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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
 〜 まともな保険調査のお仕事です 〜

1.
「いらっしゃ…おう、おまえか」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は人待ちだったのか入ってきたセレシュ・ウィラーを見ると、ソファーにもたれて肩の力を抜いたようだった。
「なんや? 来客があるん?」
「まぁ、久しぶりの依頼だ。おい、零! セレシュが来たから、茶を出してやってくれ」
 そう言って草間は奥に叫ぶと、微かな返事が聞こえて少ししてからお茶をグラスに入れた草間零(くさま・れい)が現れた。
「いらっしゃいませ。今日もまだ外は暑かったでしょう?」
 10月の日差しは真夏のそれに比べれば大したことはないのだが、やはり昼間はそれなりに暑い。
「零ちゃん、サンキューな」
 冷たい麦茶のグラスを受け取って、セレシュは草間に話を振る。
「…で、今日の依頼はなんなん?」
「守秘義務があるんだが?」
「お茶まで出して引き止めるからには、一枚噛んでほしいんやろ?」
 セレシュの微笑みに、草間のにやりと笑った。
「まぁ、ついでに寄っただけやけど…ええよ? 手伝っても」
 そんなセレシュの言葉と来客を告げる大音量のブザーが鳴り響くのが同時であった。

「先日、アパートの火災がありました」
 堅苦しいスーツに身を包んだ男は、火災現場の写真を提示しながら話を進める。古ぼけたアパートが焼け焦げた写真に収められている。
「幸い昼間に起こった火災で、アパートの住人及び家主も無事。この火災においての被害者はゼロ。それから現場検証が行われまして、火元は1階のキッチンからということで不審な点はないという判断が下りました」
 しかし、男はそこでため息をついた。
「不審な点はない…という判断でしたが、私はそこに疑問を持ちました。昼間の小火にも拘らず、誰も怪我ひとつしていない。おかしいとは思いませんか?」
「それは…運が良かったと喜ぶべきところでは?」
 草間の言葉に、男は再度大きなため息をつく。
「我々保険会社は少しの判断ミスも許されない。これは何件も同じような案件を扱ってきた私の勘ですが…この小火は少しきな臭いのです」
「小火だけにきな臭い…か」
「…草間さん、それはあかん。アウトや」
 静かに聞いていたセレシュが思わずそう言うと、草間はゴホンとひとつ咳ばらいをした。

「まぁ、小火の調査ならこの草間興信所に任せてくれ。…怪奇的な要素も無いようだしな」


2.
 依頼人から小火の発生したアパートの場所を教えてもらい、セレシュと草間は現地に向かった。
 アパートは写真そのままに焼け焦げ、しかし、全てが焼け落ちているわけではなかった。
「1階から燃えたっちゅーわりには…なんや、不思議な残り方しとるなぁ」
 2階建て、上2戸・下2戸分の部屋に区切られたアパートはキッチンと思われる部分からほぼ上に向けて垂直に焼け焦げていた。
 そのほかの部分に損傷はない。むしろ…
「あら、あなたも見学に来たの?」
 アパートから出てきた住人らしきおばさんが草間とセレシュに話しかける。
「えーっと…ここに住んではる人?」
「そうよぉ。あ、そろそろご飯の用意しないとね。ゆっくり見てってちょうだいね」
 にこにこと笑いながら新聞受けから新聞を取っておばさんはアパートの中へと戻っていく。
「…普通に暮らしを続行しているようだな」
「えらい逞しいおばちゃんやなぁ」
 東京の下町も、関西の下町もおばちゃんというのは全国共通で逞しいものなのだと思う。うん。
「はっ! 見送ってどうすんだ! 話聞きに行くぞ!」
 草間が我に返って、先ほどおばちゃんが消えていったドアを叩く。
「あら? さっきの人? どうしたの?」
 先ほどのおばちゃんが煮物の匂いと共に顔を出す。
「失礼する。俺はこういうもので…」
 草間が胸ポケットからちらりと黒い手帳を出すフリをする。
「あらっ…まだこの間の小火の調査してるのね〜。ご苦労様」
 おばちゃんはどうやら誤解してくれたようで、同情気にうんうんと頷いて勝手に話しだした。
「前に来た人にも話したけど、隣のおばあちゃん。…あ、小火だした人ね。ちょっと最近物忘れ激しいから…あんまり責めないでほしいのよね」
「おばあちゃんは今どこにいるん?」
 セレシュが訊くと、おばちゃんはカラカラと笑った。
「お隣にそのまま住んでるわよ。あら? 聞いてないの? 小火であれだけの焼け跡があるのに、消防車が来る前に消火したのよ。おばあちゃんの部屋も綺麗なもんよ〜」
 その言葉にセレシュと草間は顔を見合わせる。
 そんな都合のいい火事があるというのだろうか?
「お隣のおばあちゃんには今からでも会えるか?」
 草間がそう訊くと、おばちゃんは頷く。
「今日は外出してないみたいだし、いると思うわよ」
 そう言っておばちゃんは玄関の壁を叩く。かるーく。こんこんっと。
 すると、ほどなくして(こんこんっ)と壁を叩く音が微かに聞こえた。
「いっつもこうやって在宅か確認してるのよー」
 ぼろアパートならではの壁の薄さを利用したコミュニケーション技である。
「ほら、行ってらっしゃいな。本人に直接聞けば納得できるでしょ?」
 にこにことおばちゃんにそう言われて、セレシュと草間は隣の部屋のドアを叩く。

