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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


エンジェル・ドール


 破けやすいセーラー服や、スクール水着やブルマやらを重ね着する。
 そんなものを制服と規定している軍隊など、宇宙広しと言えども、ここ久遠の都の戦闘部隊だけであろう。
 拒絶反応を露骨にして騒ぎ立てる新兵たちの気持ちが、藤田あやこは理解出来ないではなかった。
「何で! 何でこんなの着なきゃいけないんですかあっ!」
 新規入隊の少女たちが、泣きそうになって叫んでいる。
「スクール水着にブルマなんて! オタク向けの風俗店じゃあるまいし!」
「これはもうセクハラですよセクハラ! 軍の上層部の人たちって一体何考えてるんですか!」
「うん、まあ……この制服にもな、こうなるに至った理由というものが、ないわけではないんだ」
 あやこは、説明を試みた。
「とっさに破ける服でないと、奇襲が出遅れて大変な事になると言うか……おお、当事者がいた」
 通りすがりの若い女兵士を1人、あやこは掴んで引きずり寄せた。
「なっ何ですか、あやこ艦長……」
「紹介しよう新兵諸君。クロノサーフ選手権キモかわ女子部門5連覇の女王、綾鷹郁選手だ」
「モテかわ、です!」
「どっちでも構わんが綾鷹君、また例の武勇伝を頼むよ。久遠の都の軍人としての心構えを、新兵諸君にビシッと叩き込んでくれたまえ」
「あの話、もう500回目くらいなんですけど……」


 大余暇時代。狐国の、とある港湾都市。
 久遠の都が、とある大商人から購入した、大量の重水。それらが今、何隻もの事象艇によってピストン輸送されているところである。
 原因不明の超赤潮が突然、発生したのだ。
 それを中和するために急遽、凄まじい量の重水が必要となったのである。
「最終便、行きまーす」
 運搬責任者・綾鷹郁が、敬礼・報告しながら事象艇に乗り込んで行く。
 それを、まるで海に浮かぶ城郭のような巨大船の中から、じっと盗み見ている男がいる。
 でっぷりと太った大商人。超赤潮という緊急事態に便乗し、大量の重水を、法外な値で久遠の都に売りつけた張本人である。
「おかげで儲けさせてもらった……が、僕の本当の目的はそれじゃない。お金儲けなんて、僕の高尚な趣味の前では、余禄に過ぎないのさ」
「…………」
 大商人の妻が、相槌を打つでもなく傍らに佇んでいる。
 美しい、まるで人形のような女性だ。美しい、以外には何の特徴もないと言える。
 そんな妻に、大商人はちらりと目を向けた。
「お前以上の品が、もうじき手に入るぞ。皆にも自慢出来る……ふふっ、ぐっふふふふ……」
 航行を開始した事象艇に、大商人はギラリと視線を戻した。
「お前は僕のものだ、綾鷹郁……」


 爆発事故が起こった。爆発事故として、当初は発表された。
 重水を積んだ事象艇が事故を起こし、操縦者の綾鷹郁は爆死。
 肉片らしきものが、事象艇の残骸と一緒に漂う事故現場を、茂枝萌はまず己の目で確認した。
 その後、研究室に籠った。
 現場の状況そのものに、不審な点はない。純然たる事故だ。
 鑑識課の職員たちはそう判断し、書類を作った。綾鷹郁は事故死を遂げた。それが事実として、公に記録されてしまった事になる。
 確かに萌が何度、事故を検証してみても、それ以外の結果を導き出す事は出来なかった。
 理論的に考えれば考えるほど、事故死でしかなくなってしまう。
 理論ではないものが、萌の頭の片隅に、ずっと引っかかっているのだ。
「郁が、そんな事故を起こすわけない……よね」
 根拠のない思い込み、でしかない。だから、公の記録を書き換える事は出来ない。綾鷹郁を捜すために、公式機関を動かす事は出来ない。
 萌が、単独で動くしかなかった。


