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<東京怪談ノベル(シングル)>


『WHO ARE YOU』

 キミは、誰?
 彼女は薄暗い部屋の中で、ゆっくりと身体を起こしながら嫣然と微笑んだ。
 その白磁の美貌は、まだ幼い少年をしかし、耳まで赤くにするには十分の魅力を持っていた。
 小さく膨らんだ乳房が視界に入ると、少年は慌てて少女から、眼を逸らした。
 必要最小限の明かりしかないこの部屋でも、少女の白い身体はその明かりを反射させてぼぉーと輝いていた。
 少女は初心な少年の反応に柔らかに双眸を細めた。
 とても純粋な少年を慈しむように。

 その光景を、監視カメラを通して観ている男の目は、少女の目とは正反対の、この世の邪推を集めて凝縮し、結晶化したような漆黒の瞳だった。
 まだ大人になりかけの少女の男を知らない裸体に音が聴こえそうなほどの下卑た舌なめずりをして、肩を震わせる。
「はん。まだママのおっぱいが恋しい年頃のガキが生娘のおっぱい手に入れて筆おろしかよ。いいねー。おい、この監視カメラの映像、あとで渡せよ。おっと、勘違いするんじゃねーぞ。今晩のおかずにしようってんじゃねー。売るんだよ。やりてえってなら、いつだってあの部屋に乗り込んで、あのガキ八倒して、やりたい放題やれるんだからな」
 いひひひひと笑う男を、その監視室のモニターをしかし、絶対に観ようとしない男がとても嫌そうな目で見た。
「なんだよ、なんだよ、その目は? あん? あれか? おまえ、まさか、あのガキどもに同情でもしようってのか? 初めてのエッチを他人に観られて可哀想って? あははははは。何言ってんだよ? おまえだって、右手が彼女で、毎晩パソコンでエッチ動画観つつ頑張ってんだろう? 何ならあの部屋で鑑賞でもしてくれば? 上には黙っててやんぜ?」
「だ、誰が、誰があんな部屋なんて行きたいものか。あんな奴…あんな、化け物を目にしたいものか!」
 半狂乱で叫ぶその同僚の男に、彼は一瞬だけたじろぐような顔をしたが、しかし、すぐに小ばかにするように笑った。
「化け物、化け物、って、おまえら、何、あんな小娘、怖がってんだよ? 確かに眼鏡ブスのあのおばさんから見たら、嫉妬しか生まれない化け物みてえに綺麗な小娘なんだろうがさ。おまえら、本当に、揃いも揃って。あんな小娘、そのうちにあのガキの腰の動きに合わせてあんあん言い始めるメス…」
 男の下卑た品性の無い台詞はしかし、そこで終わった。
 少女が監視カメラのモニター越しに男と目を合わせ、そして、あろう事か、にこりと嫣然と微笑んだのだ。
 そうして、少女は、唇を動かした。
 次いで男は、果たして絶叫を上げて、腰のホルスターから抜いたリボルバーの銃口を口の中に入れて、彼がこれまで犯した犯罪の数々を、まるでその被害者たちが目の前に居るかのように謝罪しながら、引き金を引いた。



 ……かつて、魔女が居た、とIO2の資料には書かれていた。
 資料保管室の、その中でもとくに忌み嫌われる資料の数々と一緒に、まるで誰の目にも触れさせないように隠すように保管されていたその資料に書かれていた彼女の事は、まるで生まれてきたことこそがそもそもの不幸、罪であるかのように書かれていた。


 享年10歳。
 そんな幼い歳で、彼女は死んだ。

 しかし、その資料の執筆者の、彼女の最後を記載した文章には、どこか安堵の感情が見て取れた。



 その資料の執筆者に、以前、聞いたことがある。
 このIO2で彼女の事を知っているのは、彼だけではないと。
 その人物の名はついぞ彼は教えてはくれなかったが、しかし、面倒見の良いその彼が唯一、目も合わせようとはしない少年が居る事を不審に思い、その少年の過去を探ってみれば、案の定、その少年こそ、その資料に記載された魔女と同じ施設に監禁されていた少年だった。
 その少年の名前は、フェイト、と言った。


