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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


母親たち


 敵軍の脱走兵というものを、そのまま信用するわけにはいかなかった。
 亡命を希望していると言う。その手土産に、重大な軍事機密を携えて来たと言う。
 尚更、信用するわけにはいかなかった。
「龍国の軍は、ステルス艦隊を配備しようとしています! 中立地帯のとある場所に、2日以内に!」
 龍国軍の脱走兵が、泣き叫ぶような声を発している。
「我が国に、そのような無法行為をさせるわけにはいきません! 貴女たちの力で、止めて下さい!」
 脱走兵と言っても、そこそこ身分は高そうな女軍人だ。本人いわく、中尉であったらしい。
 中立地帯である。
 この場所を違法航行していた龍国の小型艦が、少し前、妖精王国辺境艦隊によって拿捕された。
 辺境艦隊司令官・藤田あやこの命令によって、小型艦は旗艦外部に抑留。
 小型艦には、龍国の脱走兵が2人、乗っていた。女中尉と、若い男の技官。予言者と呼ばれる、ステルス技術者である。
 予言者の方は小型艦内に留め置かれ、女中尉のみが今、藤田艦長による尋問を受けているところである。
「自国を思うが故の亡命、というわけか」
 あやこは、冷ややかに微笑んで見せた。
「ステルス艦隊が、中立地帯に潜んで我が国に狙いを定める……真実であれば、由々しき事態だ。真実であれば、な」
「最初から信じていただけるとは、私も思ってはいません」
 女中尉は、俯いた。
「ですが、どうか……信じては、いただけませんでしょうか」
「信憑性は、その艦隊のステルス性能が、どれほどのものかによる」
 俯く女中尉の顔を、あやこは覗き込み睨み据えた。
「龍国のステルス技術に関して、貴官の知るところを全て話してもらおう……亡命希望の手土産として情報を持って来たと言うのなら、そこまで明かすべきと思うが?」
「それは……」
 女中尉が、あやこの視線から逃げた。
「……ごめんなさい。故郷の政府に逆らう事は出来ても、故郷そのものを裏切る事は出来ません」
「私はなぁ中尉殿。愛国者という人種を、とりあえずは疑ってみる事にしている」
 あやこは言った。
「貴公のように、自国を愛するが故にあえて泥をかぶる、と自慢げにしているような輩は……特に、信用が置けぬ」
 旗艦が、微かに震えた。
 どこかで、爆発が起こったようだ。取るに足らぬ、小さな爆発だが。
「抑留中の小型艦が……自爆、しました」
 艦橋オペレーターの1人が、報告した。
「我が軍の艦艇に、被害はありません」
「自爆で我らを吹っ飛ばそう、というわけではなかったようだな」
 それほどの爆発物を積んでいたのなら、抑留前に検知されていたはずである。
「……一体、どういうつもりだ?」
「これが……私たちの、覚悟です」
 女中尉の声が、震えている。涙を押し殺している口調だった。
 自爆した小型艦には、予言者が乗っていた。
 彼の身柄を確保すれば、龍国のステルス技術は、そのまま妖精王国のものとなりかねない。
 その事態を防ぐための自爆、であったのか。
 愛国の心意気を見せた、つもりなのであろうか。
「艦長、龍国の戦艦が接近しています!」
 別のオペレーターが、報告を叫ぶ。
「脱走兵を追って来たもの、と思われますが」
「……に、しては随分とのんびりした動きね」
 参謀・鍵屋智子が、綺麗な顎に片手を当てながら呟く。
「亡命希望者が敵軍に保護された後で、のこのこと姿を現すなんて」
「鍵屋参謀、分析を頼む。綾鷹、この女中尉を軟禁しておくように」
 あやこの命令を受けて、綾鷹郁が進み出て来た。
 艦隊のトップエースとして勇名を馳せる女戦士だが、見た目は単なる茶髪の女子高生である。
「あのう、あやこ艦長……」
 おずおずと、郁は意見を述べた。
「少しくらい、信じてあげてもいいんじゃないですか? だってその、自爆までして……」
「敵を騙すために味方を殺す。スパイを送り込む際の常套手段だぞ」


