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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Lesson ― 奈美








「痛ッ!」
「また? 気をつけなよ」
「あっははは、いやー面目ない」

 [ティア・クラウン]芸能事務所。
 近年売れ出し始めたばかりの事務所には専用スタジオを併設させるだけの設備投資には至っておらず、新アイドルユニット『プロミス』に所属する予定である奈美らを連れてスタジオに向かう予定だ。
 相変わらず奈美はその高身長と油断から、早速乗り込む際に勢いよく頭をぶつけ、後ろに続いていた白兎にツッコミを入れられていた。

 相変わらず無事なようだが、どちらにしても危機感が足りていない。奈美は車の中で白兎にちくちくと説教をされながら、それを笑って聞き流しつつ車に乗っていた。

 ――PiPiPi

 電子音が車の中で鳴り響いた。

 同じ車に乗った緑色の髪の少女、理絵子。さっきからずっとスマホを握って誰かとメールしているようだが、どうにも気持ちが乗らずにいるのか、深い溜息を繰り返しているようだ。

(うーん、どうしようかねー)

 姉御肌全開な奈美が、理絵子にどうにか声をかけようとも考えるのだが、白兎はそれをしなくて良いと釘を刺していた。
 どうやら白兎は白兎で、何かしら考えがあるようだ。

 ――PiPiPi

 再びの電子音。

 不思議なことに、メールをする度に身体から負のオーラが緩和しつつあるらしい。奈美はとりあえず、白兎の言う通り放っておく事にしたのであった。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 練習スタジオについた三人は早速ロッカーに案内され、白兎以外の二人は女性用のロッカーへと案内された。ちなみに白兎は扱いが難しいので、今回はそのまま男性ロッカーが誰も使っていない事を確認した後にそこに入り、スカウトの人間が他の利用者が来ないかを見張るという形になった。

 しばらくはこの形になりそうだ。白兎の性別の発表などはどうするのだろうか、と奈美は小さく逡巡しながらも、理絵子と一緒になってロッカーで着替えた。

 チラリと隣を見やると、理絵子がロッカーの中で人形を見つめながら「うん、大丈夫」と何かを応えていた。
 一般的に見れば理解に苦しむ行為なのだが、奈美はそこまで気にする事もなかった。

 彼女もまた、人外の存在なのだ。
 理絵子がそうであるということも、なんとなくだが気付いていた。

 これと言って隠すことでもないのだが、彼女達人外も人間に紛れて生きている以上、あまり大手を振って堂々と自分の正体をバラすつもりもない。
 今はとにかく、親睦を深めること。大雑把ではあるものの、これは奈美の当初の目標であるとも言えた。

「おーし、行こうか」
「あ、は、はい」

 いつまでもロッカーを閉めずにぐれむりんと向き合っている理絵子に、奈美がきっかけを与えようと声をかけたのは、そんな逡巡を自分の中でも断ち切る為でもあるのだが、理絵子がそれを知る由もないだろう。

 予定通り外に出た所で、ちょうど斜め向かいに入り口がある男性用のロッカールームから白兎が出てきた。

「ごめん、待たせた?」
「い、いえ、今出て来た所ですー」
「やっぱ白兎はそういう格好してても女の子にしか見えないなぁ」
「当然でしょ?」

 クルッと回ってみせた白兎に、奈美は「ほう」と感心したように声を漏らした。

 三人の今の服装は、至って普通なシャツとハーフパンツ。そして用意された内履きなのだ。
 そんなお世辞にも綺麗な格好とは言い難い服装なのにも関わらず、軽やかな動きと可愛らしい表情の造りを忘れない芸の細かさは、素直に賞賛に値した。

 そんな動きに見惚れたのは、理絵子も同じだったようだ。
 三人は見張りをしていたスカウトマンに連れられて練習用スタジオの中へと足を踏み入れたのであった。







 練習用のスタジオについて、キョロキョロと周りを見回す理絵子と共に、奈美もその広さに鷹揚に頷いてみせた。これならば、存分に動けるだろう、という、なんとも武人のような感想であったが。

