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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


時空の渦は欲望を呑む


 大海原を穿つような渦。ワームホールのようなもの、であろうか。
 発見したのは、鰻人である。
 渦状のワームホールがゆったりと渦巻く様を、旗艦・艦橋から観察しつつ、綾鷹郁は疑わしげな声を発した。
「あれが、七億年先まで通じてる? 本当ですか?」
「本当かどうかを調べろ、というのが今回の命令だ」
 藤田あやこ艦長が言う。
「知っての通り今、この艦では競売が行われている。発見者である鰻人が主催している競売だ。鮫人、蛸人、それに天上人。各種族の代表者が集まって各々、あの渦を我がものにせんとしているわけだが」
 語りながら、あやこは溜め息をついた。
「……我々も、その競売に加わる事となった。何としても落札せよ、との厳命でな」
「あの、どこに通じてるかわかんない渦巻きを?」
「万が一、本当に七億年先まで通じているようなワームホールであれば……最悪でも、アシッド族の手に渡るような事態だけは避けねばならん」
 鮫族も、蛸族も鰻族それに天上人の一族とて、どこでどうアシッド族と繋がっているかわからない。だから自分たち『久遠の都』環境局が手に入れて管理せねばならないという事だ。
 この渦が本当に、七億年先まで通じているのであればの話だが。
 まずは、それを調べなければならない。
「で……あたしに、それをやれと」
「容易い仕事だろう。今のお前には、優秀なパートナーがいる」
「彼ね……うーん、そろそろ飽きてきちゃったかな? みたいな」
「……貴女、そのうち男に殺されるわよ」
 普段の口調に戻って、あやこは忠告した。郁は笑ってごまかし、頭を掻いた。


 この宇宙における商売活動には、1つのルールがある。
 読心術や精神感応力、共感能力……いわゆる『超能力』に分類されるものの使用が、禁止されているのだ。
 そんなものには頼らずに商談のみで相手の心を読むのが商いの道、というわけである。
 これを拡大解釈すれば、超能力さえ使わなければ何をしても良い、という事にもならなくはない。
「一服……盛られた、みてえだな」
 皮膚病らしきもので死にかけている鮫人たちの様子を、霧嶋徳治は観察していた。
 鬼鮫、などと呼ばれている。
 そのせいか、鮫人という種族には親近感を覚えてしまう。
 その鮫人たちが、皮膚を惨たらしく変色させて苦しみもがいている。
「許せねえ……」
 霧嶋は牙を剥き、呻いた。


 鮫人の代表者たちが、原因不明の皮膚病に罹患し、客室で死にかけている。実質的に、この度の競売からは脱落したと言えるだろう。
 彼らに取って代わるような格好で、狐族の女商人が競売に参加して来た。
「飛び入り参加は認めない、なんて決まりはなかったわよね?」
 その狐女が、挑戦的な言葉と視線を、あやこに向けてくる。
「無論、枠があれば参加は自由だ。が……競争者に毒を盛って、無理矢理に参加枠を作るとはな」
 まっすぐ見返しながら、あやこは言った。
「もちろん証拠はない。証拠を残すようなヘマをする方々ではないからな、狐族の商人たちは」
「何を言っているのか、わからないわねえ」
 狐女が、ニヤニヤと笑う。
「やめてもらいたいわね。自分たちの悪辣さを棚に上げて、おかしな言いがかりをつけるのは」
「ほう……私たちが、悪辣?」
「そうでしょう。この競売は鰻族の主催に見えて、結局は貴女たち久遠の都が主導している……しかも、異様に時間をかけてね。何か細工を施している、としか思えないんだけど。最終的には藤田艦長、貴女が無難にワームホールを落札する。滞りなくその筋書きが進むような細工をね」
「……時間がかかっているのはな、例の渦に関する調査がまだ不足しているからだよ」
 時空商人相手に莫大な通行料が見込めるワームホール。狐人にしても、鮫人や蛸人、主催者たる鰻人にしても、喉から手が出るほど欲しかろう。この御時世、どの種族も不景気である。
「鮫族も蛸族も鰻族も、景気回復を急ぐあまり、ろくに調査もしないまま競売を始めてしまった。あの渦が、言われているほど価値ある商品となり得るのか……もしかしたら、とんでもなく有害な代物ではないのか。誰も調べようとしないから、我々が調べている。それだけの事だよ」
 そこまで言ってから、あやこはフッと口元を緩めた。
「何なら、貴女も調査に同行してみるか?」


