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限界勝負inドリーム
ああ、これは夢だ。
唐突に理解する。
ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
目の前には人影。
見たことがあるような、初めて会ったような。
その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
頭の中に直接響くような声。
何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
このまま呆けていては死ぬ。
直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。
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「へぇ、面白ぇ」
十四郎も無意識の内に、口元が歪む。
元々好戦的な彼にとって、宣戦布告とは娯楽として認識されていた。
「良いぜ、やれるもんならやってみやがれ」
我流の喧嘩殺法に構えなどなくとも、十四郎は自然と重心を落とす。
目の前に見える人影はそれを見て、身構えたようだった。
敵の姿がぼんやりとした輪郭から、ハッキリと姿形のディテールまで見えてくる。
白いフードを被り、ほぼ顔の下半分しか出ていないゆったりとした服を纏った男であるようだった。
身長の低い十四郎よりも、頭一つ大きいほどの体躯、服の上からでもわかるほど鍛えられた身体。
一見して只者ではない雰囲気を感じ取る。
ビリビリとする殺気が、十四郎には心地よいぐらいだった。
「強いヤツとの勝負は、嫌いじゃない!」
緊張感と共に高まる鼓動を抑えきれず、十四郎から敵へと飛び掛った。
間合いは十数メートルほど。
十四郎が駆け寄る間に、敵は腰に帯びていたショートソードを抜き放つ。
対して十四郎は武器どころか防具もまともに纏っていない身一つ。
それでも怖気づくどころか、その足に勢いを増して、敵へと飛び掛った。
「でぇや!」
敵に大きく踏み込み、左足で胴を薙ぐ様に蹴りつける。
敵はそれを退いて避け、剣を構えた。
大きく振りかぶられた剣は、大上段から十四郎へと襲い掛かる。
十四郎はその剣筋を見切り、身を捻って紙一重で避ける。
そしてそのまま身体を回転させつつ、体勢を低くして地面に手をつく。
回転の勢いを載せ、遠心力も利用した水面蹴りである。
しかし、それも敵は軽くジャンプして退き、攻撃を避ける。
敵は剣を小刻みに振りながら、十四郎から距離を取り、状況を落ち着けるかのように牽制しつつ構える。
十四郎もそれ以上の追撃はせず、落ち着いて体勢を立て直す。
「へぇ……」
一息つきつつ、十四郎は思う。
なんだコイツ、と。
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状況は敵に有利な物ばかりだ。
間合いや装備などを考えれば、十四郎に利点などはありはしない。
敵は身長に見合った手足の長さを有しているし、武器だって持っている。
その気になれば十四郎を圧倒しつつ、戦況を維持できるはずだ。
あのゆったりとした服の下に、どれほどの防具を着込んでいるかわかったものではない。
だが、戦い方が消極的過ぎる。
「何を企んでやがる……」
乾いた唇を濡らすように、舌を這わせる。
理解不明の敵の動き方を考えても、十四郎の劣勢は明確である。
だとしても、状況を悲観したりはしない。
「余裕のつもりか知らねぇが、だったら形振り構えねぇようにしてやる」
持ち上がる口元に、一種の狂気が宿る。
またも、間合いを詰めたのは十四郎。
敵はそれを迎え撃つように剣を構えていた。
牽制のように振られる剣。横薙ぎに襲い掛かってくるそれを、十四郎は首元スレスレで避ける。
しかし、それで勢いは殺さない。
むしろ、なお前に出る。
避けられて力をなくした剣を持つ手を掴み、それを引っ張るようにしてスピードを乗せる。
「おぉぉらぁ!」
そして、そのままぶつかるのも畏れず、敵の額に向けて頭突きをかましたのだった。
ゴッという鈍い音が響き、十四郎の頭にも衝撃と痛みが走る。
だが、覚悟している十四郎と、不意打ちを食らった敵では、その衝撃も痛みも段違いである。
目の前に星が浮くような衝撃を受けたであろう敵は、よろめきながら数歩後退する。
その機を逃さず、十四郎は敵に組み付き、剣を持った右腕を極める。
肘を完全に確保し、そして何の遠慮もなく、その関節を折る。
骨の折れる嫌な音が鳴り、敵の手から剣が零れ落ちた。
さらには敵から距離を取る離れ際に、顔面に裏拳を叩き込み、腹を蹴飛ばして退避した。
「どうだ、この野郎!」
額から血を垂らしながら、十四郎が吼える。
