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<東京怪談ノベル(シングル)>


仕立て職人の誇り

ある意味、職業病なのだろうと彼女は思う。
開発されたばかりの新素材がようやく手元に届いたのに胸が弾む。
以前の物より軽く、強靭な素材で表地はラバーで裏地は吸湿性の高い布地が張り付けられている。
開発者曰く―柔軟性もあり、ありとあらゆる方向への伸縮性にも富んで、動きやすさが増すことでしょう!と胸を反らして自慢した。
話半分で聞いていたが、実際にあらゆる実験―急速冷凍や耐火、限界点までひっぱったところに銃弾を撃ち込むなどーを行った結果、一つの結論に行きついた。

「あ〜管理部?悪いけどぉ〜白鳥武装審問官、緊急かつ早急に呼び出してちょーだい♪いい?大至急ね」

嬉しさか楽しさかは察しがつかないが、ただ一つ言えるとすれば、この超ド級にサボり魔な開発部総責任者であるシスターの彼女が久々に乗っているのは第一線の現場で戦う審問官たちにとって幸運。
だが、その開発途中で半ば強引に協力させられる白鳥瑞科審問官にとっては多少の不運とであると確実に言えた。

開発部総責任者にして技術シスターである友人に呼び出された瑞科は諦めと悟りの境地に達していた。
彼女専用の開発室に協力という名の軟禁状態に置かれて3時間。
突き抜けたハイテンションの技術官に全身採寸を取られ、新素材の布を合わせられること数千回に上る。
いい加減に戻らないといけないのだが、こだわりの強い彼女がそうそう簡単に解放してくれるはずもなく、それを手伝う部下たちもげんなり状態。
しかもデザインやパターン、裁断された布地はところ狭しと山積みになっている。
十分すぎる量なのだが、技術官の彼女が納得するまでにいたっていないらしい。

「だぁぁぁぁぁぁっ、違う……違うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!デザイン、パターン起こし直しぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「あの〜シスター、もう終わりにしませんか?白鳥審問官に御迷惑ですよぉぉぉぉっ」
「お黙りっ!!最高の人物、最高の素材、最高のメンバーがそろっているのなら最高の戦闘服を作らずしてなんとする!」
絶叫し、エキサイトする技術官にたまりかねた部下の一人が恐る恐る―だが、勇気をもって進言するも、正論過ぎる正論に論破され、たちまち黙り込んだ。

「いい?我々、技術屋―いえ、仕立て職人が上を目指さず、妥協して手を抜くこと審問官たちを危険にさらすこと―すなわち死に直結してしまうの。瑞科には迷惑をかけているのは分かっている……けれど、武装審問官随一の彼女に対応できる戦闘服―シスター服を作り上げることは他の審問官たちをも守ることにつながるのよ」
「相変わらずの職人気質ですわね。その心意気に敬意を表しますわ、シスター」

高らかに宣言するシスターに瑞科はにこやかにほほ笑みかけながら、ここが潮時とばかりに牽制をかける。
熱血漢と言えば聞こえがいいが、実際のところは凝り性で頑固、我がまま体質。
けれど腕は『教会』随一で、開発部総責任者という立場もあって誰も逆らえず、毎回乗り気になった彼女の気まぐれに振り回される部下たちが苦労するのだ。
ここで友人である瑞科が言わなければ、増々暴走するのが目に見えていた。

「でも、少々頑張りすぎですわね。そろそろ本命を絞り込めません?もう決めているんじゃなくて」

やんわりとかつ厳しく瑞科に牽制され、一瞬シスターは渋い表情をし―小さく肩をすくめた。

「そうね……あとは私と白鳥審問官だけで大丈夫だから、貴方たちは持ち場に戻りなさい。定時なら帰っても構わないわ―その代り、完成したら忙しくなるから覚悟しときなさい」
「了解しましたっ!!お疲れ様です」

