|
麗しの妖精艦長爆走―恋愛フリーダムな親父に天誅を!
超ド級に浮かれまくる男を目の前にすると、綾子は思いっきり頭痛とめまいを覚えるのは当然だろう。
しかし、いくら艦長許可が必要とはいえども、もう少しどうにかならないか―いや、それ以上何か言うと確実に大被害を受ける。
それだけは避けたい―というよりも、完全に投げやりだった。
「…許可するわ…何処へなりとお幸せに!」
「おおおお、さすが艦長!では、仲人もよろしく♪」
言葉通り舞い上がって出ていく男を見送り、数十秒後。
綾子は思う。
何故、このウォースパイトに平穏はないのだろうか、と。
というか、もともと戦闘艦なんだから、平穏なんて宇宙・銀河の彼方の果ての果てに飛ばされて、どっかの独裁総統あたりを蹴散らさないと手に入らないんじゃないかな〜と思うが、まあそれはそれでスルーしよう。
地球に落下してきた隕石を迎撃し、帰還の途についている艦内で麗しき艦長・綾子と亡き夫の忘れ形見である娘との間で冷戦ともいう激しい戦いが繰り広げられていた。
「だから、何が気に食わないの?これだけ譲歩してるのに」
「納得できない!私の自由を認めて」
「あ〜の〜艦長、お嬢さん。いい加減親子喧嘩やめましょーよ。ね?やっと任務が終わったってのにさ」
にらみ合う二人の間に挟まれて、生きた心地のしない副長は必死で仲裁―というか、半ば投げやりで契約書を提示してるだけ。
そもそも冷戦なんて大げさなものではない。単なる義理の娘に反抗される義理の母というごくありがちな親子喧嘩なのだ。
放っておいてもよかったが、相手が最高責任者たる艦長親子。自然と艦を巻き込む騒動になることは目に見えていた。
「だめよ。納得しなさい」
「なんで?!、何でダメなの」
「それはそうでしょ!だいたい」
また不毛な論戦か、と副長が肩を落とした瞬間、某日本大好き監督の某映画テーマとともに艦長室の扉が乱暴にブチ開けられた。
「艦長いるっ!!?」
血相を変えて乱入してきたのは惚れっぽい激ヤバな親父―もとい、父を持つ綾鷹郁。
いつもながら派手な登場、と思うが口どころか表情にも出さない綾子のが一枚上手だが、度肝を抜くトラブルを持ってくるのでは郁のが上だよな〜と思うのんきな副長。
「大変なのよ!あの親父ってば結婚するっていってんのよ!どこの馬の骨よ!」
「ああ、その話?一応、仲人務めさせてもらうわよ」
「数十分前に御父上が来られて結婚するから仲人よろしく!と一方的に叫んでいかれたんですよ」
遠い目をして現実を拒否する綾子に代わって副長が答えると、ケンカしていたはずの綾子の義娘もそうそうと相槌を打つ。
あまりにお気楽ぶりに卒倒しかかるのをどうにかこらえ、郁は我関せず、を決め込む艦長・綾子に食って掛かる。
「止めたところで無駄でしょう?今、相手をしてられないの。いい加減折れなさい」
「ああああ、義娘とケンカしてたの!?こっちの方が大変だってのに……」
「部外者が口はさまないで!だからママが!!」
「だから言ったでしょ!そんなわがまま、許さないって!!」
頭をかきむしる郁を無視して再び冷戦を勃発させる艦長親子。
まさに似た者同士と思いつつ、話を聞き流していた郁は素早く考えを巡らせた。
このまま父を結婚させたら、どんな被害を受けるか分かったものじゃない。
それを阻止するためにも、艦長・綾子の協力が必要不可欠だ。
ふと目に留まったのはテーブルの上に放り投げられた契約書。
ヒートアップする親子には気づかれず、郁はその書類に目を通し―閃いた。
「お二人とも、この契約書では納得いかないんでしょ?でしたら、あたしが仲裁案を提案します。それでよかったら、あたしのお願い聞いてね」