案の定、敵は額当ての様な防具を仕込んでいたのだ。生身で頭突きした十四郎の方が、肉体的ダメージはでかい。
しかし、状況は覆した。
相手の右腕を破壊し、地面に転がっていた武器も今しがた蹴り飛ばしてやった。
これで敵の有利は激減したと言って良いだろう。
状況は五分くらいに持ち込めたはずだ。
敵は口に溜まった血を吐き出しつつ、無言で十四郎を睨みつける。
「へっ、良い顔になったじゃねぇか。喧嘩はこうでないとなぁ!」
敵の顔にやっと本気の殺意が宿った気がしたのだ。
ひりつく空気が、やたらと攻撃的になる。
肌が痛むほどに、空気が張り詰めているようだった。
「さぁ、かかって来いよ。テメェの手の内、見せてみやがれ」
十四郎の挑発に乗るかのように、敵がゆっくりと足を踏み出す。
その動きは確かに緩慢ではあったが、油断できない物であった。
足運びに全くの隙はなく、十四郎が攻め込む隙などありはしないようだった。
敵は右腕を失ってなお、プレッシャーを増していたのである。
十四郎の高鳴る鼓動の鳴り止まぬうち、敵が鋭い動きを見せた。
気付くと、十四郎の間合いの内側まで進入を許していたのだ。
「……なっ!?」
驚いて退こうとするものの、それよりも早く敵が掌打を打ち込む。
十四郎の胸を完全に捉えた掌打は、彼の心臓の動きを狂わせるほど強い衝撃を伴っていた。
視界が揺れ、一瞬にして具合が悪くなる。
吐き気と眩暈が十四郎を襲い、目の前が暗転しかけた。
「かは……っ」
口から息を吐き出しつつ、十四郎はよろめきながらも何とか踏ん張る。
気を張っていたにも拘らず、不意打ちを受けてしまった。
それほど鋭く、早い動きであった。
「クソがぁ!」
意地を持って顔を上げると、すぐそこでジャンプしている敵の姿が見える。
身体を捻り、今まさに蹴りが襲い掛かってくるところであった。
反射的に地面を転がる十四郎。
蹴りは十四郎の頭をかすめ、通り過ぎていった。
大振りの蹴り故に、敵はそれ以上追撃できず、十四郎も反撃するほどの余裕はなかった。
両者はまたも距離を取って息を落ち着ける。
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なめてやがる、と声には出さずに呟く。
十四郎が一瞬見失うほどの動き。それを敵が見せてきたのだ。
だとすれば最初の消極的な戦法は、こちらを侮っていたのだ。見下していたのである。
安全距離から牽制を交えつつ、こちらの消耗を待ってから潰せる程度の格下だと思われていたわけだ。
単純に、その事に腹が立つ。
目に物見せてくれる、と反逆心が燃え上がる。
グルグルと回るような視界と、思考と、胃の中身を我慢しつつ、十四郎は歯を食いしばる。
そして敵を睨みつけ、地面を蹴りつける。
身構える敵に目掛け、十四郎は思い切り地面を蹴飛ばし、砂を巻き上げる。
簡易な目潰しに対し、敵は落ち着いて対処し、顔を防御した。
だが、十四郎にとってはその一瞬だけで充分だった。
敵を自分の間合いに治め、全力の蹴りを放つ。
狙いは禁じ手、金的である。
敵の股を蹴り上げるも、しかし手応えは堅い。
「ちぃ、ここも防具か!」
コックガードを装備していた敵に対し、金的は大した効果をなさず、だがしかし、なおも隙を作り出す事には成功した。
男性として、それを蹴り上げられるのには生物的な恐怖を感じてしまう物である。
ひるんだ敵に目掛け、今度は目突きを試みる。
人差し指と中指をピッタリ揃え、敵の目に向けて突き出す。
しかし、それは紙一重で避けられてしまう。
十四郎の突き出した右手は敵によってパリングされ、大きく狙いをそれる。
攻撃を凌いだ敵は十四郎から距離を取ろうとするものの、十四郎はそれを許さない。
敵の胸元を掴み、足を引っ掛けて押し倒して、マウントポジションを取る。
優位に立った十四郎は拳を思い切り振り下ろした。
顔面を目掛けて振り下ろされた拳は、しかし敵の左腕に阻まれる。
そして、その腕にも当然防具。
かなり堅い材質の防具を素手で殴ってしまった十四郎は当然、右拳に強烈な痛みを覚える。
……だが、それではくじけない。
防御が手薄になった敵の首に目掛けて左手を伸ばし、敵を締め上げる。
しかし、明らかに敵の首周りよりも太い物をつかんだ感触。
ここにも防具があったのだ。敵は急所と言う急所を全て防具で覆っているようだった。
「畜生がッ!」
こうなっては攻め場所に迷う。
流石に関節部分は防具では覆い切れないだろうが、全てサブミッションで戦うにはリスクが高すぎる。
迷っているうちに、敵の左裏拳が襲い掛かってきて、反射的に退いてしまった十四郎はマウントポジションから退けさせられてしまった。
両者はまたも距離を取って仕切りなおす。
「くそ……」
額の血をぬぐいながら、十四郎は敵を注意深く観察する。
どうやらあの服の下はガッチリと防具で守られているらしい。
となると、素手での殴打は逆に十四郎にダメージだ。現実的なのはやはりサブミッションによる関節破壊。
