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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


教育の難しさ

 あたり一面、見通しの悪いスモッグに覆われた地球。その地球では人類がそれまで当たり前の姿だった肉体を捨て棲息している。
 その地球に渦巻くスモッグの調査を、あやこらの乗る旗艦から調査をしていた。
「ね、この子零さんって言うの。なかなか可愛い子でしょ」
 嬉々とした郁が、自分の隣を指し回りに紹介して回っている。しかし、彼女の隣には誰もいない。
「可愛いでしょ?」
 ずいっと迫られた乗組員達はぎこちなく視線を逸らし、狼狽しながら頷いた。
「え……? あ、あぁ、うん。そうだ、ね……」
「そうよね!」
 まるで自分が褒められたかのように嬉しそうに笑う郁に、遠巻きで見ていたほかの乗組員が目尻に滲んだ涙を拭う。
「……可哀想に」
 男日照りが嵩じておかしくなった郁の姿に同情せざるを得ない。今自分たちに出来るのは、彼女が言う「零」をいる物として扱う他なかった。
 郁はそんな彼らに気をとめる事もなく、隣にいる「零」を相手に談笑しながらその場から立ち去って言った。
「……あの子、大丈夫かしらね……?」
 あやこもまた、彼女の姿を見送りながら心配げにそう呟く。
 誰もいないはずの郁の隣にいる「零」。それは、人の目には見えない黒く淀んだ精神体だった。空想上の友人「零」に成りすましているのである。
「零」は自分の事を疑いもしない郁に、不適にほくそえむ。
 郁の傍で精気を奪う事を画策しているとは、誰一人として気づく様子はなかった。


 ある日、郁が自室にいると後ろの方でカタン、と物音が鳴る。
 郁がそちらを振り返ると、そこには実体化した零の姿があった。
「うそ……零?」
 驚いたように目を見開く郁に、零はニッコリと微笑んで大きく頷く。
「一緒に遊びましょう?」
 そう言い、驚いて硬直している郁の腕を引き二人は部屋を後にし、艦内公園へと向かった。だが、零は公園をそのままスルーし違う場所へと行こうとする。
「ま、待って! どこへいくつもり?」
「どこって、機関室ですよ?」
 平然と言ってのける零に、郁は眉根を寄せた。
「だ、駄目よ、あそこは立ち入り禁止区域なの。入れないわ」
「どうしてですか? 郁さんが入れば入れるでしょう?」
 小首を傾げてそう問いかけられ、郁は一瞬言葉に詰まった。だが、すぐに首を横に振り真っ直ぐに零に向き合う。
「は、入れないわよ。たとえもし、あたしが入れたとしても零は入れないの。分かるでしょ?」
「分からないです。どうして郁さんは大丈夫でも私は駄目なんですか?」
「だって、あなたは旗艦の乗組員でもなんでもないし……」
 その言葉に、今度は零が眉間に皺を刻む。
「郁さん、ずるい」
 その言葉に焦ったのは郁だった。
「ず、ずるいって……。怒られるもの」
「郁さんは、私が嫌いですか?」
 泣きそうな表情で零に詰め寄られ、郁は思わずたじろいでしまう。
 嫌いという訳ではないが、好きや嫌いと言うレベルの話ではないのだと言う事を分かって欲しい。
 郁が改めて零に向き合い、口を開いた瞬間に他から声を掛けられた。
「何してるんだこんなところで。ここから先は機関室だぞ」
 怪訝そうにそう声を掛けられた郁は、慌てて警備員に向き合った。
「あ、ご、ごめんなさい。あの、えっと……、あ、そう。実は道に迷っちゃったんです!」
「迷っただと? 嘘をつくなっ!!」
 目くじらを立てて怒鳴る警備員に、萎縮した零は郁の後ろに逃げ込んだ。
 郁はそんな零を庇うようにしながら謝りつつその場を離れ、警備員の目に付かない場所までやってくると彼女を見ると、零はむくれたように顔を顰めている。
「だ、大丈夫?」
「私は郁の為に……!」
「私のため?」
 聞き返す郁の言葉に零は言葉をつぐむ。そんな彼女に困り果てるも、規則を破るわけにはいかない郁はなんとか彼女を宥めようと試みる。
「あのね……規則は絶対なの」
「……そう。もういいわ。郁は私が嫌いになったのね」
「ち、ちがっ! そう言うんじゃ……っ!」
 逆ギレし始めた零に慌てふためく郁だが、零は目線を合わせようともせず横に逸らしたままボソリと呟いた。
「もう怖い大人の前では姿は見せない……」
「え?」
 驚いたように目を瞬くと、零は郁の前から姿を消したのだった。
 その姿を遠巻きに見ていたあやこはあまりの事に見かねて、傍にいた愛娘に声をかけた。
「ねぇ。あなた綾鷹と少し遊んでいらっしゃい」
「え?」
「あんな姿、もう見てられないわ。あなたなら年も近いし、友達でしょ?」
 困ったように笑うあやこに、愛娘は深く頷くのだった。
 その瞬間、艦橋ではこれまで順調に進んでいた旗艦が何者かに捕縛され急減速した。
 急速な原則に船は付いてこれずバラバラと音を立てて崩れていく様子が確認される。
「これ以上何かあったら、この船は崩壊するわ! 原因解明を急げ!」
 あやこは至急原因解明に急ぐのだった。

