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<東京怪談ノベル(シングル)>


花咲く乙女はまだ散らないの

TCの旗艦で、殉職した少女二人の葬式が粛々と執り行われていた。
葬儀場は広く、100名はゆうに入るほどの大きさ。
白、黄色、ピンクの菊が祭壇を飾る。
壇上には2人の少女の遺影が微笑む。

そして、棺の中にいるはずの二人が、会場の中に立っていた。

「あれ、私の葬式?そんな!私生きてるよ!」

獣の姿をした少女は切に訴えた。
隣にいる郁も同じ気持ちだ。死んでなどいない。
だというのにこの違和感はなんだろうか。

「ねぇ、聞いてる?!私はここにいるよ!やめてよ、こんなの!」

獣娘は必死に叫ぶが、誰も聞いている様子はない。

「声が、……聞こえてない?」

郁がぽつりと呟く。
え、と獣娘が振り向いたとき、郁の身体を同僚の男性がすり抜けていった。

「そんな……、私達、ほんとに幽霊になっちゃったの?」

獣娘が悲愴に胸を貫かれた。
声も届かず、身体もすり抜ける。確かに幽霊のようだった。けれど何かがおかしい。
郁は直感的にそう感じていた。
慰めるつもりで獣娘の方を叩く。

(!?)

触れられた。
そしてお互いの声は聞こえる。
死んでいるのならひとりぼっちで声も届かず触れることすらかなわないはずだ(と思う)。

「大丈夫、私達は生きてるよ!死んだ覚えなんてないもの」

励まされた獣娘も涙を拭い、ありがとうと伝えた。
そういえばどうして死んだんだっけ。


TCの女艦長の弔辞を聞くに、こういうことのようだった。
旗艦にSOSが届いた。
龍族の調査船が故障したとの連絡が入り、郁と獣娘が赴くことになった。
その道中で事象艇が爆発。
原因は未だ不明、とのこと。
艦長が弔辞で夭折を惜しみ、その間も同僚達が悲しみに暮れながら献花を続けていた。


「そうだ、私達爆発に巻き込まれて……」

獣娘の言葉から、過去の出来事を思い返していた。
確か二人で現場に向かっていて――それからのことはよく思い出せない。
そんな悲惨な最期を遂げたのなら、死体はばらばらで……と思っていたのだが、棺の中を見ると二人とも五体満足で綺麗に死に化粧を施されていた。
ほっと安堵するのもつかの間、獣娘が深刻そうに話しかける。

「ね、ねぇ、郁ちゃん。気付いたことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「葬式の後って、確か……」
「!?」

火葬されるのだ。
一瞬で頭の中がパニックになりそうだったが、なんとかこらえる。
早く自分の身体に戻らなければ。

「でもでも、どうやって?」
「わかんない!探すの!」

船内をあちこち調査していくうちに、獣娘の表情から力が抜けていくようだった。
壁に手をかざし、人の身体をすり抜けてみたり、とうとう俯いたまま立ち止まってしまった。

「私達、やっぱり死んじゃったんだ……」
「なんだ、そんなことで落ち込んでたの?」
「そんなことって……!」

二つ、三つも部屋をすり抜けたところ、救出された龍族の船長の部屋へと辿り着いていた。
何やら切迫した声に耳を澄ますと、とんでもない内容に二人の透明な顔は蒼白に染まる。

龍族の調査船は、実は意図的に燃料漏れを起こしていた。
だが、燃料漏れはブラフ。
実は極秘任務で心霊兵器の試験の最中だった。
だが、それは騒霊現象を周囲に起こす欠陥品だったことが判明。
船長は証拠隠滅のために、給油管経由で怨霊を旗艦に注入して撃沈。
そのどさくさに紛れて逃げる予定――というシナリオだったのだ。

「なんてこと……。事象艇の故障がその物騒な兵器に拍車をかけて、私達は現実世界に戻れないだけなのだわ」

給油中の旗艦に人魂が注がれる前に、皆にこの陰謀を知らせなければならない。
船長の部屋を出ると、不意に聞こえた何かに郁が振り返る。

「何か聞こえない?」
「何かって?」

気のせいかなと、次の廊下を抜ける。
ギュッ。

「壁を抜けると、ラップ音がする!」

郁は何度か壁を往復してみた。
抜ける際に、壁に衝突するようで目を閉じてしまうが、ギュっと確かにラップを擦ったような音が聞こえる。
これで知り合いの気を引けたら、なんとか気付いて貰えるかもしれない。
一縷の望みに託し、二人は葬儀場に戻ることにした。
その頃龍族の船長は、背後の壁を鬼の形相で睨み付けていた。

茂枝・萌は悲しみに暮れる暇もなく、騒がしくなった葬儀場に駆り出される。
実際悲しくはなかった。綺麗な身体で帰ってきた二人が、どうしても死んだとは思えなかったのだ。
幽霊騒ぎがあちらこちらで聞こえ始め、ざわつく葬儀場を除霊して回る。

「霊……聞いたことはある」

心霊兵器という、幽霊を作り出すとかいう物騒な兵器のことを。
巫女の心得もあった萌は葬儀場を除霊して回っていた。
当の霊体となってしまった郁と獣娘の目の前を、萌が通過していく。
不穏な気配に萌は、訝しげに周囲を見渡し、心霊達の気配を探ろうとした。

「萌!ここよここ!」
「郁ちゃん無駄だって、私達の声は……」
「萌ならきっと気付くわ!そうだ、ラップ音を出してもっと騒がそうよ!」

ギュッギュッギュ。
突如として萌の周囲にラップ音が鳴り響く。
さっと印を構える。
が、どうにも敵意を感じない。
遊んでるのか、莫迦にされてるのかと腑に落ちなかった。
窓ガラスが一瞬光り、そこに郁と獣娘の姿を見た。

「郁ちゃん!!」

ガラスに駆け寄る萌。
気付いて貰えた、と安堵したのもつかの間、霊体化した龍の船長が萌との間に立ち塞がる。

「お前達を戻すわけにはいかんのだ。悪く思うなよ」

郁達と同じ霊体の船長は、一瞬で二人を羽交い締めにした。
いくら訓練を受けた二人でも、龍の船長には一瞬で組み伏せられた。

「も……萌、ここ、よ」

霊体でも苦しくなるのを感じ、いつもより遠く感じる手を伸ばす。
萌は勢いよく振り向き、塩を撒き散らした。
大量に撒いた塩の中から郁達と龍の船長が姿を現す。
ぺっぺっと塩辛そうに怯む3人に周囲の人も何事かと注目する中、

「こいつが爆破未遂犯よ!」

郁は龍の船長の陰謀を叫んだ。
最初は3人とも捕らえられ裁判にかけられたが、郁の証言どおりの証拠が船長室から出てきた。
龍族の調査船も拿捕され、萌は号泣して二人の無事を熱く抱きしめた。