怪しさ爆発な笑顔を振りまいて、郁が言い争う綾子親子の前に置いたのは手書きの書類。
不毛の争いに飽きていた二人はそれを一読し―母である綾子はびしりと固まり、義娘はあんぐりと顎を外す。
条件というよりも、ごく一般家庭でのお約束が細かく書きあげられている。
ある意味、すごい努力だが、これで納得するなら、とうに終わってるとたそがれる副長をよそに郁は自信たっぷりに言い放つ。
「これ以上の打開策はないと思うの。どうかな?」
「どうもなにも……決まらないわよ!これはごく当たり前のことよ」
「もう!ママが折れればいいの!!」
「だからダメって言って」
「えーどこがダメ」
くわっと歯をむく綾子に再び義娘が叫び、郁が納得しないとばかりに声を上げる。
ああ、また再び泥沼か、と副長が思った瞬間。
景気よくかつ派手に行くぜとばかりにドアがブチ開けられ、そこにすっくと立ち尽くすは、燦然と輝く褌一丁姿の男―お盛ん極まりない郁の父。
あまりな姿に呆然となる4人に異常なハイテンションで郁の父は右手の親指を立てて、彼女たちを睥睨する。
「ははははははっ!!何か思いきや……いいか、艦長。子どもは奔放に育てよ」
「ちょっと!何言ってるのよ」
「はぁ?!!ふざけてるの、親父」
いきなりの闖入者に怒声を上げる綾子に同調し、抗議の声を上げる郁。
それをきれいさっぱりと丸無視して、郁の父は呆然と立ち尽くす綾子の娘の腕を掴む。
「では、お嬢さんを連れてくぜぇっ!!」
さわやかな笑顔を振りまいて、綾子の娘を強引に引っ張るように艦長室を飛び出した。
数秒間、呆然とし―瘴気に戻るやいなや、綾子と郁は無言でその後を追いかけた。
さんさんと輝く疑似太陽と広大な艦内を最大限に生かした人工の海を有する艦隊所属のリゾート艦。
遊園地や温泉などの福利施設が充実しきったこの艦に逃げてきた郁の父は挙式が行われるチャペルの控室に綾子の娘を連れてきていた。
状況が飲み込めず、呆然としている綾子の娘を横目に郁の父は褌一丁で逆立ちを繰り返しては、うかれまくっていた。
「はははははっ、我が綾鷹家の男は褌姿で逆立ちして結婚式に挑むしきたりでね。その練習だ」
「へぇ、そうなんだ。初めて聞いたよ」
「うむ。しかしなんだ。お嬢さん、母君と契約などやめたまえ。契約など相互不信の種だ。人は自然体で在るべきなんだよ」
「ずいぶんと説得力ある言い方だけど、それはそれで問題だと思いますよ」
「おおう、いつの間に来てくれたのかね?わが娘と艦長殿」
「さっきよ!!」
見事に唱和する郁と綾子を郁の父は全く取り合わず、式用と浮足立った様子で褌のリフォームを頼もうとする。
と、そこへ乱暴にドアが開けられ、踏み込んできたのはきっちりと礼服を着こんだロマンスグレーの男。
向かいにある新婦控室のドアが開けられている点からそこから来たのと、礼服姿から新婦の父親―要するに舅だと察しがついた。
「結婚式というのに……なんたる姿か。艦長殿が仲人と聞いて安心しておったのに、褌などと破廉恥極まりない」
―いきなり婿いびり?!いえ、全く持ってその通りですけど
心の中で激しく賛同しながら綾子は新婦の父に敬意を抱くが気づかれず、新婦の父はふんと胸を反らすと一言だけ強く言い捨てる。
「娘と結婚するなら、我が家の規律に従って礼服を着ていただこう。すでに用意はしてある。よいな」
一方的に言われ、さすがの郁の父は落ち込み、寂しげな表情を浮かべた。
それを哀れに思ったらしく、ことさら優しい声で綾子の娘が疑問を口にした。
「気になってたんですけど、なんでそんなに焦るんですか?結婚」