 そんな視線の先で、重い溜息を漏らす理絵子。そんな理絵子を見つめる白兎の冷たい視線に、奈美は小さく頭を掻いた。

(……こりゃ簡単にはいかなそうだな。とりあえず、白兎が何か考えてるみたいだし、任せるとしようか)

 奈美はこれから先、何が起きるかと気にしつつも頭を切り替える事にしたのであった。

「じゃあ最初に、まずは発声練習からするわね。その後でダンスチェックして、最後に歌唱力チェックをするから。
 まずはピアノの音程に合わせて「ア」で声を出してね」

 白兎をスカウトした女性がそう告げて、理絵子達は返事を返した。

 早速音階をなぞるように声を出していく。

 奈美はその実直な性格のままに、声を出してそれを歌いあげていく。しかしどうにも音の出し方というものを理解していないようで、思っている音と違う音がたまに出てしまっていた。

 それに引き換え、奈美は左右に立つ理絵子と白兎の声に耳を傾けた。

 白兎は、その見た目とは裏腹にボーイソプラノ特有の透明感ある声を出している。ファルセットなどがしっかりと通る、まるで聖歌隊さながらの凛とした伸びやかな声をしている。

 理絵子の声はどうにもか細く、あまりよく聞こえない。それでも音程をしっかりとなぞっているらしく、聞いてておかしな部分などはなかった。
 しかし、そこまで本気でやっていないのは一目瞭然と言えた。

(恥ずかしいのかねぇ。それとも、あんまりやる気じゃない、とか?)

 小さく逡巡するも、そこまで余裕がある訳ではない奈美はまた思い切り声を出していくのであった。





 次に始まったのはダンスだ。

 奈美はここぞとばかりにアップテンポなその動きに合わせて身体を跳ねさせた。従来の運動神経も相俟って、しなやかで長い両手両足を動かし、体幹がブレないその動きは、ダンスコーチをしている男にもしっかりと焼きついたらしい。

「うわ、わわっと」

 しかし、奈美はどうにもスローテンポが苦手なようで、足を絡ませて転んでしまう。

「あいたた……。ゆっくり動くってのは難しいなぁ」

 苦笑混じりに小さく呟くも、奈美はそれを気にする事もなく、再びそのステップを練習していく。

 白兎のその長所を魅せるような小さくも可愛らしい動きが綺麗に決まっていく。スローテンポでも、そつなくこなしてしまう辺りはなんとも白兎らしい動きであった。

 ――しかし、理絵子は違った。

 力を抜く以前にやる気もないだろう事は一目瞭然で、のろのろとそれに合わせるだけの動き。これにはさすがに白兎も納得いかなかったのだろうか。
 白兎が唐突に口を開いた。

「ねぇ」

 白兎は冷たく睨み付けるように理絵子を一瞥すると、ピアノの前にいた女性に向かって口を開いた。

「ねぇ、やる気ないんなら一緒にやる必要ないんじゃないの?」

「え……?」

「理絵子ちゃん、だよね? あんな嫌々やらせるんだったら、僕やりたくない。実力に自信がないんだったら、こうして無理に付き合わせるのも可哀想だと思うけど?」

 白兎は皮肉の混じった言葉を、皮肉を感じさせずにまるで心配しているかのように告げた。
 その言葉は、明らかに理絵子に対する当て付けであり、神経を逆撫でする言葉だ。

 理絵子が肩を震わせる。

(あっちゃー……、マズいよなぁ)

 この展開に、奈美は小さく嘆息する。

 白兎はプロフェッショナルが似合うタイプだと言えた。それは恐らく、この三人の中で最も強いだろうことは奈美も理解していた。
 故に、白兎は今の理絵子の態度がどうしても気に入らないのだろうと邪推する。

