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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


戦争の爪痕





 ――地球は征服された。

 永きに渡った国家間の冷戦状態。誰もが隣国や敵国を挑発するような政治活動を続け、誰もがそれに対して挑発をもって返す。まさに冷戦と言える政治戦争はついに戦火をもたらせ、世界にあっという間に拡散し、広がった。

 そんな中、世界に先手を打ち、新型の戦闘兵器とも呼べるある物を導入した国。それがカンボジアであった。

 インドシナ半島に位置する東南アジアの立憲君主制国家であるカンボジアは、決して有力候補とは言い難い国であった。東にはベトナム、西にはタイ。北にはラオスの国境を有し、南は東シナ海が広がっている国である。
 そんな国が、地球を征服するのに至ったのは、ひとえにカンボジアが作り上げた人型兵器があまりに強力であった故だろう。

 世界を震撼させ、今では知らぬ者の方が少ない兵器。
 化学兵器や核とは違う、人型の兵器が世界を左右させるなど、誰も予想だにしなかったと言える。

 それが、【人型兵器――牙族】。
 彼らは世界を敵にした最大の犯罪者組織、虚無の境界に所属していた一人の男、ファングのクローン生命体だ。
 人間とはおおよそ言い難い不死身の戦士達は、例え核攻撃の直撃を受けたとしてもその特異な身体をもって突き進む。どんな対人トラップをもすり抜けるだけの知識。そして何より、戦いをこよなく愛する戦闘狂。そんな彼らを前に、堅牢な国も易易と侵入を許してしまったのだ。

 世界はそうして、為す術無く牙族を前に降伏した。

 あまりに強大な力をもって世界を震撼させた牙族は現在、世界を統一させた英雄部隊としてその名を知らしめていた。しかしながら民間人を殺すといった不祥事が起こった事などから「行き過ぎた力」として認識されてしまった。
 月に隔離された牙族には、地球に帰る事のみを禁じられたものの、月内での自由は保護されている。体良く隔離されたというのは正にこの事である。

 そんな折り、南京で行われた首脳会談の最中、月から脱走を試みた一人の牙族が地球へと降り立った。カンボジア首脳に詰め寄った彼を膨大な負傷者を出して捕らえる事に成功した。

「……まったく、まさか地球に戻って来る者が出るとはな」

 嘆息混じりにそう独りごちるのは、カンボジアの首相である。
 月に牙族を送り返す宇宙船に同乗する事で、世界にその管理状況をアピールする心算だ。当の本人にとっては面倒な事この上ないが、これも政治活動の一環として自分を納得させている。

「英雄の成れの果て、といった所でしょうか」
「……まったくだ。藤田クンの協力がなければ、今頃どうなっていた事か」

 同室に搭乗しているあやこに向かって振り返った首相は、あやこに向かって声をかけた。
 絶大な力を持つ牙族を捕らえるには、相応の力が必要となる。そこで、首脳会談に出席していたエルフの公爵であるあやこが同席していたのは僥倖であった。
 幸いにもこうして牙族を月へと送り返すのに護衛として名乗りをあげてくれた事も、首相にとっては大きな戦力であると言えた。

「過ぎたお言葉ですわ」

 優雅な一礼を返すあやこ。
 そんな二人のやり取りに水を差すように、扉がノックされる。

「失礼します」
「……天使族の娘、か。何か用かね?」

 部屋へと訪れたのは、看守を任された月に住まう天使族の少女であった。可憐な容姿とは裏腹に、その戦闘能力はあやこからも推薦された程だ。
 そんな少女が突如やって来た事に、あやこは興味深そうに視線を向け、首相は厄介事でも持って来たかと言わんばかりに顔を顰める。

「ティークリッパーの綾鷹 郁です。首相へ、捕らえた牙族が面会を求めています」
「話す事など何もない。奴らには相応の自由を与えているというのに、地球へとやって来たのだ。今更こちらが譲歩する必要もあるまい」
「しかし――」
「――ならぬ。あやつのせいで世界は牙族に対して警戒するやもしれぬ。情報規制は敷いたものの、何処まで防げるかも定かではないのだ!」

