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<東京怪談ノベル(シングル)>


甘いひと時

 ピピピピ……と、枕元に置いてある目覚まし時計が鳴り響く。
 毛布を頭から被って眠っていたフェイトはもぞもぞと動き出し、腕だけを毛布から伸ばして、忙しなく鳴り響く目覚まし時計のスイッチを切る。
 ぐしゃぐしゃに乱れた頭が毛布からひょっこり顔を出し、寝ぼけ眼で時計を見た。
「……13時……」
 ふぅとため息を吐いて瞳を閉じ、再びパタリと枕に顔を埋めた。
 今日は久し振りの休暇。日頃の疲れも相まって、フェイトはいつもよりゆっくり眠っていた。
 しばし閉じていた目をおもむろに開くと、ごそごそと寝乱れたパジャマもそのままにベッドから起き上がる。そしてその場で大きな伸びをして、ついでに欠伸を一つ。
「……」
 まだ頭が起ききっていないせいかボサボサの頭を掻きながら寝室を出て、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら広い廊下を歩き洗面所に向かった。
 ここは、IO2から支給された高級マンションでフェイトに宛がわれた部屋なのだが、一人身にはなにぶん広すぎて仕方がない。
 10畳のキッチン。15畳のリビング。8畳ほどの広さの部屋が3つの3LDK。洗面台は大理石。ついでに言えば浴室も全て大理石で出来ていて、壁は全面ガラス張りだ。
 あまりにも贅沢過ぎるこの部屋を、フェイトはただただ持て余して仕方がなかった。
 顔を洗い、歯磨きを済ませるとそのままリビングに向かって大きなテレビの電源を入れる。
「……大したニュースはやってないな」
 いつくかチャンネルを回してみたが、興味をそそる番組はない。
 フェイトはテレビを消しステレオの電源を入れて音楽をかけると、一度リビングを離れて別室でクローゼットを開き、着替えをし始める。
 いつもの白シャツに黒いジャケットではなく、休暇らしくラフな格好だ。
 フードのついた深い紫色のカットソーに、カーキ色のガーデニングパンツを着こんで再びリビングに戻ると、ゆったりとした白いソファに腰を下ろして今日は何をしようか考えた。
「久し振りの休暇だしなー……何しよっかなー……」
 背もたれに深くもたれかかりながら、何気なくキッチンの方を見やる。
 ここに越してきてからキッチンには全くと言っていいほど立ち入っていないため、新品同様だ。
「……そう言えば最近料理とかしてないな」
 ポツリと呟いたフェイトは、しばしぼんやりとキッチンを見つめていた。
 高校時代までは、毎日のようにお弁当を作っていたフェイト。別段、料理が苦手というわけではない。最近は忙しくて、キッチンに立つ暇などないだけのことだ。
 フェイトはふと、時計に目をやるとポンっとひざを叩いた。
「よし、今日はお菓子でも作ってみるか」
 そう言うと、パソコンを開き何を作ろうかレシピを探し始める。
「……ん〜……。マフィンにクッキー、マカロン。ん? プリンかー。美味そうだけど、プリンはちょっと難しいんだよな〜……」
 独り言を言いながらレシピを見つめるフェイトの顔は楽しそうだ。
 やがて一通り作れそうなレシピに目星をつけ、必要な材料をメモに書き出すとフェイトはそれらを買いに家を後にした。

