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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


湖畔にて


「貴方、テントの張り方うまいねえ」
 ボランティアスタッフの1人が、声をかけてきた。いくらか年配の、白人男性である。
 他にも大勢の人々が、テントの設営やバーベキューの準備を、やけに楽しそうにこなしている。
 フェイトも今、そこに加わって黙々と作業を進めているところであった。
「キャンプ、慣れているの?」
「ええ、まあ……職業柄、と言いますか」
 フェイトは曖昧な答え方をした。
 IO2の訓練で、アウトドア系の技術は一通り叩き込まれている。テントの張り方、ロープやナイフの使い方、食料の確保手段その他諸々。
 もっとも実戦においては、のんびりとテントを張っていられる状況など、それほど多くはない。
 この間の仕事では、チベットの土漠でジープが立ち往生し、運転席で毛布にくるまって眠る羽目になったものだ。
「それにしても……随分と大勢の人が、来てるんですね」
 フェイトは尋ねてみた。
「皆さん、ボランティアの方ですか?」
「ええ。子供たちの役に立てるのは、良い事ですから」
 白人男性が、にこやかに答える。
 ハイスクールに通う年齢であれば、もう子供とは言えないだろう。
 テントの屋根を、支柱もろとも持ち上げて固定しながら、フェイトはそう思った。腕力だけでなく、手際の良さが必要となる作業だ。
 こういう作業も生徒たち自身にやらせるのが、サマーキャンプの意義ではないのか、とも思わない事はない。
 その生徒たちは、まるで海水浴場のような湖畔で、水着姿ではしゃいでいる。
 遥か彼方、海原のような水平線を、フェイトはじっと見やった。
 海ではない。これでも湖なのだ。
 オンタリオ湖。その面積は、四国とほぼ同等であるらしい。
 とあるハイスクールが、この湖畔でサマーキャンプを実施していた。
 高校生である。こういう時に羽目を外す者が多いのは、日米共通と言える。
「おーい、そこ! 何やってるんだ」
 フェイトは声をかけた。何名かの生徒が、近くを通り掛かったところである。
 男子生徒2人、女子生徒3人。男子の片方が、歩きながら煙草をくわえ、火を点けようとしている。
 フェイトはつかつかと歩み寄り、タバコとライターを取り上げた。
「アメリカじゃ未成年の喫煙が認められてるのか? そうじゃないだろ」
「な、何だよ日本人。自分だって未成年のくせによ、偉そうに……」
「あれー、知らないのォ? この人、アディのお兄さんで20歳超えちゃってるんだよお」
 女子生徒の1人が言った。
「お兄さん、ってワケじゃないんだっけ? とにかく、あの子の……えっと、お兄さんじゃなけりゃ何?」
「何なに、あいつ男連れでキャンプになんか来てるのぉ? やるじゃない」
 際どい水着姿の女子生徒3名が、フェイトに群がった。
「ね、ね、あの子とどーゆう関係?」
「関係ないんなら、あたしらと一緒に泳ごうよぉ」
「だ、駄目だって。仕事中なんだから」
 やんわりと彼女たちを振りほどきながら、フェイトは思う。
 あの少女も、アディなどという愛称を付けられ、友達に恵まれた学校生活を送っているのであろうか。
「あいつぅ、名前通りお人形みたいなくせに油断出来ないじゃないの、こんな可愛い彼氏さりげなく連れて来るなんて」
「ねえ日本人のお兄さん? どこがいいのよう、あんな無愛想で付き合い悪い奴の」
「でも話してみると、けっこう面白いわよ。あの子」
 アデドラと、仲良くしてやって欲しい。
 そんな保護者のような事を、フェイトはつい言ってしまいそうになった。


「仲良くしてもらってる……とは言わないよなぁ、これは」
 フェイトは、思わず呟いた。
 アデドラ・ドールが、何人もの男子生徒に取り囲まれている。彼女自身の言葉を借りるなら「魂の不味そうな」少年たちだ。
「ほらぁ……せ、せっかく泳ぎに来たんだからさぁ、こここコレを着なよおぉ」
