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<東京怪談ノベル(シングル)>


滅びの祭礼


 足元で、ガクリと石畳が沈んだ。
(罠……!?)
 フェイトがそう思った時には、石畳だけでなく、壁が、天上が、崩落を開始していた。
 互角に戦っていた、ように見えて、実はこの罠に追い込まれていたのか。リボルバー拳銃とナイフを操る、このサングラスの男に。
 彼の姿が、降り注ぐ巨石の向こう側に消えていった。


 壁も天井も一緒くたに崩落し、IO2エージェントを名乗った若者を呑み込んでいた。
 男は、サングラスを少しだけ押し上げた。
 ディテクター、と呼ばれている。
 その名にふさわしい冷静さを、しかし今の自分は失っている。完全に、私情で動いている。
「いいさ……こんな名前、いつだって返上してやる」
 呟きながら、ふと思う。たった今、巨石の下敷きとなって姿を消した若造。
 彼は本当に、虚無の境界の一員だったのか。
 恐るべき手練であった。あの動きにディテクターは、組織的な戦闘訓練を感じ取った。
 自分と同じ訓練を積んできた若者ではないのか。
 もしも彼が、本当にIO2エージェントであったとしたら。
「……生き延びて見せろ。生きているなら、な」
 一言だけ声をかけながらディテクターは、その場を走り去った。


「生きてる……けどさ……」
 通路脇の石像の陰でフェイトは、ぐったりと声を漏らした。
 テレポート。
 超能力と呼ばれる技能の中でも、特に難儀な荒業である。気力を、体力を、とてつもなく消耗する。
 力尽きかけた身体を、フェイトは無理矢理に立ち上がらせた。石像にすがりつくような格好になった。
 あの男は、どこへ向かっているのか。虚無の境界の用心棒かと思われた、サングラスの男は。
「お互い……間抜けな勘違いをしてる、って事なのかな……」
 あれは間違いなく、正式な戦闘訓練を受けた事のあるIO2エージェントの動きだった。
 サングラスを手放さない、腕利きのエージェント。
 1人、フェイトは名を聞いた事がある。IO2において、半ば伝説になりかけている名前だ。
 彼が本当にその人物であるかどうかは、後をつければわかる事だ。


 ピラミッド最奥部。広大な石造りの遺跡内に、人間大のカプセルが100個近く、設置されていた。
 それらの中で、少女たちが培養液に漬けられ、眠っている。
 全く同じ姿形をした、100人近い美少女たち。
 うち1人だけがカプセルではなく、遺跡の中央部、十字架のような拘束台に、磔の形に束縛されている。
 その周囲で、白衣を着た男たちが忙しげに動き回っている。虚無の境界の技術者であろう。
 1人が、進み出て来て言った。
「侵入者がいるとは聞いていたが……やはり貴様か」
 巨漢である。理系の白衣が、あまり似合っていない。
「愚かな、そして哀れな奴よ。あれを本当に、己の妹であるなどと思い込んでおるのか?」
 十字架の形の拘束台に、白衣の巨漢はちらりと視線を投げた。
「あれは人ではない、生ける殺戮兵器よ。その力、人々に滅びを経験させ、新たなる霊的進化をもたらすためにのみ存在する……貴様の、私物ではないのだよ」
「滅びるのは、お前たちだけだ」
 言葉と共にディテクターは、ゆらりと白衣の巨漢に歩み寄った。左手で、ナイフを揺らめかせながら。
 残弾数が心もとない。少女を連れてここから脱出する事を考えると、銃弾は節約した方が良さそうだ。
「このアメリカは、侵略によって成り立った国だ」
 ナイフに怯んだ様子もなく、白衣の巨漢は語り続けている。
「侵略者が持ち込んだキリスト教によって、多くの土着信仰が邪教として駆逐され、あるいは地の底へと封じられた……それらの中にはな、先住民族の無害な守護神だけではない、本当に邪悪としか言いようのないものも確かにあったのだ」
「そんなものが、このピラミッドの中で眠っている……のだとしても、俺たちには関係のない話だ」
 十字架に拘束されたまま眠っている少女を、ディテクターは見据えた。
「返してもらう……俺に言えるのは、それだけだ」
 突然、カプセルの1つが開いた。
 培養液まみれの少女が1人、床に投げ出される。
 そこへ、白衣の技術者の1人が拳銃を突き付けている。
 ディテクターは、冷ややかに問いかけた。
「……何の真似だ?」
「さあな。好きに解釈すると良い」
 白衣の巨漢が答えながら、拘束台の少女に親指を向ける。
「語るまでもないと思うが、本物はこやつのみ。培養液に漬けられているのは、クローンの量産品よ。こうして人質に取ったところで、意味はないのだ」
 その通り。自分が助けなければならない少女は、拘束台に捕われている1人だけだ。
 ディテクターは、そう思った。
 だが、足は止まっていた。
 倒れた少女に拳銃を突き付けている、白衣の男。
 1度の踏み込みでナイフが届くかどうか、微妙な距離である。残り少ない銃弾を使ってしまうべきか。
 そんな事を、ディテクターは一瞬だけ考えてしまった。
 その一瞬の間に、衝撃が来た。
 防弾加工されたロングコートと、その下に着込んだパワードプロテクター。それらをもってしても、完全には殺せない衝撃。
 ディテクターは吹っ飛び、床に叩き付けられ、血を吐いた。折れた肋骨が、体内のどこかに刺さった。
「いかんな、頭を狙ったのだが……まだ、この身体に慣れておらぬか」
 白衣の巨漢が、そんな事を言っている。
 その右手では、いくつもの銃口が硝煙を発していた。
 大口径のガトリング銃身。巨漢の右前腕そのものが、そんな形状に変化している。
「まあ良い。その防弾武装の上から、臓物を叩き潰してくれよう……」
 巨漢のその言葉が、銃声に掻き消された。
 嵐のような、フルオート銃撃。
 白衣の巨体が吹っ飛び、倒れ、すぐに起き上がる。
「うぬっ、何者……」
 起き上がった全身で、白衣のみならず皮膚が破け、隆々たる筋肉の形をした金属装甲が露わになっている。そのあちこちから、めり込んでいた銃弾がポロポロとこぼれ落ちた。
「一体いくらかけたら、そんな身体になれるんだか……」
 石柱の陰から、若い男が1人、よろりと姿を現していた。
 石の下敷きになった、と思われていた若造。何やら憔悴している。両手の拳銃を、今にも取り落としてしまいそうなほどだ。
「まさに技術の無駄遣い、だよな」


