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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


「婚約騒動とおどる人狐」


 不穏であった。狡猾で知られる狐人が主催した首脳会議が大成功をおさめたのである。やむなく、成功を祝う立食会が旗艦にて催されたが、とかく、この成功に嫌な気配を感じた鬼鮫(おにざめ)は狐人をポーカー対決に誘い、勝負を通じて、狐人の思惑を探ろうとした。
 まともにやっては、勝てるまい。そう考えた鬼鮫は共感能力を持つ綾鷹郁(あやたか・かおる)をそばにいさせている。エルフの竪琴の心地よい旋律が響く艦内で、ポーカーの勝負が進む中、郁はただわけもわからず、鬼鮫に協力させられるばかりであった。
 まもなく、勝負がついた。鬼鮫の圧勝である。狐人の首相は表情を崩さずに微笑し、
「いやはや、かないませんな。負け惜しみではないですが、どうも、竪琴がうるさくて気が散ってしまったらしい」
 言って、鬼鮫のそばに立つ郁へ目を向けたのだった。


 狐人の首相は、鬼鮫が郁を引き連れて勝負を持ちかけてきたときから、郁が共感能力を持っていることを、一目で見抜いていた。故に、ポーカーの勝ち負けなど、はなから眼中にない。彼が考えていたのは、いかにして郁を手に入れるか、その一点のみだった。共感能力者は貴重だ。うまく使えば、莫大な利益を生み出すことも可能になる。首相は、なんとしても彼女を手に入れたかった。そのためにはどうすればよいか。彼の脳裏に、この立食会へ同行していた郁の母親のことが思い浮かんだ。
 その後、しばし艦内を散策するふりをして、首尾よく郁の母親を見つけた狐人の首相は早速、縁談の話を持ちかけた。
「生活の面で、何一つ不自由なことはさせぬつもりです。もちろん、結納金はいくらでもださせていただきます。いかがですか?」
 と甘言を巧みに使い、籠絡しようとしたが、これに郁の母親は首を縦に振らず、むしろ激怒して、
「お金で郁を売るつもりはありません。お金があっても愛のない結婚だなんて、そんな悲しいこと、あの子にさせるものですか」
 厳しく言い放ち、彼に背を向け、去っていくのであった。首相は僅かな瞠目をみせてから、やがて肩をすくめて、こう呟いたのだった。
「やれやれ、ふられてしまいましたか。では、二の矢を試してみるといたしましょう」


 一方、勝負を終えた郁はちょうど、鬼鮫と別れたところだった。
「うー、お腹すいた……」
 妙な勝負に付き合わされて、まだ食べ物を一つも口にしていない。皿を手にとって、テーブルに並ぶ料理を物色していたとき、後ろからひょいと現れた母親が、にやにや笑いながら、
「ねえ、郁ちゃん、さっき別れたお兄さん、だぁれ?」
「べ、べつにただの職場の先輩やけん、なんでもないもん」
「あらそう? あなた好みのいい男だったじゃない。ああいう人と結婚したらいいと思うんだけどなぁ、郁ちゃんは」
「もう、やめてよお母さん」
「まったくね!」
 とその時、二人のさらに後ろの方から、大きな声を掛けるものがあった。環境局の航空事象艇の開発、運用の資金援助をしていることで有名なエルフの女性、藤田あやこ(ふじた・あやこ)であった。
「顔と言葉遣いは悪いけれど、顔もいいし礼儀もわきまえている。とてもいい物件だと思うわよ、鬼鮫さんは」
「もう、藤田さんまで!」
「あらあら、話があうわねぇ」
「どうです、奥様。そこの娘さんのために一肌脱いでみないかしら? もちろん、私も協力いたしますわよ」
「よろしくてよ、あやこさん。これも世のため人のため、可愛い可愛い娘のため」
「え、ええ!?」
 慌てふためく郁をよそに、勝手に話を合わせた二人は早速行動を開始した。まず母親が貴賓室まで足を運び、あれやこれやと言葉巧みに、鬼鮫へ郁の実家へ遊びにくるよう約束を取り付けたのである。一方のあやこは、郁にとって余計すぎるはからいでもって彼女に上陸休暇をあたえ、郁と鬼鮫がお見合いできるようにした。その行動のはやさに、郁はただ、あっけに取られるばかりだった。


 ことが起こったのは、まさに郁の実家で、郁と鬼鮫がお見合いをしている時だった。話も弾み、両親が席をはずして、これはうまくいくと確信した次の瞬間、狐人の大臣がその場に乱入し、一同を狐国専用機へ誘拐してしまったである。郁と母親はそれぞれ別の場所へ監禁され、鬼鮫は機内独房へぶち込まれていた。鬼鮫の牢の前では、彼らを誘拐した大臣が一人寂しそうにポーカーに興じている。時折、ちらちらと鬼鮫の方へ視線を送っているのは、どうやら相手を欲しがっているからであるらしい。
「一人でポーカーか、面白くないだろう」
 鬼鮫が声を掛けると、大臣は動揺を見せて、
「い、いや。一人ポーカーも、なかなか楽しいものだぞ……?」
「そうか? どうだい、相手が欲しくはないか。ここから出してくれたら、俺が相手になるぞ。これでもポーカーは好きなんだ」
「……ほ、本当か!?」
 彼の提案に飛びついた大臣は、牢の鍵を空けた次の瞬間、目にもとまらぬはやさで首筋に手刀を打ち込まれ、気を失ってしまった。
「やれやれ……」
 ため息をつき、首を鳴らした鬼鮫はまず、郁の救出へ向かった。幸いなことに、郁に手荒な真似をするつもりは、向こうにはなかったらしい。そして鬼鮫が脱獄することを考えていなかったらしく、警備は手薄だった。問題なく郁を救出し、二人はこれからどうするかについて話す。
「助けがいるわ。この船の動力弁を開け閉めして、環境局へ暗号を送りましょ!」
「だが、そのためにはパスワードがいるぞ。どうやって手に入れる?」
「まかせて。きっとお母さんが力になってくれるから……」
 言って、郁は共感能力を使い、機内の何処かへ幽閉されている母親へ呼びかけ始めた……。