「年々、選択肢が減るのだ。独身は淋しい…だからだよ」
なんだよ、それはと思う郁とは逆に綾子の娘は心の琴線を震わせたらしく、郁の父に黙って寄り添うものだから綾子の顔面が一瞬にして蒼白と化した。
「まじ?」
それはそうだ。義理とはいえ可愛い娘がこんな褌一丁の親父に寄り添うなどありえないと郁でさえ思う。
うっすらと涙ぐみながら郁の父は感極まったような上ずった声で告げた。
「郁、式には礼服を着る。掟に逆らうのは心苦しいが淋しいのはいやなんでな」
淋しいなんら勝手にしろと言いたいが、ここまで来るとそうも言ってられない。
がっくりと肩を綾子と郁が落とした瞬間、凄まじい横揺れと何かが崩れ落ちていく音が艦内中に響き渡った。
「何事なの」
「ちょっと待って!今調べます」
背筋に嫌な汗が流れ、緊張した表情を浮かべる綾子に郁はポケットから小型タブレットを取り出し、艦内の状況を即座にスキャンし―息を飲んだ。
ディスプレイに表示された船体図のところどころに浮かぶ欠落を告げる紅いシグナル。
さらに詳しく調べ直しして、郁は厳しい表情を浮かべ、綾子を見上げた。
「腐食性の菌が船体のあちこちを浸食してます。このままだと危険です」
「対策を立てないとまずいわね。式は延期してすぐに調査を」
「そんなの関係ねぇぇぇぇぇ」
腐食菌の恐ろしさを熟知している綾子の妥当な判断を一蹴したのは郁の父。
いや、そうもいかないでしょ、と突っ込もうとした郁の前で繰り広げられたのはありえない展開だった。
「ねぇ、お嫁さんとうまくいきそう?」」
「……。ではお嬢さん、一緒にバカンスを楽しみますかっ!!」
妙に同情、否、真摯な綾子の娘の問いに郁の親父は一瞬絶句し―なぜか妙な方向に話を持っていく。
なんでそうなるの!という郁の魂の叫びもむなしく、反逆ここに極まりとばかりに綾子の娘が郁の父とともに控室の窓から飛び出す。
手に手を取ってかけていく二人の姿はもれなく新婦の部屋からも見えたわけで。
甲高い女性の怒号とともに誰かが爆走していく音が響き渡る。
「何。今の」
「信じたくないですが、怒り爆発の新婦さんがうちの親父たちを追っかけて行ったみたいですね。どうします?」
「どうもこうもないわ!この状況で何考えてるのよ!!」
「そーですね!!」
以心伝心とばかりに飛び出す綾子と郁。
ものの数分もしないうちに真っ白なドレスを着た新婦がスカートの裾をつまみあげて、笑いながらその前を走る郁の父たちを追いかける姿を目撃し、綾子も無言で速度を上げる。
怒り心頭もいいところだが、郁として別のことで頭がいっぱいになる。
走りながらタブレットを操作し、腐食が迫る機関室へと通信をつなげた。
「機関室、そちらの状況を教えて」
「現在、鉄管の各所にゼリー化しています。おそらく腐食菌の排泄物かと思われます」
短くかつ正確な報告にさすがと思いつつ、郁は思考を巡らす。鉄管がゼリー化しているならば、この菌は鉄を好む。
しかも自分たちや怒り爆発している新婦が豪快に走り回っている振動で艦の崩壊に拍車がかかり、非常に危険。
ならば答えは一つだ、と判断し、郁は綾子に取りすがった。
「艦長、この艦をリオ川に向けてください。艦の崩壊を阻止します」
「任せるわ!って、待ちなさい!!あなたたち!!」
「どーゆーつもりよ!あなた」
激怒臨界点突破の綾子と新婦に何を言っても無駄でした。
うっすらと涙を浮かべながら、郁はブリッジに連絡し、リオ川へと進路を向けさせた。
リオ川は鉄分を多く含み、鉱脈も無数に存在する。しかも帰還航路からもさほど離れていないので、影響は少ない。
「リオ川に到達」
