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長女の役割
「くっそー、姉ちゃんより取れなかった」
「あっはっはっ、そりゃあたしはセールへの参戦歴が長いからね。むしろいきなり負けたら立つ瀬がないよ」
スーパーでのタイムセールへの参加もままならぬかと思われ、急遽弟に買い物を頼んだのだが、幸いセール時間ぎりぎりにスーパーへと到着した奈美。
あの戦場で勝ち抜く術を長い年月と共に研鑽させてきた奈美は、一番上の弟を連れて家へと帰ってきた。
奈美は弟と共に早速食材を台所に運び始める。
「まぁそれだけ取れれば十分だよ。あとはすぐ慣れる。せっかくメインを取ってくれたんだし、今日はそいつを使ってご飯作るからさ」
弟を慰めつつ、料理の支度を始める奈美のその姿はまさに長女として頼もしくすら思える光景であった。
伊座那家において、家事は奈美とその母親が引き受けているのだが、こうしてたまに一番上の弟も借り出される。滅多になかったが、これからはもしかしたら増えるかもしれないのだ。そう考えると、これもまた必要な修行だと思ってもらうしかないだろう、と奈美は肩を竦める。
両親に奈美、そして奈美の弟と妹が各3人ずつ。計9名の食事ともなれば、料理の量などは一般家庭の比にはならない。
そんな両親を、子供達の長である奈美が手助けするのは至極当然の流れであり、奈美もそれに対して嫌悪感などは抱いたりもしていない。
とは言え、先述された通り、これからは奈美も家を空ける事が多くなるだろう。
弟や妹達にも協力してもらう場面は増えるかもしれないが、それでも自分でなんとかしてやろうとも考えていた。
かくして、伊座那家名物の夕飯戦争が開始される。
育ち盛りの弟や妹らの事も考え、食事はいつも山盛りだ。
きっと奈美が何処かのレストランの厨房を任されていたら、それは素晴らしい回転率を誇るだろうと誰もが予想するだろう手際の良さである。
「ほらほら、ご飯の準備してー。運ぶよー」
料理を運んで、小さい弟らには手を洗ったか確認しながら机の上に並べて行く。
子供達が早速とばかりに料理に手を伸ばしても、奈美の給仕はまだまだ終わらない。次々と料理を運びながら、せっせと運んでいく。
さすがに奈美の母も、奈美がレッスンから帰ってきたのだから、今日はそうした役回りをやるといい始めたのだが、おっとりしている母にそれを任せていたら終わるものも終わらない。
奈美の面倒見の良さは、年下だけではなく母親にまで向けられていた。
「うええぇぇぇん! おにーちゃんがおかず取ったー!」
「馬鹿! 何でそんな事するの!」
こうした説教は父親か奈美の仕事だ。
奈美は泣いている妹に自分の分として取り分けていたおかずを譲り、妹を慰めて頭を撫でた。
忙しない食卓を囲んだ家族団欒。
本来ならば辟易としてしまいそうなものだが、奈美はこんな家族団欒をこよなく愛し、そして守りたいと願っていた。
◆
どうして小さな子供はお風呂が嫌いなのだろうか。
奈美はなんとなくそんな事を考えながら、ようやく夜の戦争が終わったことに一息ついた。
小さな妹達を連れて風呂に入っていた奈美は、子供達の頭を拭いて解放。その度にテンションのあがった妹達が走って行く姿を見て、密かにドッグランにいるかのような気分を味わいつつ、ようやく自分の頭を拭いてリビングへと向かった。
旧式の日本家屋に住まう伊座那家。
もう間もなく一番下の子供達から順番に眠りに就く頃だろう。すでに就寝部屋には布団がしっかりと敷き詰められ、子供たちが寝転がっている。
「お疲れ様、奈美」
リビングへとやってきた奈美に、彼女の母親が声をかける。
机の上に置かれた、母が作ったつまみを口に放り込み、奈美が座り込む。
これもまた日課である。
夕食の際、奈美はほとんど食べる暇がない。
暇もなければ、食べ物も奪われているのだからそれも仕方ない事といえた。
こうしてつまみに手を伸ばすのは年頃の女性としてどうかとも思われるが、夕飯を食べていないのではそれも仕方ない。
むしろ、たったそれだけしか食べていないのに一番背が高いというのも、伊座那家の謎である。
「今日はどうだった?」
「ん、歌ったし踊った。初めてだったけど、まぁまぁ楽しかったよ」
なんとも簡単な感想である。
年頃の娘らしからぬさばさばとした感想に、彼女の母親も苦い笑みを浮かべる。
「楽しかったなら良かったかしらね〜」
「うん。とりあえずこの調子で早くお金稼いで、ウチにお金入れるのがあたしの目標だしね」
親としてはなんとも耳の痛い言葉である。
ましてや奈美はそれを義務だとも思わず、ただただ当たり前だと思っているのだ。
「……奈美。私もお父さんも、あなたがしっかり楽しんで、後悔しないで満足してくれればそれで良いのよ? お金なら、まだまだお父さんと私も……」
「あたしがそうしたいんだから、そうさせてよ」
嬉しくもあり、そして手のかからなくなった娘にどこか寂しさを感じる母の胸中を、きっと奈美は気付いていないのだろう。
あっけらかんとそう告げる自分の娘を見つめて、奈美の母はただ「ありがとう」と小さく告げるのであった。
気恥ずかしさから所在なさげに携帯電話をいじり始めた奈美は、早速今日合流した最後のメンバーについて調べ始める。
ネットアイドルとして、どうやら彼女はそれなりに知名度が高い存在らしい。
そんな奈美のもとへ、もう一人の仲間からメールが届いた。
他愛もない会話から、やがて最後のメンバーについて言及が及ぶと、奈美は小さく息を呑んだ。
「……どうしたの?」
「あー、ううん。なんでもない」
その硬直に違和感を抱いたのだろう。母親の問いかけに、奈美が首を振って答える。
――とりあえずは様子見で。
そんな言葉を返して、奈美は携帯電話をそっと閉じた。
何やらこれから、まだまだ色々と起こりそうだ。
そんな不安が入り交じった期待を胸に、奈美は小さく笑みを浮かべた。
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ご依頼有難うございます、白神怜司です。
奈美さん編はなかなかアットホームな雰囲気が強かったですね。
大家族というのはなかなか大変そうですが、
こうして見ると楽しそうだな、とか思ったりもしますね。
当事者には当事者の苦労がありそうですが…。
何はともあえお楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後とも宜しくお願いいたします。
白神 怜司
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