 中でも特に不味そうな男子が、そんな事を言いながらアデドラに迫ろうとしている。
 海パンから大量にはみ出した贅肉が、目に痛々しい。
 そんな豚のような男子生徒が、見ただけでわかる不良少年たちを、取り巻きのように引き連れているのだ。
 家が金持ちなのだろう、とフェイトは思った。
 そんな集団に囲まれたまま、アデドラは無表情である。
 今、彼女が着用しているのは、大人しめで何の変哲もない白の水着だ。ほっそりとした体型が、清楚に引き立てられている感じである。
 この少女に、あまり派手な水着は似合わないだろう、とフェイトは思った。
 そんなアデドラに、豚のような少年が「コレを着ろ」などと言って差し出しているもの。
 それは濃紺の、いわゆるスクール水着であった。
「きっ君に着せるために、わざわざ日本から取り寄せたんだよぉアディ。本場アキハバラの逸品」
「何の本場だ! 何の!」
 フェイトは思わず怒鳴りながら、ずかずかと場に踏み入って行った。
 ここは日本人として、黙っているべきではなかった。
 不良少年たちが、ぎろりと剣呑な視線を向けて来る。
「おう日本人、恐いもの知らずな真似はやめた方がいいぜえ」
「こちらのお坊ちゃまに逆らっちゃいけねえよ。この人の親父さんはなあ、日本嫌いで有名な議員様なんだぜ? 怒らせたらおめえ、日本に核ミサイルが落っこっちまうぞう」
 嫌日で有名な議員と言えば、あの人物だろう。フェイトも名前だけは知っている。IO2中枢部とも関わりのある、上院の大物だ。
「恐いもの知らずは、あんたたちだよ。わからないのか? ……ま、わかんないだろうけど」
 言いつつフェイトは、ちらりとアデドラの方を見た。
 人形のような美貌には、相変わらず何の表情もない。アイスブルーの瞳が、少年たちに向かって冷たく輝いているだけだ。
「邪魔をするなよぉ、日本人」
 議員の息子が、丈の短いスクール水着を見せびらかしながら言った。
「コレだけじゃない、メイド服だってある! 体操服にブルマ、セーラー服! 全部ボクが、アディのためにアキハバラ通販で取り寄せたんだ! 日本人に文句を言う資格なんてあるか! お前ら、女の子にそーゆうもの着せて喜ぶ民族のくせに! ううううらやましーじゃんかよォオオオ!」
「……俺の職場にもな、そりゃ何人かいるよ。アメリカ人のくせに、アキバ萌えとか言ってる奴が。魔法少女とかロボットとか大好きな奴らが」
 頭痛を堪えながら、フェイトは言った。
「そういうものに給料注ぎ込むような大人には、ならない方がいいぞ。さ、とにかくここは退散退散。泳いで頭、冷やして来いよ」
「てめ、ガキみてえな顔してるくせに偉そうな口きくんじゃねえ!」
 不良少年の1人が、殴り掛かって来た。
 フェイトは、かわさなかった。勢いだけのパンチが、顔面に当たった。
 首を回して、フェイトはその勢いを殺した。傍目には、派手によろめいたように見える。
 このまま何発か殴られてやれば皆、気が済んで退散してくれるだろう。
 そう思いながらフェイトは、ちらりとアデドラの方を見た。相変わらずの無表情。
 だが彼女は今、怒り狂っている。それが、フェイトにはわかった。
 風景が、歪み始めたからだ。
 その歪みが、凶悪な人面の形を成す……前に、フェイトは仕方なく手を出した。足を、少しだけ動かした。
 殴り掛かって来た少年たちが、ことごとく拳を受け流され、足を引っかけられ、転倒してゆく。
「野郎……!」
 不良少年の1人が、武器を取り出し、構えた。
 拳銃だった。
「おい、ふざけるな!」
 怒声と共にフェイトは踏み込み、少年の右手を掴んで捻った。
 構えた拳銃を取り落としながら、少年が悲鳴を上げる。
 腕を折る、寸前まで捻り上げながらフェイトは、泣き喚く少年を睨み据えた。
「自分の命を、それに大切な人たちを守るため……お前らアメリカ人が銃を持つのは、それが理由のはずだよな。今は違うだろ? ええおい!」
 怒鳴りつつ、放り捨てるように少年を解放する。
