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<東京怪談ノベル(シングル)>


世界警察、復活へ


 受け身の練習というものは、簡単に見えて難しい。数ある武術の修練の中でも、特に困難を極めるのではないかと思えるほどだ。
 敵に投げ飛ばされた、あるいは吹っ飛ばされた状況を想定し、自ら床に転がってダメージを軽減する。
 この自ら転がる、という行動が厄介なのだ。
 大抵の人間は、本能的に、無意識に、痛みの少ない転がり方をしてしまう。
 だが実戦においては、痛みのない転がり方を自分で選ぶ事など出来はしない。
 敵の攻撃、衝撃、爆風……そういったものは、突然来る。受け身を取るための心の準備など、している暇はない。
 そういったものを頭の中で想定し、想定通りに身体を床に投げ出すのは、至難の業だ。
 効果的な受け身の練習をするには、想定外の攻撃を本当に喰らってみるのが、最も理想的とは言える。
 それには協力者が必要だ。が、今この練成場にいるのはフェイト1人である。
 自分で自分に、想定外の攻撃を喰らわせるしかない。
 フェイトは目を閉じた。
 その瞬間、周囲の風景が、無人の戦闘実技練成場内ではなく、ニューヨークの街並に変わった。
 その街の中で、爆発が起こった。
 様々な破片の混じった爆風が、フェイトを襲う。
 敵と精神を共有し、幻覚を見せる、サイコネクション能力。それを自身に応用したのだ。
 爆発の幻覚に騙された脳が、肉体に指示を下す。爆風を受けた、それに備えるように、と。
 結果、フェイトの身体は本当に吹っ飛んでいた。
「くっ……!」
 存在しないはずの爆風の中、フェイトは頭を抱えるように身を丸めた。後頭部だけは、何としても守らなければならない。
 背中から、床に激突した。衝撃で一瞬、呼吸が止まった。
 止まった呼吸を、ぜいぜいと回復させながら、フェイトは呻いた。
「駄目だな、俺……まだ自分を庇ってる」
 本物の爆風は、こんなものではない。
 道着を直しながら、フェイトは息をついた。
 とにかく、強くなる必要がある。下手をすると、IO2上層部を敵に回す事になるかも知れないのだ。
 虚無の境界よりホムンクルス関係の技術を接収したIO2が、それを応用して作り上げた錬金生命体。
 エージェントの戦闘訓練に使われている、あの怪物たちが、訓練以外の目的で使用されている。あるいは、使用を検討されている。
 例えば実戦投入。
 確かに、人間のエージェントに給料を払い続けるより安上がりである、とは言える。
 自分たちが現場で、作り物の怪物などには出来ない仕事をし続ければ、大した問題にはならない。フェイトは、そう思う。
 問題は、数日前のオンタリオ湖畔での出来事のように、一般人が危険に晒される事態がこれからも起こり得る、という事である。
 IO2が何らかの目的で作り上げた錬金生命体が、脱走あるいは暴走し、人々に危害を加える。
 そういった事が今頃、フェイトの知らぬ所で起こっていないとも限らないのだ。
 錬金生命体に関する全てを、探って調べ上げなければならない。が、フェイト1人の力では限界がある。
 IO2本部ビル中枢への、テレポートによる侵入。それを試みようかとも思ったが、断念した。
 本部中枢へは、幹部職員以外の立ち入りが禁止されている。無論フェイトも入った事はない。どのような内部構造になっているのか、全く知らない。
 行き先を想定出来ないテレポートは、危険なのだ。
「どっかのロープレじゃないけど……いしのなかにいる、なんて事にもなりかねないしな」
 それにテレポートは、尋常ではない量の気力と体力を消耗する。行き先で戦闘状態に陥る可能性を考えれば、おいそれと使える手段ではなかった。
「結局、俺1人じゃ何も……」
「いよう。1人で頑張ってるなあ、フェイト」
 何者かが、練成場に踏み入って来た。
 同僚の1人である。休暇を使って、日本へ遊びに行っていたはずだ。
 何やらいろいろと入った重そうな紙袋を、携えている。萌え絵柄の美少女が描かれた紙袋だ。
 休暇明けの、久しぶりに会う同僚に、フェイトは思わず挨拶ではない言葉を投げていた。
「おい、まさか……それ持って飛行機に乗って来たわけじゃないよな」
「乗って来たが、何か問題でも?」
 満面に笑みを浮かべて、同僚が言う。してやったり、といった表情である。
「……空港で、引っかかったんじゃないのか?」
