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<東京怪談ノベル(シングル)>


そして序曲は奏でられる

「妙な一件だな」

開口一番、報告を受けた司令がつぶやいた一言が全てを物語っていた。
建設中の地下駐車場に開かれた次元ゲート。
自然発生ではなく、明らかに人の手が入った―しかも大規模な代物。
誰が何の目的で作り出したのか一切不明。だが、あれだけ大量の魔物たちが行き来できたとなると、ゲートを作り出した者は相当な術者だ。
それだけの力がある者なら『教会』の調査に引っかかってくるはずなのだが。

「本件に関わった魔神崇拝、悪魔信仰の教団はなし。だが」
「気にかかりますわね、司令。明らかに人為的であるというのに、術者の手がかりがなしというのは奇妙ですわ」
「そうだな……情報部も第一級最重要案件として早急に調査を開始している。場合によっては、君に動いてもらう。白鳥審問官」

珍しく考え込んだ後、司令はようやく顔をあげた。
安堵させるように瑞科は柔らかく微笑みながら敬礼し、踵を返すと表情を引き締める。
司令の懸念はもっともだ。今回の一件、腑に落ちないことが多すぎる。
人のいない建設中のビル群しかない開発地区で発生した魔物の群れ。
その破壊活動により損壊したビルは数知れなかったが、幸いなことに対人被害は全くないのが救いだった。
しかし、それすらも織り込んだ上で召喚を行ったとすれば、敵はかなりの切れ者と言えるだろう。

「何にしても気は抜けませんわね」

何者かは分からないが、異世界の生き物である魔物を呼び出し、混乱を巻き起こしたことは万死に値する。
これが何かの始まりであろうとなかろうと、人々に害悪をなし、『教会』に戦いを挑もうというならば受けて立つまでと瑞科は心を決めていた。
口元に優雅な弧を描き、瑞科はエレベータに身をゆだねると地上―ではなく、開発部のあるエリアのボタンを押す。
報告で遅くなったが、新開発された戦闘服と武器のお礼を直接言いたかった。
今までの物よりも俊敏性があり、防御能力も格段にレベルアップしていたお蔭で随分と楽に魔物たちの排除に成功した。
新たに渡された武器もそうだ。
女性である瑞科が使いやすいように速さと軽さを重視しつつも、切れ味の鋭さを極限にまで追求された剣。
対魔物も考慮され、柄の部分にはめ込まれた魔法の宝珠が瑞科の持つ力を増幅させて、通常よりも強い重力弾や雷撃を使えたのは大きい。
これを量産化すれば、他の武装審問官たちにとってこれほど心強いことはない、と瑞科は考えていた。
到着を告げるエレベータの音。軽い空気音とともにドアが開くと、瑞科は迷うことなく開発部へと足を向けた。

「あ〜ら、お帰りなさい、白鳥審問官任務ご苦労様」

ドアを開けて開口一番、自慢に満ち溢れた笑顔全開の技術シスターが出迎えられるなり、がっちりと腕を掴まれると鼻歌交じりで奥にある彼女専用の開発室に引きずられていく。
訳も分からない表情で引っ張られる瑞科を他の技術官たちは同情と憐みを極大に混ぜ込んだ視線で生暖かく見送ると、何事もなかったように仕事を再開し―これから巻き込まれるであろう事態を考えて、一気に空気が重くなったのは瑞科の知らないところである。

「さ・て・と……剣出して?」
「え?どうしてです……」
「い・い・か・らっ!出しなさい、白鳥審問官」

笑顔のままだが、立ち上る気配が果てしなく剣呑かつ黒く、背筋に冷たいものが自然と落ちていくのを感じた瑞科は言われるまま剣をデスクの上に置いた。
無言のままそれを受け取ると、シスターは目を皿のようにして隈なく剣を見回し―やがて小さく嘆息を零した。

