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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


再会は波乱の兆し


「いよう、フェイト。チベットは寒かったかい?」
 ニューヨーク本部へ戻るなり、IO2の同僚たちが絡んで来た。
「今夜は教官に、あっためてもらえよぉ」
「……アメリカンジョークか、おい」
 フェイトは、じろりと睨みつけた。
「お前らもな、馬鹿な画像いつまでも残しとくなよ。さっさと消せ」
「はっははは。お前も大変だなぁ。結婚生活楽しむ暇もなく、あっちこっち飛ばされて」
 フェイトの花嫁姿。あの画像は、知り合いのほぼ全員に出回っている。この先も、ずっと言われ続けるのだろう。
「……よーしわかった。お前らを、あっちこっち投げ飛ばしてやる。全員、練成場へ来い」
 ドスの利いた声が聞こえた。
 黒く力強い腕が、フェイトの同僚たちを背後からガッチリと捕まえ束ねる。
「げっ……き、教官!」
「それと、あの画像は即時削除するように。あれを持ってていいのは……俺だけだからな」
「だから教官、そういう冗談はやめて下さい!」
 フェイトは叫んでいた。
「だいたいですね、教官があんな作戦立てたりするから!」
「ああ言っておく、あの作戦を考えたのは俺じゃなくて女房の方だ。どうしても、お前に女装をさせたかったらしい」
 教官が言った。
「お前の事は、あいつも心配してたがな……まあチベットでの任務完了、おめでとうと言っておく。もう完全に立ち直った、と考えていいな?」
「大丈夫……だと思いますよ。自分で判断する事じゃないかも知れませんけど」
 生きて、任務を完了出来た。ならばきっと大丈夫なのだろう、とフェイトは思う事にした。


