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<東京怪談ノベル(シングル)>


探偵、現る


 アリゾナ州で、地震が起こった。
 人死にが出るような地震ではなかった。が、地形は少しだけ変わった。
 グランド・キャニオン大峡谷に、ピラミッドが出現したのである。
 メソアメリカ文明風の、神殿ピラミッドである。地中にあったものが、地震によって迫り上がって来たのだ。
 とある大学によって、学術的調査団が編成された。まずは彼らが、ピラミッド内部へと赴いた。
 そして、帰って来なかった。
 続いて軍が、調査団救助のため、武装した人員をピラミッド内へと送り込んだ。
 兵士の1人が、命からがら帰還し、地元の病院に収容された。
 精神に異状をきたしている、としか思えぬ状態であったので、ベッドに拘束された。
 その拘束を引きちぎりながら、兵士は暴れた。
 フェイトが駆け付けた時には、病院内で複数の負傷者が出ていた。


 言い訳にはならない。ただ負傷者を人質に取られているような状況であったので、慎重な戦闘を強いられたのは事実である。
 結果、いくらか時間がかかってしまった。
 その間、例のピラミッドには、IO2の戦闘部隊が投入されていた。目的は、行方不明となった調査団及び軍兵士らの救出である。
 グランド・キャニオン。その雄大な岩壁に彫り込まれたかの如く出現した神殿型ピラミッド。
 頂上の神殿へと続く階段を、フェイトは駆け上った。そして、すぐに足を止めた。
 階段のあちこちで、人が倒れている。小銃と防弾着で武装した、屈強な男たち。
 IO2の、戦闘部隊であった。
 全員、血まみれである。生きているのかどうかも、わからない。
 少なくとも、1人は生きていた。大柄な身体を石段にもたれさせ、苦しげな声を発している。
 フェイトは駆け寄り、声をかけた。
「教官!」
「よう、フェイト……そっちの首尾は」
 息も絶え絶えに、教官は言った。
「人死には……出さずに、済みました」
 報告しながら、フェイトは見回した。
 屈強なIO2戦闘部隊を、このような状態に追い込んだ怪物たちが、ハゲタカの如く空中を旋回している。
 空を飛んでいるが、翼はない。半透明の人形、というのが最も近い表現であろうか。
 以前、博物館で見た事がある、プレコロンビア期の土偶。あれらを人間大に巨大化させ、より禍々しい意匠を施した感じの、怪しげな土人形たち。
 半透明のそれらが、ゆらゆらと空中を漂う様は、立体映像か何かのようでもある。
 だが、このものたちは映像などではない。実体を持たず、それでいて物理的な害悪をもたらす怪物。
 病院で暴れていた兵士にも、これが1体、取り憑いていた。
「こいつに取り憑かれると、人間じゃなくなります」
 両手で左右2丁、拳銃を構えながら、フェイトは報告を続けた。
「理性を無くして、とんでもない馬鹿力で暴れるようになります。取り憑かれた兵隊さんから、こいつを引き剥がすのに……少しばかり手間取りました。遅くなって、すみません」
 対霊銃弾が装填された、2丁拳銃。
 人間の身体から引き剥がしてしまいさえすれば、対霊射撃で仕留めるのは、それほど難しい事ではなかった。
 教官の大きな身体を助け起こしながら、フェイトは訊いた。
「もしかして教官……こいつらに1回、取り憑かれちゃったんじゃないですか?」
「まあ、な……無様なもんだったよ……」
 教官が自嘲する。
「取り憑かれて……トチ狂って同士討ち……で、この有り様だ」
「無様なもんですか。見ればわかりますよ」
 倒れている同僚たちを見回し、フェイトは言った。
「みんな、対霊銃弾を自分の身体に撃ち込んで……こいつらを追い出したんでしょう?」
「急所は……外した、つもりだけどな……」
 教官が、言葉と共に血を吐いた。
「追い出すのが、精一杯だった……後は、おめえに任すしかねえ……」
「任されました。今、救護班を呼びますからね」
「任された、だと? ふん、たった1人で何が出来る」
 嘲笑と共に、男が1人、気取った足取りで階段を下りて来る。
 フェイトと同じく、黒いスーツをまとった男。
「小賢しいIO2のネズミども、貴様らに我らの理想達成を阻む事は出来んぞ。人は滅び、新たなる霊的進化を遂げる! 我らはその導き手となるのだ。邪魔はさせん」
「虚無の境界……やっぱり、あんた方か」
 フェイトは会話に応じた。
「あの地震は、このピラミッドを掘り出すために、あんたらが起こしたんだな?」
「その通り。太古の大いなる邪精霊が封印されし、この遺跡こそ! 我らの新たなる拠点にふさわしいのだ!」
 半透明の土偶……太古の邪精霊と呼ばれたものたちが、ゆらりとフェイトに向かって降下を始めた。
 一斉に、取り憑こうとしている。
 群がって来るものたちを、かわそうとせず、フェイトはただ念じた。
 翡翠色の瞳が、強く激しく輝いた。
 敵の思念を威圧する、強度のテレパス。霊体・精神体という形で存在する相手に対しては、特に強い効果を発揮する。
 邪精霊の群れが、凍り付いたように動きを止めた。
 硬直している彼らに向かって、フェイトの両腕がふわりと掲げられる。
 左右2丁の拳銃が、火を噴いた。対霊銃弾のフルオート射撃が、邪精霊の群れを薙ぎ払う。
 半透明の土偶は、1体残らず消し飛んだ。
「なっ……!」
 虚無の境界の術者と思われる黒スーツの男が、狼狽しつつも虚勢を張った。
「こ……こんなものではないぞ! この遺跡の奥には、さらなる強大な邪精霊が封印されている! 今、その眠りを覚ましてくれるわ!」
 言い終えながら背を向け、なかなかの逃げ足で階段を駆け上って行く。
 追いながらフェイトは、スマートフォンを取り出した。まずは救護班を手配しなければならない。