「やっぱり持たなかったわね」
「あら、何がですの?とても素晴らしい切れ味と鋭さでしたのに……シスターは何が気に入らないとおっしゃるのかしら」

あ〜と呻いて、乱暴に頭をかきむしるシスターに瑞科は小首を傾げて問いかけると、何も言わず柄に嵌められた宝珠の一つを指で叩いた。
何事だろうと瑞科が覗き込むと、わずかだが、その宝珠には無数の細かい亀裂が内部に走り、魔力の輝きが色あせている。
戦っている時はもちろん指摘されるまで気づかなかった瑞科が少しばかり驚いた表情を浮かべると、シスターは分からなかったのかと言いたげな視線で見返した。

「戦っている時には気づきませんでしたわ。普段の数倍以上に重力弾も雷撃も強力でしたから、私としては不満がありませんでしたもの」
「それはそれで嬉しい話よ。けど私としてはやっぱり納得できなかったの、この宝珠は。魔力増幅の力を秘めた宝珠を選別したつもりだったけど、耐久性に難点があってね……もっと強い宝珠を使いたかったのよね」

開発者のこだわりよ、と前置きしながら、シスターは一度席を立つと壁際に置かれたチェストの引き出しから手のひらに収まる小箱を取り出すと、デスクの上に置いた。
何の変哲のない小箱だが、中からあふれ出てくる魔力の波動を感じ、瑞科の表情が引き締まる。
くすりと笑みを浮かべ、シスターが蓋をあけると、そこに収められていたのは金色の光を帯びた手のひら大の水晶。しかも加工が一切加えられていない原石だ。
その状態で部屋全体を振動させる魔力に満ち溢れているのだから、秘められた力は底知れないとわかる。

「さすが瑞科ね。この水晶が持ち込まれた時、どうやってこの力を封じようかって結構悩んだのよ。こういった代物は狙われやすいから、思い切って特注品のチェスト作ったのよ……でも使い道はできたわ」

自信たっぷりの不敵な笑みを浮かべ、シスターは水晶を指先で軽く叩きながら、瑞科をまっすぐに見た。

「これを剣の増幅器として組み込ませてもらうわ、瑞科。『教会』随一の実力を持つ貴女ならば、この力を存分に使いこなせると私は踏んでるの。そして、これにふさわしい新たな戦闘服も作らせてもらうわね」

力強いシスターの言葉に瑞科は深くうなずくも、最後の『新たな戦闘服』の一言に若干の違和感を覚える。
剣はともかくとして、戦闘服にこれ以上手を加える必要性はないと考えていた。
なのに、また作るとはどういうことなのかと疑問に思う瑞科にシスターはポケットから3,4個のメジャーを取り出して、笑顔でそれを伸ばす。

「今回使った戦闘用のシスター服はあくまで一般要員専用。剣の力を向上させるなら、それに対応できる服を作るのも必然と思わない?」
「それは分かりますわ。ですが、今に今でなくてもいいのではないかしら?採寸でしたら充分にとりましたもの」
「何言ってるの。一度の戦闘でどこにどんな影響があったのかを調べる意味でも必要なこと……観念して頂戴」

じりじりとにじり寄ってくるシスターに呆れながらも、どうやって切り抜けようかしらと頭を巡らす瑞科だったが、救いの手はあっけなくもたらされた。
乱暴にドアがノックされると同時に、慌てふためいた情報官が飛び込み、大きく肩で息を切らせて部屋をぐるりと見渡す。
そして呆気にとられている瑞科を見つけると、安堵の表情を浮かべて敬礼した。

「白鳥武装審問官、開発地区次元ゲート発生の件に関し、新情報があります。至急、情報部までお越しください」

ゲートと耳にした瞬間、瑞科とシスターの表情が一変する。
シスターの方にも今回の一件はすでに耳に入っており、その異常性を感じ取っていただけに事の重大さをすぐに察した。

「こちらは構わないわ、白鳥審問官。すぐに情報部へ向かってください」
「ええ、そうさせていただきますわ。そちらはお預けしますね」

短い言葉ですべてが通じる。
小さな敬礼を残して情報官とともに開発部を後にしていく瑞科を見送ると、シスターは騒然としている開発部員たちに号令を下す。
新たな戦いの序曲が今、奏でられ始めた。

FIN