イアルの髪を掴み、顔を上げさせると赤い目が、エヴァの目と会った。
「なかなかの美人よね。魔女にこの美貌を嫉妬されたのかしら?」
くすくすと楽しそうに笑うエヴァ。
「でも今のユーは、髪はベタベタ。服も体も臭いわね。一体、何ヶ月お風呂に入っていないの?」
エヴァはそういうとイアルを放し、ツカツカとホールの壁に掛かる人の背丈ほどある肖像画の前に立ち止まった。
「さて……
かくれんぼは、お仕舞いよ」
エヴァは無造作に剣を抜き、そのまま絵に突き立てた。
「ギャアアアア!」
その剣先は、隠し部屋にいる魔女の心臓を正確に貫いたのだった。
●
魔女の死によって呪いから開放された女達。
「ユー達は自由よ。それぞれの家に帰りなさい」
エヴァに言われて一人、また一人と館の外へと出て行く。
だがイアルだけが残っていた。
「イアルは、行かないの?」
そう言って手を差し出すエヴァ──
ガブッ!──
右手に噛み付きぶら下がるイアルを見て、エヴァは不機嫌そうに眉を寄せて溜息を吐く。
「ユーは他の人より強く、その魂まで深く呪いを受けたのね」
そういってイアルの鼻を摘むエヴァ。
苦しくなったイアルが、噛み付いていた腕を離した。
「寛大なわたしでも次やったら本気で怒るわよ」
ぶんと振り上げた腕に慄き、後ろに跳び下がるイアル。
ビクビクと怯えながらも必死に威嚇の唸り声を上げている。
呪いが解けるまで暫く時間が掛かるだろう。
「仕方ないわね……」
それまでイアルをこのままここに放置していけばしていくのは、忍びなかった。
ごそごそとポケットを漁ると飴が出てきた。
「殴らないわよ。ほら、飴をあげるから、ね?」
掌に飴を出してイアルの鼻先に差し出す。
フンフンと臭いをかいだ後、エヴァから飴を奪った瞬間口に放り込むイアル。
「美味しい? わたしと一緒に来たらもっと美味しいものあげるわ。だから一緒においで」
イアルの頭を優しく撫でるエヴァだった。
<了>
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7523 / イアル・ミラール / 女 / 20 / 裸足の王女】
【NPCA017 / エヴァ・ペルマネント / 女 / 不明 / 虚無の境界製・最新型霊鬼兵】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は、ご依頼ありがとうございます。
お楽しみいただければ幸いです。
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