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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ダークハンターと氷の少女






「……アイス、いる?」

 開口一番にそう尋ねる青い髪の少女、アリア・ジェラーティ。
 相変わらずと言っても過言ではないだろう、眠そうな瞳。

 開口一番に真夏だろうと真冬だろうと尋ねるそのお決まりの挨拶。
 それはお前にとっての挨拶なのかと問い詰めたい。そんな事を胸中に抱いたのは、彼女を呼び出した一人の男だ。

 かのIO2にて伝説のエージェントと呼び声の高い男、ディテクターこと草間武彦。
 その成れの果てが、貧乏な一介の探偵だと言うのだから、彼に対して尊敬の念を抱いた者のは申し訳が立たないとも言えるだろう。

 何かを言いかけて呑み込んだ武彦はアリアに向かって要件を手短に告げる。

「アイスは良いから、あの建物を氷漬けにしちまってくれ」
「……いいの?」
「あぁ。それが俺からの依頼だからな」
「……ん」

 理由を尋ねようともせず、アリアは眼下に広がった巨大な研究施設を見下ろし、手を翳した。


 場所はとある山奥。
 その頂上付近で、少女は全ての時を氷の棺に閉じ込める。








 ――唐突に、何故こんな事態を招いているのか。
 それを語るには、少し時間を遡る必要がある。







 ――事の発端は、武彦がIO2にその所在をバレ、虚無の境界との関連を調べさせられたことに始まった。

 当然、IO2を離れた武彦からとってみれば、IO2の命令に従う謂れなどないのだ。
 一介の探偵風情が、虚無の境界と真正面から事を構えるつもりなど毛頭ないと言えるだろう。

「冗談じゃねぇ。虚無の境界なんてハイリスク過ぎるぜ」

 一も二もなく断りを告げた武彦であったが、その交渉相手である電話の主は、そこで引く気もなかったらしい。

『どうしても受けないと?』

「当たり前だ。あんな厄介な連中を正面から相手にしろなんて――」

『――報酬は、500万。稼動している工場なのだ。成功報酬を上乗せするのも吝かではな――』
「――と、言いたい所だが相手は虚無の境界だ。そんな危険な連中を野放しにしておく訳にはいかねぇな」


 ………………。


『……で、では宜しく頼む』
「おう。平和の為ならしょうがねぇな」



 ――と、言う訳である。
 心に満ち溢れる正義への渇望が、一人の探偵を再び戦線へと復活させた、とはどこぞの金の亡者が告げた言葉だ。








 閑話休題。









 山間に造られた巨大な兵器工場は、ちょうど背の高い山々に囲まれた窪んだ場所に作られており、上空からも確認しにくいように常に人工的な雲をその上空に浮かべていた。停滞した雲によって姿を隠しているのだが、今回ばかりは相手が悪いと言えた。

 囲んだ山の頂から、アリアがその華奢な手を翳す。

 人工の雲から、ひらひらと雪が降り出した。

「お、おい、アリア。あれって一体……」

 双眼鏡越しにそれを見つめていた武彦の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
 雪が何かに触れる度に、その周囲が氷に覆われていく。

 それを見て慌てた警備員達が、建物の内部へと逃げ込もうと試みるが、降り始めた雪を避けきるなど出来るはずもない。
 身体に触れた雪が一瞬にしてその身体を氷の彫像にしてしまう。

「ゆーきーやこんこ、あーられーやこんこ」
「…………」
「降っては降っては、全てが凍るー」
「そんなホラーな歌謡じゃねぇからな!? 無邪気に首を傾げれば何でも許されると思うなよ!?」

