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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇夜のラピュセル―乙女

派手な爆発音と魔物たちの奇声があたり一帯に響き渡り、炎が吹き荒れ、頑丈であったはずのビルは見るも無残な姿に変わり果てていた。
崩れ落ちていくビルのコンクリートが道路に降り注ぐ。
その危険な道を銀のラインを刻み込んだ漆黒のフェラーリがフルスピードで華麗なドラフト走行を見せつける。
当たる寸前で軽々と避けていく車体は魔物たちが群がるビルの入り口に迷うことなく突っ込み、数匹の魔物たちを吹っ飛ばし、大きなブレーキ音を立てて車体を横に滑らせて止める。
突然の乱入者に驚き、慌てて逃げる魔物たちだったが、それが人間の操る鉄の乗り物だと知った瞬間、途端に色めきだって我先とフェラーリに殺到した。
だが、魔物たちが触れるよりも早くフェラーリから降り立った人影より放たれた青白い光球が炸裂し、その大半を消し飛ばす。
ほんのわずかなひるみを見逃さず、空を閃く銀の輝きがあっという間に数体の魔物たちを切り裂いた。

「さすがはシスター。素晴らしい切れ味ですわね」

剣身に付いたどす黒い緑の体液を振り払いながら、おっとりとした口調で剣呑なセリフを言い放つのは『教会』屈指の武装審問官・白鳥瑞科その人。
冷たくも美しい銀の輝きを放つ剣は今までのものよりも軽く、鋭さを増して扱いやすい。
柔らかな長い髪をなびかせ、その豊満な肉体を新たに作り出された戦闘服で包み、鋭いまなざしで暴れ狂う魔物たちをひたと睨みつけた。

「さて、これ以上暴れられては一般の方々にとても迷惑ですわ。よって」

ふんわりとほほ笑みながら、剣先を唸り声をあげている魔物たちに向ける。

「強制排除させていただきます。覚悟!」

全身に感じる殺気をものともせず、瑞科は軽い動きで魔物の群れに切りかかった。
トロルとオークが己が腕の数倍はありそうな棍棒を振り回し、漆黒の毛皮に覆われた狼に似た巨大な魔犬・ガルムが大口を開け、血濡れた牙を瑞科に向ける。
だが、単調すぎるその動きは読みやすく、左右同時に振り下ろされた棍棒を軽い身のこなしで飛んでかわすと、空中で大回転して後ろに回り、着地すると同時にトロルとオークを切り捨てる。
絶叫を上げて倒れ伏す二匹の魔物を踏みつけてガルムが前脚の爪を振り上げて襲い掛かってくる。
それを逃げもせず、瑞科は剣で受け止めると勢いよく横へと薙ぎ払い、地を蹴り、そのままガルムの懐に飛び込む。
無防備に晒されたその腹に瑞科の強烈な拳がえぐり込み、ガルムの巨体が勢いよく吹っ飛んでいく。
その巨体に巻き込まれ、殺到していた他の魔物たちも吹っ飛び、無残な姿でアスファルトに固められた地表へと叩き付けられていった。

「まあまあ、こんなにも違いが出るのですね。シスターの意気込みを感じますわ」

戦闘中にも関わらず、瑞科の言葉はどこかおっとりとしたものだが、驚愕と驚嘆の色にありありと染まっていた。
両手を守るグローブは以前と変わらない見た目だというのに、敵を殴り飛ばした感触が随分と変わっている。
手のひらの部分は柔らかく、動きやすいが手の甲はしなやかだが頑丈で相手への破壊力は増しているが伝わる衝撃はほぼゼロに近い。
さらに加えて言うならば、ブーツも軽くなっている。
シスター曰く、新素材を使っているから強度は増している上に軽量化していると言っていたが、それに間違いはなかった。
事実、空を飛んだ時、今までと同じ力でやっているというのに飛ぶ高さが考えていたよりも数メートルほど違っている。
しかもガルムの懐に飛び込むための助走も前よりも軽い力―歩数にして1歩半ほどの速さで飛び込め、攻撃に至った。
わずか1歩半。だが、戦いにおいての1歩半は大きな意味を成す。
一瞬でも早く攻撃できることは相手に反撃の隙を与えさせず、倒すことを可能とさせる。
随一の実力を誇る瑞科でこの結果ならば、他の者たちにとってはもっと大きな成果をなすのは自明の理だ。