 鏡に向かったまま俯いた理絵子。そして、白兎を宥める他のスカウト達。
 とりあえず、今は理絵子の心が折れてしまわないかが心配だった。奈美は理絵子に歩み寄り、声をかけようと手を伸ばした。

「おい、大丈夫か……?」

 理絵子が振り返った。しかしそこには、先程までの弱々しさは一切感じられず、奈美でさえ目の前にいながらも、一瞬別人かと錯覚する程だった。

「良いわ。そこまで言うなら、見せてあげる。ネットアイドルをなめないで。
 歌唱レッスンに入ってもらえますか?」

「え、えぇ……」

 その言葉に、スカウトの女性は慌てて音源を再生させる。
 歌詞が書かれた紙を手渡された理絵子はそれを慣れた様子でサッと受け取ると、目を閉じてその場の空気を造り上げた。

「〜〜〜〜♪ 〜〜♪」

 その実力を初めて目の当たりにしたスカウトの三人。そして奈美と白兎は思わず息を呑んだ。

 その動きに、奈美は否応なく理解する。
 ――理絵子は、そういうタイプなのか、と。

 まるで別人のように変わった理絵子を見つめながら、奈美は小さく白兎を横目で見やる。すると白兎は奈美に向かって、肩を竦めてみせた。
 どうやら、白兎もただ苛立った訳ではなく、理絵子を挑発し、触発させる狙いがあったのだろう。奈美はそんな白兎の、素直じゃない優しさに小さく嘆息する。

(……ホントに、退屈しない二人だね)

 思わずクスッと笑みを浮かべて奈美は小さく心の中で呟いた。

 歌が終わり、余韻が残るスタジオの中で、理絵子が静かに目を閉じる。
 それに合わせるように、奈美と白兎が大きく拍手を始め、スカウトの三人もそれに続いた。

「スゲーな! 理絵子!」
「うん、うまかったよ」

 戸惑う理絵子だったが、何かを理解したのだろうか。
 表情から緊張が抜け落ち、白兎を見つめた理絵子が、「ありがとう、白兎ちゃん」と言うなり、白兎を抱きしめ、再びの窒息を促しかけるのであった。

 もちろん、その状況に気付いた奈美によって大事には至らずに済んだのだが。

 わだかまりが溶けた所で、奈美は更にもう一歩踏み込もうと決意し、声をかける。

「見た所、やっぱり理絵子も普通じゃないんだね」
「え……?」

 理絵子にはいまいち奈美の質問が理解に及ばなかったようだ。それでも奈美は気にせずに続ける。

「あたしは先祖返りの【尼天狗】。まぁ言う所、半妖ってヤツなんだ。んで、白兎はさっき理絵子も見た通り、【兎夢魔】」
「そうだったんですか……」
「ハハ、やっぱり驚かないんだね。それで、あんた一体何者なんだ?」

 奈美の質問の意味を理解した理絵子が、小さく笑みを浮かべる。
 すでに先程までのアイドルモードから戻っていた理絵子はその問いかけに静かに答えた。

「私、は……――」

 小さく笑みを浮かべ、答えた。

「――ちょっと不思議な友達がいっぱい居る普通の子ですよ」

 理絵子の答えに、奈美も白兎も僅かに固まり、そして笑い出した。

「まぁ良いか、それで」
「うん。気になるけどね」

 奈美と白兎がそれぞれに告げる。

 恐らく、これから先長く付き合う仲間なのだ。時間はたっぷりあるだろう。
 そんな事を考えながら、奈美は改めて仲間となった理絵子を見つめ、小さく笑みを浮かべるのであった。





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ご依頼有難うございます、白神怜司です。

視線が変われば表現も変わる、という感じですね。
Lessonの奈美さん編は以上になります。

おおらかな性格でありながら、姉御肌。
どうにも好かれそうな人です。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後ともよろしくお願いいたします。

白神 怜司