目突きを避けたとなると、顔に対する攻撃も有効だろうか。
しかし、どちらを狙うにしてもリスクは高い。
体術に優れているらしい敵を捉えるのに、十四郎はどれだけの危険を冒せば良いのだろうか。
だが、悩んでいても仕方がない。
やる事が限られているという事は、それに集中できるという事だ。
まずは相手の腕か足、どちらかを破壊する。それで大分優位に立てるはず。
ならば動くだけだ。
得意の機動力を持って、十四郎は敵との間合いを詰める。
敵はそれを見据えながら、ただ構えて待ちに徹していた。
「この状況でもまだ余裕だってのかよ!」
その様子に神経を逆撫でられた十四郎は、左手を伸ばし、相手の衣服を掴もうとする。
敵はその手を払いながら、僅かに後退。十四郎との距離を維持しようとする。
だが、十四郎はしつこく食い下がる。
右腕の折れている敵とは違い、十四郎は五体満足。
「左手が弾かれても、右手は残ってるぞ!」
今度こそ敵の襟首を掴み、手前に引き寄せる。
それと同時に左足を振り上げ、相手の腹部に思い切り膝蹴りを食らわせる。
腹は可動部。敵の柔軟な行動を見ていれば、腹部に強固な防具は仕込んでいない事は窺い知れる。
確かな手ごたえを感じつつ、十四郎は更に追撃を加える。
思い切り振りかぶった左拳で、敵の頬をぶち抜く。
掴んでいた襟首は離してしまったが、よろけた敵は、すぐに反撃に出てきそうにはない。
「――――らぁっ!!」
十四郎はもう一歩踏み込んで、右手のスマッシュで相手の顔を打ち上げた。
クリーンヒットが三発。
流石の敵もかなりのダメージが見て取れる。
このまま追撃を重ねて、勝利をもぎ取ろうとする十四郎……だが。
「なっ」
跳ね上げられた敵の顔を覗くと、まだ戦意が衰えていない。
それどころか何かを企んでいるような、底冷えする悪寒すら覚える。
本能に従い、そのまま敵と距離を取ろうとするも、しかし十四郎は予想外の攻撃を受ける。
敵の右腕が襲い掛かってきたのだ。
肘の折れた敵の腕は、下腕がムチのようにしなり、十四郎へと襲い掛かってくる。
しかし、本来ならばその行動は敵に激痛を走らせてもおかしくない行動である。
それをおしてなお、敵が行ってきたこの行動には意味があった。
まずは、十四郎の意表を突くこと。
今までの喧嘩相手で、折れた右腕を振り回しながら、なおも襲い掛かってきた相手はいなかった。
それを目の当たりにして、十四郎が驚かないはずもない。
そして、それによって十四郎の足を止めること。
距離を取ろうとしていたこちらの行動が読まれていたのだ。
敵はそれを阻止しようと、右腕を振り回していたのである。
「ぐっ……!?」
十四郎が右腕に気を取られている間に、腹部に衝撃。
敵の前蹴りが十四郎の腹を捉えていたのだ。
頭一つ高い身長を持った敵の、体重の乗った前蹴りに、小柄な十四郎が耐えられるはずもなく、足がもつれる。
尻餅をついた十四郎、その致命的とも言える隙を見逃すわけもなく、敵は十四郎へと襲い掛かる。
夢の覚める間際に、十四郎は確かに目にする。
敵の左腕の袖口から、光る物が一条、伸びていたのだ。
アレは間違いなく、仕込みの短剣。左手首に固定された暗器であった。
その短剣は寸分の違いもなく、十四郎の喉に目掛けて突き刺され―――
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「最悪の寝覚めだ……」
十四郎は寝床で目を覚ました。
時刻はまだ深夜。日も顔を出しておらず、鳥も鳴いていない。
なのに十四郎の身体は汗びっしょりで、すぐに二度寝をする気にもなれやしない。
「ちっ、シャワーでも浴びるか……」
気持ちの悪い寝汗と共に、夢の中での敗戦を洗い流したい所だった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0883 / 来生・十四郎 (きすぎ・としろう) / 男性 / 28歳 / 五流雑誌「週刊民衆」記者】
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■ ライター通信 ■
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ご依頼ありがとうございます。『敵が武装していてもステゴロ上等ってカッコイイ』ピコかめです。
やっぱ男は身一つでも強くなけりゃ。
さて、今回はすべてお任せって事でしたので、デフォルトのアリーナでアサシンっぽい人との戦闘でした。
敵は武器も防具もほぼ完全武装ながら、こちらはステゴロ! なんと言うか、野性味を感じさせます。
今回は負けを喫しましたが、その戦い方には敬意を表したいッ!
ではでは、また気が向きましたらどうぞ〜。
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