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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.31 ■ 過去想フ







 デルテアの尋問を終えた冥月と武彦は、そのままグレッツォとベルベットに同じ方法で尋問を続けた。

 結果から言えば、情報は似たり寄ったりだが、有益な情報を得ていたのはやはりデルテアのみだった。

 スカーレットに関する情報において得られたものは、やはり容姿の特徴ばかりだった。恐怖によって情報を引き出すには至ったが、歯痒い成果だと言えた。情報の信頼性を引き上げる為に触れてはみたものの、拍子抜けする程に情報を握らされていないようであった。



 ――そして今、冥月と武彦の前には最後の一人、陽炎の姿があった。



 時折響く、水滴が水へと滴る音。効果を理解させる為に傷付けた腕や、口を開かない度に傷つけられていく身体から流れた赤い血が、これまでの二人よりもより多くの傷が加えられたと物語っていた。

「……さて、陽炎と言ったか。今回得た情報は全てお前から得た情報として利用させてもらう」
「……ッ」

 動揺すら見せず、身体に傷を負わされながらも苦悶する声を上げなかった男が僅かに反応を見せた。

 冥月は理解しているのだ。
 影に生きる者として、情報を黙秘出来なかったとなれば今後の仕事など得られるはずもないのだということを。

 それはつまり、実質の死を宣言するようなものだ。

 そもそも、あまりにも陽炎という存在は異質だった。
 能力者として開発されたというベルベットやグレッツォとも、デルテアとも違ったタイプの男。
 暗殺術に特化したであろう身体の鍛え方などは、虚無の境界よりもかつての自分に近い存在だと冥月は理解していた。

 詰まる所、それが陽炎にとってはもっとも致命的な強みでもあり、それでいて弱点とも言える部分であった。

 肉体的な苦痛にはいくらでも耐えるだろう。心を折ろうとしても、そうした訓練を受けている者を利用する事はままならないだろう。

 それならば、せいぜい揺さぶってしまえば良い。
 それが冥月の出した答えだったのだ。





 4人の拷問を終えた冥月と武彦は、百合と零を迎えに行く前に武彦と二人きりの空間へと移動した。

「……武彦」
「どうした?」

 不意に声をかけられた武彦が冥月へと振り返り、そして思わず息を呑んだ。冥月の表情が、あまり武彦が見たことのない怒りを顕にしたものだったのだ。

「スカーレットは必ず私がやる。憂達にもそう伝えておけ」

 武彦に対して口にするには、些か乱暴な口調。その気配と口調から、武彦はそれがただならぬ因縁めいた何かを感じ取る。

「……何か、あったのか?」

「……奴には昔、私の仲間が嬲られ半殺しにされた。あれだけ強かった人が……ただやられただけなら仕方ない、そういう世界だとは私も理解している。だがあれだけ屈辱的な……兄弟子が……私の大切な“あの人”が……ッ!」

 それはもはや、抑え切れない感情の吐露であった。
 冥月は俯き、今にも泣き出してしまいそうな程に震えた声を絞り出し、最後にはまるで呟くように弱々しい言葉で続いた。

 それは武彦の知らない一面。

 武彦はそう理解し、冥月の言葉から強制的に理解させられた。

 ――“あの人”。

 その言葉が、武彦の頭の中で反芻されていく。
 それは間違いなく、昔の男の存在だろうと直感した。

 こんな時にまで、嫉妬を抱いてしまうというのはお門違いだろう。そう武彦は自分の心を戒めた。

 それでも、目の前にいる冥月の心を今でも捕らえて放さない存在があるのだ。
 武彦とて冥月が何かを抱えているということぐらいは理解している。

 そして、自分もまた決して全てを冥月に告げた訳ではないのだ。互いに深く歩み寄り始めようと手を伸ばし始めたばかりの二人が、何もかもを理解している道理などない。

 それでも浮かんでしまった嫉妬の情念が、武彦の言葉を詰まらせた。

 そしてそれは、冥月を我に帰らせた。

「――……ッ! ち、違うんだッ! 今のはその、決して違わない訳ではないけど……、違くて……ッ!」

 慌てて弁明しようとする冥月のあたふたとした言葉に、武彦も思わず嘆息する。

 あまりにも傲慢で我儘な感情に揺れた感情が、不意にその動きを緩めていく。
 武彦は慌てふためいた冥月に歩み寄り、今でもぼそぼそと言い訳している冥月の頭をポンと叩いた。

