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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔人形たち


 犠牲者は、すでに10人を超えていた。
 人間の力によるものとは考えにくい、凄惨な殺人事件という事で、人外絡みの事件解決実績の多い某探偵事務所に依頼が行った。IO2からだ。
「それがまあ、うちに丸投げされて来たワケやけど……」
 呟きながら、セレシュ・ウィーラーは公園を見回した。
 深夜である。
 妖しいほどに明るい月光の中で、少女たちはカクカクと踊っていた。
 その数、およそ20人。フリル付きのワンピースに身を包んだ、美しい少女たち。
 美しいが全員、同じ顔をしている。可憐な美貌には、表情というものがない。
 丈の短いワンピースから、スラリと現れ伸びた手足には、球体の関節がはまっていた。
 等身大の、球体関節人形の群れ。
 そんなものが深夜の公園に集い、舞台照明のような月光の中、一糸乱れぬ踊りを披露している。
 音楽はない。カチャカチャと球体関節の鳴る音だけが、規則正しく生じている。
 禍々しいBGMが、どこかから聞こえてきそうな踊りであった。
 見物しながらセレシュは、隣に立つ同行者に声をかけた。
「あんたの同類、っちゅうか妹分みたいなモンとちゃうか」
「失敬ですわよ、お姉様。こんな出来損ないの群れと一緒にしないでいただきたいものですわ」
 文句を言っているのは、この人形たちに負けず劣らず美しい、1人の少女である。
 こちらは、少なくとも見た目は人間だ。
 数年前までは人形、いや石像であった。
 それが生命と意思を持ち、今では付喪神と言うべき状態にある。
「私、こんな紛い物とは違いましてよ。何しろ私は、本物の……」
「……本物の、何や?」
 口籠ってしまった付喪神の少女に、セレシュが問いかける。
 答えたのは、違う誰かだった。
「本物の、バケモノってわけ?」
 面白がるような、若い女の声。
「見ればわかるよ。あんたたち2人とも、人間じゃないよね? 今この場にいる、人間はボク1人って事だよねえ」
 人形たちが、カクカクと踊りながら左右に道を開く。
 おどけた足取りでその道を歩き、進み出て来たのは、1人のピエロだった。
 道化師の衣装に細身を包んだ、小柄な少女。
 顔立ちは愛らしい。どんな残酷な事でも笑いながらやってのける無邪気さが、その笑顔から溢れ出している。
「人形使い、っちゅう奴やな」
 セレシュは、まず会話を試みた。
「こないだ、そこの道端でな、会社帰りのおっちゃんが身体じゅう骨折られて死んだそうや」
「その前は、ご町内でも有名なクレーマーおばさんが頭割られて死んじゃったし。そこのゴミ屋敷に住んでたお爺ちゃんも、何かハラワタぶちまけて自分が生ゴミになっちゃってたんだよねえ」
 ピエロ姿の少女が、本当に楽しそうに笑っている。
「迷惑だから、ムカつくから殺してくれって、なけなしのお金持ってボクの所へ来る人が、大勢いるんだもの」
「だから殺したっちゅうわけか……」
 セレシュは溜め息をついた。
「不景気やからか知らんけど、黒魔術や超能力の類で殺し屋稼業を始める奴、多うなったわ……確かに警察には捕まらんかも知れへんけどな、IO2の恐ぁい人たちにはキッチリ目ぇつけられとるねんで」
「ふふん。IO2なんて連中に、何が出来るのさ」
 言いつつ、少女ピエロが両手を振り上げた。
 細腕が、綺麗な五指が、何かを操っている。そう見えた。
「あんたらみたいなバケモノに頼らなきゃ、何にも出来ない無能連中にさ!」
 人形たちが、踊りながら跳躍した。まるで、見えない手によって空中に引っ張り上げられたかのような跳躍。
 セレシュは、とっさに身を反らせた。
 凄まじい風がブンッ! と眼鏡の近くを通過して行く。
 直後、ベンチが1つ、砕け散った。
 その残骸にまみれながら、人形の1体がギギィッと立ち上がる。表情のない美貌が、カクンッと傾く。
 他の人形たちも、襲いかかって来ていた。
 球体関節で繋がった細腕や美脚が、あらゆる方向からセレシュを襲撃する。
 ロングコートあるいは医療白衣のような服を軽やかにはためかせながら、セレシュは細身を翻し、全てをかわした。
 空振りをした人形たちの手足が、大木を叩き折り、ベンチを粉砕し、鉄の遊具をへし曲げる。
 人間の骨を砕き、頭蓋を叩き割り、内臓を抉り出す、怪力。
 それを眼鏡越しに見て確認しつつ、セレシュは笑った。
「見事なもんや。まるで誰かさんみたいな馬鹿力やなあ」
「さあ、誰の事ですかしらッ!」
 付喪神の少女が、怒声と共に平手打ちを炸裂させていた。
 人形が1体、回転しながらバラバラにちぎれ飛んで行く。
「ふふっ、さぁて誰やろな……」
 セレシュは微笑み、回避の動きを止め、そして念じた。