 今でも夢に見る小さな少女が居る。
 それでももう、その少女の顔も、身体つきも、どんな髪型で、どんな髪の色をしていたかさえも覚えていない。
 キミはだれ? 
 フェイトはいつも夢の中で彼女にそう問いかける。
 けれども、ふと、彼は思ったんだ。
 起きているのと、寝ているのとのちょうど間の中をふわふわと彼の心が彷徨っている時に。
 だからこそ。
 現実と夢との境界線、そこは、今も過去も、そして、未来さえも一緒くたにある場所だから。
 フェイトたち能力者は、まれにアガスティアの葉と呼ばれるその場所、そこにチャンネルを合わせる事ができるから。
 そこにあるのは、未来だけではない、過去も。今もある。
 そして、それは、その人物の魂の中にあるのだ。
 なぜなら未来とは、今や、今と呼ばれた過去によってなる物だから。
 だから、未来と呼ばれる場所には、必ず今も過去もある。
 そういう場所だからこそ、彼女の残滓は、彼の中に憑いていられるのだろう。
 それでも、その場所においても、もう彼女の残滓は、ほとんど形を保っていられなかった。
 それは、彼女自身の妄執が、もうほとんど時という物に負けてしまって、しかし、そうまでなっても未だなお、彼に憑いていたいと願う程の、それは彼女の執着だった。
 そして、その少女に、フェイトはいつもキミは誰? そう問いかけていたと思っていたのだが、
 しかし、彼は、その日、唐突に理解した。
 いや、思い出した。
 彼女こそが、フェイトにそう言い続けていたのだと。



 資料には恐るべき事実が書かれていた。
 彼女の血縁者は皆、母親を除いて、自殺している。
 その理由は定かではない、と警察は発表している。
 彼女の父方、母方の両親はともに順調な隠居生活を送っていたのだが、共に無理心中を図っていたし、
 彼女の父親もまた、彼女が生まれた日に首をくくって死んでいた。
 そして、彼女の母親もまた、彼女が生まれたその病院で起こった、産婦人科医が起こした病院関係者及び、入院していた人間すべて…彼女を除いたすべてを皆殺しにしたその事件の被害者として死んでいた。
 それだけではない。
 彼女が入れられていた養護施設。その養護施設でも、自殺者は続出していた。
 彼女がその養護施設を出る前には、彼女と仲が良かった小学校の教師も自殺していた。

 そう、彼女は魔女なのだ。
 彼女は、自分の周りに居る人間に、その人間の犯した罪を見せる事の出来る力を、持っていたのだ。
 恐ろしい事に彼女は、その強すぎる能力のために母親の子宮に居る時から、何人も、自分の血族さえも殺していたのだ。
 そして、その彼女の能力は、国の超能力を調べ、保管する秘密組織に知られ、彼女はその施設に入れられて、貴重なサンプル体として、育てられることになった。
 とはいえ、彼女はただただ、そこでも人を殺しまくるだけの生活を余儀なくされたのだが。



 彼女は、初めて出逢ったその瞬間に、フェイトを見て、涙を流してくれた。
 そう。真っ暗な暗闇の、どん底の、またさらにそのどん底の世界で、いつも、誰か、誰か、誰か、誰か、と泣いていたフェイトの気持ちをわかってくれたのだ。
 なぜなら彼女も同じだから。


 別に望んで得た力ではなかった。
 むしろ、こんな力なんて欲しくは無かった。
 でも、持って生まれてきてしまったのだ。
 そして、知らなかったのだ。
 みんな、そんな力なんて持っていなかった、って。
 フェイトだけが、特殊で、化け物だったなんて。


「いいの。あなたは出なくてもいいの。ママとずっと、一緒にお家に居るの。ママはあなたが大好きだから、あなたを独り占めするの」


 いつもフェイトの母親は泣きそうな顔で笑いながら、そう甘やかすように言っていた。
 好かれてなんていないと思った。
 好かれているけれど、子どもとして愛されているけれど、
 それと同じくらいに嫌われているとわかった。
 それと同じくらいに怖れられているとわかった。
 でも、何で、そうなのかわからなかった。


 だから、ある日、言ってしまったのだ……、


「ママもやれるでしょ?」



 たった、たったその一言で、それまでの飯事は全て終わった。



 後の事は覚えていない。
 親戚の親戚、
 おそらくもう他人と言っても過言ではない親戚に引き取られて、そこでフェイトは金に目の眩んだ名前だけの保護者にテレビに出され、その能力を発動させることを強制された。


 今でこそ、フェイトはその能力を自由自在に使えるけれど、幼い子どもが、もろに周りの人間の感情の力をその純粋さゆえに真っ向から受け止めてしまう幼い子どもが、その純真な心を発動条件とする能力を上手く使えるはずもなく、
 幼かったフェイトはテレビの公開録画で失敗し、テレビや週刊誌、そして、国会においても、フェイトの名前だけの保護者が糾弾され、
 フェイト自身も子どもたちの世界で阻害され、
 そして、組織の計画通りに、組織は、フェイトを手に入れた。


 大金を手に入れたフェイトの名前だけの保護者の乗った飛行機は、バードクラッシュによって墜落し、生存者ゼロの大惨事となったのは、フェイトが組織の研究所に入れられた次の日だった。




「WHO ARE YOU」
 彼女は、いつだって、フェイトにそう訊いてきた。
 その度にフェイトは自分の名前を口にしていたはずなのに、彼女はやはり何度でもそう訊いてきた。
 

 彼女が聞きたかったのは、名前じゃない?



