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魔王の森
三島玲奈は、純然たる被害者である。
ほぼ100%「久遠の都」の都合で、人間ではないものへと作り変えられた。
まっとうな女子高生として学校へ通う事も出来なくなり、久遠の都・環境局が責任を持って雇う事となった。
純然たる、被害者である。
職場の全員が、玲奈に対しては過剰なまでに気を使った。腫れ物に触るような、という表現があるが、まさにそれである。
失敗をしても、はっきりと咎める事が出来ない。
「あっ……」
玲奈の運転しているフォークリフトが、いきなり横転した。荷物が、倉庫全体にぶちまけられた。
戦地へ運ぶための解毒剤である。床に落としたくらいで割れはしないが、数が多い。
作業員たちが、総出で拾い集めにかかった。集めたものをリフトに戻さず、そのまま運んで行く。
手で運んだ方が早い、というわけである。
玲奈は、居たたまれなくなった。
「す、すいません……ごめんなさい」
「いいから、早くリフト起こして」
作業員の1人が、声を潜めた。
「……早くしないと、鬼鮫が来るよ」
「ほう、そいつは大変だ」
ドスの利いた声が、近くから聞こえて来た。
参謀にして現場監督の、霧嶋徳治……通称・鬼鮫が、仁王の如く、そこに立っていた。
「さ、参謀……」
「お嬢様がいるなあ、ここには。大事に扱われて幸せか? んん?」
鬼鮫の拳が、玲奈の頭を、鬘の上からぐりぐりと圧迫する。
ただ1人、三島玲奈を被害者扱いしないのが、この男であった。
だからと言って、幸せなわけはない。
「何よ、なによ、何なのよ……何であたしが、こんな目に遭わなきゃいけないのよォ……」
ぐちぐちと文句を呟きながら、玲奈がカフェでコーヒーを啜っていると、そこに鬼鮫が現れた。
「おい嬢ちゃん、こんなとこでサボってんじゃねえよ。人の半分しか仕事の出来ねえ奴は、人の2倍は働かねえと駄目だろうがあ?」
「ううう、うるさい! このモンスター上司!」
玲奈の細身が躍動し、スカートが舞い上がり、スリムな右脚が超光速で弧を描く。
斬撃のような回し蹴りが、鬼鮫を真っ二つに叩き斬った。
「あんたなんか! アンタなんかこうだ! あんたなんかぁあああああ!」
涙を飛び散らせながら、玲奈は左右の拳をひたすら叩き付けた。真っ二つの屍が、さらに細かく砕けて消滅した。
幻影だった。ささやかな、憂さ晴らしである。
こんな事でもしていないと、心が壊れてしまいそうなのだ。
「あのう、玲奈ちゃん……」
声をかけられた。玲奈の心臓が、口から飛び出しそうなほど跳ねた。
綾鷹郁が、そこに立っていた。
「あっ、か、郁さん……いやその、これは……」
「ああ大丈夫、あたし何にも見てないから」
郁は微笑み、すぐに真顔になった。
「……大変だったね、さっきは」
「別に……あたしが、ドジなだけだから」
「それなんだけど。あのフォークリフト、ちょっと調べてみたのよね」
本命の男以外は何でも作れる、と言われている少女である。
それが褒め言葉であるかどうかはともかく、綾鷹郁が機械類に強いのは間違いない。
そんな郁が、どうやら何か調べてくれたようだ。
「あの型式のリフトって、赤ちゃんが運転しても安全に動くように出来てるのよね。横転させる方が、凄い技術を必要とするくらい。はっきり言って、玲奈ちゃんじゃ無理」
「……慰めに来てくれたの? それとも、イジメの追い撃ち?」
「どっちでもないってば。ただ本当の事、調べなきゃいけないだけ」
郁の口調が、眼差しが、いつになく真剣である。
「あのリフト、たぶん故障してる。その原因を調べて、明日の朝礼で報告しよう? 下手すると、リフト1台の故障じゃ済まない問題かも知れないから」
「あの三島ヘナ、そろそろ何とかした方がいいんじゃねえですか」
鬼鮫が、艦長室に乗り込んで来るなり、そう言った。
「どういう経緯で、あんな使えないのが入って来たのか知りませんがね……お偉いさんのコネ、ですか? とにかく、ありゃいつか実戦中にどえらい足の引っ張りをやらかしますぜ。そうなる前に」
「クビにしろ、と? それなら最初から雇ったりはせんよ」
女艦長は言った。
「とにかく、ヘナの事は長い目で見てやる事だ。教育してやるのも上官の仕事だぞ」
「……ヘナ、とか言っちまうんですか。あんたも」
「あっ……と。本人の前では、あだ名は禁止だぞ」
艦長は、咳払いをした。
ラウンジでは、仕事を終えた作業員たちが、この場にいない少女を酒の肴にしていた。
「ったく、あのヘナちゃんはホンット使えねーよなあ」
「馬鹿おめえ、あの使えなさがイイんじゃねえかよ」
「おおよ。やっぱドジッ娘が1人くれえはいねーとなぁ……うおっ!?」
1人がいきなり、悲鳴のような声を上げた。
彼の五指がグラスに食い込み、中身の酒が溢れ出していた。
グラスは、手形が付いたように溶けていた。
朝礼に遅刻した三島玲奈を、鬼鮫がギロリと睨みつける。
「重役出勤、って奴ですかい? お嬢様。お得意の言い訳を、聞かせていただきてぇもんですなあ」
「あの……か、鬘が……なかなか定着しなくて……」
涙目で、玲奈は弁解をした。
「そ、それに昨日からちょっと調べものを……久遠の都、全体に関わるかも知れない事で……」