 牢獄の中で、綾鷹郁は意識を取り戻した。
「ちょっと……どういう事よ、これ」
 でっぷりと太った男が、鉄格子の向こうでニヤニヤ笑っている。
 暴利そのものの値で重水を売りつけてきた、大商人である。 
 郁は睨みつけ、怒声を浴びせた。
「おんどれ、何をさらしのふんどしじゃああああ!」
「落ち着きたまえ、そんな下品な事を言ってはいけない……君は、天使なのだからね」
 大商人が、おぞましい笑みを浮かべている。その目が、郁の全身を、視線で舐め回す。
 ワイヤブラの上からツナギをぴっちりと貼り付けた細身。その瑞々しくしなやかなボディラインを、ぎらついた眼差しが嫌らしく這いなぞってゆく。
「大丈夫、ひどい事はしないさ。君が、天使でいてくれるならね」
「天使らしく、天罰っちゅうもんを食らわしちゃるき……!」
 郁は、背中に畳んだ翼を開いた。開こうとした。
 が、開かない。天使の翼は、ワイヤブラによって拘束され閉じ込められている。
「何をしても無駄だよ。君は僕のものなんだからね……大人しくしないと、ぶ、ぶっかけちゃうよお! こーゆうモノをぉお」
 大商人が喚きながら、謎めいた液体をドピュドピュッと噴射した。
「ち、ちょっと何ぞこれ……きゃあああああっ!」
 噴射したものが、郁の全身に付着する。
 ツナギが、それにワイヤブラが、シューッと白い煙を発して溶け始める。強酸だった。
 融解した銅線が、郁の翼を灼いた。
 悲鳴を上げ、悶え苦しむ郁の姿を観賞しながら、大商人が息荒く言う。
「ほ、ほら早く脱がないとぉ何もかも溶けちゃうよお? 全部脱いで、この紐下着とメイド服を着るんだよぉおお」


「綾鷹郁が生きている……と?」
 藤田あやこは、慎重だった。
「何か有力な証拠でも掴んだ上で、言ってるのだろうな? 茂枝君」
「郁が生きてる証拠なんてありません。けど、死んだという証拠もないんです」
 萌は言い募った。
「藤田艦長だって、郁の腕前はご存じでしょう? あの子が、あんな事故を起こすわけがありません」
「死体が見つかっているのだぞ。原形をとどめていない肉片状態とは言え、DNA鑑定では間違いなく綾鷹郁の死体であると」
「あんなの、郁の髪の毛1本でもあれば! クローン技術で、いくらでも作り出せます!」
「そんな事をしてまで、彼女の死を偽装する……理由は何だ? 動機は? そんな事をして何か利益を得る者が、いると言うのか?」
「それを、調べに行くんです」
 見据えて来る藤田艦長の目を、萌はまっすぐに見つめ返した。
「世の中、頭のおかしい奴はいくらでもいます。利益なんて考えずに馬鹿をやらかす奴ってのは、確かにいるんです」


 人形のように、美しい女性である。美しい、以外には何の特徴もない。
 金が目的で結婚したのだろう、と郁は思った。
 あんな男でも、金持ちである事に違いはないから、これほど美しい妻がいるのは不思議ではない。
「金持ちで変態、なのは目ぇつぶれるとしても……あいつ、犯罪者だよ」
 鉄格子の向こうにいる女性に、郁は話しかけた。
「犯罪者の奥さんになる覚悟はあるわけ?」
「私の方から揺さぶろうってわけね……でも無駄よ」
 人形のような表情を変えぬまま、大商人の妻は言った。
「私も、貴女と同じ……生きたお人形のコレクションとして、あの人にさらわれて来たの。お人形に徹している限り、何不自由なく暮らせる身よ。わかるかしら? あの人を怒らせてもね、何もいい事がないのよ。この家に、貴女の味方は1人もいないわ……あきらめて、貴女もお人形になりなさい」