 突然、遺跡のあちこちで、カプセルが全て開いた。
 否、内側から破壊されていた。閉じ込められていた、少女たちによってだ。
 全く同じ姿形をした、100名近い美少女たち。
 全員、そのたおやかな細身に鎧をまとっていた。金属ではない、土器の甲冑である。
 先程の、半透明の土偶。
 あれらに似た鎧をまとった少女たちが、全方向から歩み迫って来る。フェイトに、それに死にかけたサングラスの男に。
「成功だ……!」
 先程まで白衣を着ていた、機械の巨漢が、喜びの叫びを発した。
「この娘はな、怨霊を具現化して武具に変える力を持っている! その能力を受け継いだクローンどもに今、この遺跡に眠っていた者たちが宿ったのだ。最強の鎧としてなあ!」
 まさに、最強の鎧だった。
 あの邪精霊を鎧に変え、身にまとった少女たち。その1人が、機械の巨漢に鮮やかな飛び蹴りを喰らわせていた。
 隆々たる金属装甲が、へし曲がり、破裂する。
 残骸と化した機械の巨漢を踏み付けながら、少女はじっとサングラスの男を見つめている。
 先程、人質にされていた少女だった。
 他の少女たちが、白衣の技術者たちに襲いかかっている。遺跡内は、阿鼻叫喚の地獄と化した。
(生贄は、受け取った……)
 フェイトの脳裏に、何者かが語りかけてくる。
(その生贄どもの願いだ。お前たちは、殺さない……)


 気が付くと、静かになっていた。
 土器の鎧をまとう少女たちは1人残らず、姿を消している。
 残されているのはフェイト、サングラスの男、それに拘束台に捕われた1人の少女。
 100名近いクローンたちは、どこへ行ってしまったのか。
 知る術はない。
 確かな事は、ただ1つ。とてつもなく禍々しい何者かが、この遺跡ピラミッドから解き放たれてしまったという事だ。
 あの少女たちは、その何者かによって、尖兵として使われる事になるだろう。それが、いつになるかは不明だが。
 サングラスの男が、よろよろと起き上がろうとして倒れた。拘束台の少女に、歩み寄ろうとしている。
「無理をするなよ。救護班は呼んでおいた……あの子も、あんたも、助かったんだよ」
 いささか馴れ馴れしいのは承知の上で、フェイトは男に肩を貸した。
「俺は……愚かな勘違いをしていた……」
 男が呻く。
「私情に走り、冷静さを欠いていた……などというのは言い訳にならんな……」
「お互い様だよ。俺だって、あんたを撃ち殺すつもりで戦ってたんだからな」
 IO2の救護部隊が、ばらばらと遺跡内に駆け込んで来た。
 少女が、拘束台から解放された。意識はないが、命に別状はなさそうだ。
「ディテクター……などという大層な名前は、返上する事になりそうだな……」
「そんな必要はないさ」
 伝説にも等しい男に向かって、フェイトは偉そうな事を言っていた。
「これから、とんでもない戦いが始まりそうだ……って気がする。あんたの力は絶対、必要になる。今回、何か失敗したと思うんなら、そこで挽回すればいいよ」
「お前の……エージェントネームは?」
「フェイト」
 気恥ずかしさに耐えて、フェイトは名乗った。
「あんたの、山ほどいる後輩の1人だよ。会えて、嬉しいと思う」
「生き延びて見せたな、フェイト」
 伝説の男が、フェイトの名を口にした。
「お前に、いずれ借りを返したい……何か起こるかわからん仕事だが、少なくとも、それまでは生き延びろよ」