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<東京怪談ノベル(シングル)>


お菓子の世界な本の中でも。

 …ちょっと、びっくりした。

 いつものお仕事。そのお代を受け取った時。おまけに、と何故か一緒に手渡されたのが――綺麗な装丁になっている一冊の本。
 曰く、本の中の世界に入れる、魔法の本だと言う。
 なんでも屋さんはこういうの興味あったよね、と一応確かめられながら渡されたものだが、わざわざ確かめられずとも――当の「なんでも屋さん」ことファルス・ティレイラは、同族の師匠譲りなのか生来の好奇心旺盛さが理由かその両方か、とにかく、この手の不思議な――面白そうなものには目が無い。
 結果、ティレイラは素直に有難くその魔法の本を受け取り、自然の成り行きとして――帰宅後早速、試してみる事になる。



 まず、表紙。わくわくと胸弾ませながら、ティレイラはぺらりと開く。…そこにあったのは――色々なものがお菓子で出来ていると思しき、お菓子の世界。
 わあ、と感嘆の声を上げつつ、本当に中に入れるのかな、とティレイラはそっと本のページに指を伸ばしてみる。と、そこから、す、と当の本のページの中にあっさり吸い込まれた。あ、行けそう。と思いつつも、ティレイラは一度手を引っ込める。そして――心を決めたように、うん、と頷くと、えいっ、とばかりに思い切って――先程ティレイラの指を吸い込み掛けた、その本のページに飛び込んでみた。

 …飛び込んだら、墜落した。
 落ちるなり、思い切り尻餅をついてしまっている。痛たたたた、と声を上げつつも、ティレイラは取り敢えず周辺を見渡してみた。…今、墜落した場所。元居た場所では無い――開いていた筈の本も無い。上を見上げてみれば何やら光で出来た穴?のような場所がある。あの場から落ちて来たのか――思いながらも今度は改めて自分が落ちた当の場所を確かめる。
 ざらざらした、ちょっとだけ――ほんの軽くだけ粘りにも近いような、微妙な手触りの引っ掛かりもある地面。
 何か、甘くて香ばしい匂いがする。
 触っていると粉っぽく手にも付く。
 手に付いたそれをふと鼻に近付けて見てから――殆ど反射的に、ぺろと舐めてみる。
 地面は地面の筈なのだが、どうも、焼き菓子に触れた時と感触が凄く似ていた気がして。つい。
 舐めてみたら、それは甘く。
 予想通り、クッキーか何かのような、硬く焼かれた焼き菓子の欠片、のようだった。

「わ、本当にお菓子だ」

 思わず声が出る。
 地面ですら菓子。…となれば、周囲に見えるものすべてが何かしらのお菓子で出来ているのだろうとも予想が付く。周囲の様子を更に確認する。取り敢えず、凄く広い。…この場でただ眺めているだけでは全然足りない。折角だからもっと色々この世界で冒険してみたい。
 むくむくと湧き上がる好奇心のままに、ティレイラは己の背に紫色の両翼を広げている。

 ティレイラは元々、別世界から空間転移してこの世界――いや、厳密にはこの本の中の世界では無く、今実際に彼女の居る本の外の『普段生活している世界』と言う事だが――に訪れた紫色の翼を持つ竜族である。が、普段は本性である竜の姿でいる事は少なく、人の世界で目立たないように人の姿を取っている事の方が多い。
 そしてその人の姿に、竜の翼と角と尻尾だけが生えた半人半竜とでも言えそうな姿を取る事もある。そうする理由は――まず、空。その翼で空を飛びたい時に、ティレイラはこの半人半竜の姿を取る。
 紫の翼をばさりと扇ぎ、ティレイラはその場から飛翔。ひとまず上空から周囲を俯瞰してみる。上から見た方が見晴らしが良いから。自分が墜落したところ――以外の地面。極端に色が違う場所もある。別のお菓子で出来ているのかもしれない。行ってみようか――いやいや、それより先にそこの甘い香りが漂う緑を――草の茂みと樹木を見てみよう。思いつつ、そちらに向かう。
 緑の木々――その筈のそれらは光を受けてきらきらと煌いていて。触ってみれば、葉っぱも枝もどうやら飴で出来ている。ちょっとだけ折り取って、口に含む。…甘い。

