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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


相手なければ訴訟なし
「もうすぐオレ達の正しさが証明されるとはいっても、テメーらと同じ艦に乗らなければいけないっていうのは気に食わねぇ!」
「そんな事を言っていられるのも今の内だぞ! もうすぐお前らは、我々の配下に下るのだからな!」
「なんだと!?」
「貴様らこそなんなんだ!?」
「臭い陰人は隔離しろ!」
「血腥い豚こそ風下に!」
「はいはい……」
 飛び交う怒声。喧嘩を売る声に買う声に、更に売り買いする声。間に挟まれた藤田・あやこは、痛みを訴えてくる頭を抱え溜息を吐いた。
 対立する陰陽二つの種族の外交団は、艦に乗り込んでからも飽きずにずっとこの調子だ。喧嘩なら外でやってほしいとは思うものの、生臭い半魚人である陰人と血気盛んなゴブリンである陽人を目的の場所まで移送するのが今回のあやこ達の任務なのだから、放り出すわけにもいかない。
 旗艦は、時空を駆けて行く。間もなく到着するは、『掟の時代』
 三億人の弁護士が、あらゆる時代の客相手にどんな訴訟も解決する。地球が、裁判所だらけになった時代である。

 ◆

 艦の外に広がる景色に、綾鷹・郁はくりくりとした愛らしい青色の瞳を輝かせた。
「綺麗〜!」
 そこに広がっていたのは、雲のような星々。掟の時代へと向かう途上、雲霞の時代だ。人類は、小さなガス状の生命星雲と化している。
「艦長ー、一応この星雲の調査をしたほうがいいんじゃないですかねー?」
 悪戯っぽくにやりと笑って郁は強請ってみせるが、あやこはピシャリとそれを一蹴する。
「調子のいい事ばかり言わないの。大人しくしてなさい」
「艦長のけちー!」
 拗ねるように唇を尖らせた郁に肩を竦めたあやこだったが、ふと何かに気付いて顔を上げる。今、何か音が……否、泣き声のようなものが聞こえた気がした。
 じっ、と耳を澄ませてみる。けれど、それらしき声はもう聞こえない。気のせいだったのだろうか。
 訝しげな表情をしているあやこの様子に気付いたのか、郁も怪訝げに眉をしかめた。そして、ここぞとばかりに首を傾げる。
「やっぱり、調査をしたほうがいいんじゃ……?」
「綾鷹は今すぐ口を閉じて、持ち場へと戻ること」
「けーちぃー!」

 あやこは、頭痛が一層ひどくなるのを感じた。ただでさえ慌ただしかった艦内で、更に事件が起こってしまったのだ。
 天才狂科学者、鍵屋・智子が検死をするのは、機関室で見つかった女子機関員の死体だ。智子の手が、一瞬だけ不自然に止まる。けれど、すぐに何事もなかったかのように検死は続けられる。
 あやこは不審な死に眉を寄せ、郁の事を呼びつけた。気高き女艦長は、告げる。
「綾鷹・郁」
「はい、艦長」
「あなたを捜査班に抜擢します。すぐに捜査にとりかかるように」
「了解」
 被疑者は、外交団達だ。早速郁は彼らの元へアリバイを聞きに行くが、どちらも食事を理由に犯行を否定した。
「オレ達は飯を食ってたよ。牛だよ、牛。食堂で注文したやつだ」
「その時間? 部屋で食事してたさ」
 陽人は食堂にて牛を注文しており、陰人は客室にて食事をしていたのだという。
 しかし、防犯カメラは救急箱に付着した血痕を捉えていた。
「彼女は喧嘩の巻き添えで死んだのよ。殺意はなかったから、治療を試みた?」
 捜査を続ける郁は、購買部で智子の姿を見かける。彼女は、何故か熱心に水着や体操服を物色していた。
「あなた、そんなものに興味があったの?」
「足が長く見えるでしょ♪」
 ……どうにも、妙であった。
 いつもと雰囲気が違う智子の様子には、あやこも違和感を感じていたようだ。
「秀才の智子さんが、ブルマに拘るとはね」
 探るように、あやこはそう呟く。けれど、訝しんでいたあやこの表情が、次の瞬間急に変わった。同時に、智子が我に返ったかのような素振りを見せる。
「星雲に戻るわ」
 唐突な艦長の宣言に、部下達の間に動揺が走る。それは、任務を放棄すると言っているようなものだった。
「急に何を言い出すのかしら? 冗談のつもりじゃないのなら、入院を薦めるわよ?」
「自分の脳を診れば?」
 すっかりいつもの尊大な態度を取り戻している智子の言葉に、あやこも負けじと反論する。部下達に何を言われようがあやこは聞く耳を持たず、その瞳には星雲の事しか映っていなかった。
 任務放棄は解任の条件には満たない。郁と智子は、反逆を企み始める。何か決定打はないだろうか。考え、話し合う二人。
「……そうか!」
 ハッと閃いた智子は、自分の体を診断し始めた。そして、ある痕跡を発見する。それは、何者かに憑依された痕であった。
 天才科学者は全てを理解する。全ての始まりは、あの星雲にあった。