「川底にある鉱脈に向けて主砲発射!進路はそのまま突っ切って」
「了解!!」
「だぁぁぁぁぁっ!!ふざけるんじゃないわよっ」
「娘を返しなさいっ!!」
きびきびとした指示を発する間も、怒り狂った綾子と新婦の破壊―いや、追跡行動は過激さを増し、どういうわけなのか見境なくして激突。
その過激な激突が、ただでさえヤバさレッドゾーンに突入している艦にダメージを与えていて、郁は滝のごとく涙を流して運を天に預けた。
鳴り止まないアラートにせかされながら、ブリッジでは不安定になりかけた艦を安定させ、狙撃手が照準スコープを川底の鉱脈にロックオンさせる。
「目標ロックオン!いけぇぇぇぇぇぇっ!!」
狙撃手の絶叫とともに主砲から放たれた青白いエネルギー砲が正確に鉱脈を打ち抜き、盛大に土砂を巻き上げた。
その中へ迷うことなく艦は突き進み、大量の土砂が降りかかるが構うことない。
強烈な衝撃が艦全体を襲うが徐々にそれは静まり、同時にけたたましく鳴り響いていたアラートが一斉に沈黙していった。
「はぁ〜どうやら成功したみたい」
「どーゆーことよ?」
「あ、やっと落ち着きました?あのですね、リオ川って、鉄分を多く含んでいるでしょう。その泥を思いっきり被れば、鉄を好む腐食菌が食いつくと思ったんですよ。で、上流に向かっていけば滝に当たります。そこで大量の水を浴びれば泥と一緒に菌も流れるって寸法です」
「ああ、なるほどね。今の振動は滝の水だったのね」
「そうです♪修行僧の滝行みたいに」
余計なひと言、と思った瞬間、もう遅かった。
にっこりと恐ろしい笑みを浮かべた綾子の一撃が容赦なく郁の脳天を襲ったのは言うまでもなく、同時に艦が座礁しました〜というアナウンスが響き渡ったのもこの時だった。
風光明媚なリオの湖畔。座礁した艦の修理が急ピッチで行われているその横で、はた迷惑大王―郁の父の挙式が決行された。
とんでもない娘の反抗と大事な艦の座礁というダブルパンチで脱力しきった綾子は約束だからと律儀に仲人となり、無事始まった。
だが、普通で済まないのが、この綾鷹郁の父である。
「どわはははははっ!ビバ自由!!」
盛大なる結婚行進曲ではなく、鳴り響いたのは軽快かつド派手なサンバ。
その曲を背に歩んできたのは可憐な新婦―だけではなく、見事なまでに真っ赤な褌一丁の新郎―郁の父。
恥も外聞もない、むしろ堂々過ぎる姿に綾子は猛烈なめまいと頭痛を覚え、よろめきそうになるのをこらえた。
だが、厳格なる家で育ったらしい新婦には過酷すぎた。
数秒間、夫となる郁の父を凝視し―そのままふっと意識を失ったのか、綾子が気づいた時にはばたんと音を立てて卒倒していた。
「ああああああ、なんて喜劇…じゃない悲劇なのよ。全く」
「えーもういいじゃん、この際」
「そうそう♪もう自由を満喫ってことで遊んでくるね!」
哀れな新婦が医務室に運ばれていくのを横目に、父の結婚を阻止して満足な郁がこれまた機嫌のよい綾子の娘を連れて、リオの湖畔へと駆けていく。
しかも、いつの間にやら二人ともビキニ姿だから、綾子の頭痛がさらに増してきた。
「あー頭痛がひどくなってきた」
「え?艦長、風邪ですか?薬を」
「煩いぃ!!」
修理作業の陣頭指揮を執っていた副長が心配そうに声を掛けるが、その落ち着きぶりが綾子には気にくわなった。
完璧な綾子の八つ当たり絶叫がリオの湖畔に響き渡り、驚いた鳥たちが一斉に飛び立っていく。
何はともあれ、大迷惑大王・綾鷹親子がいる限り、綾子の頭痛は治らない!!
ってことで、よしとしよう。
「どこがよ!!」
今日もむなしく綾子の抗議がこだまする。
FIN
|
|
|