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<東京怪談ノベル(シングル)>


目に見えぬ者にこそ……

 賑やかな街並みを抜け、多くの人々が行き交う雑踏から逃れた閑静な住宅街。高級な戸建やマンションが建ち並ぶ中、まるでそこだけが別空間に包まれているかのように浮いた廃墟のような団地があった。
「周りは豪華な家が並んでるっつうのに、ここだけどうしちまったんだろうなぁ」
 高齢者が僅かしか入っていないのだろうその薄気味の悪い団地を見上げ、男が怪訝そうに呟いた。
 そんな彼の隣に立っていたフェイトは、依頼書に目を通しふーんと鼻を鳴らす。
「数年前から心霊現象、ね……」
「住居者や近隣住人から調査依頼が入ってきたって言うが、まぁ……確かになんか出そうな雰囲気ではあるよな」
 フェイトは依頼書を懐に仕舞い込むと、かけていたサングラスを外し胸ポケットに仕舞い込みながら団地を見上げた。
「何だてめぇらは! さては調査とかで来た探偵かなんかだろう!」
 佇むフェイトたちの元に、一人の男性が酷く苛立った様子でこちらに近づいてくる。彼は物凄い剣幕でこちらを睨み、有無も言わせぬような勢いでまくしたててきた。
「勝手なことをしてもらっちゃ困るんだよっ!!」
「あなたは、この団地の所有者の方ですか?」
 フェイトは努めて冷静さを欠かず、落ち着いた声でそう男性に声を掛けると、男性はいよいよ怒鳴りだす。
「だから何だって言うんだ!? え? 文句あるって言うのか!!」
 フェイトに詰め寄って噛み付く男性に、同僚の男が慌てて二人の間に割り込んだ。
「お、落ち着いてください。何もなければすぐに出て行きますから……。な? フェイト?」
「……」
 苦笑いを浮かべながらこちらを振り返った同僚に、フェイトは一点を見つめたまま深く眉根を寄せ、唸るように呟く。
「……何か感じる」
「何だって?」
 同僚が目を丸くしていると、所有者の男性はそら見たことかとさらにまくし立ててきた。
「勝手な事をすると、不吉なことが起こるぞ……。後悔しても知らないからな!!」
 がなりたてる男性を、同僚が何とか宥める。そして二人は二手に分かれて調査を開始した。

                  *****

 古びた外付けの階段を登り、くまなく調査をしていた同僚は何か物音を聞きつけふと足を止める。
「……何だ? ここ……」
 壁にはひび割れがある。そしてまるで人を象ったかのように群がる茶色のシミ。それらが全て不可思議に思えて仕方がなかった。
 ひびの入り方が、自然に出来た物とはどこか違う。
「自然のひび割れで、こんな大きな裂け目が出来るもんかな……」
 あごに手をやり、同僚はそっとその壁に耳を押し当てた。すると中から低くくぐもったうめき声が聞こえてくる。
「!」
 一瞬驚いて身を引いた同僚だったが、ふと気になり、もう一度壁に耳を押し当てる。するとうめき声と供に、しばらくするとカチッ……と言う機械的な音が聞こえてきたのだ。
「こりゃあ、もしかして……」
 同僚が訝しんでいるその背後に、ふと黒い影がよぎる。同僚がその気配に気づき背後を振り返ると大きく目を見開いた。
「ま、まさか……っ!?」
 そう声を発するが早いか、同僚は階段の下に突き落とされた。
「うわぁああぁぁぁぁぁああぁっ!!」
「!?」
 外壁を見て回っていたフェイトは、弾かれるように顔を上げジャケットを翻しながらその場から走り出した。そして彼の目には、階段上から降ってくる同僚の姿が捉えられる。
 フェイトは走っても間に合わないとすぐに悟ると思わずその場で踏み止まり、自分の持てる能力を全開に発動する。
 ブンッ……と目の前の空間が歪み、階段から落ちた同僚は空中でその姿を消した。そして次の瞬間には何事もなかったかのように地面の上に尻餅を着いて着地している。
「大丈夫か?」
 フェイトが駆け寄り、同僚の傍にしゃがみこんで肩に手を置くと、彼は冷や汗を流しながら頷いた。
「あ、あぁ。すまない。ありがとう……」
「……!」
 フェイトはすぐにその場に立ち上がり、背後を振り返る。
 振り返った先に、一瞬黒い影が過ぎったのを見たフェイトは銃を構えその影を追って走り出した。
 足の速いフェイトは、すぐにその影の主に追いつく。その影の主は背後に迫ってくる凄んだ表情のフェイトに恐怖し、必死になる。
「待ちなっ!」
 フェイトがそう声を上げるが早いか、影の主をフェイトは体当たりで突き飛ばす。
 影の主はゴロゴロと地面を転がり、仰向けに寝そべったまま傍まで来たフェイトを見上げる形になった。
 フェイトはそんな彼の肩口を足で踏みつけ、ゾッとするほどの形相で睨み降ろしながら銃口を突きつけてくる。
「た、頼む! 全て話す! だから命だけは……!」
 そこにいたのは、団地の所有者の男だった。
「お、俺はこの土地を売りたかったんだ! だから、わざと立ち退きさせようと心霊騒動を起こしたんだ……」
 観念したように全て白状した男に、フェイトを追いかけてきていた同僚が驚いたように目を見開く。だが、フェイトは表情をまるで変える事もなく引き金にぐっと力を込めて男に向かい発砲した。
「フェイトッ!!」
 思わず声を上げた同僚だったが、フェイトは男の上から足を退けると笑顔でクルリとこちらを振り返った。
「終わったよ」
「いや、終わったっておま……」
 冷や汗を流す同僚に、泡を吹いて失神している男の姿があった。
「え……まさか……」
「この人の背後に悪霊がとり憑いてたんだよ。無理に立ち退かされて亡くなった、悪霊がね。言っとくけど、俺は会った時から気づいていたし彼を撃つつもりは端からなかったからな」
 念を押すようにそう言うと、同僚は焦った自分に恥をかきながらも「わ、分かってるよそんくらい……」と、居心地が悪そうに目を逸らした。
 フェイトはまだ銃痕から立ち昇る煙を見つめ、目を細めた。

 願わくば、どうか彼に安らかな眠りを……。