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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜彼女の日常、そして当然の帰結〜


「照明弾の完成はまだか?!」
 あせりとあきれが混じった表情で、同僚のひとりが工作室のドアから中に声をかけた。
 ふるふると茶色のふわふわ髪を振って、綾鷹郁(あやたか・かおる)は一言答えた。
「まだー」
 これで今日何度目だろう、同じ質問を受けるのは。
 ふう、と吐息して、少し離れた場所に視線を投げる。
 そこには目の下にクマを作った主任の暗い顔があった。
 ここは旗艦の工作室だ。
 現在、郁たちは地獄にて、その生態系を調査していた。
 その奈落の底の闇は深く、広範囲を照らし出すための照明弾が必要になり、現在、今まで使っていたものを急遽改良しているところだ。
 郁も一部手伝っていたが、メインはその主任が担当している。
 主任はこの艦の中でも相当のイケメンで、艦内でランキングを出せば必ずトップに躍り出るくらいの器量の持ち主だ。
 しかし、イイ男にはとっくに相手がいるもので、主任にも当然、「カノジョ」のさらに上を行く「許嫁」が存在した。
 そんな幸せの真っ只中にいるはずの主任が、どうして世も末だといわんばかりの表情でどんよりと作業を停滞させているのかというと、現在、その大事な許嫁との仲が非常に思わしくないからだった。
 理由は単純明快、「多忙」である。
 主任は、その肩書きにふさわしいほど莫大な量の仕事を与えられ、しかもこなしてしまっている。
 ということは必然的に、何かを犠牲にしているわけで、その第一の犠牲が許嫁になっているのだった。
 郁は自分の作業は継続しつつも、見るに見かねてこう声をかけた。
「そういうことはよくありますよ。だってヘンリー8世ですら、狩猟を優先して、奥方の顰蹙を買ったんですから」
 さらりと言ったつもりだったが、なかなか返答がないので、郁が主任に目をやると、彼は大きく目を見開いてこちらを見ていた。
「何ですか?」
「いや…君がまさか、そんなことを言い出すなんて思わなくて…君はずいぶんと博識なんだね」
 すると郁は言い切った。
「私は半月前、主任が悩み始めた頃から勉強したんです。上司の補佐は、部下の務めですからね」
「そうだったのか…」
 主任は驚くと同時に、感嘆していた。
 人は見た目で判断してはいけないのだ。
 
 
 
 翌日の食堂にて、向かいに座った同僚夫婦がのろけ話を展開していた。
「この人、怠け者なのよ。自分の部屋に下着の山を作るのよ。私はいつこの人が洗濯するかと様子見してたんだけど、一向にその気配がなくて…。結局、その山が標高1メートルに達したところで負けを認めたわ」
 肩をすくめて言い募る彼女は、それでもめいっぱいの幸せオーラに満ちていた。
 どんなネタを話しても「仲がいい」としか思われない、艦内でも有名なおしどり夫婦だ。
 しかし今日の郁は一味ちがう。
 何しろ、そののろけ話に便乗することができたのだ。
「それなら主任も同じなのよ。つい昨日まで、この人の部屋、ゴミ屋敷だったんだから」
「そんなにひどかったの?」
「ええ、そうよ。だから私、言ったの。あなたは整頓に嫌悪感を抱いているようね」
 すると主任が横からすかさず口をはさんだ。
「で、君は掃除してくれた」
「またコレが私掃除がうまいんだ♪」
 食堂の一角で、派手な笑い声が生まれた。
 主任のゴミ屋敷は、今では片付いているだけではなく、ときどき郁の手料理まで並んでいることがある。
 数日前とは比べものにならない片付きっぷりだった。
 
 
 郁が空いている時間を利用して、同人漫画の執筆に勤しんでいたときだった。
 不意に私室のドアがノックされ、開けてみると、相手の顔が見えないくらいの真っ赤な薔薇の花束が差し出された。
「君にプレゼントだ」
 声でようやく送り主が誰か判明した。
 だが今郁は忙しい。
 あっさりと薔薇の花束を受け取ると、
「ありがとうございます」
 そっけなくそう言って、ドアを閉めようとする。
「ちょっと待ってくれ」
 主任はそのドアを無理やり開けると、少々むっとした顔で郁に言った。
「このプレゼントの意味がわからないのか?」
 郁は首を傾げるばかりだ。
 仕方なく、主任は開口した。
「これはな…」
 郁に恋愛のイロハを説明する――「馬の耳に念仏」とは、まさにこのことだった。
 
 
「ねえねえ、私、主任とコイビトになった方がいいのかなぁ…」
「は?」
 鬼鮫は、突然来訪してきた郁にもびっくりしたが、語られている内容にもびっくりした。
 まあ、郁が恋愛話をするのは今に始まったことではないが――しかも、持って来る内容は基本的に「本命」に関するものばかりで、そのエンディングはいつも同じだった――、鬼鮫の意見もいつもと同じだった。
「相手が誰だろうと、おまえが出来るところまで、やってみりゃいいだろうが」
「うーん…」
 対する郁の返答もあいまいで、要領を得ない。
 最初の頃は微に入り細に入り、いろいろと助言をしてやっていた鬼鮫だったが、郁がことごとく敗れて帰って来るのを見て、最近は最低限の助言しかしていない。
 だからなのか、郁はしかめっつらをしたまま、「ありがとー」とつぶやいて、鬼鮫のところから去って行った。
 この後郁が取る行動もいつも同じだ。
 どうせ、方々に同じ質問をぶつけにいくのだろう――納得できる答えは、得られないとわかっていても。
 
 
 結局、どうしたらいいのかわからなくなった郁は、自身の共感能力をフルに生かして、強引に主任を好きになることにした。
 自分の方はそれでよかったが、さらに好きになってもらうにはどうしたらいいか、郁にはさっぱりわからない。
 そこで、よくある恋愛シミュレーションゲームのヒロインのごとく、ツンデレ、ぶりっこ、妹などなど、キャラ属性を変更することで、相手の好みに沿おうとした。
 それが裏目に出るとは、まったく考えていなかった。
 努力は必ずしも報われないのだ。
 主任はある日、郁にまたしても絶望的な台詞を送ることになった。
「僕の許嫁は、恋愛に淡泊な女性だったんだ。君の共感能力の恋もまやかしだ。僕は過ちの間を行ったり来たりして、反復している。これじゃ、いつまでたっても抜け出せない」
 だからさようなら、と主任は冷めた声で郁に告げた。
 本命は決して、郁の許には長居しない。
 それを再び思い知った郁は、鬼鮫のところに駆け込んだ。
「軟派釣りの極意を教えろーーーー!!」
 酒も飲んでいないのに、郁は暴れて、鬼鮫に八つ当たりをし始めた。
 
 
 〜END〜