 彼女の夢を見て、
 窓から差し込む朝日の中に、飛んでいく白い鳥を見つけて、フェイトは泣いている自分に気が付いた。


 そうだ。彼女は、まだ、その答えを聞いていないから、フェイトの中に居る。
 憑いている……。




 資料の執筆者の他にそれを知っていた者が、実はフェイト以外にも、かつてはいた。IO2からその組織に派遣されていた研究者だった。
 IO2には、そういう裏の部分、闇の部分もあるのだ。
 研究者がただひとり助かったのは、しかし、IO2だったからだろう。
 彼の性格はとても褒められたものではない。世間的には人格破綻者と言われる部類の人間だ。
 しかし、だからこそ、そのIO2の闇の部分では力を持っていた。
 そして、どうにも、そうならないように万全の準備をして、彼女を監視・研究していたはずのその組織の人間を彼以外、皆殺しにした彼女は、それを理解していたようなのだ。
 彼、フェイトが何不自由なく暮らしていけるように。

 もっとも、その研究者もその後、フェイトの一般人として生きていく環境づくりをした後に、突如の自殺をもって、その生に幕を下ろしたのだが。
 ……。



 能力なんて要らないと思ったのに。
 能力を持たせた神を恨み、呪いさえしたのに。
 
 彼女の慰みとして、また人体実験の道具として、組織の研究所で暮らし、そこから、ただ独りの生き残りとしてIO2によって保護され、
 IO2によって普通の一般人として暮らしていけるようにしてもらって、
 ようやく中学ぐらいからその夢もゆっくりとだが叶い始めたにもかかわらず、
 今、フェイトはIO2で戦っている。忌み嫌っていた力を使って。

 それは、何故?



 昼間の明るい日差しに包まれた公園で、トランペットを吹いているフェイトの周りに子どもたちが集まってくる。
 その子どもたちを引率している10歳ぐらいの少女が、そう問いたげに首をちょこんと折り曲げる。


「WHO ARE YOU」



 そう訊いてくる少女の顔と、その少女の顔が重なったように見えた。
 首を傾げている少女の周りの子たちは笑顔でフェイトの音楽を聴いている。
 かつて、少女も、そして、フェイトも、ついぞ浮かべる事の出来なかった顔だ。



 そう、そして、それは今も変わらない。


 なぜならフェイトは今でも本当の笑顔を浮かべられないし、


 そして、フェイトの中の、フェイトに憑いている少女も、それは変わらない。


 だから、


 そう、だから、


 フェイトはトランペットを吹きながら、その首を傾げる少女に、周りの子どもを見てごらん、そう答えた。


 少女は周りの子どもの顔を見る。


 みんな、笑っている。


 そうして、少女は、そのみんなの笑っている顔を見て、ぎこちなく笑うのだ。



 そう。自分たちはもう笑顔を浮かべることはできない。


 その笑うという行為は、もう、この子どもたちの義務であり、責務であり、そして、それがこの世界の希望、望みなのだ。


 だからこそ、フェイトは戦うのだ。


 自分のために組織の大人たちを皆殺しにし、血の涙を流しながら、最後の最後まで、フェイトに「WHO ARE YOU」、そう問うてきた彼女のためにも……。



「俺は、みんなの、子どもの笑顔を、守る者だよ」



 ずっと、ずっと、ずっと、あの研究所で、フェイトと少女が望み、終ぞ、現れなかった存在。

 だから、フェイトは、自分がなったのだ、その、存在に。


 もう、泣く子どもが、絶望しなくても良いように。

 

 トランペットを吹き終わると、そこにあの少女は居なかった。
 そして、フェイトの心の中にも。
 もう、あの彼女は、フェイトに憑いていない。


 公園の中に、軽やかなオルゴールの音色が流れる。トライメライ。子どもの夢という名前の音楽。
 それは、フェイトの携帯の着信音だった。
 彼は、トランペットのケースに入れていた拳銃と、トランペットを入れ替えて、そして、
 世界に向けて囁くように、しかし、その目だけは世界に対して挑戦的に宣言するように、もう一度、それを口にした。
「俺は、みんなの、子どもの笑顔を、守る者だよ」


 END


 ライターより

 こんにちは。このたびはご発注ありがとうございます。
 PL様のプロットを読んで、浮かんできた、フェイトさんが戦う理由、なら、その動機となった物語は一体、どういう物なのだろう? その疑問と、プロットとを見比べているうちに、少女がふわりと浮かんできたのです。
 少しでもPL様に喜んでいただけましたら幸いです。^^
 
 重ね重ねになりますがご発注本当にありがとうございます。
 失礼します。