 冴え渡る武彦のツッコミとて、アリアの耳には何処吹く風、といった具合だろう。
 華奢な白い手をきゅっと握り締めると同時に、山間を響き渡ったパキパキと激しい氷の音。

「……武ちゃん、凍らないのがいる」
「え、ちょ、何だそれ? 中の様子が分かったのか?」
「……? 凍らないのが、いる」

 もはや会話のキャッチボールでさえ難しく感じるのは気のせいではないだろう。
 武彦の顔が僅かに強張り、その目が施設へと向けられた。

「……しゃーねぇな。様子見に行くか」
「……アイス、いる?」
「ん、食べながら行くか」

 珍しく受け取った武彦とアリアは、虚無の境界の施設に向かって歩いて行くのであった。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 白銀と薄い青いみがかった白い世界の中で、周囲を見回す真っ白な髪を揺らす、黒いゴシック&ロリータ調の服を着た少女が姿を現している。
 その手には、おおよそ少女には似つかわしくない禍々しい意匠の凝らされた大鎌が握られており、華奢な腕や身体とはアンバランスなその凶刃は光を反射させていた。

《……スノー、どないなっとるんや? 言うとくけど何もしてへんで》

「そうですね。私もそれについては疑ってません」

 淡々と、抑揚のない声色で答える少女と、そんな少女に話しかけた野太い関西弁の声。氷に包まれ、幻想的とも言えるその建物の内部でその会話は交わされていた。

《いくらワシらかて、こない大きな建物を凍らせるっちゅーたら骨が折れるっちゅーもんや。闇の住人かてそれは一緒やで》

「でも、気配がありません」

《それが問題なんや。ええか、スノー。
 こないな大掛かりな真似、気配を感じさせへん所からやりよったんなら尚更大物やっちゅー事や。ただの能力者ならIO2とかいう連中が世話しとるかもしれへんけどな。
 どっちにしても、闇の住人――それもかなりの大物やないとこないな真似しよる奴の説明がつかんのや。それこそ氷の女王クラスのバケモンや》

 関西弁の声の主、大鎌のヘゲルが告げる。

 彼のその発想は、あながち間違いではない。
 誇張を孕んだ例えとは言え、この惨状を引き起こしたのは、氷の女王の正統な血縁者であるアリアなのだから。

「……ですが、有り得るのですか? 氷の女王は人間と共に生きている為、危険視はされていません。そんな存在が、ただの気紛れでこんな山間の施設を襲うなど」

《その通りや。氷の女王は何者にも属さへん。まぁここはあのクサレ集団の組織やからな。IO2なんかに助力を請われたっちゅー可能性もあるやろ》

 判断の難しい所やけどな、と付け加えるヘゲルの言葉を聴いたスノーが、突如振り返る。

「……どうやら、質問する事ぐらいなら出来そうですね」

《あぁ、来よったな。せやけど、なんやこの不安定な力。スノー、一筋縄にはいかへんかもしれん》

「分かりました。戦闘も視野に入れておきましょう」







◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 施設の中はすっかり氷によって覆われていた。
 行き交う虚無の境界の研究員や警備員だろうか。そんな人間達が、他愛もない話をしたり、何かを指示しているその一瞬で時を止め、氷像となって佇んでいる。

 いよいよもって気味の悪い光景だが、アリアはどうやら気に入ったらしい。前を歩く無表情の少女が、無表情のままに喜びを身体で表現するという謎の光景を見つめながら、武彦はその後ろをついて歩く。

 ――不意に、アリアがぴたりと足を止めた。

「……いた」

 真正面を見つめて立ち止まったアリアが、大鎌を肩に担いだスノーを見つめて呟いた。

「この施設を氷の世界にさせたのは、貴方ですね?」
「……アイス、いる?」
「結構です」

 一蹴されたアリアの眉尻が僅かに下がる。
 そんなアリアの前に武彦が躍り出た。

「虚無の境界の関係者か?」
「失礼ですね。そういう貴方こそどうなんですか?」
「……ただの探偵だ」

 武彦の答えに、スノーがヘゲルを振り回し、腰を落とす。

「なら、貴方はその少女を利用してこの施設を襲った、という訳ですね。どうやらそちらの少女は私の獲物になる様ですね」

「な、おい! ちょ、ちょっと待て! 俺はIO2の――」

《――問答無用や! 行くで、スノー!》

 弾ける。
 スノーがたった一歩、地面を蹴って空へと上がり、大鎌を振りかぶって武彦へと肉薄する。その速さに武彦の反応が遅れる。

「武ちゃん、邪魔」
「へ――? おおおぉぉぉ!!?」

 武彦の足元から氷柱が浮かび上がり、武彦の身体をポーンと後方に弾き飛ばし、氷柱とスノーの振るった大鎌がぶつかり、そして一刀両断される。
 追撃しようとアリアを睨み付けたスノーだったが、その手に集まった力に気付き、一瞬目を見開いた。