「IO2のライセンス見せれば即パスよ。俺、税関に勝利したぜー」
 同僚のガッツポーズを見せられながら、フェイトは頭痛を覚えた。
 この組織にも色々な人材がいる、と思うしかなかった。
「というわけでお土産だよフェイト君。日本が世界に誇る文化の極み、ドージンシだぜ」
「誇ってない! 極めてもいない!」
「いやいや誇るべきだよ。俺、アキバへ行く度に思うんだよね。日本は、アメリカなんかよりずっと自由の国だって」
 言いつつ同僚が、男性向けの二次創作物を紙袋から大量に取り出し、フェイトに押し付けて来る。
「ほらほら、こんなのアメリカで出したら大変な事になるぞー」
「……持ってるだけでヤバいんじゃないのか? これ」
「なあに、資料で通るさ。いいから好きなの選べよ。ああ、ちなみにこの抱き枕カバーはやらないからなっ」
「そう言いながら広げて見せるなよ! いいからしまえ、片付けろ。誰か来る前に」
 こんな男でも、コードネームを持つエージェントである。
 もっとも、前線勤務のフェイトとは活躍の場が異なる。
 これまで虚無の境界他、数々の反社会的組織をハッキングして、彼らの悪しき計画を暴き立ててきた男だ。
 暴き立てられたものを潰すのは無論、フェイトたち戦闘要員の役目である。だが、この同僚のような人材がいなければ、潰す相手がどこにいるのかもわからないのだ。
 フェイト1人では、何かを調べるのにも限界がある。だが、この男の協力を得る事が出来れば。
 そう思いながらフェイトは、日本からの土産を1冊、手に取った。
 その表紙では、どこかで見たような美少女キャラクターが、触手を生やした怪物に襲われている。
「……こういう化け物が最近、うちの組織で大量生産されているよな」
「おお、されてるされてる。もっと触手ぬるぬるなヤツを作りゃいいのになあ」
「作ってどうするんだよ。この本じゃないけどさ、実際に人を襲うような事がこれから増えてくかも知れないんだぞ」
「あいつらが実戦投入されれば、お前ら戦闘要員も少し楽になるんじゃないか……とか、俺も最初は思ってたけどな」
 同僚が、少しだけ真面目な顔をした。そして声を潜めた。
「……例の議員さん、いるだろ? あの日本嫌いの」
「御子息に会った。お前によく似た奴だったよ」
「て事は、親父と違って親日派なわけだな。ただその親父の方がなあ……うちの組織に、ちょっと黒っぽいお金を流してくれてるらしい」
「そのお金で、何かしろと?」
「例の怪物どもを、もっとましな兵隊に仕上げて大量に作れと。そう言ってきてるらしい」
 政治家が資金を動かし、IO2に錬金生命体を開発させている。
 錬金生命体の開発に、国家権力が関わっている。
 この組織の上層部が、あの怪物たちの実戦投入を企んでいる……などという生易しい問題ではない、とフェイトは気付いた。
「軍事転用……」
 IO2の仕事に用いられる、だけではない。
 あの錬金生命体たちが、アメリカという国家の軍事力として使われようとしている。
「確かにな。上手くやりゃあ、給料のいらない兵隊を大量生産出来るわけだからな」
 同僚が言った。
「あの議員さんが、真珠湾のリベンジをやらかそうとしてる……そんな話も聞こえて来るんだ、これが」
「お前が集めた情報なら、間違いなさそうだな」
「噂だよ、単なる噂……ま、あんな出来損ないの化け物どもが日本に攻め込んだって、大した事ないとは思うけどな。フェイトみたいな奴、日本にだって大勢いるんだろ?」
「……まあ、ね」
 あの錬金生命体を問題なく倒せる力を持った者なら、フェイトの知り合いにも何人かいる。
「あー、でも触手だよ触手。こーいう奴らによぉフェイト、お前が襲われたりしたら、喜ぶ女大勢いるぜえIO2にも」
 同僚が再び、世迷い言を言い始めた。
「うちの組織にも腐が多いからなあ。ほんとリアルの女ってやだやだ……で、でもよぉフェイト。あの花嫁衣装の上から、お前の身体に触手がこうヌルヌルって、あぁん俺もちょっと興奮」
「組手やるぞ、組手」
 フェイトは同僚の身体を折り畳み、様々な関節を極め上げ、黙らせた。
「お、俺は戦闘要員じゃないからこんな訓練は必要ない、ぎゃああああああああ!」
 政府が関わっているとなれば、自分が勝手に動いていろいろ調べ上げるのは、控えた方がいいだろう。
 無論この同僚を巻き込むわけにもいかない。
 練成場に響き渡る悲鳴を聞きながら、フェイトはそう思った。