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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


絶対領域の時代


「ん〜、穿いているのかいないのか……それが問題なのよねぇ」
 徹夜でキーボードを叩きながら、藤田あやこは先程からずっと、同じ事で頭を悩ませていた。
 論文を、明朝までに仕上げてしまいたい。が、この調子では難しそうだ。
 邪馬台国に関する考古学会が、この旗艦で開催される予定であった。
 艦長たる藤田あやこも、そこで1つ論文を発表しなければならない。
「えーと、お題は『卑弥呼の絶対領域』……って、何これ?」
 綾鷹郁が、横合いから艦長のパソコンを覗き込んで呆れた。
「考古学? なの? これって」
「20世紀地球の女児服。私の専門分野だ。どこへ出しても恥ずかしくない、立派な考古学だぞ」
「卑弥呼のねえ」
 邪馬台国は現在、渡航禁止である。時間旅行者の殺到が原因だ。
 今は、軌道上からの監視のみが可能となっている。
 あとはまあ、考古学の対象とする事くらいは許可されている。
 考古学と言えば、かつて大余暇時代でも1度、考古学絡みの面倒事にまきこまれたものだった。
 思い出しつつ、あやこはキーボードを叩く指を止めた。おかしなものが、視界の隅でフワリと揺れたのだ。
 馬の尾、である。机の上に、置かれている。
「……僕の事でも、思い出していたのかい? あやこ」
 耳元で、甘い声。
 若い男が1人、そこに立っていた。
 大余暇時代に出会った、若き考古学者。もっとも、まだ助手としか名乗れない身分であるようだが。
「……忘れてたわ。今の今まで」
 あやこは片手を伸ばし、助手の整った顔立ちを、綺麗な指先でそっと楽しんだ。
「つれないなあ。僕の方は片時たりとも、君を忘れた事はなかったのに」
「私、貴方の事なんて眼中にないのよ? あまり馴れ馴れしくしない事ね」
「とか言いながら、何かいい雰囲気じゃないっすか」
 郁が傍らで、面白がっている。
「不倫? もしかして不倫ですか? 艦長ともあろう御方が」
「不倫ではない。僕たちの愛は公認さ、そうだろう?」
「馴れ馴れしくするな、と言ったはずだ」
 軍人口調に戻りながら、あやこは助手の手を振り払った。
 馬の尾の魔力が、効き始めている。無理矢理にでも振り払わないと、本当に不倫に走ってしまいそうだ。
「綾鷹、この侵入者の処遇は任せる。男の扱いは得意だろう?」
「いいんですかぁ? このまま、つまみ食いしちゃうかも知れませんよ……って、どこ行くんですか艦長」
「仮眠を取る」
 男を部下に押し付けたまま、あやこは足早に、仮眠室へと向かった。


「はあ……無敗の艦長が、情けない……」
 溜め息をつきながら、あやこは仮眠室の枕を涙で濡らしてしまった。
 大余暇時代において、あの助手とは、ちょっとした関係を持った。
 本当に、ちょっとした関係だ。
 今更そんなものを思い出して、こんなふうに溜め息をついてしまうのは、きっと馬の尾のせいであろう。
「貴女の心に、まだ未練があるのよ……何かのせいにするのは、おやめなさい」
 声がした。
 夢枕の亡霊の如く、その女は、そこに立っていた。
「巫浄……霧絵……」
「お久しぶりね、藤田艦長」
 幻像であろう。
 その幻像が、微笑みながら言った。
「あの男とは、関わらない方がいいわ。もしも艦長権限で……艦内で始末出来るのなら、してしまいなさい。貴女の未練を、断ち切るためにもね」
「……余計なお世話。貴女は貴女で、今は死ぬほど忙しいはずでしょう?」
 あやこは睨みつけた。
「心配しなくても、あんな男に関わるつもりなんてないわ。もう眼中になんて、ないんだから」
「そう言いながら、放っておけなくて関わってしまう。助けてしまう……そういう人よ、貴女は」
 うるさい、消えろ。とあやこが怒鳴りつけようとした時には、巫浄霧絵はすでに姿を消していた。