 しゅんとしている冥月が、武彦の顔を上目遣いに見つめる。
 先程までの刺々しい空気もなく、身を小さくさせる冥月の目を見つめ、そして武彦は乱暴に抱き寄せた。

「きゃ……――ッ!?」
「――いつか、お前の中で片付いた時にでも話せよな」

 突然抱き寄せられたという現実に目を白黒させていた冥月が、武彦の身体に手を回した。ほのかに香る、煙草の苦い香りに顔を埋めながら、冥月は小さく頷いた。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 数時間ぶりに影の世界から戻ってきた冥月と武彦。そして百合と零は、相変わらず銃痕によって蜂の巣状態である草間興信所の中へと戻ってきた。
 すでに興信所の前にはIO2の護送車などが待機しているらしく、その気配に気付いた冥月は手際の良さに軽い呆れすら感じていた。

 先程までの刺々しい冥月の雰囲気がなかったことから、百合と零も特に冥月に怯える事もなく、合流を果たした。
 しかし武彦と冥月の間に流れるどことなく甘い空気に気付いた百合は、その空気を切り裂くように冥月に駆け寄って抱きついてみせるなどと言った小さな牽制はあったのは余談だ。

「おっかえりー」

 興信所内へと戻ってきた冥月らに向かって、憂が飄々とした雰囲気のまま声をかけた。鬼鮫は相変わらず憮然とした態度で憂と向かい合って座っているようだ。

「尋問には成功かにゃ?」
「欲しい情報はあらかた手に入った、という所だな。ワガママ言ってすまなかった」

 憂の問いかけに冥月が淡々と答えた。

「んにゃ、別に良いよー。それじゃ、引き渡してもらって良いかな?」
「情報はいらないのか?」
「欲しいけどねー。見返りは今の所ないから、こっちがお話してから交換ってのはどうかな?」
「……ずいぶんと気前が良いんだな」

 憂と冥月のやり取りに、武彦が小さく告げた。

「欲しい情報、聞く質問が違ったりもするからねぇ。それに、冥月ちゃんがそれなりに情報を引き出してくれたおかげで、こっちは尋問も楽にはなるからねー」
「どういう事だ?」
「そうだねぇ。ダムみたいなものだよ」

 ニヤリと笑みを浮かべた憂が淡々と告げる。

「一箇所でも崩落しちゃったら、元通りにはいかないものなんだよね。最初の作業が大変なのは確かだろうけど、その後は決壊させるためにちょっと突いてあげれば良いだけだし。
 冥月ちゃんがどうやったのかは分からないけど、少なくともこっちには色々と方法があるし、ね」

 極めて明るく言っている言葉であっても、その言葉には憂の冷たい本心が宿っている事は明らかであった。

「……えげつない真似しそうだな」
「むーっ、武ちゃん失礼だなぁ。ちょちょいって薬物打ち込んで自白させるだけだよー!」

 子供らしい態度で反論しても、言っている言葉は大概である。冥月らがその言葉に軽く引くのも無理はないだろう。

「情報の交換もしたいし、こっちも色々と質問するのに必要な道具もあるからさ。ここじゃちょっと面倒なんだよねー。って事で、IO2まで連行してから尋問するつもりなんだけど、来る?」

「……そこまで信用はしていないんだが?」

「そうは言うけどね、冥月ちゃん。どっちにしたってそっちの百合ちゃんの身体の事もあるし、一度は行く事になるんだよ? それに、少なくとも事を構えるつもりはないから信用して欲しいねぇ。虚無を潰すなら、冥月ちゃん達にも協力して欲しい所っていうのは本音だしね」

 憂の言葉は嘘偽りのない本音であった。

 現状で冥月を拘束しようとすれば、少なくともIO2内にも被害が出る事は否めない。それだけならまだしも、IO2が機能を失う程になれば目も当てられない。
 憂はそこまで冥月の戦闘能力を評価していると言えた。

「それに、下手に誤送中に逃げられるよりも、冥月ちゃんの能力でこっちの本部に連れて来てもらった方が楽なんだよねぇ」

 それもまた本心である事は理解出来るだろう。

 武彦と憂の関係性や、IO2の今回の助力を考える限り、冥月もまたその案には異を唱える必要性はないと思えた。
 何よりも、百合の身体のこともある。ここは互いに譲歩しあう方が得策だろう。

「お姉様。私の為にそんなリスクを――」
「――余計な心配はしなくて良い。どちらにしても行った方が良いなら問題はない」

 百合の言葉を遮るように冥月がそう告げて、憂へと向き直った。

「良いだろう。行こう」
「にっしし、そうこなくちゃね♪」

 こうして冥月達は、情報の為に。そして百合の身体の為にも、一路IO2東京本部へと向かう事になったのであった。








to be countinued....





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いつもご依頼ありがとう御座います、白神怜司です。

今回で影の拷問は落ち着きをみせました。
なかなかにダークな流れでしたが、
次話からはIO2からのお話となっていきますね。

憂は相変わらずのマイペース、といった所ですw
お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後ともよろしくお願いいたします。

白神 怜司