「鬼鮫参謀」
見かねた様子で、綾鷹郁が言葉を挟んできた。
「三島さんは嘘を言ってるわけじゃありません。久遠の都のシステムそのものに、異変が起こりかけているんです」
「庇い立ては、この嬢ちゃんのためにならねえぞ」
睨む鬼鮫の眼光が、郁に向けられる。
郁は怯まず、睨み返す。
「決めつけは、久遠の都のためになりません。とんでもない問題を、放置する事になっちゃうかも知れないんです」
「……いいだろう。お嬢ちゃん2人で、その調べものとやらを続けてみな」
鬼鮫が、ニヤリと笑った。
この男、綾鷹郁には甘いのである。
「持ってかれた……全部、郁さんに持ってかれたぁ……」
妖精の膝の上で、玲奈は泣きじゃくった。
娯楽用の仮想現実投影設備……エアリアル室。
妖精の幻影が、玲奈を慰めてくれている。
「このまま、私の胸に溶け込んでおいで……」
鬘の上から少女の頭を撫でつつ、妖精が囁く。
「……そして、無限の扉を開くのさ」
「紅茶炉の異変……でしょうかね」
鬼鮫が言った。
郁や玲奈の言う通り、何かしらシステム上の問題が生じているのは、どうやら間違いなさそうである。
「だが参謀、システムから動力系から、全て調べるとなると」
「なぁに。今、調べてくれてる嬢ちゃんたちに、最後まで調べてもらえばいいだけの話ですよ」
言いつつ鬼鮫が、ちらりと視線を動かす。
その視線の先では、三島玲奈が直立し、艦長の指示を待っている。
「そうだったな。では君に最後まで任せるとしよう。頼むぞ三島ヘナ君……あ」
艦長は慌てて己の口を押さえたが、すでに遅い。
周囲の兵士たちが、笑いを堪えている。
そして三島玲奈本人が、ひくひくと震えている。
「ヘナ……って、ヘナチョコの略……ですよね……」
「い、いやその違うんだ……」
慌てふためく艦長に、玲奈は泣きそうな笑顔を向けた。そして敬礼をした。
「了解……三島ヘナ、引き続き調査任務を続行いたします……」
エアリアル室内は、密林と化した。
その中を、三島玲奈はひたすら駆けている。
「どいつも……こいつも……」
可憐な口元で牙を剥き、呻きを漏らす。
「どいつもこいつも……どいつもコイツも、どいつも! こいつもおおおおおおおおおッッ!」
呻きが咆哮に変わり、禍々しく密林にこだました。
それに反応するかの如く、魔王たちが周囲の木陰から現れた。
艦長が、鬼鮫が、綾鷹郁が、その他大勢の作業員たちが、魔王の装束を身にまとい、マントをはためかせ、襲いかかって来る。
艦長が、玲奈の胸ぐらを掴んだ。
掴まれながら玲奈は踏ん張り、投げ飛ばされるのを堪えた。
掴まれたセーラー服が、破けた。
破けかけたスカートを、玲奈は己の腰周りから引きちぎり、鬼鮫の顔面に投げつけた。
そうしながら、跳躍する。
思わぬ目くらましを喰らって、うろたえる鬼鮫。
その頭上から、白い人影が襲いかかる。
純白のテニスウェアに身を包んだ、玲奈だった。
アンダースコートからすらりと伸び現れた両脚が、鬼鮫の首に巻き付いて行く。
少女のスリムな両太股が、男の太い首筋を圧迫し、締め上げる。
可憐な唇から雄叫びを迸らせつつ、玲奈は細身を捻った。鬼鮫の頸骨が鈍い音を立て、あり得ない方向へと捻転した。
首の折れた屍を蹴り付けて玲奈は跳躍し、空中でアンスコを脱ぎ捨てた。
脱ぎ捨てたものを、郁に叩き付ける。
狼狽する郁の背後に着地しながら、玲奈はテニスウェアを脱ぎ、脱いだものを郁の首に手早く巻き付けた。
そして締め上げながら、背負い投げる。
郁は窒息しながら地面に叩き付けられ、動かなくなった。
その傍らで、玲奈は油断なく身構える。純白の体操着に細身を包み、愛らしい尻にぴったりとブルマを貼り付けた姿でだ。
そこへ、魔王の姿をした作業員たちが一斉に襲いかかる。無数のマントが、凶悪にはためく。
それらをかわしながら、玲奈は疾風の如く密林を駆けた。
駆けながら、柔らかく身を翻し、高速で細腕を振るう。
何かが鞭のように宙を裂き、魔王たちの足を絡め取った。新体操の、リボンである。
それらに巻き取られた作業員たちが、無様に転倒し、折り重なる。
そこへ、玲奈は容赦なく襲いかかった。体操着とブルマは、いつの間にかレオタードに変わっている。
「どいつもコイツも、あたしの事バカにして! バカにして! 馬鹿にしやがってええええええッ!」
折り重なった魔王たちに、玲奈はげしげしと蹴りを喰らわせ続けた。
周囲の風景が、いつの間にか密林から河岸に変わっていた。
屍であったはずの鬼鮫が、首をおかしな方向に曲げたまま襲いかかって来る。凶悪なほど力強い手が、レオタードを掴む。
掴まれたレオタードが、するりと脱げた。
いくらか幼げなスクール水着姿が、まるで脱皮したかのように現れる。
その格好で、玲奈は川に飛び込み、大量の水飛沫を飛び散らせながら、翼を広げた。
翼を縛っていたスクール水着は破け、水飛沫と一緒に飛び散っていた。
川の中では艦長が、水着姿で待ち構えている。
純白の翼で水を蹴散らし、褌姿を露わにしながら、玲奈は襲いかかって行った。
「死ねやぁあ! コスプレばばああああああ!」
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