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●夢見る惑星
静まり返った遺跡に砂を踏みしめる音だけがする。
ヘルメット越しに周囲をゆっくりと見回す綾鷹・郁。
(何もない、か……)
銃を構えたままヘルメットに備えられたマイクの回線を開け、同僚に話しかける。
「そっちはどう?」
何もないという短い答えが返ってきた。
連合艦隊旗艦USSウォースパイト号から調査継続の指示が届く。
入口から結構進んだ距離であったが、バッテリーはまだ持ちそうである。
──TCの偵察隊が巡回中発見した遺跡調査。それが郁の隊に与えられた任務だった。
最終戦争で荒廃した時代。
無人の地球に精霊に進化した人間だけが棲んでいる──。
『精霊』
まるで御伽噺のようだと郁は思う。
だが、その精霊たちもまた、数千年前には己と同じ肉体を持った人間であった事を郁は知っていた。
人間がいなくなり、エネルギーが供給されなくなった施設は、静かに活動を止める。
長い年月に施設は風化しに遺跡に変わっていくのだ。
遺跡が、生きている郁たちに齎す恩恵は少ない──。
ウォースパイト号から遺跡をスキャンしていたが、
想像より遺跡が大きい事に、郁はふいに不安を覚えた。
武器も燃料もまだあったが己の感を信じ、撤退を命じようと回線を開いた瞬間、それは起こった。
大きな爆発音と激しい衝撃が、郁の体を壁に激しく叩きつけた。
ガラガラと壁か天井が崩れる音が朦朧とする郁の耳に届いたが、砂埃がヘルメットの視界を塞ぐ。
何度も繰り返しスキャンを繰り返し、罠と思えるものは解除しながら進んできた筈だった。
(探知不可能トラップ……?)
何も出ないという慢心が起こした人為的なミスだったのだろうか?
それとも技術面での限界によるものだったのだろうか?
郁の視界は、朱に染まっていた。
回線から飛び込んでくる同僚たちの悲鳴が、郁を正気に返らせた。
「被害状況の確認、急げ! 準備出来次第撤退する」
●
「探知不可能な地雷を踏んで女性隊員1名爆死」
艦長である藤田・あやこが報告書を読み終え、顔を上げると包帯を巻いた郁と目が合った。
「……被害1名。不幸中の幸いだな」
地雷が破裂した距離を考えれば複数が死亡しても可笑しくなかった。
「どうした? 下がっていいぞ」
報告を終えた郁が、退室せず立っていた。
「その……殉死者遺族への弁明ですが……」
遺族への死亡報告(弁明)は、隊を率いていた郁の仕事である。
あやこは指を滑らせ、殉死者の居住室に仕掛けられたカメラを作動させた。
モニタには孤児となった事を知らぬ娘が、両親と隠れ鬼をした時の動画を見ている姿が映し出された。
その姿を見て、郁の血圧が更に上がる。
「事実は、事実だ。弁解した所で死者は生き返らない。
それで事が済むなら100万回でも弁解してやるが、それで人の死はすまない。
だが娘は母親の死に対する怒りの制御が、未熟だ」
あやこは、郁に様子を見ろと言った。
「その死を受け入れ難くとも回避出来ない事実である以上、人はそれを受け入れなければいけない」
艦長であるあやこの言い分は、もっともである。
ダラダラと弁明を長引かせても娘の淡い期待を持たせるだけだ。
覚悟を決めた郁を見て、あやこは手を振って郁を退室させた。
●
事務的に通された居室は、必要最小限のものが置かれていた。
硬いベットに小さな机。
母がTCである事は、理解していた。
いつも忙しく一緒にいられない母だった。
休憩時間に撮っただろう送られてくるビデオレターに映る母親の姿はどこか疲れていたが、
それでも一生懸命うれしそうに私に話しかけてくれていた。
私が友達とご飯を食べている最中に急に呼び出しが掛かった。
迎えが来る間、待っていたターミナルで遺跡調査を行っていたTC隊員に死傷者が出たとニュースを流していた。
母も巻き込まれたのだろうか?