「その武器、喋るんだ」

 興味をそそられたのか、スノーですら寒気がする様な笑みを浮かべてアリアが一刀両断された柱を操り始めた。

《――ッ! あかん、スノー! こいつマジモンで氷の女王や!》

「逃げちゃだめ」

 氷柱が一瞬で水となり、スノーの身体へと降りかかる。
 同時に水滴もろとも氷の針となってスノーの身体を襲い掛かった。

 僅かな時間での操作。まるで、指を動かすだけのような最低限の動きで氷を操れる唯一の存在。
 その力に気付いたヘゲルの叫びのおかげで、スノーはその予期せぬ攻撃に対処して大鎌を回転させながら後方に飛ぶ。

 それでも、水はそのまま氷に覆われ、巨大な龍のように口を開いてスノーを追いかける。
 いくらスノーも氷の力を操れるとは言え、これはあまりに規格外と言えた。
 呑み込まれればたちまち周囲の氷像と同じ扱いになると予測が立つ。

 スノーはその自身の超人的な運動能力を生かし、迫る龍の頭を飛び越えてアリアへと肉薄し、大鎌を振るった。
 能力差はあっても身体能力では負ける訳にはいかない。

 スノーのその反撃は見事にアリアの虚を突き、アリアの身体に凶刃が襲い掛かる。

 しかし次の瞬間。

 刈り取るか否かという所で強烈な衝撃が走り、互いに吹き飛ばされた。
 アリアが自身の身体の真横で氷を圧縮させ、一瞬にしてその力を解放、爆発させたのだ。

 吹き飛ばされたスノーは身体を起こし、倒れたアリアも自身にダメージを負ったのか、ゆっくりと立ち上がる。

「…………」

 ニタリ、と口角が吊上がり、アリアの纏った空気が一変した。

《あかん、逃げるんや!》

「――え?」

 スノーがヘゲルの警鐘に気付き、身体を動かそうとした次の瞬間、身体の真横に強烈な衝撃が走り、スノーの身体が吹き飛ばされる。氷の腕が、スノーの身体を殴り飛ばされ、そのままマグマの様な真っ赤に燃え上がった鉄の海へと突き飛ばされた。

 巨大な溶鉱炉の中へと押し込まれる形となったスノーだが、氷の力を操り、それを遮断させる。
 早く逃げなくては、冷気によって周囲が鉄と変わり、身動きが取れなくなるだろう。

 しかし動こうとした瞬間。
 バキバキと甲高い音を立てて、スノーの周囲が一瞬にして冷却され、鉄の球体が出来上がった。

 それをしたのはもちろん、アリア自身である。

「……これくしょん、げっと」

 先程垣間見えた嗜虐性溢れる笑みは消え、相変わらずのアリアがそう呟いたのであった。





 結局、スノーは武彦によって連絡を受けたIO2によって連行される事となり、アリアは予定通り報酬を受け取って帰路へとつくのであった。

 しかしその後、IO2東京本部へと顔を出した武彦は知る事になる。

「――氷像が剥ぎ取られた形跡があるのですが、何か知りませんか?」

 聞けば、そこだけくり抜いたように、凍っていない場所があったとか。
 その報告を聞いて、一人の少女のコレクションが増えただろうと気付いた武彦も、さすがに咎める気にはならなかったとか。







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ご依頼有難うございます、白神怜司です。

今回はスノーさん登場という事で、
純粋なバトル状態でした。

意外と圧勝モードになってしまいましたが
スノーさんはそれなりに強い、はず、です・・・(?)

何はともあれ、お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後また機会がありましたら宜しくお願い致します。

白神 怜司