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<東京怪談ノベル(シングル)>


修道女たちの平穏なる休日

柔らかな秋をはらんだ風が街を穏やかに吹き抜ける。
いついかなる時に下されるか分からない任務の合間に訪れた休日。
たまの休みに羽を伸ばそう、と数人の同僚たちの提案に乗る形で訪れたのは郊外にあるショッピングモール。
広々とした敷地に作られたモダンアメリカ的な店―特に女性客の心をがっちりと掴むブランドショップが出店している。
それだけでなく子供も楽しめるようにあちこちにプレイランドがあり、ファミリー客の受けもいい。
楽しげに笑いあって歩いていく家族連れ。腕を組んで歩くカップル。
ごくありふれた平穏な日常を目にすると、瑞科はどこかほっとする。それは一緒にいる同僚も同じらしく、どことなく穏やかな表情だ。
そんな瑞科に手を引かれて、流れる涙を何度も拭いて、ぐする4,5歳の少女。
もう片方の手にはしっかりとウサギのぬいぐるみを抱きかかえ、不安を必死に押し殺しているのが手に取るようにわかった。

「もうすぐセンターに着きますわ。ご両親にもすぐに会えますわよ」
「っ……ホント?お姉ちゃん」
「ええ、大丈夫よ。パパとママもあなたがいないから心配してるから、絶対に会えるわよ」

通りの先にロッジ風の建物が見えると、瑞科はにっこりと不安そうな顔をしている少女に笑いかけた。
少女はわずかばかりしゃくりあげ、念押しするように尋ねると、同僚は膝をついて少女の視線に合わせ、右の人差し指を唇に押し当ててウインクする。
ちょっと驚いた表情を浮かべ―少女はすぐにうんと大きくうなずき、早く早くと瑞科の手を引いて駆け出しそうになった。
手を引かれる格好になった瑞科は小さく苦笑するが、嫌な気分ではなかった。

―全く子供は現金よね

武装審問官のダントツの実力を誇る瑞科を引っ張っていくなど、意外にあの少女は大物と思う。
だが、先ほどまであれだけ大泣きしていたのに、両親に会えるとわかった途端、あのはしゃぎようは現金なものだ。
もっとも瑞科にそんなことを言おうものなら、一撃のもと叩きのめされるのが分かっているので口にはしない。

あの少女とあったのはモールについて数分後。いや来た直後と言った方が正しい。
どの店に行こうかと雑談しながら歩いていた瑞科と同僚は店のディスプレイとして大きなテディベアがどっしりと腰かけるベンチの前で大泣きをしていた少女を見つけた。
かなりの大声だったので、ちょっとした人だかりと店の店員らしい女性が何とかなだめていたが、こっちの気などお構いなしに少女はますます声を張り上げて泣きじゃくるばかり。
子供がけっこう苦手な同僚は若干眉をよせ、まぁ店員がいるからいいや、とその場を無視して通り過ぎようとしたのだが、一緒に来ていた瑞科は違った。

「あらあら、どうしたの?お嬢さん」
「ちょっと白鳥」

柔らかく微笑見ながら膝をついて覗き込んでくる瑞科に少女は驚いて泣き止むと同時に同僚は少々非難めいた声を上げるが、きれいに無視されてしまう。

「うんっとね……パパとママがいないの。ちょっとくまちゃんのとこ行くから待っててって言ったのに」
「まぁ、そうだったの。じゃあ、お姉ちゃんたちが御両親に会えるところに連れて行ってあげますわ。いいですわね?」
「ハイハイ……って、決定事項!?私、子供は」
「これもお仕事の一環ですわよ」

子供苦手な同僚はあからさまに非難の声を上げるが、極上の笑みに冷やかな眼差しを乗せられると逆らえない。
何せ自分をはじめとする武装審問官たちが束になっても彼女に駆ったためしがなかったのだ。
もうこうなるとおとなしく従った方が身のためとよく理解し、ほっとした表情を見せる店員に事務棟―要するに迷子センターの所在を聞き、向かうことになったのである。
幸いセンターまでは少女を見つけた店からメインストリートをまっすぐ行ったところで、歩いて数分と掛からない―はずだった。
その店からセンターまでの間に子どもが大好きなお菓子のワゴン販売や可愛らしいぬいぐるみやおもちゃを扱う海外のトイショップなどが至る所に点在していた。
結果、あっちに行きたい、これ欲しい、おなかすいた、お菓子食べたい、と駄々をこね―同僚は完全にお手上げ。
だが瑞科は怒らず、

