コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


石のフランケンシュタイン


「ああん豚! 豚肉! 脂の美味しいロース肉!」
 トンカツと千切りキャベツと白米をガツガツとかき込みながら、少女が感激している。
「人間のブタはキモいだけですけど、本物の豚ちゃんの可愛くって美味しい事と言ったら! ところでお姉様、ビールは? お肉の脂があって冷えたビールのない食卓なんて、新郎のいない結婚式みたいなものですわよ?」
「自分、世間的には一応未成年だっちゅう事を忘れたらあかんで」
 なかなかの具合に揚がったロースカツを齧りながら、セレシュ・ウィーラーは言った。
 数年前までは石像だった少女である。その石像が意思と生命を有し、今は付喪神と言うべき状態にある。
 石像となる前は、未成年どころか何千年生きたかわからぬ魔女であった。
 あの魔女と、この付喪神の少女。両者をはっきり別人と断定して良いものかどうか、セレシュはまだわからなかった。
 ともかく、夕食の席である。
 ウィーラー鍼灸院の、本日の業務はつつがなく終了した。セレシュとしても本当は、一杯やりたいところではある。
「……ま、酒はやめとき。飯食うた後でもう一仕事、やってもらうさかい」
「ええ〜、聞いておりませんわよ」
 元石像の少女が、文句を言った。
「晩ご飯の後って普通、テレビ見ながらアイス食べながらダラダラするものではなくて?」
「太るっちゅうねん。文句言わんと、きっちり食べて豚ちゃんの脂、溜め込んどき……力仕事やさかいな」


 文句を言いながらも、この少女は、与えた仕事はきっちりとやり遂げてはくれる。
 鍼灸院の、地下の工房である。
 地獄のような熱気の中、黙々と小槌を振るう少女の姿を、セレシュはじっと観察した。
 先日、採取したミスリルを、鍛錬している真っ最中である。
 真っ赤に灼けたミスリル塊が、少女の振り下ろす小槌によって少しずつ引き伸ばされ、徐々にではあるが刃物の形に近付いて行く。
「揺れへんなあ……」
 思わず、セレシュは呟いていた。
 少女の身体は激しく小槌を振るっていると言うのに、豊かな胸も、艶やかな髪も、微動だにしていない。
 鍛冶仕事に備えて、彼女の体質である石の特性を、少しばかり強めてみたのだ。その上から、同じく石の属性を有する作業服を着せた。
 その結果、熱に強くなってはくれた。
 飛び散る火の粉を意に介さず、付喪神の少女は、ひたすら小槌を振るっている。
 だが揺れない。髪も、それに胸も。
「お姉様……何をしておられますの?」
 少女が、冷たい声を発した。
 セレシュはつい、背後に回って彼女の胸を揉んでいた。
 いや、揉めなかった。固い。少女の柔肌の手触りなのに、固さは石像そのものである。
「ん……シリコン入っとるみたいに、ええ乳しとるわ自分」
「……オヤジ臭さ全開ですわよ? お姉様」
「肉とビール好きな女に、言われとうないわ」
「いいから離れて下さいませんこと? 私の胸を触って良いのは、優しくてイケメンで年収一千万以上の殿方だけですわよ」
 言いつつ少女が、ちらりとセレシュを睨む。
「それとお姉様、まだ代わって下さいませんの? 先程から、何もしていらっしゃらないように見えるのですけど?」
「うちの出番はな、仕上げの段階に入ってからや。神経使うんやでえ」
 ぽん、と少女の肩を叩きながら、セレシュは言った。
「今は、馬鹿力でひたすらぶっ叩いて引き伸ばす段階や。あんたの方が適任や。仕事っちゅうのはな、適材適所を心がけなあかんのやで」
「せっかく溜め込んだ、豚ちゃんのカロリー……とうの昔に、空っぽなのですけれど」


 ストーンゴーレム並みの怪力で鍛え上げられたミスリルが、やがてセレシュによる仕上げを経て、一振りの短剣となった。
 アルミよりも軽く、鋼鉄よりも強靭な、妖しい輝きを宿すその刃に、セレシュは思わず頬擦りをしてしまいそうになった。
「ん〜……ええ品や。売りに出すのが勿体ないくらいやでえ」
「……殺人鬼みたいですわよ、お姉様」
 付喪神の少女が、呆れている。
 仕上げ作業の方が神経を使うというのは、嘘ではない。細やかな手先の技術が必要となる。
 それに比べれば、余ったミスリルで片手間にアクセサリーを作るなど、セレシュにとっては容易い作業であった。
「……それ、何ですの?」
「自分よう頑張ってくれたさかいな。お駄賃や」
 片手間に作った装飾品を、セレシュは少女の愛らしい耳朶にはめ込んでやった。
 蛇の形をしたピアスである。ミスリル製の、小さな毒蛇。
「いえ、ですからお姉様……私、ヘビはちょっと」
「うちが趣味丸出しで作るとな、どうしてもヘビになってしまうんや。ま、我慢して付けといてみい」
「あら……これって」
 少女の片耳で、ミスリルの蛇がキラリと輝きを宿す。
 魔力の輝きだった。
「材質変換の魔法……の、ちょっとした応用ですのね?」
「そ、その通りや。ようわかったな」
「何となく、ね……わかりますわっ」
 広い工房の中で、少女の肢体が高速で翻った。
 魅惑的なボディラインが螺旋状に捻れ、すらりと形良い両脚が交互に跳ね上がって弧を描く。
 斬撃のような、連続の回し蹴り。
 何日か前、動きの素早い女盗賊と戦った。あの時は、敵の俊敏な動きに、いささか苦戦を強いられたものだ。
 だが、とセレシュは確信した。今の蹴りで、あの女盗賊は間違いなく、2回は死んだ。
「凄い……身体が、風みたいに動きますわ」
 左右の細腕が、手刀や肘打ちの形に舞う。むっちりと美しい太股が、軽やかに力強く跳ね上がる。
 元石像とは思えぬ高速の演武を披露しながら、少女は自身の状態を分析していた。
「私の持つ、石の属性を……一時的に、ミスリル属性へと転換する魔法が働いておりますのね? その分、私の魔力が消費されてゆく仕組みと見ましたわ」
「……その通りや。魔力切れには充分、気ぃつけえや」
 セレシュは息を呑んだ。
「それにしても、ようわかったなあ。さすが大したもんや」
「ですから何となく、ですわ。何となく、わかってしまいましたのよ。まあ才能ですわね」
 この少女はやはり、魔法に関しては、いくらか不吉なほどの理解力を示す。
「動きは軽うなるけど、その分、馬鹿力が少しだけ弱まるさかいな。要注意やで」
「心配御無用。私の、この華麗なる連撃で! どんな醜い敵も、美しく始末して御覧に入れますわ」
 軽やかな、だが充分な殺傷力を秘めた蹴りが、舞うように弧を描いて空気を切り裂く。
 自分は、怪物を作り上げてしまったのではないか。セレシュはふと、そんな気分になった。メアリー・シェリーの小説に登場するような、恐るべき怪物をだ。
 何となく、わかる。この少女は、そう言った。
 魔法に関する知識や記憶を、あの魔女から、いくらかは受け継いでいるのかも知れない。
(受け継いどるのが、知識の類だけなら……ええんやけどな)
 あの小説のラストシーンを、セレシュは思い返してみた。
 主人公の博士は確か、自身で作り上げた怪物を結局は始末する事が出来ず、命を落としてしまったはずだ。