                   *****

 船が危険な状況にある中、学童保育所では、あやこの愛娘と郁が花瓶を作っていた。
「お母さんに花瓶を贈るのよ」
 そう言いながら二人で仲良く、不恰好ながら愛情の篭った壺を作り上げた。
 その様子をじっと見ていた零は嫉妬の色が隠せない。二人で仲良く作る姿も、楽しそうにする姿もどれもが気に食わない。
「出来た!」
 歓喜の声を上げた瞬間、その壺は二人の前でどこからともなく飛んできた瓦礫によって粉々に壊れてしまった。
「せっかく作ったのに!」
 何が起きたのか把握できていないあやこの愛娘に対し、郁はその原因を分かっていた。
「ちょっと来て」
 郁は零を呼びつけその場を後にすると、自室へと戻ってきた。
 壺を割ったのは透明になった零。郁はその零に対し、振り返りざまに声を荒らげる。
「酷いじゃない! 最低よあなた!」
 そう怒鳴ると、零は澄ました顔でそっぽを向く。
「私じゃない」
 堂々と目の前で破壊しておきながら、零はシラを切る。そして口の端を引き上げて小馬鹿にしたように郁を見た。
「そんなに寂しいなら風俗嬢にでもなればいいじゃない?」
「なっ……!」
 思いがけない言葉に、郁は目を見開いて堪えられないとばかりに怒りをあらわにした。
「言ったわね! 雌犬の仔がっ!!」
 掴みかかろうと腕を伸ばす郁に、負けじと零も凄んで睨みつける。
「謝って欲しいなら機関室へ案内して」
「何を馬鹿なことを……! 出来るわけないわ!」
 再び拒まれた零は、あからさまに舌打ちをする。
「お前のために良かれと思って機関室で細工しようとしたけど、もう知らない。我が同胞に喰われてしまえばいい」
 郁は眉間に深い皺を寄せた。零の言葉が良く分からない。
 するとそこへあやこが駆けつけてくる。
「綾鷹?! どうしたっていうの!?」
「あやこさん! 実は零が……」
「その話……? 綾鷹、目を覚ましなさい。零なんて子は……」
 怪訝に眉根を寄せるあやこに、郁は零の実在を慌てふためきながら訴え始める。
「いるの! いるのよ! ほんとうに零はここに、ほら、今あやこさんの目の前にいるでしょ?」
「いい加減にしなさい綾鷹! 零なんて子はいないのよっ!!」
 必死に訴えるも、郁はあやこに強く叱責され言葉を飲み込んだ。その瞬間、あやこの目の前に現れた零の姿が現れる。
「なっ!?」
 突然の事に驚くあやこだったが、零がニタリとほくそえんだ瞬間彼女の放った電撃により二人は気絶させられてしまった。


 気を失ってどれくらい経っただろう。二人がふと目を覚ますと、そこは機関室だった。
 虚ろな頭ではあるが、何が起きたのか把握は出来ている。
 あやこはしびれる体を持ち上げながら声を上げた。
「何が望み? 出てきて!」
 するとボウッと暗がりから零が現れる。そしてこちらを睨みつけてきた。
「お前らは凶暴で、船は強力。だから私たちの脅威となる野蛮なダウナー族の抹消をする!!」
 突如として宣戦布告してくる零に、あやこは眉根を寄せた。
「なぜ?」
 その問いに、零は凄んで睨みつけ怒鳴った。
「不当に未成年を拘束し、虐待する蛮人め!」
 彼女の訴えに、あやこは表情を硬くした。そして真っ直ぐに零に向き合うとまるで諭すように話し始める。
「それは子供の視点よ。確かに大人は子供の都合を無視することがある。だけどそれは子供の安全を願っての事。いずれ、郁も母親になれば分かるわ」
 隣にいた郁に視線を投げかけ、ふっと笑いかけると郁は口をつぐみ俯く。零はあやこのその言葉に何かを感じたのか、何も言わずに姿を消した。
「欠食児童たちに5、6発魚雷を叩き込んであげて!」
 あやこの号令で旗艦は船を取り巻く暗雲目掛けて魚雷を発射すると、暗雲は散り散りに消し飛び船は解放されたのだった。
 
                *****

「それって、マジですか?」
 求人の書かれた紙を手に、泣きながらあやこを見る郁に対しあやこはニコリと微笑みかける。
「男の愚痴に付き合って、夢を売る仕事よ。風俗嬢も悪くないわ」
「……そっか。そうなんだ」
 希望が見えた、と言わんばかりに微笑んだ郁は、目の前の求人欄を爛漫と眺め始める。
 そんな郁の姿を見ていたあやこの袖を、他の乗組員が引っ張り首を激しく横に振った。
「艦長、それ間違ってますって!」
 小声であやこの言葉を咎める声が、後を絶たなかった。