「知っていると思うけど、邪馬台国へは渡航禁止よ」
 助手の背後から、あやこは口調冷たく声をかけた。意識的に、冷たくした。
「禁止されている場所でどういう目に遭っても、それは自己責任……助けてなんて、あげられないわよ」
「止めようとしても無駄さ。僕は、行かなきゃならない」
 助手が拳を握りながら、考古学的熱意でキラキラと目を輝かせている。
「盗る気ね……卑弥呼の、下着を」
「ああ。君の研究にも、役立つはずだ」
「勝手に死んできなさい、下着泥棒」
 あやこは、くるりと背を向けた。
「僕たちの仲は公認だ。みんなに、ちゃんと伝えておいてくれよ」
 助手の言葉には応えず、あやこは足早に歩み去った。


 案の定、と言うべきであろう。
 助手は邪馬台国の兵士に捕えられ、男妾として女王に献上された。
「まったく予想通り……で、私は一体何をしてるのかしらね。まったくもう」
 邪馬台国の兵士たちに包囲されながら、あやこは自分自身に呆れ果てていた。
 気が付いたら、単身で邪馬台国に潜入していた。完全な私情である。
 全方向から槍を向けてくる兵士たちを見据えながら、あやこは己の髪を軽く撫でた。指先が、髪飾りに触れた。
 聖剣・天のイシュタル。
 これを髪飾りから剣へと変化させ、この場を切り抜けるしかないか。
 あやこがそう思った瞬間、疾風が吹いた。
 疾風、としか思えない斬撃だった。兵士たちの槍が、ことごとく切断される。
「何だかんだで助けに来ちゃうんですよねえ、艦長ってば」
 綾鷹郁が、そこに着地していた。小銃を、くるりと回転させながらだ。
 その銃剣が一閃し、後方から突きかかって来た槍を斬り払った。
「綾鷹! お前は……」
「いいからいいから。さ、行きますよ艦長」
 怯む兵士たちを小銃で威嚇しながら、郁は足取り軽やかに進んで行った。邪馬台国の、王宮へと向かって。
「馬鹿は私1人で充分なのに……」
 苦笑混じりに呟きつつ、あやこは続いた。


「わらわの下着が欲しいのであろう?」
 女王が、面白がるような声を発している。
「そのようなもの、いくらでもくれてやろうぞ。そなたが、わらわの後宮に入るのならばな」
「女性を愛するが、誰のものにもならない……それが、僕の生き方でしてね」
 後退りしようとする助手の背中に、槍が突き付けられる。
 無数の兵士が、逃げ道を塞いでいた。
「男を慰みものにするのが、わらわの生き方じゃ」
 女王が、婉然と微笑んだ。
「慰み方は二通り、愛でるか殺めるか……そなたは後者かのう」
「そうはいかんざき!」
 声と共に、人影が2つ、飛び込んで来た。
 綾鷹郁と、藤田あやこである。
 助手が、息を呑んだ。
「なっ……ふ、2人だけか!?」
「うっふふふ。白馬の王女様、登場だよん」
 郁が、得意気に言った。あやこは黙っている。
 助手が、再び叫んだ。
「ふ、ふざけるなよ! たった2人で、この人数に勝てるわけないだろ! お前ら殺されるぞ、その巻き添えで僕も犬死にだ! そんなの御免だからな!」
 女王の足元へ身を投げ出すように、助手は土下座をした。
「女王陛下、僕は貴女のものになります! 玩具にでも犬にでもなります! そこの侵入者2人は、僕とは無関係ですから!」
「なっ……ち、ちょう何言いゆうぞ!」
 絶句しつつも郁は叫び、銃剣を構えようとする。
 その傍らでは、あやこが青ざめたまま固まっていた。
「そんな……」
「艦長! 傷付いとる場合じゃないきに!」
 叫ぶ郁に、叫べずにいるあやこに、兵士たちが全方向から槍を突き付けた。
「艦長、ほら戦わんと!」
「私は……また男を見誤った……」
 あやこは泣き出した。兵士たちの姿など、もはや涙で見えていない。
「誰が悪いわけでもない、私が馬鹿なだけ……こんな馬鹿な女は、死んだ方がいい……」
「艦長ぉお!」
 戦意をなくした艦長を庇いながらでは、郁も満足に戦えるわけがなかった。


