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<東京怪談ノベル(シングル)>


手向け花を捧ぐ

「さて。今日の仕事は……街外れに住む老婆の家宅捜査ね」
 さわやかな風が吹く、抜けるような青空の下。IO2捜査官であるフェイト・一は、先日受け取った依頼書にチラリと視線を落とした。
 数ヶ月前から今日まで、街外れに住んでいる老婆の元を訪ねた者が必ず行方不明になっていると言う
 これまで老婆の家を訪れたとされる人間は、訪問販売、役所、警察、そして老婆を知る近隣住人。一人残らず行方不明と言うのも何やらきな臭い。
 フェイトは依頼書を懐のポケットに折り畳んで納め、愛用の拳銃のチェックするとそれを腰の後ろに差す。
 真っ黒いジャケットの襟元をきっちりと整え、かけていたサングラスの位置を整えて、一路老婆の家へと向かった。

                    *****

 老婆の家は、鬱蒼と茂る林の奥にあった。
 車もそこそこ通る、綺麗に舗装された道路から一本横へそれる道を進んだ先にあるのだが、どうみてもその道は獣道にしか見えない。
 無造作に伸びた雑草がかろうじて見える石畳の上に覆いかぶさるようになり、どれも栄養が足らないのか枯れて頭を垂れていた。
 その獣道を進むんだ場所にある老婆の家もまた同じ。しばらく手入れのされていない庭は自由奔放に伸びる草花達で溢れかえっていた。
 家もあまりメンテナンスしていなかったのだろう。壁には蔦が絡み、締め切られた窓には埃が積もっている。
 フェイトはとりあえずその家の周りをぐるりと回ってみた。
 どこの窓もきっちり締め切られ、カーテンもしっかり閉められている。
「何か変だな。何で部屋の窓やカーテンが全部締め切られているんだ?」
 不思議に思ったフェイトは、玄関先までやってくる。そしてトントン、とドアをノックして声をかけてみた。
「すいません。どなたかご在宅でしょうか?」
 そう声をかけると、家の奥からしわがれた老婆の声がかかった。
「どうぞ。鍵は開いているのでお入りください」
 その声を聞く限りは元気に聞こえるが、フェイトには訝しく思える。
「失礼いたします」
 用心深くノブを回すと、不気味な軋みを上げてドアが開いた。
 外の光を一切部屋に入れないように締め切られた家の中はカビ臭く、埃にまみれて酷く淀んでいた。
「お婆さん?」
「出迎え出来なくて申し訳ありませんね。足腰がすっかり悪くなって起き上がれないんですよ」
 申し訳なさそうにそう語る老婆の声は2階の方から聞こえてくる。
「お邪魔しますよ」
「えぇ、どうぞ。私は2階の寝室におります」
 老婆に促されるままに階段を登り、念のため腰に差した銃に手をかけながら唯一扉の閉まっている部屋の前に立つ。 
 ドアをノックすると「はいはい、どうぞ」と再び声がかかった。
 用心しながらノブを回しドアを開くと、フェイトは大きく目を見開いた。
 部屋の床には無数の白骨が転がっており、足の踏み場もない状態だ。さらにベッドの上には老婆と思われる一体の白骨遺体が寝そべっている。
「コンニチハ」
 そう答える声がする。その声の主は、老婆が飼っていたのだろう九官鳥だった。
 ベッドの傍に籠に入っている九官鳥は、弱弱しいどころか生き生きとして元気いっぱいだ。
「なぜ生きてるんだ」
 フェイトが目を細め、九官鳥を睨むように見据えて拳銃を握り締める。すると九官鳥はバサバサと羽を羽ばたかせギャアギャアと喚き始めた。
「老婆を食った! 食った!」
「何だって……」
「肉は美味い。だからここに来た奴全員食った!」
 フェイトは握り締めた拳銃を素早く取り出し、九官鳥に突きつけると更に彼はギャアギャア喚きまわる。
「オマエモ食ウッ! 腹減ッタ!」
 そう叫んだ九官鳥は鳥篭を破壊して突如として体が巨大化した。
 カラスの二倍はあろうかと言う大きさにまで巨大化した九官鳥は、もはや鷲や鷹のように目をギラつかせフェイトに襲い掛かる。
 鋭い爪でフェイトに掴みかかろうとするが、すぐさま彼は横に転がって飛び退き手にした銃の引き金を引いた。
 ドンッ! と鈍い音を上げて放たれた玉は、真っ直ぐに九官鳥の心臓部を狙い飛ぶ。だが、九官鳥は大きな羽を一振りすると玉を弾き返した。
「何だと!?」
 フェイトはすかさず連続発砲するがどれも易々とかわされてしまう。
「当タラネェ!」
 九官鳥はフェイトと間合いを計るように部屋の隅に飛ぶと、壁を蹴って目にも留まらぬ速さで飛び掛ってくる。
「くっ!」
 フェイトは剛速球で飛んでくる九官鳥を寸ででかわすも、サングラスは吹き飛び、頬に一筋の傷を作った。
 飛び過ぎた九官鳥はすぐさま向きを変えて飛び掛ってくる。だがフェイトも黙ってやられている訳ではない。
「思い通りになると思うなよ!」
 目玉を抉られそうになる寸前に、フェイトの姿がぶれた。その次の瞬間どこからともなく振り上げられた足が唸りを上げて九官鳥の体にめり込む。
「ギャアアァアァッ!」
 醜い雄叫びを上げながら、グルグルと回転しつつ老婆の白骨体が横たわるベッドの頭元にバウンドし、壁に激突した。
 フェイトは冷めた眼差しで拳銃に玉を込めながら九官鳥の元に歩み寄ると、その銃口をヒクついている九官鳥の頭に押し付けた。
「さぞ可愛がられて来たんだろうな。ベッドサイドにわざわざあんたを置いてさ」
「ギ、ギギギ……」
「たくさんの愛情を貰っていたはずなのに、あんたは老婆に対して恩を仇で返したんだ」
「オ、俺ダッテ、生キル事二必死ダッタンダ……。食ワナキャ死ジマウ……」
「あぁそうだな。でも、あんたの選んだ答えは間違いだよ」
 突きつけた銃口を更に強く押し付ける。
「じゃあな。せいぜいあの世でお婆さんに詫びて来い」
 フェイトはぐっと引き金に力を込めた。

                     *****

 翌日、再び老婆の家にやってきたフェイトの手には花束が握られていた。その花束をそっと玄関前に置きながらフェイトは思う。
 老婆は、あのベッドの上で死期が近いことを悟ったに違いない。
 家族がいない自分がこのまま死んでしまったら、この子はどうなるのだろうと考えたかもしれない。そして、涙を流しながら謝っただろう。「ごめんなさいね」と、何度も……。
「……」
 やるせない思いがフェイトの胸にこみ上げる。
 もしかしたら、老婆は九官鳥を生かす事を望んでいたのかもしれない。死後、自分の肉を食しても構わないから生きていて欲しいと。
 だが、そう望んでいたとしてもそこまでだ。それ以上の被害を出すことは間違っている。
 妖怪化したあの九官鳥は、他の罪のない人間たちまで襲い殺してしまったのだから……。
「お婆さん。今頃あの九官鳥に会えてるかな……」
 静かに風に揺れている花束を見ていたフェイトは、その視線を空に向けた。