「全く―あの方の研究熱心さには頭が下がりますわね」

前線で戦う武装審問官を守るため。
その願いのために全身全霊で武器・防具の開発に情熱を注ぐ彼女に感謝しつつも、そのために暴走してまわりを巻き込むのはやめてもらないかしらと思ってしまうのはご愛嬌かしらとも思う。
あっという間に仲間が倒された上に、どこか心あらずな乱入者にいきり立ち、魔物たちが牙や爪を振りかざして瑞科に襲い掛かるも、相手にならない。
瞬時に意識を先頭に向けると、瑞科は牙をむいて噛みついてきた三つ頭の魔犬・ケルベロスたちに強化されたブーツで後ろ回し蹴りを側頭部に食らわせ、崩れかけたビルの壁にまで蹴り飛ばす。
ひるみもせず向かってくるオークの群れに一瞬にして左手で練り上げた重力弾を解き放つ。
雷光をほとばしらせた黒い球体が収縮し、刹那、オークたちの頭上で爆発し、半円状のドームを描いて押しつぶす。
その黒い雷光を突っ切るように急降下しきたワイバーンを目の端で正確に捕えていた瑞科は鋭さを増した速さで剣を振るい、ワイバーンの首を切り落とす。
ものの1分と掛からない瑞科の攻撃は圧倒的で、魔物たちを怯えさせるには充分だった。

―強者には逆らわず、関わらず

それは弱肉強食の魔の世界に生ける獣たちにとって絶対の掟。
己たちが住まう世界と人間たちが住まうこの世界をつなぐ扉が開かれ、誘われるように本能のまま暴れていただけで消されるのは御免とばかりに生き残った魔物たちは瑞科から離れると、一斉にある方向へと逃げ出していく。
それを見届けると瑞科は大きく息をつき、魔力で強度をあらかじめ高めておいた愛車に乗り込み、そのあとを追う。

『何者かが魔界との次元ゲートを開き、魔物たちがあふれ出している。被害が拡大する前に魔物たちを排除、ゲートを破壊せよ』

開発室から出た直後に司令から下された今回の任務。
狂信的な魔神崇拝の教団や召喚士たちが魔界との門―ゲートを作り、魔物を呼び出すことはよくある話で、瑞科もゲートを破壊する任務は幾たびも受けてきたが、今回は明らかに一線を画していると感じていた。
もちろん大規模な呪術を使わず、ごく自然発生的なゲートもあるが、大半が規模の小さいもので出てくる魔物の最下位程度。
ごくまれに巨大な物もあるが、そういったものは事前に察知ができるので大事に至る前に封印して終わりだ。
だが、事前察知もされず、狂信者たちが動いた形跡もなく、突如として開いたゲート。しかもあふれ出た魔物たちの数からして、かなりの大きさであるのは間違いないが、その意味が分からない。
ただゲートを作り、魔物たちを召喚しただけで何の意味があるのか。
それとも何かの前触れなのかと、瑞科は自然と勘繰ってしまうが、すぐにその考えを振り払い、目の前の任務に集中した。
逃げる魔物の一団を着かず離れずの距離を保ちながら追いかける。
暴れていたビル群から10ブロックほど離れたところで魔物たちは作られて間もない地下駐車場へと滑り込んでいくのを目撃し、愛車をその入り口に止めると、迷うことなく踏み込んだ。

仄明るいオレンジと青白い光が入り混じる地下通路を下りていくごとに、異様なまでに重く淀んだ気配を肌で感じる。
やがてたどり着いた最下層からあふれ出てくるそれが魔界独特の気―瘴気であることを察し、瑞科はぐっと気を引き締めた。

踏み込んだ瞬間、ぶわりと肌を切り裂く瘴気。
新たな戦闘服でなければ、いともたやすく切り裂かれるほどの強力さに瑞科は我知らずため息をつく。
まだオープン前で一台も車がないそのフロア一面の床に描かれた見たことのない象形文字の円―魔法陣。
東西南北それぞれの位置に打ち立てられた水晶柱から蒼黒い光を放ち、時折、小さな稲妻と火柱が生き物のように蠢いている。
中央に描かれた六芒星が妖しい輝きを放ち、底知れない暗闇が口を開けて、瑞科の攻撃から逃げていた魔物たちがまっしぐらに飛び込んで消えていった。

「ゲート確認ですわ」

何者かは知らないがこれほど大規模なゲートを放っておくわけにいかない。
精神を集中し、要である水晶柱の上にこぶし大の重力弾を出現させると迷うことなく落とす。
びしりと音を立てて砕け散る水晶。同時に蒼黒い光が消え失せ、中心の六芒星が急速に輝きを失うと音もなくすうっと描かれた魔法陣が消失する。
まるで初めから何もなかったようなあっけなさに瑞科は違和感を覚えながらも、任務完了を告げるためスマホを手に取った。