不安で心臓がドキドキする。
母の部屋に通されて長い時間が過ぎたような気がした。
綺麗に畳まれた毛布を抱きしめると母の臭いがした。
引き出しを開けると小さなビデオプレイヤーが出てきた。
再生すると私と両親が笑っていた。
──不安が涙の形となり、娘の頬を濡らす。
何処かで雷鳴が聞えた。
私が顔を上げるとそこに母親が立っていた。
狭い無機質な居室にいた筈だったが、懐かしい生家がそこにあった。
夢を見ているのかもしれない。
そんな気持ちが一瞬湧いたが、頬の涙を拭う手は、紛れもない母の温もりだった。
ああ、今迄が夢だったんだ。
抱きつく私の頭を撫でながら母は、言った。
「一緒に地球に行きましょう」
──同刻、艦橋。
「地球より巨大なエネルギー、直撃します!」
オペレータの声と同時に共にビリビリとした振動が艦内を伝わる。
「攻撃か?」
「稲妻。いえ、雷のようです」
オペレーターたちが、素早く被害状況を報告する。
雷から生じた電磁波の影響で一部計器が誤作動を起こしているという。
オペレータたちはあやこに命じられるよりも早く誤差修正を始めていた。
「艦長、艦内質量増。何者かの侵入を探知しました!」
「稲妻と侵入者との関連性は?」
「現在、不明!」
侵入者が確認されたエリアは、郁たちの居住区だった。
「綾鷹、娘の保護だ」
そう言い乍ら艦長席を立ち上がるあやこ。
「どうやら一番暇なのは、私のようだ。わたしが支援しよう」
●
郁は、目の前に広がる光景を見て、唖然とした。
「質量増の減員は、これのせいか」
艦内にあるべきではない民家を見て、苦笑いをするあやこ。
「ご丁寧に庭付きとは、凝っている」
郁とあやこの目の前に、居住区からはみ出した木々を背に、母娘が抱き合っていた。
女の自然な笑みに、一瞬、殉死した同僚が生き返ったような錯覚を覚えたが、彼女の死を確認したのは、紛れもなく郁自身であった。
「危ないですから彼女から、ゆっくり離れて下さい。……彼女は、貴方の母親じゃない」
郁の言葉に娘が目を丸くする。
ここに来るまでの間、二人には保安部から安置所から遺体が消えていると連絡が入っていた。
「落ち着いて聞いて。あたしの部下である、貴方のお母さんは、遺跡捜査の任務中、あたしの目の前で、地雷を踏んで死にました」
娘を刺激しないよう、ゆっくり言う郁。
話している間も侵食は止まらない。
硬質プラスチックで出来た床が、緑の絨毯に変わり、草木や花が生えていく。
娘が郁を見た。
母はここにこうして生きて、
温もりを感じることができるのに、この人は何を言っているのだろう?
そんな目だった。
母が娘を見た。
きっと夢でも見たのでしょうと笑った。
部下の顔をした女が、あやこに笑いかける。
「藤田艦長、私を忘れたの?」
「いいや。貴様は偽者だ。
如何なる存在か知らんが、私の部下の体を返して貰おう。
綾鷹! ジャミングしろ」
鋭くあやこが命じた。
ジャミングのフィールドが艦を包み込み雷からの電磁波の影響が遮断された。
それと同時にかき消すように女と周りの風景が消え、見慣れたウォースパイト号の船内に戻っていた。
「いやああああっ!」
娘が叫び声をあげた。
「死は何者にとっても不可避なのだよ」
母親の死を受け入れられない娘は、母を返せと叫んでいた。
ピカッ!!
ドォオオオーーーーン!!! ゴロゴロ──
空間を切り裂き、響かないはずの雷鳴が響いた。
ジャミングで守られたフィールドが強制的に開かれ、時空が再び接続されたのだった。
艦内を波打つような電気が走り、人魂が飛び交う。
女が何もなかった空間から現れ、娘に言った。
「一緒に地上の家に行きましょう」
具現化した肉体は娘を抱え、時空を飛び越える事は出来ないようである。
娘の手を取り、格納庫へと向かっていく。
「奴の狙いは、事象艇だ!」
郁とあやこの行く手を阻むように人魂が飛び交う。
士官にしか知らされていない緊急通路を開放し、二人を追いかける郁とあやこ。
格納庫にたどり着いた時、事象艇のハッチを女が開くところだった。
郁の撃った弾が女の目先に着弾した。
「抵抗すれば次は、本当に撃つ!」
郁を制し、あやこが女に問う。
「さっきから貴方の事を考えていた。
償いとはいえ娘を死ぬまで世話出来るのか? 聖霊よ」
あやこの言葉に驚く郁。
あやこの問いに女の口を通してソレが答える。
「必要な物は、全て創り与える」
「夫や子供や何もかもか? 残酷な虚構漬けで娘がまともに育つか?」
あやこの質問に聖霊が押し黙った。
聖霊とてもその選択が正しい答えと言い切れなかった。
それが正しいのなら栄華を誇った人間の文明は滅びなかっただろう。
続く沈黙の中、郁が娘に訊いた。
「貴方の希望は?」
「私は綾鷹隊長を殺したい! 母は死に、何故貴方はのうのうと!」
娘の答えに満足そうに頷くあやこ。
「これがリアルな人間の感情だ! ままごと遊びでは鈍化する」
あやこの言葉に一瞬、微妙な笑みを浮かべるとそのまま静かに聖霊は去って行った。
人魂と雷は、何時の間にか消えていた──。
「綾鷹! かつて貴様の同僚を失った……今でも私が憎いか?」
「いいえ……不可抗力でした」
あやこの問いに、郁が頭を振る。
娘が、二人のやり取りを黙って聞いていた。
あやこが、娘に聞いた。
まだ郁を殺したいか、と。
娘は静かに首を横に振った。
娘の表情は、何か吹っ切れた様であった──。
<了>
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8646 / 綾鷹・郁 / 女 / 16 / ティークリッパー(TC・航空事象艇乗員)】
【7061 / 藤田・あやこ / 女 / 24 / エルフの公爵】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は、ご依頼ありがとうございます。
お楽しみいただければ幸いです。
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