 龍国という場所は、住民はともかく、土地は美しい。
 緑豊かな山々の、日没の風景などは、まさに圧巻である。
 たとえそれが本物ではなく、3D映像であったとしてもだ。
「この夕日の下でね、彼に……プロポーズされたの」
 女中尉が、涙を拭いながら言う。
 彼というのは先程、自爆した小型艦の中にいた、予言者であるらしい。
「なるほどね。思いっきり死亡フラグ立てちゃったわけだ」
 郁は腕組みをしながら、うんうんと頷いた。
 この女中尉が、あまりにも故郷を懐かしんで泣きじゃくるものだから、郁は見かねてこの3D映像室へと連れて来てやった。結果、やりきれない話を1つ聞かされる羽目になったわけだが。
 駆け落ちも同然の、亡命だったのであろう。
 だが2人で幸せを掴む事はかなわず、女を無事に亡命させるため、男が死んだ。
「こういう時って大抵、男の方が無茶やるのよねえ」
 ぽん、と女中尉の肩を叩きながら、郁は言った。
「でもまあ、せっかく亡命して来たんだからさ。新天地で新しい恋を始めてみなよ。良かったらイケメン、何人か紹介するよん?」
「……わざと、そういう無神経な事言っているの? もしかして尋問の一環?」
「んー、それも無くはないって言うか」
 郁は頭を掻いた。
「うちの鍵屋参謀が、貴女の逃走状況を検証・分析してくれたんだけど。あの小型艦と、追っかけて来た戦艦の動きを、じっくり吟味しながらね……まあ、あれよ。釣り確定、って感じだったわね」
「……どういう意味?」
「だってあの戦艦、あんたたちをキッチリ射程内に入れてるくせに威嚇射撃もしないで、ただノロノロ追っかけ回してるだけなんだもの。まるで、あんたらをこっちに追い込むのが目的って感じにね」
「……映像、消して」
 女中尉が言った。
「藤田艦長に伝えて。ある人と、話がしたいって」


 妖精王国の『野心』号から、入電があった。藤田あやこ艦長宛の、極秘通信である。
「穏健派の代表たる貴女が……龍国の、出身者だと!?」
 あやこは怒り狂う前に、呆れ果てていた。
「貴女が今まで龍国との和平を声高に叫んでいたのは、要するに祖国の利益のためだったと?」
『そう思われても仕方あるまいな』
 野心号の提督が、通信の向こうで辛そうに笑った。
 ハト派の最有力人物として知られる、女軍人である。
『自分の娘が、いつか妖精王国に亡命して来る……その時のために私は、下地を作っておきたかったのだ』
「自分の娘が、妖精王国で平穏に暮らしてゆける……そのための下地か」
 娘。その言葉を口にした瞬間、あやこの胸の内で微かな痛みが疼いた。
 自分もまた、娘を汚名から守るためだけに、様々な事をしでかしたものだ。
「自分の娘のために祖国を捨て、敵国で提督に地位にまで上り詰めたと。そういう事なのか?」
『売国奴と罵りたければ罵ればいい……だが藤田艦長、貴官に出産の経験はあるか?』
 提督が問いかけてくる。
『なかろうな、ではわかるまい。我が子の幸せを願えばこそ、平和のために祖国を捨てた、私のこの思いが……』
「いい気にならないで」
 あやこの口調が変わった。
「出産の経験なんか無くなって、貴女の気持ちくらいはわかるわ。私に、貴女を責める資格なんてない……貴女、娘さんのためなら何だって出来るのよね?」
『無論だ。今更、躊躇うような事などない』
「それなら教えて。龍国のステルス艦隊が、中立地帯のどこに配備されるのか」
『……何故、私がそれを知っていると思う?』
「祖国との個人的なパイプくらい、持ってるんでしょ? 信憑性のある情報をちょうだい。娘さんのためにも」
 提督は黙り込んだ。あやこは構わず、言葉を続けた。
「……娘さんが、貴女と話をしたがってるわ」
『直接の会話など、しない方がいい……売国奴である私に、そんな資格はない』
 寂しそうに笑いながら提督は、中立地帯のとある地名を口にした。