「あらあら、また迷子になってしまいますわ。パパとママが待っていますわよ」
「ちょっと持って歩くには重たいですわね。お姉ちゃんたちにも運べませんわ」
「今食べてしまうと、お昼ご飯が食べられなくなってしまいますよ?お菓子はおやつに食べるようにしましょうね」

噛んで含めるように諭していたから、見事なものである。
少女もちょっとむくれながらも大人しくうなずくから、それなりになついているのがよくわかった。
全くこれもある種の才能だろうと感心してしまう。

ようやくついたセンターは泣きじゃくる子どもたちとその世話に追われるスタッフたちに子どもを探して慌てふためく親の姿。
やっと再会するとその反応は人さまざまで、安堵の涙を流す親、迷子になってしまった子どもを怒鳴りつける親。
見ていてあまり気持ちの良いものでないから止めてもらえないかな〜と思う同僚だが、少女の両親は前者で蒼い顔をして娘を見つけると、母親は娘を思い切り抱きしめ、父親はひたすらお礼を言いながら瑞科たちに頭を下げた。

「ありがとうございます。何かお礼を」
「お気になさらないでください。お嬢さん、とってもいい子でしたわ。ここのスタッフさんたちに自分でお名前を言って、どこではぐれてしまったのかも言えましたもの」
「でも、せっかくお友達同士で楽しまれていたのに、うちの子が御迷惑をかけてしまって」

娘をしっかりと抱きしめて、母親が困り果てた表情をすると、瑞科は小さく首を振り、優しく―だか、きっぱりと言い切った。

「迷惑なんて思っていませんわ。ご両親に無事会えてよかったのですから、私たちはこれで失礼しますわ」

最強の笑みを残し、肩をすくめて感心していた同僚とともにセンターを出ていく。
背中越しに引き留めようと声をかけようとする父親の気配を感じたが、何かの手続きでスタッフが声をかけてたので、どうにか振り切れた。

「やれやれ、どうにか終わったわね。迷子ってこれだから」
「あら、結構楽しんでいらしたのではなくて?」
「冗談でしょう?あれが欲しいとか食べたいとか、さんざんわがまま言いまくる子をよくもいい子なんて言えたもんよ」

全く人が良すぎるわよ、と大げさに肩をすくめて見せた同僚だったが瑞科はくすりと笑い―ロングブーツに包まれたしなやかな足で石畳に小さな円を描いて振り返る。
同時にミニプリーツスカートがふわりと揺れ、一瞬、その下に隠れた白い太ももが見せそうになり、同僚は思い切りスタイルの違いを感じ、そこはかとなく敗北感を覚える。

「わがままは子どもの特権。邪気のない子をいい子と言わなくてどうします?」
「あ〜もう、私の負けよ。もうやめやめっ!とっととショッピング再開して、ここで評判のランチ食べに行くわよ」

もともと戦闘能力で敵わないのだ。口でも敵うわけがないと同僚はさっさと白旗を上げると、瑞科の腕を取って強引に歩き出す。
こんなことで―いや、子どもの親にしてみれば大事なのだが―瑞科たち武装審問官にとっては貴重な貴重な休暇なのだ。
今、楽しまなくてどうなるというのが、同僚の信条だ。
腕を引いて、ぐいぐいと歩く彼女の背を見ながら、瑞科は胸の内で思う。

―貴女の明るさがあるから救われるものもあるのですわよ。

それをはっきりと告げると、おそらく彼女はちょっと図に乗ってしまいそうなので言わないでおく。
鮮やかな青に染め上った空の元、瑞科たちは短くも楽しい休日を満喫するために歩き出していた。