 母親は、機内寝室で狐人首相に執拗に口説かれているところだった。母親のうんざりしている感情が伝わってきて、郁は思わず苦笑してしまったが、それはさておき、母親に救援を求めるため、機内設備を管理するパスワードを手に入れる必要があり、首相がそれを知っているはずなので、どうにかしてその首相からパスワードを聞き出してほしいと嘆願した。
 娘の頼みだ。断れるはずもない。それにこの状況をはやくどうにかしたいのも事実だったので、不意に母親は首相へ甘えかかるようにして、精力剤ねだってみせた。軍機でも民間機でも、空の旅でそういう空気になる場合は多々ある。それにそなえ、機内には必ず精力剤を生成する機械が置かれているのである。そして機械を使うには、もちろん、機械に機内パスワードを打ち込む必要があるのだ。
 美人の女性にそんなお願いをされて、断れる男が果たしているのだろうか――狐首相は快諾し、母親の目の前で、機械にパスワードを打ち込もうとした。その時、寝室へ、先ほど鬼鮫に昏倒させられた狐人の大臣が倒れるようにして入ってきて、鬼鮫の脱獄を告げた。
 鬼鮫が脱獄したということは、郁もすでに救出されている可能性が高い。とすると、母親の急な心変わりは……。その理由に気がついた首相は激怒し、母親を引き連れ機内医療室へ急いだ。郁を手に入れることを諦めた首相は、彼女を生んだ母親に秘密があるのではと睨み、母親を解析することにしたのだ。郁の共感能力が母親に由来するのなら、母親を母体として、共感能力を持つ者を量産することができる。
 この急展開に、郁は慌てた。パスワードを手に入れられなかった上に、母親まで危険な目にあおうとしているのだ。我を失う彼女へ、鬼鮫がぽつりと言った。
「なあ、首相の心を共感能力で読むほうがはやくないか?」
「……あ」


 藤田あやこは旗艦艦橋にて謎の航跡を探知し、解析していた。その波動は先日の立食会で耳にした、エルフの竪琴にリズムに酷似している。リズムを体の中で反芻したあやこは、やがて気がついた。これは暗号だ。郁からの。すぐさま暗号を解読し、郁たちが狐国専用機へ拉致されていることを知ったあやこは全速力で艦をはしらせ、狐国専用機を発見、接舷し、人質の開放を迫った。だが、狐人は郁の母親を解析するのを急ぐばかりで、応じない。業を煮やすあやこの頭に、郁の声が響いた。接舷のため、郁の共感能力の範囲内へ入ったのである。
『お母さんの恋人を装って、どうにかお母さんを奪還してください!』
 これを了承し、あやこは再度、狐国機へ呼びかけた。
「狐国機、これが最後の警告だ。人質を解放しろ! というか私の嫁を返せ! さもなくば船を沈めるぞ!」
 呼びかけた直後、あやこ機へ映像通話が飛ばされてきた。郁の母親は首相に寄り添っている。
「あんた、まさか男ができたの?」
 母親はにぃ、と笑って手をひらひらさせる。
『……寝取られざまぁ』
 何故かあやこを煽る郁。恋人を装うのは演技だったはずなのだが、どうしてだろう、あやこの頭のなかで何かがキレてしまった。
「上等じゃない。じゃああんたらごと船を沈めてあげる! 汚れた百合はこの手で散らすのみ! 全砲門開け! チリひとつ残すなよ!!」
 助けるべき人質の存在を忘れた、本気の声だった。狐国専用機に、あやこの旗艦武装へ対抗できる装備は積まれていない。砲撃をくらえば、まさに跡形もなくなってしまうだろう。
 慌てた狐人首相はあやこに投降の意を示し、すぐに郁たちを開放して、あやこへ受けわたしたのであった。


 こうして騒動は集結した。鬼鮫が一息ついている中、郁の母親があやこにまとわりついて、あやこをウザがらせている。
「それにしても格好よかったですわよ、藤田さん。惚れてしまいそう。せっかく郁と鬼鮫さんも結婚するんだし、私も藤田さんと結婚しちゃおうかしら」
「お断りだぁー!」
「もう、お母さんってば」
 などとかしましい女性陣を横目でみて、
「まったく、結婚をなんだと思ってんだ。くっつけりゃそれでいいのかよ……!」
 鬼鮫は頭を抱え、呆れ果ててため息をつくしかできなかった。

「婚約騒動とおどる人狐」了