ビシッと指さすシスターに部下たちは顔中を喜色に染めて最敬礼し、我先にと軟禁―否、開発室から足早に立ち去っていく。
全員が出ていったのを確認すると、シスターはやや呆れ顔でドアを閉め、椅子にゆったりと腰かける瑞科と向き合った。

「相変わらず余裕ね、瑞科。今までの戦闘データ見せてもらったけど、向かうところ敵なし……だからこそ防御を考えなくてはならない。私がこだわるのはそこよ」

先ほどまでのハイテンションは消え失せ、真剣かつ真摯な眼差しでテーブルに両手をついて身を乗り出してくるシスターに瑞科は小さく口の端を上げた。

「充分に理解していますわ、シスター。だからこそあなたの本音を聞きたかっただけ」

暴走気味なハイテンションに見えて、根底にあるものははっきりとしている。
前線に立つ仲間を全力で守るために己の持つ力で全力を尽くす。それが彼女の本質。
開発部は気づいていないが、彼女は瑞科たち武装審問官の信頼は絶大で、彼女が作り上げた戦闘用のシスター服に守られた者たちは少なくはない。
だからこそここまで付き合ったのだ。
きちんと話してもらえないなら意味はないと瑞科は思っていた。

「全く……言ってくれるわね、瑞科。だからこそ武装審問官随一の実力者ってことかしら」

やれやれと頭をかき、椅子に座るとシスターはわざとテーブルに置いた試作品の一枚を瑞科の前に差し出す。
今までと同じく黒を基調とした深いスリットの入ったシスター服。だが、よく見ると袖の部分が以前よりもすっきりとして、動きやすさが増している。
さらに胸を守るコルセットは革素材から新たに開発されたカーボンに近い素材になっており、軽いが強度は数十倍になっている。
軽くなった分、素早さが上がり攻撃に映りやすくなりそうだ。
腕を保護するロンググローブや手首のグローブにも同じ素材を転用しているが、指や腕関節が動きやすいように伸縮性の高い合成革が織り込まれて、なめらかに動きやすい。
内側に柔らかで吸湿性の高い布地を貼り、カーボンと合成革で外側を編み上げた強度を上げたロングブーツ。
これら一式でどれだけの能力向上につながるか計り知れなかった。
だが、シスターが不満なのは目に見えて分かり、瑞科は不思議に見返す。

「今できる限りの技術で作ってあるわ。攻撃力、防御力は以前よりも80%は向上―でも、身体能力の高い貴女にはもう少しオプションが必要と思ったわけ」

そう言うなりシスターはテーブルの下に隠しておいた長方形のジュラルミン製ケースを置き、開く。
上質なベルベットの上に収められていたのは、鋭さの増した白銀に輝く一振りの剣。

「ある地区で発掘された鉱石で、魔に対抗する銀を含んでいる特殊なものでね。きちんと聖別して、対魔銃の銃弾として実際に試してもらったから威力は実証済み。ついでに魔法力を高める力もあるから、重力弾の力も上がるわね」
「オプションにしては破格すぎではないの?」
「前に苦い思いしたからね……これでも不安なのよ。保険はいくつあっても足りないってことかしらね」

少しばかり冗談めいた瑞科の言葉にシスターはどこか遠い目をして返す。
一瞬、息を飲み―あることを思い出すと、瑞科はそれ以上何も言わずに新たな戦闘服と剣を受け取ると席を立った。
同時に新たな任務を告げるスマホの着信音が鳴り響く。

「新素材、できたらまた付き合ってもらうわよ?白鳥審問官」
「ええ。その時はよろしくお願いしますわ」

背を向けて片手を上げるシスターに瑞科はふわりと最高の笑顔を零すと、開発室のドアを押し開く。
受け取ったのは、ただの道具ではない。
最高の素材を最高の技術を持って誇り高き仕立て職人が戦う者たちを守るために作り出した戦闘服と武器。
そこにあるのはわずかな気の緩みも何もない。ただひたすら武装審問官たちを守りたいという強烈な意志と無事を願う祈り。
瑞科はその思いを胸に新たな任務へと赴く決意を固め、歩き出す。