「……では、本当に裏切ったわけではないんですね?」
 女王の召使いの1人が声を潜め、そう念を押してくる。
 古代貫頭衣の下に、セーラー服を着込んだ女兵士。実は藤田あやこの部下の1人である。今は王宮の召使いに化け、こうして助手の寝室に忍び込んでいる。
「嘘はつくが、あんな無様な裏切りはしない。それが僕の生き方だ」
 助手が言った。
「明日、あの2人は処刑される。これが王宮の見取り図だ。処刑場はここ。上手く忍び込んで来てくれよ」
「艦長を裏切ったら、私たちが貴方を生かしておきませんよ」
「その前に女王陛下に殺されてしまうよ僕は、こんなところを見られたらね」


 処刑場は、大混乱に陥った。
「きゃーすと、おふ……って熱い! あちっ、あちちちち熱ィんじゃああああ!」
 十字架に縛り付けられた郁の身体が、いきなり爆発したのだ。
 高性能爆薬繊維製のセーラー服が、激しく弾けて爆炎を迸らせる。そして十字架を粉砕する。
 その爆炎の中から、郁は猛然と飛び出した。凹凸の瑞々しい細身に、純白の体操着と濃紺のブルマがぴっちりと貼り付いている。
 そんな姿が柔らかく捻転し、竜巻の如く翻った。レオタードが、スクール水着が、鞭のように伸びて兵士たちを縛り上げる。
 同じような爆発を起こしながら、テニスルックの女兵士たちが処刑場に殴り込んで来ていた。
「お、お前たち……」
「艦長の恋人……かどうか知りませんがね。あの男が、まあ手引きしてくれたんです」
 あやこを十字架から解放しながら、女兵士が説明をする。
 助手が、あやこに向かって手を振っていた。
 2人の間に、女王がゆらりと割って入って来る。
「そなたら、なかなかやるではないか……」
 言葉と共に、女王の衣が高速で舞い上がる。美脚が、後ろ回し蹴りの形にあやこを襲う。
「わらわ自らが戦うのは久しぶりじゃ。楽しませてもらおうぞ」
「いえ、ここで終わりにさせてもらうわ。見たかったものは、見られたから」
 鋭い蹴りをかわしながら、あやこは言った。
 ふっ……と気配が生じた。巫浄霧絵が、そこに出現していた。
「そう、やりたい事は済んだのね……では女王陛下、これにて」
 霧絵も、あやこも郁も女兵士たちも、その場から消え失せた。
 全員、旗艦へと転送されていた。


 考古学会は、つつがなく開催された。
「あ〜チミ達、絶対領域じゃがね……」
 自ら身体を張って調べた「卑弥呼の絶対領域」に関して熱く語っている最中、あやこは見てしまった。
 会場の隅。あの助手が、巫浄霧絵と、良い雰囲気で抱き合っている。
「ぜ、ぜぜぜ絶対領域……」
 壊れたスピーカーのようになってしまった藤田あやこに、郁が声をかける。
「人類未踏の世界を見せる……んだって。霧絵さんがそう言っただけで、あの助手さんコロッといっちゃったみたいよ。ま、虚無の境界の人だからねえ」
「寝取られ……た……わけじゃ、ないわよ……」
 あやこが、声を震わせる。
「飽きたら、返してもらうんだから……」
「あんな男の、どこがいいんだか」
 郁は苦笑した。
「……馬の尾、使います? 艦長」
「あんなもの、お前にやる! 好きなだけ男を引っ掛けて来い!」
「あんなの使わなくたって、男の10人20人は紹介してあげられますよ。新しい恋、始めましょ?」
 ニヤニヤと天使のように小悪魔のように、郁は微笑んだ。