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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.26 ■ TURNING POINT






 火薬の爆ぜる音が鳴り響く。

「……な……、んで……」

 赤い飛沫を撒き散らしながら、心に灯る絶望に顔を歪めた男は、撃ち抜かれた足を押さえるようにガクンっと膝を折り曲げ、その場に蹲った。

「……悪くない能力だ。さしずめ光学迷彩って所、だろうがな」

 口に咥えていた煙草を人差し指と中指の付け根で挟み込み、吸い込んだ事で尖端をジリッと侵食された煙草から、灰が落ちた。
 銃を片手に構え、黒いロングコートに身を包んだ武彦。サングラス越しでも分かる、その鋭い目付きで獲物を捉える瞳。

 その姿は正に、勇太が初めて出会った頃の武彦そのものだった。

「草間さん……」
「相変わらず、いやらしい程の正確さね。敵に回したくないわね」

 勇太の隣で思わず呟いた百合の言葉だった。
 百合はかつて、武彦と勇太を敵に回した経験がある。その頃はまだ能力を冷静に操れるだけの実力もなかった百合は、勢いのままに勇太の能力を真似て力押しした。今思えば、それが武彦にとってはかえって有効打だったのかもしれない。

 効率的な攻撃というのは、どうしたって頭の中で作戦を組み立て、それを守ろうとしてしまう。武彦のあの冷静なまでの判断能力と、正確無比な銃撃を前にすれば、それは正面からぶつかるのは愚策だろう。

 そんな事を考えながら戦況を見つめていた百合は、改めて男を見つめた。

「……クソ、クソッ! なんだよ、テメェ……!」

 動揺が冷静さを失わせ、心を乱す。かつての自分と同じような、未熟な精神状態での戦闘。しかし、百合や勇太のようにパワーだけで周囲を巻き込んで戦える能力ではない男では、それはただの焦りでしかない。

 ――そして再びの銃声が、男の肩を貫き、男はそのまま空を仰いだ。

「……いってぇぇぇえええ!!」
「騒ぐな。真正面からぶつからずに相手を痛めつけるだけがお前の実力か? 自分が追い詰められるなんて考えた事もないのか?」

 字面にしてみれば酷い挑発に見えるが、その口調はあくまでも淡々と、まるで感情が篭っていないかのような言葉だ。挑発ではなく、ただの質問。そんな言葉にすら聞こえる。

「クソがぁぁ!」

 再び姿を消す能力者。勇太や百合、そして凛もまたその動きに警戒し、腰を落とす。

「勇太」
「な、何ですか?」
「お前なら見えない相手とどう戦う?」

 武彦の質問に勇太は逡巡する。

 正直な所、勇太が今もしも一人だったなら、念動力で周囲に衝撃波でも放ち、自分の周囲を一斉に放射すれば良い。しかし今、凛や百合も近くにいる状態だ。サーモグラフィーでもあれば話は違うかもしれないが、そんなものは持ち合わせていない。

「……足音、とか?」
「及第点、といった所だろうな」

 武彦が突如銃口を向け、勇太の方へと向かって引鉄を弾いた。銃弾は勇太の顔の横を抜け――。

「ぎゃあああぁぁ!」

 ――後方から響いた叫び声に、慌てて三人は振り返り、飛んで後方を確認する。
 手を撃ち抜かれ、落としたナイフが乾いた音を奏でて地面へと落ちていく姿を見て、三人は後方に飛んで距離を取った。

「ああぁぁぁッ! ……な、何で……ッ!」
「こいつの場合は、もっと単純な特徴がある」

 勇太らの前へと歩み出た武彦が、再び煙草の尖端をジリッと焦がすと、紫煙を吐きながら告げる。

「能力使用によって周囲に微妙な磁場が生まれる。その歪みはかなり小さい音だが、周囲に反響する」
「――ッ!」

 これは勇太や百合、凛も知らない。

 特殊な能力の正体は、周囲の現象などに関する干渉だとIO2はすでに検証している。特殊な電磁波によって周囲に干渉を起こし、それが能力という形で操られるのだ。
 例えば勇太の能力はそれが顕著に出ると言えた。念動力という特殊な力を派生させたものだが、これは言うなれば目に見えない空気などの分子に干渉を起こし、それを可能にしていると言えるだろう。

 後に勇太が、この原理を学び、模倣能力《コピー》という技を覚えるのだが、この時はまだ与り知らぬ所である。


 閑話休題。


 武彦がこの音を聞き分けられるのは、ひとえに長い訓練と潜ってきた修羅場の数がそれを可能にさせる代物であると言えた。

「次は殺気だな。これもさっきの足音と同じく、プロの暗殺者ならそれすらも感じさせないだろうが、こいつの場合はダダ漏れだ」
「ひ……ッ!」

 武彦が男のもとへとゆっくりと歩み寄る。
 慌てて反撃しようとナイフを取り出すが、それを掲げる間もなく銃声が響き、弾き落とされる。いよいよもって恐怖にも似た感情が男の心を埋め尽くす。
 腰を抜かし、地面に尻もちをつきながら男は必死に無事な左手で後方へと身体を動かし、逃げようと試みる。しかし、決して早くないゆっくりとした歩調の武彦にあっさりと追いつかれ、銃口を突き付けられた。