 まさしく、人形だった。
 メイド服を着せられた姿のまま、郁は微動だにしない。
 大商人は狼狽し、彼の友人たちは大いに笑った。
「おいおい、こりゃ人形じゃねえかよお」
「生きた天使を手に入れたって言うから見に来てみりゃ……そうかそうか。こんなお人形作ってまで、僕らに自慢するネタが欲しかったんだねえ」
「ドンマイ元気出せ! 君の必死な気持ちは充分、伝わったよお」
「ちっ違う! 僕は本当に、生きた天使を手に入れたんだああああ!」
 大商人が懐から拳銃を抜き、郁に向けた。
「お前ふざけるなよ、動け! 脚を開け!」
 郁は人形に徹し、黙り続けた。
「お前にはな、あきらめて僕の所有物になる道しか残されてないんだよ! お前は事故で死んだ事になってるんだ! 助けは来ない! さあ脚を開け! 言う事を聞かないと撃つぞ!」
「撃てばいいき……」
 郁は怒りに負け、人形をやめた。
「どえらい金かけて、事故偽装までして手に入れた珍品ぞ! 撃てるモンなら撃ちゃあいいきに!」
「ぎっ……!」
 大商人が銃口を、郁から、自分の妻へと向けた。
「脚を開け綾鷹郁! 開かなければこいつを殺す! お前が僕の思い通りになるのなら、こいつは要らない死んでもいい!」
「ああ開いちゃるき、よーく見さらせ! 御開帳じゃあああ!」
 メイド服がはためき、スカートが跳ね上がり、スラリと長い両脚が高速で開く。
 その蹴りが、大商人をドグシャッと打ち据え吹っ飛ばした。
「お人形はもうやめ! 逃げるわよ」
 大商人の妻の手首を掴み、郁は走り出した。
 武装した荒くれ男が、何人も現れて立ちはだかった。大商人の、用心棒たちだ。
 郁1人だけなら、強行突破を試みるところである。が、今は非戦闘員の女性を連れている。
 郁が迂回路を探そうとした、その時。銃声が轟いた。
 蹴り倒されていた大商人が、よろよろと上体を起こしながら引き金を引いていた。
 その凶弾が、郁ではなく、人形のような女性の細身に突き刺さっていた。
「ちょっと貴女……!」
 郁は絶句した。
 大商人の妻は、人形のような美貌に微かな笑みを浮かべたまま、事切れていた。
 自分を庇ってくれた。郁は、そう思った。
「僕のものになれ、郁……」
 鼻血を流し、拳銃を構えながら、大商人がよたよたと立ち上がる。
「僕が、お前と結婚してやろうと言ってるんだぞ……」
「こんクソ豚が……!」
 殺すしかない、と郁が思った、その時。
 用心棒たちが、ことごとく悲鳴を上げて倒れた。
 高周波振動ブレードが、聖剣『天のイシュタル』が、彼らを片っ端から叩きのめす。
 茂枝萌と藤田あやこが、突入して来たところだった。


 超赤潮は、重水で片付ける事が出来た。
 その超赤潮が、人為的に引き起こされたものである事も判明した。
「重水押し売りの自演? ってわけ?」
 あやこは、驚き呆れ果てた。
「けど、そんな事したって……あんな規模の超赤潮を引き起こした、元は取れないでしょ?」
「ですから艦長、元を取ろうなんて発想はないんですよ。こういう連中には」
 収監された大商人を冷ややかに一瞥しながら、萌が言う。
「目的の物をコレクション出来れば、他の事はどうでもいいんです。いくらお金使っても、誰に迷惑かけても、関係ないんです。そういう人種なんですよ」
「超赤潮を引き起こしたのも、郁が目的ってわけ……」
 その郁に、大商人が、牢獄の中から罵声を浴びせている。
「このヤリ捨て公衆女! 僕もその遍歴に加える気かよ、ええおい!?」
「今のうちにせいぜい、ほたえとき。きさんの人生もう終わりじゃき」
 郁は蔑み、いくらかは哀れんだ。
「超赤潮の損害、それに女房殺し……どんだけ懲役くらうかわからんけど、出て来れたところで全財産没収、金ないと何も出来んオタク野郎が一文無しじゃ。死刑の方が、なんぼかマシぞね」