 階段を上りきって、神殿へと踏み込む。
 そこでフェイトは立ち止まった。銃声が、轟いたからだ。
 奇怪、としか言いようのない巨大な石像が、闇の中に並んでいる。
 石像たちが見下ろす通路の真ん中に、その男は佇んでいた。
 サングラスが、少なくとも自分よりは似合っている、とフェイトはまず思った。
 ロングコートの下には、プロテクター状の戦闘服を着用しているようである。
 右手にはリボルバー拳銃。その銃口から、真新しい硝煙が立ちのぼっている。
 男の足元には、虚無の境界の術者が倒れていた。射殺されている。
 フェイトは、とりあえず声をかけた。
「……問答無用で、撃ったのか」
「こいつらは、俺から大切なものを奪った。だから撃った」
 サングラスの男が、言った。
「ここにいる虚無の境界の連中を、俺は皆殺しにする……いや、少し違うな。奪われたものを俺が取り戻す。その過程で、ここの連中は全員死ぬ」
 リボルバーが、フェイトに向けられた。
「そこに含まれたくなければ、立ち去れ。俺の邪魔をするな」
「邪魔をするな、か。それは、こっちの台詞なんだよな」
 なだめる口調で、フェイトは言った。
「あんたみたいに物騒な不確定要素がうろついてると、IO2としても仕事がやりにくいんでね。とりあえず、何者なのか教えてくれないかな? その上で話し合おうじゃないか。共闘するか、大人しくお帰り願うか」
「IO2と共闘など、するわけにはいかない……俺は今、私情で動いているんでな」
 サングラスの内側で、男の眼光がギラリと強まった。冷たく鋭く、それでいて暴走寸前の激情を孕んだ眼光。
 本来は冷静な男なのだろう、とフェイトは判断した。そんな男が今、私情に走るあまり、何かを見失っている。それを自覚しながら、己を止められずにいる。
「何を奪われたのか知らないけど、俺にはそれを取り戻す手伝いくらいは出来ると思う。だから」
 協力しよう、とまでは言えずにフェイトは跳躍し、近くの石像の陰に転がり込んだ。
 サングラスの男が、躊躇なく引き金を引いたからだ。
「言ったはずだ、俺は私情で動いていると。誰の力も借りるつもりはない!」
 銃弾が、フェイトの眼前で石像をかすめた。
 火花の臭いを感じながら、フェイトは応戦を試みた。撃たなければ、撃ち殺される状況だ。
 石像の陰から、銃口を突き出す。
 その狙いの先に、しかしサングラスの男はすでにいない。
 フェイトが隠れている石像の頭上に、彼は着地していた。テレポートか、と思えてしまうほどの跳躍力である。
 ほぼ真上から向けられて来る銃口が火を噴く、よりも早く、フェイトの方が引き金を引いていた。
 フルオートの銃撃が、石像の頭をかすめて火花を散らす。
 その時には、男はフェイトの背後に着地していた。
 後頭部に銃口を突き付けられる寸前、フェイトは振り向き、その銃口を左の拳銃で打ち払った。
 一瞬遅ければフェイトの頭を粉砕していたであろう銃撃が、あらぬ方向へと迸る。
 その間、フェイトは右の拳銃を相手に向けた。
 引き金を引こうとした瞬間、光が一閃した。衝撃が、フェイトの右手を襲う。
 サングラスの男の左手に、いつの間にかナイフが握られていた。
 その斬撃で叩き落とされそうになった拳銃を、フェイトは右手で握り直した。そうしながら左の拳銃を男に向け、引き金を引く。
 だが衝撃と共に狙いが逸れ、吐き出された銃撃は、空しく石壁を直撃した。
 サングラスの男が、まるで鈍器のようにリボルバーを振るったのだ。振るわれた銃身が、フェイトの右拳銃を打ち据えていた。
「そもそも、お前が本当にIO2であるという確証もない……お前が虚無の境界の一員ではないと、俺は信じる事が出来ない。不確定要素は、排除させてもらう」
「お互い様ってわけかな。俺も、あんたが連中の用心棒なんじゃないかって気がしてきたところさっ」
 会話と共に拳銃と拳銃が、あるいは拳銃とナイフが、激しく目まぐるしく激突する。
 銃声が、幾度も響き渡る。
 マズルフラッシュが、2人の周囲いたる所で発生し、フェイトを、サングラスの男を、刹那的に照らし続けた。