「あらぁ、いらっしゃい〜」

 これまた気のよさそうな、ちんまりとしたおばあちゃんが2人を出迎えた。


3.
 おばあちゃんはセレシュたちを見ると嬉しそうに微笑んだ。
「あらあら、まぁまぁ!! 小太郎じゃないの!」
「…え?」
「おあがりなさい! 遠いとこからよく来たねぇ」
 嬉しそうに草間たちを中にあげようとするおばあちゃん。どうやら誰かと見間違えているようだ。
「おばあちゃん? うちらな…」
 セレシュが説明しようとするも、おばあちゃんは聞く耳を持たない。
 あれよあれよという間に草間とセレシュを部屋に上げ、ちゃぶ台の前に座らせ、お茶を用意してくれた。
「よぅ来た。よぅ来た」
 物忘れが激しいと、確かに隣のおばさんは言っていたがなんだかちょっと不思議な違和感を感じる。
 確かに、誰かと間違えているという点では物忘れが激しいのかと思うのだが、セレシュたちを部屋にあげたり、座らせたり、お茶の用意などはとても物忘れの激しい人間の段取りの良さではなく…むしろとても優秀な主婦であったことを感じさせる動きだ。
「それで、みんな元気かい?」
 みんな? 家族のことだろうか?
「あー…そやね。みんな元気でやっとるよ。みんな、おばあちゃんに会たがっとったよ」
 セレシュは言葉を選びながら、おばあちゃんの会話に合わせることにした。
 …もしかしたら、このおばあちゃんからは火事のことは聞けないかもしれない。そんな予感もしていた。
「…そうかい。ずいぶん会ってないからねぇ。元気にしてるならいいんだ…」
 寂しそうに笑うおばあちゃんに、なぜかちょっと心が痛む。
「おばあちゃん、この間小火を出したって聞いたけど…」
 草間はそれでも、おばあちゃんから話を聞きだそうと必死だ。
「あ? 小火? …なんだっけねぇ? あぁ、そうそう。この間おいしそうな油揚げを見つけてねぇ。つい買っちゃったのよ」
「油揚げ?」
 なんだか話がそれてきた。
「昔みたいに美味しそうだったから、つい買っちゃったんだけどねぇ」
 おばあちゃんはにこにこ、にこにこ。
「それで…どうしたん?」
 セレシュはその話の続きを求める。そこで意外な一言を聞くこととなった。

「いつものように焼いて食べようとしたら、油揚げが勢いよく燃えちゃってねぇ…」


4.
「も、燃え…?」
 まさか、油揚げを焼こうとして小火が出たとは…!
「おばあちゃん、油揚げ焼いて食べるの好きなんやね」
「自分で焼こうとしたら、意外とぼわっっていっちゃってねぇ…びっくりしたわぁ」
「そんなに強火で焼いたのか?」
 草間の質問に、おばあちゃんはこう答えた。

「まさか現世のものまで燃やしちゃうなんて思わなくてねぇ」

「は?」
「現世??」
 思わぬ単語が出てきた。上手くそれがこの目の前にいるおばあちゃんと繋がらない。
 すると、ふわりと壁が動いたかと思ったら、壁の中から隣のおばちゃんが顔を出した。

「おばあちゃん、時々生きてた頃の記憶と今の記憶がこんがらがっちゃてねぇ。ごめんなさいね。悪気はないのよ? ただ、油揚げ大好きだったみたいで、時々焼いて食べようとしちゃうのよ」

 …あれ? なんで壁から?
 すると、おばちゃんやおばあちゃんの周りにいくつもの青い炎が燃え上がる。
「うわっち! …あつ…ない?」
 それは人魂と呼ばれる青白い炎の塊。特に熱くもなく、触れてやけどするわけでもないただの人畜無害な人魂である。
「えーっと…つまり、おばあちゃんはあの世の人で、ここに住んどって、油揚げを食べたくなったんで焼いて食べよ思たら、たまたま小火が出ちゃったってことかいな??」
「そうそう。ごめんねぇ。あの日も私が見つけて、慌てて消したからこの程度で済んだんだけど…おばあちゃんは私がこれからしっかり見張っとくから。許してやってね」
 おばちゃんはそう笑う。
 セレシュはふと、一言も声を発しない草間を見た。
「………」
「……あかん」
 草間は青い顔をして、ただ口をパクパクとさせていた。
「草間さん、草間さん! しっかりしい! 結論は出たんよ? この小火は事故や! あの世の人がやったことは現世での罪は問われへんよ…多分」
 セレシュはそう言うとおばちゃんとおばあちゃんに向かいにこっと笑う。
「な?」
 おばちゃんもおばあちゃんもコクコクと頷く。…おばあちゃんの方は、あまりわかっていないようだが。
 ハッと我に返った草間が、セレシュに詰め寄る。
「まて、セレシュ! じゃあどうやって依頼主に報告しろっていうんだ!?」
「いや…それは…まぁ、興信所の所長である草間さんが考えることやから、うちにはなんとも…」

「なんじゃそりゃぁぁっぁぁぁぁぁ!!! これもまともな依頼じゃないじゃないかぁぁぁぁぁ!!」

 草間の叫び声が響く。苦悩の叫び声が。
 強く生きてな、草間さん。
 セレシュにはただ、そうして祈ることしかできないのであった…合掌。


■□  登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い


■□        ライター通信         □■
 セレシュ・ウィーラー様

 こんにちは、三咲都李です。
 大変お待たせいたしました。保険調査の依頼です。
 …果たしてこのあとの草間が一体どうなったのかは…うぷぷ。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。