「雲霞の子を、船が引っ掛けたのよ」 
 星雲にて、雲霞の子供が旗艦主翼に引っ掛ってしまっていたのだ。そのまま運び去られてしまい、雲霞は号泣した。
 怯えた彼は必死で帰る方法を探す途中、艦の端末に憑依した。その際、女子機関員は感電し死んでしまった。彼は戸惑いつつも、今度は検死をしていた智子に聴診器を伝って憑依する。
『何が何でも帰るぅ……』
 泣きながらも、彼はその思いだけは変える事はなかった。雲霞は、船を乗っ取るために行動をし始める。
『うふふ、あった……電子縫製機。これ経由で、操舵装置にアクセスする』
 購買部で智子に乗り移った彼が体操服を漁っていたのも、操縦系統の掌握を狙っていたからだったのだ。
 そして今、部下達の目の前であやこは少しだけ悲しげな微笑みを浮かべ立っている。彼女……否、彼女に憑依した彼は、語り始める。
「機関士の事は謝るよ。僕は孤独だった。……理解者が欲しかったんだ」
 ただただ思考する存在である雲霞は、端末へと憑いた。次は智子、そして最後は艦の司令塔――あやこ。
「もう艦長は僕の妻だ。さぁ、行こう」
 満たされたとでも言うような笑みを浮かべ、あやこは星雲へと羽ばたいていく。
 郁が手を伸ばす。けれど、間に合わない。あやこは、どんどん遠くへと行ってしまう。目を見張る程に美しい、星々の向こうへと。
「艦長を……大事な人を返せ!」
 星雲に、郁の怒声が響いた。
 智子は考える。齢十四の天才少女。常人の理解を超えた頭脳を持つ科学者は、必死に状況を打開する術を探し出す。
「そうだわ!」
 そして、見つけ出した。絶望的なこの状況で、一筋の光のような希望を。
「待ちなさい! 艦長には、郁という奥さんがいるのよ!」
「はぁ!?」
 ぎょっとした顔をした郁が、わなわなと唇を震わせながら智子の方を見やった。智子は突き刺さる彼女の視線など気にせず、続ける。
「貴方の妻じゃないわ!」
「ちょ、ちょっと待った! 唐突すぎるけん! ついていけんばい!」
「艦長には奥さんがいるのよ! 郁がいるの!」
「まだ言うかっ!」

 ――結局、あやこと雲霞は破談となった。
 郁がいるから……というのもあったが、何よりも、雲霞がまだ子供であり未成年だったからだ。
 詫びに来た彼の両親との話を終えたあやこと郁は、ふらふらとした足取りで艦内へと戻ってくる。
 二人が口を開き、言葉を吐き出したのはほぼ同時だった。
「誰が出戻りよ!」「誰が奥さんよ!」
 傷心した二人は智子に外交団の仲裁を丸投げし、寝込んでしまう。智子は珍しく素直に彼女達に従い、口を噤んだ。
 何せ、乙女の心についた傷の深さなど、天才少女鍵屋・智子であろうと計り知れなかったからだ。