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けつだいらまんだ玲奈
1.
「あたしは、芸能人になりたいの!」
親友・三島玲奈(みしま・れいな)の叫びはいつだって瀬名雫(せな・しずく)の心に重く響く。
ネット喫茶で色々なサイトを調べる。親友のために。
そしてひとつのサイトを見つけた。
『モバイル国会』
にやりと、雫は笑った。こ・れ・だ!!
「玲奈ちゃーん! 来て来て!」
雫が呼ぶと、玲奈はドリンクコーナーから戻ってきた。
「何?」
「モバイル国会。どんな無茶法案も可決してくれるんだよ!」
画面の中には議事堂の形をした画面が映し出されている。
「どんな無茶な法案でも?」
「そう! そこでね『読みかえ法案』を提出してみたらいいと思うの」
雫はそう言ってきゅきゅっと紙にペンを滑らせる。
「『ノー芸人』を『芸能』と芸能界呼びする法案! そしたらノー芸人玲奈ちゃんはいっきに芸能人になれる!」
いやいやいやいやいや、そんなうまくいくわけないじゃん?
玲奈の顔は雫の提案を完全に懐疑的に見ている。
「…いいからやれぇ!」
「わ、わかったよぉ」
雫に促されて、画面に法案を書きこみ、玲奈は提出した。
こんなことで芸能人になれるなんてそんな馬鹿な…でも、もしかして…もしかしたら…。
そんな思いが、玲奈の中にあったことは紛れもない事実であった。
そして、それは真実となった。
2.
芸能人になった玲奈は、アイドルの道を駈けあがり、予定びっしりの黒の手帳となった。
「まずは『たらり下中途車のぶひ』の収録だよ〜」
同じくアイドルになった雫が玲奈にそう告げる。
「旅番組…ロケね! 頑張るわ♪」
可愛らしくアイドルとして玲奈は仕事に臨む。
…しかし…
「あ、テキトーでいいっすよ。テキトーで」
やる気ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
現場のスタッフのやる気はゼロ。なんだこれ?
「やめて、玲奈ちゃんのやる気までゼロにする気!?」
雫が涙ながらにそう言ったが、改善される見込みはなさそうだ。
なにせ、カメラが家庭用ハンディカメラって普通じゃない。
「つ、次は大丈夫だよ! レスプロリング試合! きっとやる気も復活するよ! 次行こう!」
「そ、そうだよね。最初がクソだっただけだよね。こ、こんなのが芸能界じゃないよね」
玲奈は自分を納得させるようにそう言う。こんなところに憧れていたわけじゃない。こんなのは一部にすぎないのだ!
…そう思っていたかった。
「ダチ23イー!」
試合会場の真ん中で、馬面のレスラー2人が組み合っている。
…否、オヤジが抱き合っている…ようにしか見えない。
「どう…解説しろっていうの?」
「えっと…わ、わかんない…」
玲奈も雫も立ちすくむ。2回連続でハズレを引いたのだから、きっと次は大丈夫。
「大丈夫だよね!?」
玲奈の悲痛な声が…こだました…。
3.
「次はCMだよ♪ これなら玲奈ちゃん向きだよw」
雫がにやにやとしている。
CMといえば花形のお仕事だ。人の目に触れる機会が増え、知名度も一気に上がる。
これは頑張らないと!
「おはようございま…!?」
可愛く挨拶した玲奈の両腕をガタイのいい男たちが掴んで、強制的に椅子に座らせる。
「な? ななななな!?」
白いケープをつけられて、頭に泡をつけられて…キランと光る剃刀登場!
「なーっ!?」
じょりっ
はらりと落ちる、乙女の髪。
「まーんウンダム」
頭を剃られた玲奈の隣で、オッサンが禿頭を撫でている。
「乙女の命をぉおおおお!! なんてことしやがるんだぁぁぁぁぁ!!」
「もともと玲奈ちゃん、髪なんてないんだからいいじゃん♪」
「そういう問題じゃなーーーーい!」
次の収録はゲーム番組の収録である。
次こそは…次こそはまともな物であってくれ! 頼む!
…願いは虚しく、天に届くことはなかった。
てれっっててててーれっ!
「雫…」
「玲奈ちゃん…」
2人は画面を見てゲームをしているのだが…全然ゲームしている気にならない。
ゲームの名は『ぶらおまりざーず』。
全身モザイクのキャラが茸の下で飛び跳ねてるというアクションゲームだ…モザイク!?
「全面ボカシで無理げー過ぎるw」
「ですよねー」
棒読み。棒読みですよ! アイドルが棒読みとかダメですよ!
1本くらい…せめて1本くらいいい番組があってもいいんじゃないか!?
ねぇ? 神様。あたし、そんなに悪いことした?
アイドル・玲奈は切に思う。あたりの入っていない籤なんてただの詐欺だ!
…しかし、神は玲奈に微笑まない。
「ザ・テストベン。今週の1位は徒弟ホモ安さんです!」
歌番組の収録で…なんで便器が並んでいるの? ここ、トイレだったっけ?
「わー! 生の徒弟ホモ安だー!?」
雫…この状況をおかしいとは思わないの? ていうか、思えよ。
徒弟ホモ安は出てこない。どうする? 誰がや?
知らないうちに便器に座って弾き語るのは玲奈。
なにこれ。アイドルってこんな仕事だっけ?
「おかしくない? ねぇ、オカシイよねぇ!?」
4.
コント収録現場『居間でダラダラ泣かせて』で、ついに玲奈の怒りは爆発した。
「何でこんな妙な収録ばっかり〜!!!」
突っ伏して号泣する玲奈に、スタッフ貰い涙。
ついでに全茶の間も泣いた。
アイドルの涙に、誰が感動しないというのか!?
しかし、アイドルに休む暇などないのだ! ゆけ、玲奈! 芸能人の職務を全うせよ!
時代劇『地んと手と』のへこくよん収録現場。
今日の最後の現場である。
黒光りする木刀を帯びた腰抜け『やさ侍』を斬る役の玲奈。
「…玲奈ちゃん、元気だなー。私はもういい。もういいよ!」
椅子に座り込んだ雫とは逆に、玲奈はイキイキと仕事をしている。
そそり立つ刀が、今日のプロレスの収録を思い出し興奮を誘う。
「きーちょもちいい!」
雫はスマホを取り出して『モバイル国会』のページを開く。
すべてはこのページから始まったのだ。
すると…
「あ!?」
雫は突然素っ頓狂な声を出した。そして玲奈を呼ぶ。
「玲奈ちゃん。このモバイル国会、パチモンやん」
「…なん…だと…!?」
パチモン:それは偽物の意味。大阪が由来の今や全国で使われる言葉である。
「国会もコンビも解散じゃあ!」
「ちょ!? 私のスマホ!!」
雫のスマホをぶん投げて、モバイル国会のページはすマホもろとも砕け散る。
「…ん?」
「どうしたの? 玲奈ちゃん」
「声が聞こえたような…ま、気のせいかな♪」
かくて、アイドル玲奈と雫の怒涛の芸能人生は幕を下ろした。
玲奈が最後に聞いた声は、モバイル国会の無能少女の声。そんな彼女の夢もまた、幕を下ろしたのだった…。
「いや、最初からおかしいと思ったのよねー」
「無芸大食の玲奈ちゃんが芸能人になるなんて、あんな手しかないってことだね」
「…雫に言われたくないわーーーー!!!」
びしぃっ!
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