「ん〜! こっちも甘くて美味しい!」

 それも、枝と葉の部分でちょっと味が違う。食べ比べて気付いては、おお、と驚きの声を上げ、次に目に付いた緑の側の可愛らしい家に近付く。粉雪でも積もっているようなその家の屋根に触れ、ティレイラはまた軽く匂いを嗅ぐ――それから、失礼しまーす、とばかりに、はむ、と齧り取った。ここは、どうやらケーキのスポンジにクリームが乗っていてパウダーシュガーが掛かっている、と言ったところらしい。壁は――ウエハースか。クリームで塗ってあり、プレッツェルやゼリービーンズ、切り分けたバウムクーヘンなどで窓枠やら家らしいパーツが構成されているように見えた。
 また視線を巡らせてみれば、また違ったつくりの家も点々と建っている。…どれもこれも、もっと色々、見てみたい。アクセントとして果物も時々飾り付けてある場所まである。…苺やオレンジ、葡萄など。時折、マジパンで出来ていると思しき細工の凝ったオブジェもあちこちに見出せる。

 いや、それどころか。

 何やら、生き物がそのまま固まったような――マジパンどころでなく妙にリアルな気がするオブジェもあちこちに立てられているのに暫くしてから気が付いた。…但し、それらも良く見れば素材がお菓子。…なんか凄いなぁ、とティレイラはそれらについても興味深く眺めて鑑賞。時々、齧ったり舐めたりと御相伴に与ったりもしつつ、じっくり堪能。

 そんな中。
 あっちにこっちにくるくるとよく動くティレイラの姿を、じーっ、と追っている一対の視線があった。



 …結構すぐに気が付いた。

 と言うか、気が付くのとほぼ同時――ティレイラの目の前すぐ真正面に、ばあ、とばかりに唐突に謎の少女が現れた。それも、上方から。おどけて悪戯でもするように逆さの姿で落ちて来て――ティレイラの目の前でぴたっと止まっている。
 そして、何やら値踏みするような眼で、ティレイラの事を、じー。

「え? っわ!? 何ですかっ!?」
 って言うかいきなり誰!?
「ん〜。近くで見てもなかなか…」
「…なかなか?」
「よし。充分可愛い。次の魔法菓子オブジェの素材はこれに決定っ!」
「へ?」

 一瞬、間。
 ティレイラは俄かに何を言われたのかわからない。

 魔法菓子オブジェ?
 その科白が聞こえたところで、先程からちらほら見受ける妙にリアルな気がする生き物めいたオブジェの数々が脳裏に閃く。同時に、いつも自分が良く起こす『失敗』やら誰かの『趣味』やら何やらと似た流れになっているのではと連想も出来、殆ど自然の成り行きとして『魔法菓子オブジェ』とやらが――その『素材』とやらは何なのか察しが付いた。目の前に居る謎の少女の風体からしても、どうも触覚やら尻尾やら羽根やらからして魔族か何か――それもどうにもティレイラが連想した諸々と同じ方向の趣味らしい、何らかの魔法的な能力を持つ存在、とも薄々見て取れる。
 思ったところで、さぁ来なさいわたしの配下の魔物たち! と高らかに喚ぶ声がした。…目の前の少女。彼女がそう叫ぶなり、ぽぽぽん、と可愛らしく丸っこい、マシュマロめいたお菓子で出来ているような謎生物――恐らく少女に呼ばれた通りに『魔物』なんだろうそれらが複数召喚されていた。わ、可愛い、と反射的にティレイラも声に出してしまう――が。
 その可愛らしい外見とは裏腹に、その魔物はわらわらわらとティレイラに纏わり付いてくる――まるで、ティレイラの動きを止めようとするかのように。いや、事実、止めようとしていた。見た目は可愛い。けれど、意図に気付けばされるがままになっている訳にも行かない――何か、足下が妙に粘着いて動き難くなって来た気がする。そんな風に思えて来た頃、早くしなさいよね! と少女が居丈高にマシュマロ魔物に命じたのも聞こえた。早く。何を。…ティレイラをどうにかするのを。と、なれば。

