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<東京怪談ノベル(シングル)>


Frugativi et appellav


優雅にティータイムと洒落込む中、多人数の重い足音が近づいてくる。
次の瞬間部屋を覆い尽くしたのは人の雪崩だった。
「藤田公爵領で財務大臣の莫大な着服があるとの報告があった」
雪崩を形作る兵隊の中でも一番屈強な男がこう言う。
各々の武装や外見的特徴から察するに、妖精王国歳入庁の執行部隊だろう。
呆然とする者、やめてくださいと精一杯の抵抗する者を無視し差し押さえ状を貼り付けていく。
その動きの迅速なこと、日頃の訓練の賜物である。
「この船も一時間後には競売にかける。無駄な抵抗はやめろ!」
執行部隊はただ護符を張り付けるだけでなく、弩や剣を構えている。逆らってどうなるかは推して知るべし。
ではあるが、ここで諦めるほどこの艦の艦長は弱くないことはこの場にいる者は知っている。
「ひぃ様、反逆罪ですぞ!」
「うっさいわね!」
忠告を無視し、進軍する重装歩兵を切崩すのはセーラー服を身に纏った艶女、こと藤田あやこだ。
今回の借金はあやこにとってまこと身に覚えのないものである。
「使途不明金が多すぎる。これは策謀ではないか?」
「そんなわけがない……証文もあるんだぞ!」
それは他の者にとっても同じようで、艦橋では徴税吏とクルーが揉める姿も見えた。
嫌疑をかけられれば打ち払うまで。あやこは霊剣天狼を用いて善戦したものの……
「鬘まで差押える事ないでしょ!」
「ひぃ様……誠に恐縮至極……」
そうして閉口するあやこは今、漆黒のビキニ。
数で攻められこれも差し押さえのうちと身包みを剥がされたものの、女性なのだからそれぐらいはと免除してもらえたらしい。似合っていて扇情的なのだが、つるつるの坊主頭ではいまいち締まらない。

所変わって作戦室。
この状況を打破するためと急遽草間興信所から知り合いを呼び寄せ、協力を仰ぐことにした。
「今回はどんなご用件ですか」
簡潔に、かつ深刻に現在の状況を説明し、
「競売まであと一時間……錬金術をお願い!礼は折半よ」
と言い、あやこはストラップ、ESPカードからなる隠し財産を数点手渡した。僅かではあるが差し押さえを免れた貴重なものだ。それを全て手渡すのも情報通の零への信頼があってのことである。
「やってみます」
零はむにゃむにゃと珍妙な呪文を唱え始める。
多芸のあやこも錬金術にはそこまで明るくないのでなにを言ってるのかさっぱりであるが、今回はいける!と期待を持っていた。が、しかし……
「黒い牝鶏?」
「魔道書です。おかしいなぁ……儀式の手順は正しいはずなんですけど……」
「まあいいわ、次よ!」
あやこは予定外の結果にうーん?と首を捻る零を慰めつつ、前向きに考えるが、現実そうそう上手くはいかない。
開運グッズ戦略の傍らでやっていた競馬も外れ、ネット籤も外れ。一攫千金への道はまだまだ遠いように思えた。
だがここで天に見放されないのがあやこである。
突如入ってきた朗報、公爵領密林に金色のピラミッドあり。巨大な魔王蛸アバリエルが祀られてるという
「なるほど……宗教施設なら何か持っててもおかしくないわね。総本山を叩くわ!」
「神様の金庫を襲うなんて無謀ですぅ」
「んなこと言ってる場合じゃないわよ!」
零の制止を無視し、あやこは密林を目指した。

その総本山、話に聞いたとおりの、ギラギラ輝く悪趣味な黄金ピラミッドだ。贅沢にしめ縄までされているのが腹が立つ。あやこは扉が開かないことを確認してからいつもの得意技を披露した。
「よし!」
どんな扉でも枠ごとはずす、あやこの必殺丸はずしはたとえ相手がなんだろうと炸裂する。それがたとえ神殿の扉であってもだ。ぽっかりと開いた入り口から入り込んだ
今のあやこ以上につるつるの頭、にょろにょろと蠢く足と床に吸い付く吸盤、どう見ても蛸。蛸である。
だが異常なのはその大きさだ、その蛸は噂に違わぬ巨体を持っていた。
魔王蛸アバリエル……神と祀られているだけあり、あやこは苦闘を強いられることとなる。
気合を放っても押し返され、策を用いてもその一枚上を行く。為すすべはないかと状況は絶望的であったが……
「やったわ……」
しかし、神であろうと所詮蛸は蛸だった。切り刻まれた巨体があちこちに散ばっていく。切り離されてもなおぴちぴちと跳ねる足は見る者によっては気色が悪く映るだろう。

「あら?」
あやこが巨大蛸を倒す頃、ちょうど作戦室にあった護符類は灰と化した
「お札がなくなってますね……」

蛸のいなくなった神殿内で、突如何物かの声が響いた。
「礼を言おう、エルフの娘よ」
「黒い牝鳥……?」
奇しくもその主は零が錬金術に失敗したときに出てきた雌鳥に似ている。
雌鳥はこの神殿の守護者と名乗り、驚かせてすまなかったなと詫びいれた。
「私は辟易していたのだよ。崇高たる錬金術書を素人流に解釈して乱用するような愚民どもには。彼らの守護神が斃れれば少しはまともになると思ってな」
と言って、雌鳥が申し訳なさそうに頭を垂れるとあやこの前には眩しく光る黄金や宝飾類が現れた。
「これは褒美だ、持っていけ」

あやこが悪しき蛸を倒したことはあっという間に広まった。
居住区に凱旋するあやこの周りに民衆が集まってくる。そのほとんどは魔王蛸の元信者だった。
「あのアバリエル様を打ち払うなんて……」
「いや、あの蛸は偽者だ、こっちが本物の神様だったんだ!」
「え、ちょ、ちょっと」
「万歳!神様万歳!」

旗艦居住区のアバリエルブームはそれを期にぱっと絶えたという。
今では魔王蛸の代わりに禿頭の天使が大根足で蛸を足蹴にする絵馬が流行っているらしい。
金運を招くお守りですぞ!と自慢げに語るに民衆にあやこは閉口してしまう。
事件こそ解決した物の、その心中は複雑であった。