 首相の態度に郁の綺麗な顔が僅かに歪む。その様子を見ていたあやこが郁に助け舟を出すかのように口を開いた。

「良いではありませんか、首相。今の彼は抵抗出来ません。鬱憤を溜めたまま月に放逐するよりも、建設的な話し合いは重要です」
「……」





 あやこの提案によって首相が折れ、首相とあやこは郁に連れられ、牙族の一人と面会するに至った。営倉の中でバリアに封じられた牙族の男は首相に向かって声を荒らげた。

「国を護った英雄を厄介払いするかのように月へと隔離するな!」
「何を言うかと思えば……。これは国民――いや、地球に生きる民の総意だ。それに厄介払いとは言うが、宇宙旅行以外での自由や贅沢は全て保証しているではないか」
「月での自由、だと?」
「そうとも。地球でのキミ達は行き過ぎた力の象徴となっているのだ」
「我らの同胞の多くは生身の人間への再改造を希望している。何度も掛け合ったが、それを聞き入れられた事などないではないか!」

 首相はこの言葉に眉間に皺を寄せ、あやこもまた目つきを鋭くさせた。

 人間への再改造となれば、理論上は可能だろう。しかし、巨額の費用を要する為に、首相はそんな事をするぐらいならば、放置している方が安上がりだと判断し、そうしているのである。

 この境遇に不憫だと感じたのが、看守であった郁だ。

 郁はこの話を聞き、先程首相に面会を求めていると告げたのだ。幸い同席していたあやこによってそれは許可されるに至った。

「どちらにせよ、人間への再改造は諦めよ。直に月へと着く。そこで大人しくしているのだな」

 嘲笑うかのような首相の表情に、郁は口を挟みそうになるが、隣りに立っていたあやこに手で制止され、その言葉を飲み込んだ。


 

 月に到着する前に、首相は対外的なアピールは終了したと判断し、一路カンボジアへと戻って行った。
 間もなく護送船も月に到着する。到着し、接舷後に月族のバリアを解き、エアロックから船外へと月族を解放する予定だ。

 予定通りに作業が行われている中、郁やあやこらのもとに突如警報音が鳴り響いた。

「一体何事!?」
「あ、有り得ない機敏さで捕縛を逃れました! 船内で月族が脱走!」
「何してるのよ!」
「落ち着いて」

 声を荒げる郁に向かって、あやこが声をかける。

「昇降機を解放して」
「ちょ、ちょっと! そんな事したら捕まえられないんじゃ……!」
「いいえ、泳がせるのよ。隠れて待たれるより、相手が動いている方が安全よ」
「……あぁ、もう! 分かったわ! 私は行くわよ!」

 あやこの指示によって昇降機が解放されるとほぼ同時に、郁が月族捕縛へと向かって駆け出した。


 営倉から昇降機で直通している場所は、格納庫だ。構造を理解している郁は逸早く格納庫へと向かう。

「――げ……ッ!?」

 郁が扉を開いたその瞬間、爆風が郁を襲った。突然のトラップに郁は慌てて横に飛び、難を逃れたようだ。

 その爆音とモニターの映像から、あやこはそれが陽動であると気付き、そのまま船倉へと向かって駆け出した。
 格納庫にあった溶接機で武装している可能性もある為、船倉に麻酔ガスの射出を指示。あやこは船倉前で部下と共に待機し、ガスの充満を待った。

 そこへ爆風を免れた郁が溶接機を手に合流した。

「麻酔ガスを射出させたわ」
「さすがに寝たかな……」

 郁が先陣を切って扉を開け、中を見る。

「……ッ! マズい……!」

 船倉内に置かれていた防護服が奪われ、壁が破壊されている。

「逃げられた……!? 外壁を探せ!」

 あやこが部下を引き連れ、そのまま外へと向かって駆け出す。
 あやこが去った後も、郁はゆっくりと船倉内を歩いていく。外へと逃げ出した所で、既に警戒されている事ぐらい、牙族も気付いているはずだ。そう考え、手にしていた溶接機に力を込めつつ中を見回す。