 その場所に、あやこが旗艦を侵入させた瞬間。
 龍族の艦隊が、ステルス機能を解除した。待ち構えていたのは明らかである。
 ステルス解除と同時に、あやこの旗艦を包囲する陣形が完成していた。
『穏やかではありませんな、中立地帯に艦を侵入させるとは』
 龍国の艦隊司令官が、居丈高な通信を送ってよこした。
『我が国に対する良からぬ目的あり、と疑念を抱かざるを得ませんぞ。おまけに、亡命者を匿っておられるとは』
「帰りたくないと言っている。龍国の政治体制に、よほど愛想を尽かしたのであろうよ」
 あやこは嘲笑を返した。
「……貴軍こそ、このような場所に潜んで何をしておられる。ステルス機能など使って、妖精王国への不意打ちでも企んでいるのか?」
『……要人の密葬だ。いちいち貴国に許可を求めるものでもない』
「ならば、こちらも許可など必要ない。貴国の住み辛さに耐えかねて逃げて来た者を、勝手に匿わせてもらっている」
『あの女は問題児でしてな。いわゆるブラック社員、いやブラック軍人というものですよ。偽情報を与えて忠誠心を試してみたのですが、案の定』
「……何が偽情報だ、貴様らがステルス艦隊など使って我が国への侵攻を企んでいるのは本当であろうが!」
『その暴言……宣戦布告と判断するしかありませんなあ』
 龍国の艦隊が、あやこの旗艦に艦砲を向ける。一斉射撃の体勢。
 その時、横合いから光が奔った。
 稲妻の如き高出力レーザーに、極太の荷電粒子ビーム。
 破壊をもたらす光の束が、一斉射撃体勢の龍国艦隊を薙ぎ払う。
 ステルス機能以外は特筆すべき力を持たない、数で攻めるしか能のない艦隊が、片っ端から爆発光に変わって花火の如く咲いた。
『たぁまやあぁ〜、って感じ?』
 綾鷹郁の声と共に、巨大なものがステルスを解除し、姿を現した。
 野心号であった。
『うっふふふ。こっちのステルス性能の方が、一枚上だったみたいねえ』
 郁が嬉しそうな声を発しながら、野心号の艦砲をぶっ放す。
 高出力レーザーが、荷電粒子ビームが、それらを追いかけるように吐き出されたミサイルの群れが、龍国艦隊を粉砕してゆく。
 ステルス性能、だけではない。武装も、何やらとんでもない事になっている。
 野心号は今や、一隻で艦隊を粉砕出来る超兵器と化していた。
「なあ綾鷹……お前の私物でもない野心号に、いつの間にそんな魔改造を施した? そんな許可は出ていなかったと思うんだが」
『んー、こないだ龍国に忍び込んだじゃない? その時のゴタゴタに紛れて、ちょおっとね』
 通信の向こうで、郁が答える。舌でも出しているのだろう、とあやこは思った。
『ほら、あたしってば何でも作れる女じゃない?』
(本命の男以外はな……)
 退散して行く龍国艦隊を見送りながら、あやこは心の中で呟いた。
『再見〜』
 祝砲のように容赦なくレーザーやビームをぶっ放しながら、郁はひたすら明るい声を発している。
 この後、あまり明るくない事態が待ち受けているのを、あやこは何となく予感していた。


 遺書が置かれている。自分の娘に宛てた、最後の手紙。
 その傍らで、提督は机上に突っ伏していた。
 こめかみの辺りに穴が空いており、片手には拳銃が握られている。
 予感が当たっても、あやこは嬉しくなかった。
「これ、私が届けなきゃいけないんですか提督……」
 遺書を片手に、あやこが問いかける。
 穏やかな表情のまま、提督は何も答えてくれなかった。