 これはやっぱり、敵。

 …ちょっと可哀想かなとこっそり思いつつ、それでもティレイラは心を鬼にしてマシュマロ魔物を振り解き、彼らが自分から離れたところで――一番得意な火の魔法を発動。手の中に生まれた魔法のその炎で、まだ諦めずに自身に纏わり付いて来ようとするマシュマロ魔物を一気に薙ぎ払う。
 残ったのは砂糖が溶けるような、焦げるような甘い匂い。形は、もう無い。簡単に倒されてしまった配下の魔物に、む、とむくれて色を成し、新手を召喚する魔族らしいその少女。ぽぽぽんと次に出て来たのはマシュマロ魔物よりやや大きなまた別の魔物が複数。蜂蜜らしいものがべったり付いた長いブラシを手にした、とんがり帽子の小人だか妖精めいた印象の老人姿な魔物が、やーっとばかりに声を上げつつティレイラに襲いかかって来る――が、ティレイラはそれらについても同様、火の魔法で退ける。
 とんがり帽子の魔物が劣勢と見るなり、次々とお菓子の魔物を喚ぶ魔族らしいその少女は――今度はそれより更に大きい魔物――家の扉めいた大きさの板チョコレートに手足を生やし武器を持たせて兵隊にしたような、ぬりかべめいた魔物を喚び出した。当然のようにティレイラに差し向けて来る――ずしん、ずしん、と足音も結構大きい。と言うか重い。しかも、そんなお菓子の兵隊が一体だけでは無いとなれば、どうにも凄いプレッシャーを感じ――何か、ひしひしとヤバい気がして来る。

 だったら!

 本当に本気で何とかしないと! と、ティレイラは紫色の肢体を持つ竜族本来の姿に完全に戻る事を選択。そしてまずはその竜の尾でお菓子の――板チョコの兵隊を一体、力尽くで薙ぎ払う。薙ぎ払ったその返す刀で、また別の一体に思い切り体当たり。直後に、咆哮――威嚇と気合いと両方の意味を籠めて。
 が、それでも板チョコ兵隊は怯んでいない。紫の竜の尾に吹き飛ばされ、体当たりでその身が折られた個体が居ても――他の無事な個体はまだティレイラに向かってくる。次。ティレイラは、ええい! とばかりに今度は数体を巻き込める形に火を吐く――巻き込まれた数体の板チョコ兵隊はその炎に晒され溶け落ちる。後に残るのは炭ならぬどろりとした黒い塊の山。…テンパリングも何もしていない直火焼きのチョコレート。取り敢えずそれらしい匂いはする。
 でもあんまり美味しくなさそう、と反射的に思ってしまいつつも、本性である竜姿のティレイラは油断無く周囲を窺い、索敵。…まともに動ける板チョコ兵隊の個体は居ない。どうやらひとまず蹴散らせた。

 ティレイラは息が上がり気味になりつつも、その事に軽く安堵して――いきなり何をするのか、と咎めるつもりで魔族らしいその少女を振り返る。が、目の前にあったのは、配下の魔物がこれだけやられていながら、特に追い詰められた様子も無いその少女の姿で。少女は、んー、と考えるように腕組みをし首を傾げていたかと思うと、また、うん! と元気に頷く。
 そして。

「そのドラゴンの姿も悪くないわ。こんな綺麗な紫色、見た事無いもの♪」

 フフ、と含み笑いつつ、じゃあ、とっておきの隠し玉――とばかりにまた、少女は次なる配下の魔物を召喚。それも――先程の板チョコ兵隊より更に大きい。と、言うより――板チョコ兵隊など比べものにならないくらいの巨大さで。
 本性の姿を現し、人の姿である時よりもずっと大きな体躯になっている竜姿なティレイラの体高さえも軽く超えた巨大さの魔物。その姿は――水飴状の透けた「何か」で構成された、ファンシーなクマっぽいキャラクター。瞬間的に冗談かと思うが、冗談でも無い。まるでぬいぐるみか何かにあるような形状をしている「それ」だが、大きさもあるのか魔物であるからか、とにかく迫力がまるで違う。
 でんとティレイラの前に立ちはだかり、傲然と前肢を掲げる、魔力を帯びたその姿に――ティレイラは思わず絶句。

 …え? 何これ?
 ちょちょちょちょっと待ってよ! こんなの聞いてない…っ!