 これまで付き合ってきた男たちは皆、見てくれが良いだけで中身がなかった。
 だから、霧嶋徳治のような重厚な男に惚れてしまったのだ。
 鬼鮫などと呼ばれ、皆に恐れられる男だった。
 その名の通り仕事の鬼で、自分にも他人にも一切の妥協を許さない男だった。
 付き合っていると、非常に疲れる男だった。
 中身のない、軽薄な美形男が懐かしい。そう思い始めていた郁の目の前に、天使が降臨した。
 本気で郁がそう思ってしまうほど、美しい男である。
「あんな危険な渦の中へ……お1人で、調査に向かわれるのですか? 貴女のような、か弱い人が」
「……仕事だから、しょうがないのよ」
 頬を赤らめながら、郁は微笑んだ。
 天上人の商人、であるという。だが、この男の正体など、どうでも良かった。
 美形の男に、優しくされている。今の郁にとっては、それが全てだ。
「仕事が全てではないでしょうに……わかりました、私もお供させていただきますよ。見ての通り、非力な男です。この命を投げ出して貴女をお守りする事くらいしか、出来ませんが」
「勘違いしないで……貴方を守るのは、あたし」
 天上人の綺麗な頬を、郁はそっと撫でた。
「非力なイケメンで、いいじゃない……仕事の鬼ってのだけが取り柄な、朴念仁よりはね」


 話し声が聞こえてきたので、鬼鮫は立ち止まった。
「貴方がた蛸族は、科学力においては確かに優秀。ですが俗世間における経営には向いていません」
 美貌の天上人が、蛸族の代表者たちを口先で丸め込もうとしている。
「ワームホールの商業的維持管理に必要なのは、科学技術だけではないのですよ。出資者を騙して金を引き出す、世俗の悪知恵がなければなりません。純粋な学究の徒である貴方たちに、時空渦の経営は難しいのではないかと」
 学者馬鹿のお前たちに商売は無理だから、この競売から下りろと、要するにそう言っているのだ。
 言われている蛸人たちは、うんうんと頷いている。ものの見事に、丸め込まれている。
「その交渉力……堅気にしとくのは、もったいねえな」
 鬼鮫は、思わず声をかけていた。
「どうだい、ヤクザでもやってみねえか? 組、紹介するぜ」
「……貴方ですね。元暴力団員のエージェントという方は」
 天上人が、ニヤリと笑った。
「恋人を、あまり大切にしておられないようですねえ……彼女は、私がいただきますよ」
「口の上手さだけじゃ、商売は出来ても女は口説けねえぜ」
 鬼鮫は、ギロリと微笑み返した。
「鮫の連中がブッ倒れて、蛸の連中もこれで脱落……となりゃあ、残ってんのは鰻どもとアンタらだけか。計算通り、ってワケかい?」
「人聞きが悪い。まさに、ヤクザの思考ですね」
 嘲笑を残し、天上人は歩み去って行った。


