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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Crazy 80s memory


 艦長が原形をとどめなくなった頃、三島玲奈はようやく我に返った。
 妙な視線を、感じたからだ。
 返り血にまみれたまま玲奈が振り向くと、そこに綾鷹郁が立っていた。
 哀れむような、たしなめるような、何と言うか生暖かい視線を玲奈に向けている。
 死屍累々と言うべき光景が、すぅ……っと消えていった。
 仮想現実投影スイッチを入れる前の、無機的なエアリアル室内に今、2人の少女が立っている。三島玲奈と、綾鷹郁。
「か、郁さん……いやあの、これはその」
「ま、いいからいいから。あたしや艦長だって、人に言えないような夢ここで見てんだから」
 生暖かい微笑みを浮かべながら郁が、玲奈の細い肩をぽんと叩いた。
「エアリアル室って、そういう場所だから。どんな夢見るのも個人の自由……ま、仕事に支障出ない程度にね」
「はい……」
 玲奈は俯いた。
 郁の話は、終わらなかった。
「だけどね、しばらくエアリアル室は使わない方がいいよ」
「何で……!」
 玲奈は、思わず顔を上げた。
 自分には、ストレス解消の権利もないと言うのか。
 郁が、いささか気まずそうに頭を掻く。
「うーん、ちょっと言いにくいんだけど……ほら今、調査中の不具合。あれの影響だと思うんだけどね」
 郁の愛らしい口元に、気の毒そうな笑みが浮かんだ。
「ここの映像、艦内に流出しちゃってんのよね。これが」


 自分たちが三島玲奈によって蹂躙・虐殺される様を、艦内の作業員たちが楽しげに観賞している。
「おい。あそこでハラワタぶちまけてんの、おめえじゃねえのか?」
「はっははは、首もがれちゃってんよ俺」
「おお踏まれてる踏まれてる、俺ヘナちゃんに踏まれてる。あ、脳みそ出てきた」
 エアリアル室の個人的幻像が、いかなる不具合によってか流出してしまっているのだ。
 他人の妄想の中で自分たちがどのような目に遭おうと、それで気を悪くするような者など、この艦には1人もいない。エアリアル室は、誰もが利用しているのだ。
 誰もが、妄想の中で、他人に暴力を振るっている。他人を、思い通りに扱っている。
「俺もこないだエアリアル室、使ったけどよぉ……ヘナちゃんも郁ちゃんも艦長も、俺専属の御奉仕メイドって設定でよう」
「聞きたくねえ! ああ俺はちなみに鍵屋参謀と、あんな事やこんな事……おい、それも流出しちまってんじゃねえだろうな。もしかして」
 その時、船室内に大量の金属屑が発生し、ぶちまけられた。
 事象艇の、残骸である。作業員たちが、恐慌に陥った。
 そこへ1人の少女が、船室のドアを蹴り開け、踏み込んで来る。
「ああもう、また失敗!」
 参謀の、鍵屋智子である。
「まるで霊障じゃないの! ちゃんと調査してるのかしら、あの三島ヘナは!」
「か、鍵屋参謀……こいつは何事っスか……」
「格納庫から各船室への、事象艇のワープ実験よ」
 残骸ではない無人事象艇が、この船室に現れる、予定であったのだろう。
「ちょっと誰か、ヘナを呼んで来なさい! きっちり見解を聞いておかないと」 
「落ち着け参謀。三島1人のせいにしてはいかん」
 艦長が、続いて船室に入って来た。
「艦内全域で何やら不可解な事態が起こっているのは、どうやら間違いなさそうだ。三島や綾鷹も交えて、主だった者全員で会議を開く必要がありそうだな」
「三島の顔を立てようと言うのね、艦長は」
 鍵屋が、いらいらと言った。
「甘やかしている、つもりはないのでしょうけど。彼女1人、何か特殊な扱いを受けているような印象を受けるわ。まるでこの軍全体が、三島玲奈1人に負い目を感じているような……一体どういう事なのかしら?」
「いずれ……わかる」
 艦長は、言葉を濁した。
「我々には、いずれ三島玲奈が必要となるのだ」


 会議が開かれた。が、三島玲奈は来ていない。
 また遅刻か、と怒り出す上官たちをなだめ、綾鷹郁は玲奈を捜しに出た。
 すぐに見つかった。思った通りの場所に、玲奈はいた。
「だから、エアリアル室は使うなって……」
 美しいエルフ貴公子の腕枕で、玲奈は幸せそうに眠っている。
「もしもぉーし! 眠り姫様、朝ですよお!」
 大声を出しながら、郁が玲奈の頬をぷにーっと摘んで引っ張った、その時。
 艦が、激しく揺れた。