 デカ過ぎる。
 竜姿の自分であって、まるで小さな子供いやそれ以下に見えるくらいの大きさ。思わず問うように魔族らしき少女を見れば、何やらにやりと人の悪そうな――同時に自信に満ちた笑みを浮かべてこちらの事の成り行きを見守っている。
 つまり、今召喚したこの魔物には、そのくらい自信があるのだろう。

 ――――――これならティレイラを捕らえられる、と。

 や、それは駄目! って言うか嫌っ!
 …でもこんな大きさの魔物を相手に回してどうしろって…いったいどうしたら!? 勢い付けて体当たりしても意味無さそうだし胴締め出来る程小さい相手じゃないし、噛み付いても美味しそうなだけ、って言うか半固体って言うか粘液状っぽいから――噛んでもろくに抵抗無かったりするかも知れないし、ああなんかどうしようもなさそう!! じゃあまた火を吐いて…ってそれでもこの大きさ相手では何だか火力が足りなさそうな気がするし!!! 無理だよこんなのどうするの〜!!!

 と、泣き言言いつつ、それでも何とかしなきゃとばかりにティレイラは渾身の魔力を籠め練り上げて火を吐く――半分以上やけっぱちで渾身の炎ブレスを水飴状の魔物に向かって撃ち放つ。と、その火に炙られたところから水飴状のその身体が溶け出していた。やった! 効いた! とティレイラは喜ぶ――が。
 …それは、よくよく見ればただ溶けた訳では無くて。
 まるで炎ブレスでどろどろに溶かされてしまったかのようなタイミングで、水飴の魔物は自ら形状を変え――今度はまるでスライムのような不定型の液状に変わり始めていた。そして、その液状になり始めたほんの一端が――炎ブレスを吐いた直後のティレイラの、大きく開けたその口に向かって流れてくる。
 かと思ったら――流れ込んだその部分を足掛かりにでもするようにし、水飴のスライムがよいしょとばかりに自ら蠢いて、ティレイラの口腔内にズボズボと入り込んで行き…――。

 へ?

 ティレイラ、頭の中が真っ白になる。
 瞬間的に何が起きたのかわからない。ただ、取り敢えず口の中がひたすらに甘くてやけに良い匂いが満ちている。上質の飴のような。…今。何があったのかと言えば――クマっぽいキャラクターだった筈の水飴状の魔物が私の炎ブレスに舐められて溶けた。…それから、元魔物な水飴? が炎ブレスの代わりに自分の口の中に入って来て…――?

 …え、この甘いのってそのせい? って言うか、なんでわざわざ私に食べられに? 今の魔物、私を捕まえようって敵対してたんじゃないの? え、何これ?

 あたふたと慌てつつ内心で自問自答しても当然、答えが出ない。ティレイラは殆ど反射的に今の魔物を召喚した魔族らしい少女を見る。彼女なら当然何が起きているのかわかるんじゃないか――思い見ていたら、何やら御満悦な表情で、わくわくと待ち遠しそうにティレイラの姿を見ている姿が。

 …なんだろう。
 何か、もう遅い、って感じがひしひしと。

 悟った途端に、ティレイラは自身の異変に気が付いた。紫色の四肢が翼の先が――ゆるゆると光に透けて行く。時折、比重の差か、竜の肢体の内側でまでとろりととろけるような動きをしたかと思うと、そこに気泡のようなものが生まれてまた、半固体の飴を複雑に練り込んだように光の屈折を変えて来る。
 まるで、飴細工でティレイラの形のオブジェでも造り上げているかのように。

 …うわあああん、やっぱりいっ!!!

 思わず半泣きで叫んでも当然、飴化――そして固化は止まらない。



 後に残ったのは、まるで紫水晶で造り上げたような綺麗な紫色に透けた、竜姿なティレイラの、飴の塊。
 …魔族らしい少女のお望み通り、ティレイラを素材にした魔法菓子オブジェ、完成。

 そこまで見届けて、魔族らしいその少女は、うん。と至極満足そうに頷く。…色々梃子摺らせてくれたけど、その分、出来栄えは悪くない。

 じゃあ、このままで――暫く堪能させて貰うから。
 この世界に来たあなたが可愛かったのがいけないの♪ …私の気が済んだら解放してあげるから、悪く思わないで頂戴ね? フフ。

【了】