「ふざけ半分に撃った銃で、どれだけ人が死んでるのか……まずは、この国の人間が考えなきゃ駄目だろうが」
 フェイトのその言葉には応えず、答える事も出来ず、少年たちが逃げ去って行く。
「お、覚えてろ日本人! ダディに頼んで、日本への輸出全部止めてやるからなぁー!」
 議員の息子も、たぷたぷと脂肪を揺らしながら逃げて行った。
 上院議員1人の意向で本当にそんな事態が起こるようなら、イギリス経済界の重鎮である彼に助力を乞うしかないか。
 少しだけそんな事を思いつつ、フェイトは言った。
「嫌嫌ながら、だったけど来て良かったよ、本当に」
「確かに、貴方がいなかったら……あいつら今頃、どうなっていたかしらね」
 アデドラが、ようやく言葉を発した。
 風景の歪みは、とりあえず無くなっている。
「食べなくて良かったじゃないか。あいつらの魂は、きっと不味いぞ」
「あたしもそう思うわ。でもね、不味い魂でもいいから仲間をよこせって……みんな、騒いでるから」
 言いつつアデドラが、ゆらりと歩み出した。少年たちが逃げて行った方向へと。
「お、おい。どこ行くんだよ」
「不味いものに慣れておくのも、悪くないと思うわ。いつか美味しい魂を、より美味しく味わうためにもね」
「駄目だって!」
「……それなら、貴方の魂をちょうだい」
 アイスブルーの瞳が、フェイトに向かってキラリと輝いた。
「少しだけ……ね」
「え……」
 フェイトは、その場にヘナヘナと膝から崩れ落ちた。
 何をされたのかは、わからない。
 何かを、吸われた。それだけを、フェイトは感じた。アイスブルーの瞳の中に、自分の何かが少しだけ吸い込まれて行くのを、フェイトは見た。
 人形のような美貌に、少しだけ表情が浮かんだ。
「貴方の魂は最高ね……でも、今日は少しだけにしておくわ」
「な……ななな……」
 何で、俺がこんな目に。
 そう言葉を紡ぐ気力も、フェイトには残っていなかった。
 溶けたように倒れ、立ち上がれずにいるフェイトの傍らを、アデドラがゆらりと通り過ぎて行く。
 ぞっとするほど涼やかな言葉を、残しながら。
「怒った貴方の魂、とても綺麗だったわ……」


 力の抜けた身体をのろのろと引きずって、フェイトがキャンプに戻って来た時。夕餉のバーベキューは、すでに終了していた。
「や、やっと飯が食えると……思ってたのに……」
「そう言うと思って、用意しておいたわ」
 アデドラが、テントで待っていてくれた。
 差し出された深皿を、フェイトはとりあえず受け取った。シチュー、らしきもので満たされている。
 一口、フェイトはスプーンで啜ってみた。
 牛肉が、良い感じに柔らかく煮込まれている。ただ、惜しむらくは。
「アデドラお嬢様……これ、味しないんですけど」
「余計な味が付いているより、ましだと思うのね」
 アデドラは言った。
「魂も同じ……人間は生きていると、魂におかしな味が付いていくものね」
「……そういうもんさ、美味い魂なんてない。だから、食べるのはやめとけよ」
 味のしないシチューを、フェイトはがつがつと腹に流し込んだ。腹は減っている。味がなかろうと、空腹に勝る調味料はない。
 その食いっぷりを眺めつつ、アデドラが言う。
「不味いものを、そんなふうに、やけ食いしたくなる時もあるわ……特に、この国で暮らしているとね」
 アイスブルーの瞳が、テントの中ではない、どこか遠くを見つめた。
「あたし、アメリカが嫌い。アメリカ人っていう人種が嫌い……あたしに、そんな事言う資格はないけれど」
 何か、辛い目に遭ったのか。
 その質問をフェイトは、シチューと一緒に呑み込んだ。
 この少女に対する、これ以上の愚問はない。
 遠くを見つめながら、アデドラは語った。
「この国が、どんなふうに出来ていったのか……あたし、少しだけ見た事があるわ。こんな国、滅びた方がいい。アメリカ人なんて、いなくなっちゃった方がいい……何度も、今でも、そう思うの」
 アメリカという国を、アメリカ人を、憎んでいる……わけでは、なさそうだった。
 憎しみよりも重く暗い何かを、フェイトは、アデドラの口調から確かに感じ取っていた。