 ――次の瞬間、男が物陰から姿を現し、郁へと肉薄した。

「やっぱりね!」

 男も郁と同じく溶接機を手に武装している。不意を突く初撃だったはずが、火花を散らしつつ郁によって阻まれた。

「チィッ!」

 牙族の動きはやはり人間とは次元が違う。素早い動きで郁へと再び肉薄し、青白い光を纏った高熱の刃を振り下ろす。しかし容姿に似合わず、郁はそれを華麗に捌いてみせる。
 火花を散らして横に軌道をずらされ、攻撃が届かない。真正面から受けるという愚策をしない郁を相手に、時間ばかりが経過していくのは牙族にとっても不利と言える。

 突如男が動きのリズムを変え、距離を取ると、支柱をへし折った。

「え、ちょ……ッ!?」

 崩れてくる支柱から逃げようと試みるも、その先には男が構えていて身動きが取れない。敢え無く崩れる支柱を受け止める形となった郁は、巻き上がる粉塵の中でなんとか身体を起こした。

「大丈夫!?」

 そこへ駆けてきたのはあやこであった。郁に駆け寄って声をかけた。

「私は大丈夫。……でも、奴は逃げたわ……」
「……目的地は想像がつくわ」

 あやこが郁に声をかけると、郁は僅かに安堵し、緊張の糸が解けたのか意識を失った。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「……バカな……。何故、ここに……!」

 カンボジア官邸首脳室。
 そこにいたのは首脳陣らと、多くの牙族であった。その中には、先日捕らえたはずの牙族の姿もあった。

 対峙する首脳陣も、突如押し寄せてきた牙族らに銃口を向け、すでに一触即発の状態である。

「――銃を捨てて無抵抗に徹して!」

 そこへ響いてきたのは、あやこの声であった。月から戻ったあやこと郁が、その場に姿を現した。

「な……、降伏しろと言うのか!?」
「いいえ、奴らは戦闘が生き甲斐。無抵抗な者に興味はないはずよ」

 郁が補足する様に告げる。

「撃てッ!」

 逃げ出した牙族の男が周囲の牙族にそう指示するが、他の牙族は動こうともしない。

「どうした、何故撃たない!」
「無抵抗なヤツに興味はない」
「な……ッ!」

 郁やあやこらの言う通りだったようだ。牙族内部でも、それを実行するに値しないと判断されたようだ。

「……何故だ……! 何故俺たちは人間になれない! 俺たちに自由をくれない!」
「ま、前にも言っただろう……! それは出来ぬ!」
「出来ない、ね」

 首相の反論に向かってあやこがくつくつと込み上がる笑みを噛み殺すように告げた。

「金とやる気の問題でしょう?」
「――ッ!?」
「とにかく、これ以上はそちらの問題。介入はここまでにさせてもらうわ」

 ひらひらと手を振り、あやこがその場から立ち去っていく。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 慌てて郁があやこへと駆け寄り、声をあげた。

「ここまで来て問題を放置して逃げるつもりですか?」

 駆け寄ってきた郁が呆れながらそう尋ねた言葉に、あやこは淡々と告げる。

「私はあの牙族や首相の保護者じゃないし、これは内政の問題だもの」

 現実的な見解を告げ、あやこはさっさと帰路につく。

 そんなあやこに、どこか釈然としない気持ちのままついていく郁であった。







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ご依頼有り難う御座います、白神 怜司です。

戦争の従軍帰還兵をテーマにした今回の作品ですが、
カンボジアが舞台となるとは……。

なんだかんだで振り回される形になった郁さんでしたね。
作中の描写や場所設定などについては、今回首相も途中までの同乗という形で書かせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、また機会がありましたらよろしくお願い致します。

白神 怜司