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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


氷石のオークション


 欲望のオークションが幕を開けた。石神アリスは、ほぼ全員の顔が見える前列の椅子に座る。
「ここからだと、いい表情が見れるわね」
 しばし悦に入る少女の隣に座ったのは、アリア・ジェラーティ。他の客と同じようにオークション参加用の札などを手にしているが、彼女はあまり参加する気がない。ここへは、お勉強のために来ているのだから。

 すでにオークションは始まっていた。アリアはステージ上の出品物に目を奪われる。
「あ、ピカピカの金貨……」
 備え付けのテレビに大写しになったのは、独特の光を放つ黄金色のコインだ。
「あれは最近発見された、中世イタリアのフローリン金貨ね。あれは当時の鋳造基準より、少し重いの。コインの収集家には、たまらないでしょうね」
 他にはない違いこそが、この場においては個性と見なされる。オークションの参加者もその辺をよく心得ており、競りが始まれば、誰もが熱のこもった声を張り上げた。ステージ上の進行役もマイクを握り、軽妙な語り口に場を捌いていく。
「アリスちゃんは、みんなを見てるの?」
「ええ、そうよ。目の前の獲物を手にしようと牙を剥いた後、その結果が楽しいの。手にした人間が見せる、心からの安堵。他人に頼まれてた物を落札できず、悲嘆に暮れる人間の表情。ただただ苛立ち、怒りに打ち震える人間……勝利する人間の少ないオークションは、きっと私好みのシチュエーションなんだと思うわ」
 未成年にして悟ったかのようなアリスの言葉を聞き、アリアはカタログを見ながら、ただ頷くばかりであった。

 そのうちに絵画も何点か出され、オークションの雰囲気はいよいよ最高潮に達する。
 そんな時に出されたのが、アリスの石像コレクションだ。これにはアリアの視線も注がれる。何しろ出てくるのは、さっき展示してなかった作品が多い。アリアとしても、しっかりと見ておきたかったのだろう。
 その最後に現れたのが、無残にて魅力的な少女の彫像だ。目前にある恐怖に怯え、口も開かれているが、どこか人間としての尊厳というか、女性としての美しさを保っている。これだけの表情を石像として残すのは、なかなか難しい。これを作ったのは、アリアの隣に座るアリスだが、この人間観察も十二分に活かされた結果といえよう。それだけ見事な作品だった。
 これを見て、アリアは思わず大きな目をさらに見開く。そして、あの札を強く握っていた。
「それでは皆様! この麗しい少女に相応しい評価を!」
 当然、これは競りだ。手に入れられるのはひとりだけ。アリアはいつもの調子ながら、札を上げて見知らぬ誰かと銭闘を開始。少女はすっかり石像の魅力に駆られ、周囲の言葉が耳に入らない。その一部始終を、アリスはじっくりと観察していた。

 結局、アリアはこの石像を落札する。
 この場でお支払いとなるのだが……稼いだお金をたんまり財布に詰め込んできたとはいえ、さすがに氷菓の売り上げだけでは払えない。彼女は気づいてなかったが、この時の競りはすんなりとは決まらず、かなり価格が釣り上がっていたのだ。
 そこでアリスは微笑む。ここで「アリアを石像にして採算を取ろう」と思いつき、頭の中で話の段取りを考えていた。
 しかし、アリアから意外な申し出があった。
「じゃあ、私のコレクションを売るから、それでなんとかならない?」
 アリアもコレクションを持っているという。アリスは「じゃあ、見せてもらってから判断するわ」と答え、ひとまずアリアの案内に従い、美術館を出た。


 さっきの熱気も凍りつくほどの寒さを誇る、アリアの冷凍倉庫。ここはアイス屋の冷凍倉庫も兼ねているが、メインは気に入った人を氷像にしてコレクションしておく場所だ。
 寒さに慣れていないであろうアリスには、アリアの父の防寒具を貸し、極寒の世界へと誘う。
「今から出すね」
 コレクション用の冷凍庫を開き、魔法でふわふわと氷像を動かし、質素な展示台の上に載せる。
「氷像って、外に出すと溶けちゃうんじゃないの?」
「ううん、溶けない。冷気は逃げてかないから」
 魔眼を持つアリス、冷気を操るアリアの会話は、特に遮られることはない。アリアは追加で2体の氷像を用意し、アリスに見せた。
 最後に出てきた3体目は、アリスの興味を引く女の子の氷像だった。きっと氷漬けになった本人は察しがよく、この後自分がどうなるかを知り、軽く絶望した顔のまま凍りついたのだろう。この表情で固めたセンスはとてもいい。ポーズにも躍動感があり、評価できる。
 しかしアリアにそれを伝える前に、アリスは別のことを話し始めた。
「アリアさんは、まだ彫像の引き立て方が未熟かな。最初の子は棒立ちになってるから、もうちょっと動きのある時点で凍らせた方がいいわ。その点、次の子は躍動感があるんだけど……このポーズなら――」
 そういうと、アリスは魔眼を発動させ、服の部分だけを石にし、パリンと剥がれ落とさせる。氷像はあっという間に一糸纏わぬ姿へと変貌した。
「服がないと、華やかじゃないと思うけど……」
 アリアは指をくわえて不満そうに呟くも、アリスが手を加えた氷像をまざまざと見つめる。
「こういう見せ方も芸術なんですよ。物の見方はとても広いから、いつかアリアさんのよさが光る作品を見せてくださいね」
 アリスはそうアドバイスを送りつつ、最後に出てきた3体目の氷像で手を打つと答え、落札した石像は無事アリアの元へ届くことになった。こうして無事、アリアは石像にならず、望みの石像を手にすることができたのである。


 数日後。あの美術館に、またアリアの姿があった。今日は別に、オークションは開催されない。
 少女は純粋に作品の鑑賞をしに来たのだ。特に熱心に見るのは、裸婦像。これのよさを見出したいのか、おぼろげにじーっと見つめている。本格的に美しさのお勉強をしているらしく、彫像をくまなく見ていた。
 そんな才能を目覚めさせた張本人のアリスとは、たまに彫像を交換する仲になってはいたが、相手は今も「アリアをコレクションに加えたい」という腹積もりでいるのだった。それを証拠に、アリアに気づかれないように、今日も遠くから勉強の様子を見つめている。
 しかし、アリアもアリスの存在に気づいており、内心では「いつかアリスちゃんを氷像として迎えたいなー」と思っていたりするのであった。