 一切の操作を受け付けぬ状態で、艦が時空間を暴走している。
「時空の捻れに巻き込まれつつあります!」
 オペレーターが、悲鳴を発した。
「このままでは艦体がバラバラになります! あと半時間、保つかどうか!」
「ちょっと、貴女たち本当に! きちんと調査したんでしょうね!」
 鍵屋参謀が、ヒステリックな怒声を張り上げる。
「何なら、自分で調べてみればいいきに……」
 郁が、押し殺した怒声を漏らす。
「けど、かおるが調べて何にも異状が見つからなかったもん、あんたが調べて何か見つかるとは思えんぞね」
 この艦で最も機械に強い綾鷹郁が、隅々まで調べ上げた結果、少なくともシステム上のトラブルは何も探知されなかったのである。
 だが現実的に、艦は暴走しているのだ。
「あのう……」
 鍵屋参謀と郁との間で張り詰めた、危険な空気の中で、玲奈がおずおずと声を発する。
「あ、あたし、最初からきっちり調べようと思って……あたしがリフト倒して散らかしちゃった荷物、1個1個確認してたんですけど」
 言いつつ玲奈が、解毒剤の容器を1つ、恐る恐る掲げて見せた。
「そしたら……こ、こんなのが……」
 奇怪、としか言いようのない物体が、容器に付着したまま、うねうねと蠢いていた。
 恐らくは生き物であろう、その有機物体が突然、巨大化した。
 玲奈が悲鳴を上げ、容器を放り投げてしまう。
 巨大・奇怪な生物が、床にビチャアッと投げ出されながらも凶暴に蠢き、牙を剥く。
「何ぞね、このキモいのは!」
 郁が、小銃をぶっ放す。
 柔らかく強靭な体表面で、銃撃を跳ね返しながら、その怪物は何本もの触手を伸ばした。
 牙のような突起物を無数生やした、寄生虫あるいは深海魚のような触手の群れ。それらが一斉に、郁を襲う。
 瑞々しく引き締まった左右の太股が、その襲撃をかわして躍動する。しなやかな細身が翻り、艶やかな茶色の髪がフワリと弧を描いて舞う。
 それと共に銃剣が一閃し、触手の群れを片っ端から斬り払った。
「キモい肉の塊が! 綺麗に切り刻んでのう、さわち料理に盛りつけてやるぞなもし!」
 郁の怒声に合わせて、小銃が縦横無尽に弧を描き、銃剣の斬撃が怪物に叩き込まれる。
 怪物が、細切れの肉片に変わった。
 その時にはしかし、同じような怪物が無数、沸き出したかの如く出現し、郁に襲いかかっていた。
「あれは……時空ワーム」
 獅子奮迅そのものの勢いで銃剣を操り、襲い来る触手をことごとく叩き斬る郁の戦いぶりを、鍵屋参謀が冷静に観察している。
「艦内いたる所に……恐らく紅茶炉にも寄生しているわ。一連の不具合は、この連中が原因ね」
「あの、時空ワームって……?」
 玲奈が、おずおずと質問した。
「あらゆる情報を餌にして、無限に増殖していく生き物よ。いくら綾鷹さんが無双でも、直接戦闘で全滅させるのは不可能……駆除するには『未知の情報』を食べさせて中毒死させるしかないわ」
「それなら、いい手がある」
 艦長が、背後から玲奈の肩を叩いた。
「来たまえ、三島ヘナ……こほん、玲奈君。こんな事もあろうかと、という奴だ」


「あの……これ、何ですか?」
 艦長によって黒のボディスーツを着せられた、己の全身を、玲奈は不安げに見回した。
 艦長が、得意気に答える。
「我が軍の制服一式に無い服……すなわち、未知の情報というわけ」
「股間が……これ、ボタンクロッチ式、ですか? すっごい恥ずかしいんですけど」
「だからね、当時のチアはこれを穿いたのよ」
 きらびやかな銀ラメのブリーフが、玲奈の愛らしい尻にピッチリと被せられる。
「当時……って?」
「ふふふ、栄光の80年代よ」
 艦長が、謎めいた事を語っている。
「時空航行なんかやってるとね、自分のいるべき時代を見失ってしまいがちだから。こういう基準が必要になるのよ……さ、あとは普通にアンスコとか着てね」
「普通に、って……」
 おどおどしている間に玲奈は、チアガール姿に仕立て上げられていた。
「これで良し。さあ三島君、教えた通りに踊りたまえ。時空ワームどもに、未知の情報をたらふく喰らわせてやるのだ」
「こ、こんなので本当に……きゃあああああ!」
 恥ずかしそうに脚を上げ、控え目にポンポンを掲げる玲奈に、無数の触手が襲いかかった。
 時空ワームが1体、そこに出現していた。
 牙を生やした触手の群れが、玲奈のチアガール衣装を食い破る。
 玲奈は悲鳴を上げ、艦長は親指を立てた。
「GJ……!」
 初々しい半裸身を晒し、座り込んでしまった玲奈の近くで、時空ワームは絶命していた。


 喰らった情報を、時空ワームたちは共有しているのだろう。
 1体が喰らわされた『未知の情報』が、他の者たちにも流れ込み、時空ワームの群れは全滅した。
 彼らの屍に、郁が冷却剤をぶちまけた。
 こうして超有害生物の冷凍標本が大量に入手出来た。事態は、最良の形で落着したわけである。
 すっかり自信をつけてしまった三島玲奈が、チアガール姿で脚を上げまくり、喜び踊っている。
 艦長の傍らで、女子隊員たちが恨めしげな声を漏らした。
「あたしらも……あれ、着なきゃいけないんですか?」
「せめて、ハーパンとか……」
「ま、着るしかないっしょ……」
 郁が、率先してチアガール衣装を重ね着しながら、泣き声を発した。
「うう……艦隊制服の歴史に、また1枚……」