 日本人は勤勉であると言われるが、必ずしもそうではないとフェイトは思う。
 日本にも怠け者は多いし、いわゆる仕事人間は、アメリカにもいないわけではない。
 休日になると何をして良いかわからなくなる者が、フェイトの同僚にも何人かいる。
 自分もそうなりつつあるのか、とフェイトはぼんやり思った。
 ニューヨーク市内の、とあるコーヒーショップである。
 ブレンドコーヒーをちびちびと啜りながら、フェイトは買った新聞を広げていた。
 ボランティア募集、という欄が目に入った。
 とあるハイスクールが、サマーキャンプのための護衛スタッフを募集しているらしい。
 応募してみようか、とフェイトは少しだけ本気で思った。何しろ暇なのだ。
 休暇を、もらってしまった。
 見事なまでに、やる事がない。
 暇だ、などと感じる余裕があるだけ、少し前の長期休暇の時よりはマシなのか。
 そんな事を思いながらフェイトは、店内を見回した。
 見覚えのある人影が一瞬、視界をかすめたように思えたのだ。
 少し離れた席で、こちらに背を向けて座っている、1人の女性客。
 さらりと長い、東洋人風の黒髪。小柄な細身を包む、いくらかゴシック・ロリータ風の服。
 学生であろうか。教科書あるいは参考書と思われるものを広げ、さらさらとノートを取っている。
 似ている、とフェイトは思った。ペンシルバニアのとある森で出会った、1人の少女に。
「……まさか、ね」
 フェイトは否定し、新聞に目を戻した。彼女が、こんな所で勉強などしているはずがない。
 人間の顔を食べる人間。そんな記事が、視界に入った。
 昨年頃、似たような事件があった、とフェイトは思い出した。ゾンビ事件などと呼ばれ、騒がれたものだ。
「マイアミ、だったかな……流行ってるのか? まさか」
 IO2が動くような事件、かどうかは、まだわからない。
 人の顔を食いちぎる。その程度の事、怪物や魔物の類ではない普通の人間でも、やる者はやる。
 マイアミでその事件を起こした男は、マリファナ中毒者であったという。
 ゾンビ事件と言われてはいたが、犯人はゾンビでも何でもない、単なる人間の薬物中毒者だった。
 フェイトは、アジアの奥地で本物のゾンビと戦っていた。
「人間の薬中を相手にするより、マシだったのかな……おっと」
 フェイトは、思わず目を見張った。
 あの時、共に戦った男が、新聞に載っているのだ。
 眼鏡をかけた、褐色の肌の英国紳士。
 イギリス経済界の若き重鎮として、偉そうにインタビューなど受けている。
 あの後、彼は、亡き従兄弟の後任として、商会のアジア窓口を務めるようになったらしい。
 チベットや中国西部方面でしたら、当商会の名前がいくらかは通用します。私の力ではなく従兄弟の遺産ですけどね、と彼は笑っていた。IO2のお仕事で貴方がまたアジアに来られるような事があれば、多少はお役に立てるかも知れませんよ。そうも言っていた。
 欧州とアジアの経済的連携に関して、彼は新聞記事の中で大いに語っている。
 読みながら、フェイトは呟いた。
「へえ……あいつ、頑張ってるじゃないか」
「貴方も少し、頑張ってみたらどう?」
 いきなり声をかけられた。寒気がするほど涼やかな、女の子の声。
 少し離れた席で勉強をしていた女学生が、いつの間にか近くに立っていた。
 アイスブルーの瞳が、近くからフェイトをじっと見つめている。
「アデドラ……」
「暇そうね。だからって、ぼーっとし過ぎよ。貴方の綺麗な魂までぼやけてしまうわ。味が薄くなってしまうわ……あたし、そんなの嫌」
 人違いではなかった。紛れもなくアデドラ・ドールである。
 その青い瞳が、ちらりと新聞を覗き込んだ。見開きで経済を語る英国紳士を、一瞥した。
「お知り合い?」
「まあね。仕事でちょっと、付き合いが出来て」
「胡散臭い顔をしてるわね。この人の魂は、あんまり美味しくなさそう……きっと毒虫を噛み潰したみたいな味がするわ」
「うん、俺もそう思う……それはともかく、あんたが何でこんなとこに?」
「試験が近いから勉強してるの。あたし、今は学生だから」
 試験、勉強、学生。生ける賢者の石として永き時を生きる、この人外の少女が。
 フェイトは一瞬、わけがわからなくなった。
「記憶喪失で身寄りのない、かわいそうな女の子……って事にしてるの。そうするとね、里親になってくれる人たちが結構、出て来るものよ」
「……なるほど。養子大国アメリカらしい話だ」
 人の世の外にいた少女が、人の世に交わろうと努力をしている。そういう事なのか。自分としては応援するべきなのか、とフェイトは思った。
「それじゃ今は、ハイスクールに……日本で言うところの女子高生を、しているわけか」
 気をつけた方がいい、という言葉を、フェイトは呑み込んだ。
 IO2が、あんたに目をつけている。そう言ってしまいそうになった自分に、フェイトは気付いた。
 個人的な感情で守秘義務を放棄してしまいそうになった自分を、フェイトは自覚していた。
(俺は……IO2のエージェント、なんだぞ……)
 そんなフェイトの思いなど知らぬまま、アデドラは言う。
「学校のイベントで今度、サマーキャンプへ行く事になったの。貴方と一緒にね」
「……ごめん、順序立てて話してくんないかな」
 戸惑いつつも、フェイトは思う。
 この少女が、自分から進んでハイスクールのイベントに参加しようとしている。友達を作ろうとしている。ならば、やはり応援するべきなのだろう。
 だからと言って、自分がそのイベントに行ってしまうものなのか。
「あたしの養父母になってくれた人たちが、サマーキャンプへ行けとうるさいから……あの人たちとは、しばらく上手くやっていきたいから」
「なるほど。人間の世間へ出て来るなり、しがらみに縛られちゃったわけだな」
「そういう事。だから、貴方も一緒に行くのよ」
「いやだから、その辺がよくわかんないんだけど……何で俺が」
 アデドラが無言で、新聞をめくった。
 サマーキャンプのボランティア募集。その欄に彼女は、綺麗な人差し指を向けた。
「あ……これ、あんたの学校だったんだ」
「応募はしなくていいわ。あたしが連れてってあげるから……暇でしょ?」
「見てわかるくらい暇なんだろうなあ、俺」
「クラスの男子にね、あたしに付きまとう奴がいるの。とっても魂が不味そうな男。そいつもキャンプに来るんだけど、うざくって」
 男に付きまとわれる。そういう事もあるだろう、とフェイトは思った。見た目は、申し分のない美少女である。
 ただ、その男子生徒はあまりにも命知らずである、とは言わざるを得ない。
「だから、あたしのための護衛スタッフが必要なの」
「必要かなあ」
 その男子生徒を守ってやる必要はあるかも知れない、とフェイトは思った。