「た、助けて……助けてくれッ! 見逃してくれよぉッ!」
「俺は能力を悪用するヤツに情けをかけるつもりはない」
「そ、んな――ッ!」
「――せいぜいあの世で悔いていろ」
「あ、あ……、あああぁぁぁッ!!」

 男の声が虚しく響き渡り、そして銃声が奏でられた。

 勇太らもまた、武彦がまさか引鉄を弾くとは思っていなかった。しかし武彦の銃が奏でた銃声。そして、男が後方に倒れる姿を見て、思わず畏怖を感じる。
 しかし、倒れた男の身体からは血が噴き上がる事もない。

「……ま、こんなトコだな」

 武彦の放った最後の弾丸は、しかし男を殺した。
 男の僅かな抵抗も、死への恐怖となって上塗りされ、意識を刈り取ったのだ。頬を掠めた弾丸が自分の額を貫くものだと思っていた男は、未だ息はしているものの気を失い、そのまま倒れた。

「び、びっくりした……。てっきり草間さん、撃ち殺したのかと……」
「殺しは禁止されちゃいないが、な。前途ある若者達の前でそうもいかねぇだろ」

 安堵する三人を横目に、武彦は携帯電話を取り出し、IO2へと連絡を入れた。






◆  ◆  ◆  ◆







 新宿の奪還。そして虚無の境界に所属している名のある幹部、ファングの撃破。この吉報はすでに、日本全土のIO2へと配信されていた。
 一路IO2東京本部へと戻った4人を待ち構えていたのは、ピリピリとした緊張を催す空気ではなく、ワァッと沸き立ったIO2職員らの歓声と、そして温かい拍手であった。

「な、何事……?」
「すごいですね……」
「現金な連中ね」

 三者三様の反応を見せながらも、突然の歓待ムードに目を白黒させる三人を連れて歩きながら、武彦が告げる。

「劣勢を強いられていた状況で、虚無の幹部を一人倒して新宿の騒動を沈静化させたんだ。沸き立つのも無理はないだろうよ」
「でも、まだ新宿だけじゃ――」
「――いいや、そうじゃねぇよ」

 勇太の言葉を遮り、武彦が振り返る。

「お前たちの戦いに感化され、希望が見えた。諦めちゃいなくても、暗い空気ってのは気持ちを容易には前に向けちゃくれねぇ。それが勝利っていう一言で塗り替えられた瞬間、燻っていた力は大きく動く。
 お前たちにとっちゃたったの一勝だ。もちろん、まだまだ戦いは続く。だけどな、勇太。IO2にとっちゃ、この一勝の意味は大きいんだよ」

 周囲を取り囲み、笑顔を浮かべて手を叩く人々に改めて目を向ける三人。それは、どうしようもなく胸を高鳴らせ、そして気持ちを高揚させていく。








 ――勇太は小さくはにかみ、思わず涙を溜めた。

 かつてIO2と共に虚無の境界と戦った時も、そして武彦と共に凰翼島で戦った時も、勇太はいつも必死だった。誰にも賞賛されることがなかったとしても、勇太にとっては大事な戦いだったと言えた。

 過去に自分の能力を恨み、どうして自分ばかりがと心を塞いだ時期もあった。それを思い返す。

 しかし、自分の能力が多くの人々を沸き立たせる事が出来たなら。能力を使って、何かを守れるのなら。

 芽生えた感情。勇太にとって、どうしようもなく大きな心の変化を生み出した瞬間であると言えた。


 ――凛はそっと瞼を閉じて、小さく俯いた。

 短命であった自分が、今を生きているのは隣にいる少年のおかげだ。ただその為だけに、自分は東京に来た。IO2の扉を叩いたと言えた。
 しかし今、それは少しばかり――いや、かなり大きな意味を生んだ。

 護られるばかりではなく、今の自分は人を守れたのだ、と。
 母を失くし、宿命に縛られて生きてきた一人の巫女は今、かつての母を思い出していた。
 人を守り、そしてその為に命を失ったという母。そんな母親とは違い、自由に生きている自分を、心の中で僅かに忌避してきた。慕情に溺れるように、縋るように勇太を追ってきた凛は、それまでに感じた事もない感情を抱いていた。



 ――百合は小さく鼻を鳴らしながら、目を逸らす。

 大げさだ。そう心の中で悪態をつきながら思い出す。虚無の境界にいた自分。そして、苦しめる側にいた自分が喝采を受ける権利など持ち合わせていない。そう感じながら。
 それでも百合は、その喝采が嫌なものだとは感じなかった。

 孤独。復讐に、憎しみに捕らわれていた百合は、隣りに立っている少年によって初めて前を向いた。ただ隣りの少年の為だけに、何かを返したいと。そう願ったのだ。
 それが今、こんなにも多くの人々の感謝や賛辞を結果的にだが招いていた。

 変われるのかもしれない。
 僅かに、それでいて確かに心に芽生えた感情に、百合は気付いていた。






 三人の少年少女の心に芽生えた感情に気付いたのか、或いは気付いていないのか。
 武彦は勇太の肩に手を置いて、声をかける。

「行くぞ、三人とも」
「「「はいッ!」」」

 忌々しい事件の中だと言うのに、それすらも成長の糧にする三人を引率する。それが、先駆者となった自分の役目なのかもしれない。

 そう武彦は改めて感じながら、司令室へと三人を連れ立って歩いていく。







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