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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


翡翠の国

 二つの船は、旧翡翠大陸帝国首都の上空にあった。今は滅んでいる帝国だが、その場には万能の力を持った門番が存在する。
 六角柱状の翡翠の大地。
 門番が捕えた双方の船は、どのような結末を迎えるのか――。

「一体何が起こったの?」
 あやこは舵を握りつつそう言った。
 自慢の船『USSウォースパイト号』は、ピクリとも動かない。
「何か、目に見えない力が船を止めてる」
 傍らで時間差を調べていた郁が続けて言った。
 彼女たちの眼前には、妖精王国から貴重な兵器を奪った女狐族の海賊船がある。それを翡翠時代まで追い詰めたはいいが、首都の上空にたどり着いた途端に二つの船は同時に動きを止めた。
 あやこは減速を装って加速を試みたが、それも不発に終わる。
「――女狐の執念に負けたわ。全面降伏よ!」
「武器は返すよ、粘着ババァ!!」
 そんな声が、双方からぶつかり合った。声の主であるあやこと女狐は一瞬、目を丸くする。
 その直後、嫌な空気が生まれた。
「そもそも、あたいらは廃品回収したまでだ!」
「何ですって? 栄えある我らの王国武器庫に無断で入り込んでおいて、失礼にも程があるわ!」
「ほぅ……あたいらは冴えないと?」
「盗人め!」
「人聞きの悪い! 宝の持ち腐れを有効活用しようとしたまでじゃないか!」
 互が互いに触発されつつの言葉のぶつけ合いが続く。どうやら、船が止まってしまったのが双方で相手の仕業だと思い込んでいるらしい。
 それを黙って見ていたのは、眼下で姿を見せることのない門番であった。不法侵入の上に、愚かな言い争い。それらを黙して見極めようとしているのだ。
「郁、殺っちゃるもん!」
 ぐ、と胸元で握り拳を作りながら郁が言った。
 その言葉が合図となったのか、あやこは己を省みて一度瞠目する。そして郁の前にスっと手を差し出して、彼女を止めた。
「全面戦争する余力は無いわ。まずは船の安全確保が第一よ」
 相変わらず動かない船。よく観察すれば、海賊船とともに動力が奪われ続けている。
 あやこはそれを確認して、眉根を寄せた。
「一時休戦よ、女狐。このままではどちらも埒があかない。互いに下の帝国を調べましょ」
「ふん、そう見せかけてあたいらを捕まえるつもりだろう。あたいらはあたいらで動く、お前らとは馴れ合わない」
 あやこの提案に、狐たちは乗らなかった。つい先程まで追う追われるで立場であったのだ、無理もない。
 仕方なくあやこは郁へと調査の命を下した。狐のほうも個々に調査へと動き出している。
 それを横目に、郁は事象艇で首都へと降りようとした。
 その直後、地上からの襲撃を受けた。六角の大地から、とてつもない力を感じる。
「くっ、物凄い力……!」
 波動のような力に艇は中破。郁は成すすべもなく表情を歪めた。
「お、おまえのせいだぞ! ババァ!!」
 そんな怒号があやこの元に届く。狐の声だ。彼女らも地上からの攻撃を受けたらしく、満身創痍だった。
 最初に調査を名乗り出たあやこに非があると言いたいのか、彼女らの目は獣らしくギラギラとしていた。
「馴れ合わないと言ったくせに、今更何を……ッ!」
「――愚か者が!!」
 またもや言い争いになるかと思われた瞬間、新しい声が響いてきた。
 地上からひとつの影が生まれ、一人の男が現れた。今まで静観を決め込んできた門番の姿だ。彼はあやこたちを睨みつけ、明らかに良くないオーラを全身に纏わせている。
 この場にいる誰より、その男の力は膨大なものだった。あやこも郁もそして狐も、肌に感じるビリビリとしたものを感じ取って、冷たい汗を生む。
「お、おっしゃるとおり! こやつらは野蛮人です! あたいらで討伐しますゆえ、どうか船の解放を……っ」
 門番にへつらうようにして言葉を続けたのは狐だった。あやこはそれに眉根を寄せて口を開くが、それ以上は門番に遮られる。
「お前たちも同じだ、痴れ者よ!!」
 よく響く声で、門番はそう言う。
 そして地上に近い位置にいた郁へと向かい、剣を突きつけた。
「答えよ、汝」
 まっすぐな瞳。それを向けられた郁は背筋を伸ばして彼の声を聞く。だが、とても落ち着いているようだった。
「このような不可避の戦、如何に収めるか?」
 難解な問いであると、郁は瞬時に思った。だが彼女は自分の持ち合わせる知識をフル回転させて、その可憐な唇を開く。
「――疾きこと風の如く、徐かなること林の如し、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し!」
 凛とした声音が響き渡った。
 一瞬の沈黙のあと、門番が満足そうに笑う。
「宜しい! 我が帝国の思想と同じだ!」
 彼はそう言いながら自らの剣を郁から下げる。
 十分な勝機を感じ取った郁は、自慢気な表情だ。
 被害を抑えつつ無駄な戦いはしない。的確な判断、優秀な読みが行える軍師がいてこその戦い方。それを見事に己で証明した郁に、門番は感服したのだ。
 そして、彼の剣の矛先は狐へと向けられた。
「ひっ!?」
 郁によって事なきを得たと思い込んでいたのか、狐は驚きの表情を露わにしている。
 あやこはそれを見て、顔色を変えた。
「お待ちください!」
「馬鹿は死なねば治らん。盗みも同じだ」
「それでも、狐もまた進化するものです!」
 キラリと鈍い光が狐に向けられる中、あやこははっきりとそう告げる。
 狐は呆けたままでいた。あやこが助命嘆願をするとは思わなかったのだろう。
 門番の男は口元のみで笑みを浮かべて、ゆっくりと剣を鞘にしまう。
 同じことを繰り返すだけならば、このまま双方とも滅ぼすつもりであった。そのために船を捕らえ、彼女らの動向を黙って見ていた。
 ――答えは出た。
「命あるものはみな、進化する、か。そうだな。見事な進言だ」
 門番はそう言う。あやこの言葉を受け入れてくれた証拠だった。
「か、艦長に負けた……」
 そう言って項垂れるのは郁だ。
 博識さと機転の良さは自分の売りだと思っていただけに、ショックだったのだろう。
 郁は確かに頭の回転が早い娘だが、麗しき艦長のほうがわずかに上手のようだ。
 その後、門番は再び大地に姿を消し、双方の船は解放された。
 狐は自らの行いを素直に詫び、そして盗品をあやこに全て返し去っていく。命の尊さを自らの経験で体感した彼女らはあやこの言うとおり、これから進化していくものなのかもしれない。

 滅びた翡翠の大地。
 彼はきっと、この先もこの地を守っていくのだろう。
 世の理を見守るために。