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<東京怪談ノベル(シングル)>


平穏な日常

 うっとうしい夏の暑さもどこへやら。いつの間にか辺りは過ごしやすい気候になっていた。
 街の木々の葉も緑から徐々に赤やオレンジ、茶色、黄色と色を染め始め、地面には落ち葉がちらほらと目に入るようになってきた。
 吹く風も少しばかり肌寒く、半袖を着用していた街行く人々は薄手の長袖を羽織り始めている。
 落ち葉がひらりと舞い落ちる、鍼灸院。その入り口には「本日休診日」と言う掛け看板が、やや傾いた状態でドアノブにかけられていた。
「えぇ季節になってきたなぁ〜」
 鍼灸院の二階にある自宅の窓から、干したばかりの洗濯物が風に揺れている様を肘を付いて眺めているセレシュの姿があった。
 今日はいつもよりも早起きだ。
「セレシュ、これどうする?」
 大きなダンボールを抱えた悪魔が、外を見ているセレシュの背中に声を掛ける。
 セレシュはくるりと彼女を振り返ると、物置を指差した。
「それもうしばらく使ってへんし、物置に突っ込んどいてええわ」
「分かった」
 朝早くから洗濯物も済ませ、衣替えと同時に家の中や鍼灸院にあった使っていないものの整理をしている。
 物置にダンボールを置いたその荷物で、片付けはほぼ完了だ。
「ふー。結構あるもんね。使わないもの」
「全く使わん訳やないんやけどね。頻度が高くないもんはとりあえず片しておかな、邪魔やねん」
「まぁね。また使うときに出せばいいだけだし」
 パンパンっと手に付いた埃を払いながら悪魔がそう言うと、セレシュはそんな彼女を見つめる。
「さて、片付けも終わったし、ちょっと出かけてみよか」
「出かけるって……どこへ?」
「こんな気持ちのえぇ日に家におったら勿体無いやろ。夕飯の買い物もあるし、ついでに散歩行かへん?」
 にっこり微笑みながら言うセレシュの言葉に、悪魔は頷いた。


 簡単に身支度を済ませ、家を一歩出ると吹き付ける風に二人は思わず肩をすくませてしまう。
「あんなに暑かったのに、いつのまにこんな寒ぅなったんやろな」
「ほんと。秋すっとばして冬にでもなりそう」
 二人は薄手の上着をしっかり掴みながら街へと出かけると、店先には秋らしいスイーツや雑貨がたくさん売り出されていた。
 毛糸で編まれたベレー帽や暖かそうなファーのあしらわれたボレロ。茶色を基調としたロングスカートやニットのトレーナー
 芋や栗を使用した美味しそうなドーナツやケーキ。魚屋では秋刀魚が安く売られている。
「秋やねぇ」
「秋だねぇ」
 街の様子を見ながら歩く二人は、同時に同じ事を呟いた。
 二人は互いに目を見合わせるとおかしそうに肩を震わせて笑い出す。
「真似っ子やな」
「セレシュがね」
 セレシュは悪魔の頭をコツンとげんこつで軽く叩くと、悪魔は軽く体当たりをしてくる。
 誰が見ても中の良い友人同士に見えた。
 じゃれあいながらもブラブラ街を歩きながら、焼き芋ソフトクリームやスイートポテトなどをほお張りつつ散策する。
 栗のクリームがたっぷり詰まったシュークリームや、パンやで売っていたかぼちゃあんの入ったパンなど、目ぼしい物は一通り買い集める。
「今日の夕飯、何にする?」
 紙袋を抱えながら、セレシュは隣にいる悪魔に声を掛けると、悪魔は少し唸ってから顔を上げた。
「じゃあ、今日は秋らしくパンプキンスープにトマトのリゾットとかどう?」
「ええね。それにきのこのサラダを付けたら完璧やな!」
 先ほどから食べ物の事ばかり考えていると思わなくもないが、食欲の秋と言う言葉もある。
 二人は当然その言葉のようについつい色んなものを食べたくて仕方がないようだった。
 八百屋でかぼちゃとトマト、レタスやきゅうりなどのサラダ類を買い、近くのスーパーで安く売っているきのこを仕入れる。
 いつの間にか二人の手にはたくさんの買い物袋が提げられていた。
「ちょっとそこの公園で休んで行こか」
 子供が黄色い声を上げて走り回る広い公園。遠くには大きな動物を象った滑り台とブランコ、砂場やシーソーなどの遊具が置かれている。
 子供達が遊ぶ場所よりも少し離れたベンチに腰を下ろすと、ぼんやりと空を見上げる。
 真っ青な空の下ゆったりと雲の流れる様を見つめているとうとうとしてしまうほど今日の気候は気持ちがいい。
「ね、セレシュ」
「ん?」
 意識が持っていかれそうになる直前、悪魔が声をかけ眠りを引き止めた。
「じゃーん。これ、可愛いでしょ」
 そう言って紙袋から出してきたのは、小さな白いポンポンとビーズの付いたイヤリングだった。
「いつの間に買ったん。そんなん」
「いつって、セレシュが買い物してる時。これね、セレシュに合うと思って買ったんだ」
 嬉しそうに言う悪魔にセレシュは驚いたように目を瞬き、ニッコリ笑うと悪魔の頭をクシャクシャっとかき回した。
「ありがとー。ビックリしたわ、そんなん出してくるから」
「い、いいじゃん。たまにはさ……」
 照れる悪魔からイヤリングを受け取ると、セレシュはそれを大事そうにポケットにしまいこむ。
「……これでまた魔具でも作ろうかな」
「ちょ!? そう言うんじゃなくて普通に着けなさいよね?!」
 セレシュはいたずらっ子のようにニヤニヤ笑っていた。

               *****

 日が傾き始めた頃に家に帰ると、二人は仲良くキッチンに立った。
 かぼちゃをレンジで柔らかく蒸し、丁寧に種を取り除いて適当な大きさに切るとミキサーにいれ、生クリームやスープの素等を一緒に入れて回す。
 きのこはバラバラにして塩コショウで炒めてサラダの上に乗せ、特製の手作りドレッシングとチーズを振り掛ける。
 悪魔がセレシュの指示の元それらの工程を全て行い、セレシュは鍋の中でリゾットを作っていた。
「リゾットって、生米使うんだ?」
「知らんかったん? 炊いたご飯やとべチャべチャになって美味しくないんやで」
「ふーん」
 そんなちょっとした知識を教えてもらいながら、ようやく夕飯が完成した。
 丁寧に皿に盛り付けてテーブルの上に並べると、セレシュは花瓶を一つ用意した。
「花瓶? 何に使うのそれ」
「じゃーん! これや! 秋っぽさがぐっと増すやろ?」
 そう言って出してきたのはススキの穂だった。
「ススキ? そんなのどこに……」
「公園に行った時、ちょうど隅っこに生え揃ってたから少し拝借してきたんや」
 そう言いながら花瓶に活けると、二人は席に着いた。
 目の前にならんだ秋らしい食事に満足げな笑みが浮かぶ。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
 二人は美味しそうに食事にありついたのだった。