 各種族の商人たちが思っているより、ずっと不安定な時空渦であるという事が判明した。
 出口が定まっておらず、思い通りの時代に出る事が出来ない。
「このようなもの落札したところで、使い物になるレベルに仕上げるには、はたしてどれほど金がかかるか……買った瞬間、借金地獄に陥りかねない欠陥品だぞ」
『嘘……嘘よ……』
 通信機の向こう側……狐族の艦で、女商人が絶句しながら呻いている。
『そんな……そんなはずない! あの渦は私たち狐族のもの、久遠の都になんか落札させない! 筋書き通りにはいかないわよ!』
 狐人の艦が、渦の中で魚雷を乱射する。
 爆発が渦全体を揺るがし、振動が、久遠の都の旗艦をも襲う。
 あやこは、悲鳴のような怒声を発した。
「こ、こら! やめろ! 集団自殺でもするつもりか! ちょっと、やめなさいってば!」
 そんな艦長を、天上人が冷ややかに観察している。
「まったく……この者たちに任せておく事など出来ませんね。争いの火種にしかなりません。時空の渦は、やはり平和主義者たる我ら天上人が管理すべき」
「……上手い事、全部持ってったつもり?」
 険悪な、女の子の声。
 綾鷹郁が、そこに立っていた。
「あんた、あたしと同じ共感能力者だったのね。そんな奴が商売活動やっちゃいけないって決まりあるの、知らない?」
「それは君も同じだろう。君は戦争屋として、その力を殺戮のために使っている。我々は商人だからね、人殺しはしない」
「屁理屈でかおるを論破しようったって、そうはいかんき……!」
 郁の口調が、危険な響きを帯びた。
 天上人が殺される、とあやこは思った。
 愚かな男である。綾鷹郁を、単なる頭の軽い少女と思っていたのだろう。容易く利用出来る、と思っていたのだろう。
 久遠の都屈指の女戦士である、などとは思ってもいなかったのであろう。
 綾鷹郁を、いいように利用し弄んで捨てた男たちが、これまでどのような目に遭ってきたか。この愚かな天上人は、全く知らないのだ。
 助けてやる義理が果たしてあるのか、とあやこが思案したその時。
 天上人の細身がグシャアッ! とへし曲がりながら吹っ飛んだ。
 郁ではなく、霧嶋徳治が拳を振るっていた。
「鬼鮫ちゃん……」
 郁が、うるうると泣き出した。
「あ……あたし……あたし……」
 何も言わず、それ以上言わせずに鬼鮫は、郁の細い肩に大きな手を置いた。
「けっ……結局、元の鞘というわけか……」
 よたよたと立ち上がり、ぽたぽたと鼻血を流しながら、天上人は言い捨てた。
「お前はそうやって何人の男をたらし込んでいる!? この牝豚! 牝犬!」
 喚く天上人が、再び鬼鮫の拳を喰らって吹っ飛んだ。そして、自動ドアに激突する。
「派手にやっているわね……」
 その自動ドアが開いて、狐女がずかずかと艦橋に踏み入って来た。
「何だ、いつの間に接舷した?」
「つい今しがたよ……はい、これお土産」
 あやこの問いに答えながら狐女が、引きずってきた鰻人を放り出した。
「結局、こいつが詐欺師だったって事よ。不良品のワームホールを売りつけて儲けようなんて……ある意味、商人の鑑よね」
「貴女……」
 あやこは思わず、狐女の頭を撫でた。
「……意外と、いい奴だったのね」
「ほ、誉めたって何にも出ないんだから!」
「治療費は出してもらいますぜ、お姉さん」
 泣きじゃくる郁を武骨に抱き寄せながら、鬼鮫が声にドスをきかせた。
「鮫の連中をきっちり治してもらうまで、おめえさんを狐国へ帰してやるわけにゃいかねえんだ」


 鮫人たちの治療費だけでなく、この女子会の費用も全額、この狐女に出してもらう事となった。
「たかるのが上手なのねえ、まったく!」
 やけ酒を飲みながら、狐女が言う。
「軍人より商人の方が向いてるんじゃないの? ねえ艦長さん」
「まあ、そうかもね……」
 あやこは、曖昧に微笑んだ。
 かつて商社を持っていたが、結局それは自分の手で潰す事となってしまった。
「ま、商人って面白い人種よね確かに……見てる分には」
 欠陥品の時空渦を巡って右往左往する各種族の商人たちの様を、あやこは思い浮かべた。
 思い浮かべただけで、酒が進む。あやこは一気に、グラスの中身を呷った。