               *****

「よっし。そんじゃあ作るぞ! まず時間のかかりそうな奴から……」
 律儀に三角巾を頭に付け、エプロンをかけてキッチンに向き合う。
 目の前には薄力粉、卵、牛乳、砂糖、バター、生クリームやチョコレートなど、お菓子に必要な材料がズラリと揃っていた。
「お菓子は分量が命だからな」
 そう言いながら、量りの上に置いたボウルの中にサラサラと小麦粉を入れていく。その間にもお湯を沸かし、チョコレートを湯銭にかける準備も怠らない。
 料理をすることに幾分手馴れているだけあって、非常に手際が良かった。
 自分の好きな音楽を聴きながら、鼻歌交じりにお菓子作りを楽しんでいるフェイトの姿は、あながちこっちの道に進んでも良かったように見えなくもない。
 ケーキの生地を型に流しいれ、予熱してあったオーブンに入れて、焼いている間に生クリームに砂糖を加えて掻き混ぜ始めた。
 しばらくしてオーブンから焼き上がりの合図が鳴ったのとほぼ同時に、リビングのテーブルに置きっぱなしにしてあった携帯がけたたましく鳴り響く。
「うっわ、マジかよこんな時に電話とか……。どうすっかな……今手が離せないし……」
 そう言いつつキョロキョロと周りを見回していたが、最終的に念力を使って携帯を自分の傍まで引き寄せた。そしてキッチンに置いたままスピーカー状態にして電話に出る。
「はい。フェイトです」
『あ、フェイト? 実は困ったことになったんだけど……』
「何? 困ったことって」
 同僚からの電話対応も抜かりなく接しながら、しっかりとした9分立てに仕上がったホイップクリームを絞り袋に丁寧に詰め、オーブンから粗熱の取れたカップケーキを取り出す。
 カップケーキの上にクリームを搾り出し、アラザンやチョコスプレー、細かく刻んだドライフルーツを散りばめると、さながら店で売っているものと変わらない。
 それらを満足そうにニンマリと微笑んで見つめていると、隣でお湯が沸きスイッチを切った。
 手を休めることなく動かしている物音は、当然電話口の相手にも聞こえている。
『……何かお前、休みの癖に忙しそうだな』
 ふと、同僚がそう言うとフェイトは小さく笑った。
「別に、そんなことないよ。じゃあ、さっきの件は話した通りでいいから」
『あぁ、分かった。ありがとよ。じゃあな』
 電話を切り、フェイトは再び黙々と手元の作業に取り掛かった。


 空が夕闇に染まり始める頃、計画していたお菓子作りを終えたフェイトの前にはプロ顔負けのスイーツがずらりと並んでいた。
 色とりどりのアイシングをあしらった花や鳥の形をしたクッキー、ホイップクリームの載ったカップケーキ、綺麗なパステルカラーのマカロン、フルーツをふんだんに使ったロールケーキ、トロトロのプリン、パンプキンパイ、フルーツタルトなど等。
 それらを見つめ、フェイトはニンマリ微笑んだ。
「やばい。俺って実は天才なのかも」
 なかなの出来栄えに、フェイトは自分の腕を自負した。
「しっかし、作ったはいいけどこれ全部一人じゃ食えないなぁ……」
 自己満足で作ったようなこれらのスイーツ。少し考えて、明日の仕事で配ることに決めたのだった。

              *****

「おはよー」
 翌朝、大きな紙袋を手に職場に顔を出したフェイトに、トラブルの電話を寄越した同僚が声をかけてくる。
「おうフェイト。昨日は助かったぜ……って、何だよその大量の紙袋は……」
「ん? あぁ、実は昨日お菓子を作ってみたんだけど大量に作りすぎちゃってさ。皆に食べてもらおうと思って持ってきたんだ」
 ニコニコ顔で紙袋から出した完璧なスイーツの数々に、周りの同僚達が一瞬固まった。
「え……何……。あのフェイトさんが……?」
 と、どこかでコソッと呟く言葉が聞こえる。しかしフェイトはご機嫌の表情だった。
「ま、遠慮しないで食べて食べて。ちゃんと味見してきたから大丈夫!」
 個別包装までしてきたお菓子を手渡しながら回るフェイトに、ただただ周りは驚いて言葉も出なかった。


 色んな意味で怖くて食べられないかも……。


 口には出さない同僚達の満場一致の気持ちは、ご機嫌なフェイトに明かせそうもない。