 人形たちが「かごめかごめ」のように回りながらセレシュを囲み、怪力の細腕を振り上げ、振り下ろす。
 その襲撃は、しかしセレシュの周囲で不可視の壁に激突し、弾かれた。
 球体関節が砕けた。人形たちの片腕あるいは両腕が、ちぎれて舞い上がる。
 結界。
 防御に用いたそれを、セレシュはすぐさま攻撃に転用した。
 結界が激しく膨張し、人形たちを打ちのめしながら破裂する。
 腕を失った人形たちが、ひび割れ、細かな破片を剥離させながら吹っ飛び、地面に激突し、そしてフワリと何事もなく起き上がる。
「無駄だよ、バケモノのお姉さん」
 ゆらゆらと両腕を波打たせながら、ピエロ姿の少女が嘲笑う。
「こいつらは人形だよ人形、痛みを感じる脳ミソなんて入ってない! やられて死ぬような命なんて最初から持ってない! あるのはね、人を殺せる馬鹿力だけさ!」
 その両腕が激しく舞い、綺麗な五指が妖しく蠢く。
 蠢く指先から、魔力が糸のように伸び、人形たちと繋がっている。それを、セレシュは見て取った。
 ひび割れ壊れかけていた人形たちが、先程と全く変わらぬ速度で襲いかかって来る。
「気合いやで、自分」
 セレシュは、付喪神の少女の背後にヒラリと回り込んだ。彼女を、楯にした。
「30秒くらいでええ。うちの事、守ってや」
「ち、ちょっと、お姉様……」
 文句を言おうとする少女に、人形の群れが襲いかかる。片腕あるいは両腕を失ったまま、脚を振り上げ、元石像の少女に蹴りを食らわせる。
「このっ……粗悪品の分際で、私を足蹴にしようなどと!」
 球体関節で繋がった美脚が、ことごとく折れて砕けて飛び散った。
 付喪神の少女が、手刀を振り回していた。
 ほっそりと綺麗な両手が、鉈のような重い唸りを発し、人形たちの蹴りを迎撃・粉砕してゆく。
 奮戦する少女を楯にしたまま、セレシュは目を閉じ、念じ、呟いた。
 日本語ではない、地球上のいかなる言語でもない呟き。失われた言葉による呪文。
 魔力の糸が、片っ端から切れた。
「うっ……」
 少女ピエロが、初めて狼狽の声を発した。
 壊れかけたまま動いていた人形の群れが、ばらばらと倒れて地面に投げ出され、動かなくなった。まさしく、糸の切れた人形である。
「人形使いの魔法、なかなか見事なもんやで自分……けど所詮、人間の魔法や」
 セレシュは言った。
「おイタはここまでにしとき。IO2が本腰入れたら、うちなんかよりずっと恐い人らが派遣されて来るかも知らんでえ」
「だ、黙れ! ボクの力、まだこんなもんじゃなぁああいッ!」
 人影のようなものたちが、バラバラと夜闇の中から現れた。
 新たな、無傷の人形たち。
 少女ピエロの両手から、再び魔力の糸が伸び、その人形たちと繋がってゆく。
「ボクの力を見ろ、バケモノども!」
「アホが……!」
 セレシュは呻いた。命を奪って魔力の源を絶つ、しかないのであろうか。
 その時。付喪神の少女の耳元で、毒蛇が輝いた。
 毒蛇を象った、ミスリル製のピアス。
 鈍重な石の属性を、軽いミスリル属性へと一時的に変換する、魔法の装飾品。
「あかんわ……!」
 あんたは手ぇ出さんでええ、とセレシュが言おうとした時には、疾風が吹いていた。
 無傷の人形たちが、その疾風に打ち据えられ、ひび割れながら倒れ伏す。
 付喪神の少女が、元石像とは思えぬ速度で、疾風の如く駆けていた。
 その疾駆に合わせ、鋭利な細腕が一閃し、すらりと形良い美脚が左右交互に跳ね上がる。高速の手刀が、肘打ちが、蹴りが、人形たちを叩きのめす。
 細かく舞い上がる破片を蹴散らしながら、付喪神の少女は踏み込んでいた。人形使いの、眼前へと。
「私、確かに……まだ人間には成りきれておりませんけれど」
 少女ピエロの細い首筋に、付喪神の少女が、一瞬だけ指を触れた。綺麗な指先が、頸動脈を撫でた。
 そして生気を吸った。セレシュには、それがわかった。
「バケモノ化け物と、そう何度も言われては傷付きますわ」
 その言葉を、人形使いはもはや聞いていない。
 愛らしく無邪気だった美貌を、恐怖に引きつらせたまま、彼女は硬直していた。
 硬直した細身が、地響きを立てて倒れる。
 ゆったりとしたピエロの衣装に、意外と豊麗なボディラインを微かに浮き出させたまま、その身体は灰色に固まっている。
 人形使いの少女は、石像と化していた。魔力のない、単なる石像。
 魔力を絶たれた人形たちが、もはや起き上がる事も出来ぬまま公園のあちこちで、屍のような様を晒している。
 フリル付きのワンピースは無惨に裂け乱れ、ひび割れた素肌が露出している。
 首から上は無表情な美少女。首から下は、手足をでたらめな方向に投げ出した残骸。
 そんな人形の屍で満たされた公園の真ん中で、付喪神の少女は、月光を浴びながら佇んでいる。
「……懐かしいですわ、お姉様」
「何がや」
「あの時も、こんな……夜の公園、でしたわねぇえ」
 月明かりの中で、その美貌が、憎悪に歪んでいった。