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夢の中の……
「あれぇ……? ここはどこ?」
静かな空間。時折どこからともなく吹く風は、思わず身震いしたくなるほど冷ややかだ。
上下左右、360度ぐるりと見渡せば冷たい氷の空間の中にアリアはいた。
等間隔に並んだ支柱。広い廊下。天井は見上げるほどに高く、氷のシャンデリアがゆらゆらと風に揺らめいている。
ここは氷の城だ。
それに気づいたアリアは当てもなくブラブラと歩き回っていた。
「凄いなぁ……。これ全部氷で出来てるんだ」
歩き回るたびに、感心したように呟きながら周りを見て回る。
どれほどの時間歩き回っていただろう。ふと気づくと、まるで見覚えのない広場にやってきていた。
広い空間。そこには綺麗に立ち並ぶ氷像が立っていた。
「へぇ……凄い……」
思わずそう呟いたのは、並んでいる全ての氷像が皆同じメイド服を着ていることだ。
メイド服を着込んだ氷像は数え切れないほどたくさん並んでいる。
アリアは感心したようにそれらの氷像の一つ一つを見ながら奥へと進むと、ふと人の気配を感じて視線を上げた。
アリアが見た先に、数段高い位置にある玉座に自分と同じくらいの年頃の少女が座っているのが見えた。
視線が合うと、少女はニコリと意味深に微笑みかけてくる。
「私は氷の女王。ここへ迷い込んで来たと言う事は、あなたも彼女達のように氷像になりたいのね」
「……」
傲慢な言い方をする氷の女王に、アリアは思わず眉根を寄せた。
別にそんなつもりは最初からない。気づいたら自分はここにいたのだ。
「遠慮はいらないのよ。彼女達と同じメイド服を着せて凍らせてあげる。そして私のコレクションに加わるのよ」
不気味にほくそえんだ氷の女王に、アリアはムッとした。
何を勝手な事を言っているのだろう? メイドと言えば使用人。そして主に徹底的に仕える下僕も同然だ。自分にそんなつもりもないのに、勝手に見下されては迷惑極まりない。
「メイドになるつもりなんて、ないわ。勝手に話進めないで」
「何ですって……? この私の誘いを断るって言うの?」
氷の女王は、まさか断られるとは思っていなかったのだろうか。愕然としたように目を見開き、信じられないと言わんばかりだ。
機嫌を悪くしたアリアは眉間に深い皺を刻んで女王を睨みつける。
「一方的で強引な誘いは、断るに決まってる」
そう言い終わるが早いかアリアの衣服が激しくバタバタとたなびき始め、彼女を中心にそれまで静かだった周りの空気が唸りをあげ始める。
好戦的なアリアの態度に、女王も真っ向から挑んでくる。
「面白い。私に立てつこうとしたのはお前が初めてよ!」
女王は手にしていた杖を振ると空気中につららのような氷の刃ができ、彼女の周りを取り囲む。そして杖を突きつけると、物凄い速さでアリアに飛び掛ってきた。
アリアはそれらの攻撃を、ちょこまかと走り逃げながら自分も得意の冷気を使って防御に出る。
ドスドスッ! と音を立てて氷の床の上に落ちていく女王の刃。アリアは支柱に身を隠しながら女王との距離を縮めていく。
「ちょこまかと小ざかしいッ!!」
女王は苛立ちから声を荒らげ、それまで座っていた玉座を立ち上がった。
きつく杖を握り締め、逆手で再び氷の槍を創り出すとアリア目掛けて飛んでいく。
アリアも負けじと氷の槍を創り出し、女王の槍目掛けて投げつける。
氷の槍は真正面から衝突し、パァーンッ! と大きな音を立てて空気中で砕け散り、その衝撃波が地上にいる二人を襲った。
細かい氷の粉塵が舞い上がり、互いの視界を悪くする。
「!?」
目を細め、粉塵を睨み見た女王の目がはっと見開かれる。
粉塵の向こうにいたアリアの影が揺らめき、そして次の瞬間には自分の胸元近くまで間合いを詰めてきたのだ。
「はい、おしまい」
アリアはそう言うと、女王の体にタッチする。
「ば、馬鹿な……っ!?」
自分と互角に渡り合うとは思っていなかったのだろう。女王は驚愕に目を見開き、アリアに触れられた部分から徐々に氷が侵食してくることに慄いた。
「いやぁああぁぁぁ―――ッ!!」
断末魔の叫びを上げながら、女王はパキパキと音を上げて迫り来る氷により、完全な氷像に変えられた。
アリアはまじまじと女王を見詰め、そして何かを思いついたようにポンと手を打つ。
「そうだ。せっかくだから……」
そう言うと、アリアは女王の氷の服を砕き、氷のメイド服に着替えさせるとおもむろに抱きついた。
「落ち着く……。私がなるのは嫌だけど、人がするのは好き」
アリアはうっとりとした表情でメイド服を着込んだ女王を見上げるのだった。
*****
「……あれ……?」
ふっと目が覚める。するとそこはいつも寝ている自分の寝室だ。
アリアはむくりと起き上がると、寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見回した。
「……夢?」
確かに氷像にしたあの少女を抱き枕にしていたはずなのに……。
そう思いつつも、夢から覚めたアリアの傍にその氷像があるはずもない。
一体あれは何だったのだろう?
「……何かよく分からないけど、まぁ、いいか……」
そんな疑問を抱きつつアリアは頭を掻き、ベッドから降りるとのそのそと着替えてアイス屋の仕事に向かうため部屋を後にした。
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