コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


インチキの代償

「韋駄天術を施せば船の馬力は億倍よ! 」
 そう言って入ってきたのは、白王社、月刊アトラス編集部編集長、碇麗香だった。
 彼女の韋駄天術は、デタラメで、効果も偶然起きているものだが、何故か一定の効果があることを、知っている郁の推薦で、司令部から、艦に招待されたのだ。正直でたらめだろうが、なんだろうが、一定の効果があればそれでいい。というのが、司令部の考えなのだろうと、ぼんやり、郁は思っていた。
 郁が、術を使うための部屋を碇に提供すると、古今東西の護符やらを部屋中に貼り、蝋燭や護摩が焚かれ、骨付き肉とワインの供物をおいた、 祭壇まで助手の少年によって作られ、あっという間に胡散臭い祈りの部屋が完成した。低い読経、まじないを熱心に披露している碇。

 一方、機関室。
 機関士たちが碇の術を馬鹿にしては大笑いしていた。
「あんな呪いで、艦が早くなりゃ、俺たちはいらねえよなぁ」
「違いねぇ」
そのうち、一人の機関士がふと気がついた。
「メーターの数値がいつもより高くねぇ?」
「ん?」
「まさか。そんな冗談いらねぇよ」
 機関士達がメーターを覗き込む。
 確かに少しだが、いつもよりメーターの数値が高い。つまり、艦のスピードが上がっているのだ。
「……マジかよ」
「でも、メーターが嘘をつくとも思えねぇ」
 機関室が、驚きで満たされた頃、祈りの部屋では、都が見守る中、助手を顎で使い、叱責しながら術を施していた。
 艦は徐々にではあるが、加速している。
 しかし、郁には、その少年が不憫でならなかった。こんな多少しか効かない呪いのために、叱責され、顎で使われて……
「ねえ?」
「はっ、はい」
 艦中に護符を貼ったせいか、肩で息をし、疲弊しながらも、まだ頑張ろうとしている少年を見かねて、郁は声をかけた。
「ここをこうしてみたら?」
「でもそれじゃあ、麗香さんの指示と……」
「大丈夫よ。碇さんなら、集中してるみたいだし、大して気にしないわ」
「わかりました。やってみます」
 ぺこりと頭を下げ、少年は、護符を郁が言うとおりに書き直し、制御卓に貼り付けた。
 その途端、、艦が猛加速した。窓から、外を見れば、恐竜が見える。現代からジュラ紀まで、一瞬で移動してしまったのだ。
「凄い!やっぱり、術は本物だったんだ」
 と、喝采を浴び、気分が良くなったのか、調子に乗る碇と、体が蛍のようにぼんやりと明滅する助手。郁だけが、助手の異変に気がつき、碇に伝えるが、碇は聞く耳を持たない。

 そうこうしている間に、艦はビックバンまで時代を遡っていた。艦の真後ろには猛烈な爆炎が上がる。明滅の感覚が短くなる助手を心配して、碇にもう一度、助手の異変を伝えようとする郁の前にいたのは、幼児化した、碇の姿。郁が驚きのあまり何も言えずにいると、
「にゃんにゃのかしら?邪魔しないでちょうらい?」
 ろれつが回らず、口調まで幼児化している。しかし、本人は気がついていないようだった。とりあえず、助手のところに戻らないと。そう思い、祈りの部屋を出ると……
「父さん?母さん?」
 そこにいたのはもうこの世にはいないはずの、郁の父と母。しかも、見覚えのある、いや、幼い頃、実家で使っていたこたつに入って、まったりしている。あの当時と変わらない、こたつの上にはみかんの入った籠が置かれている。
「おぉ、郁じゃないか。早くこっちに来てあたりなさい。暖かいぞ」
「そうよ。やっぱり、寒くなってきたらこたつでみかんね。ほら、早く。あなたのお気に入りの席は開けてあるのよ?」
 足が、両親の方へと、一歩動くが、そこで思いとどまる。二人とも、もうこの世にはいない。わかっていることなのだ。これは、郁の願望がみせる幻か、妄想が具現化したものでしかない。
「今はそれどころじゃないわ。どいて」
 首を振り、頭から妄想も、願望もかき消すと、父と母の姿は陽炎のように消えた。
「やっぱり……」
 ここは、思いが、現実化する世界なのだ。踵を返し、碇のところに戻ろうとすると、少年が、倒れていた。精根尽き果てたのか、瀕死状態になっている。
 郁は碇の頬を張り飛ばし、
「貴方のインチキは全部、助手の彼が頑張ったおかげよ!そんなことにも今まで気がつかなかったの!?」
 そう言うと、幼児化していた碇が元の姿に戻り、助手のところに駆け寄る。
「今までごめんなさい。私の力じゃないことはうすうす感づいていた。でも、認めたくなかったの。本当にごめんなさい。私には貴方が必要なの!!」
 碇の涙が少年の頬にあたると、少年の瞳が虚ろに開き、か細い声で呟くように言うと、再び瞳が閉じられた。
「みんなで願えば帰れるよ……」
 それを聞いた、郁は碇に少年を任せ、艦内放送を使い、館内にいる全員に伝達。
「元いた所に帰りたいと、強く願って!そうしないと、このままビックバンに飲み込まれて全員おしまいよ!!」
 後半は脅しだったが、その位、この世界にいるのは危ないと郁は思っていた。
 艦内放送を聴きながら、少年が、ゆっくりと手を伸ばし、碇の手を取る。
「碇さんも……」
 手を握り返し、頷くと、碇も願い始めた。

 全員の願いにより、途中まで順調に加速していた艦が急に故障して、動かなくなった。郁は艦内放送で怒鳴り散らした。
「誰!?信じて!ちゃんと全員が信じれば帰れるわ!!」
 その声が艦内に響くと、艦は再び動き始めた。安堵の溜息をつくと、今までの疲れがどっときたのか、その場に倒れこむように郁は眠りについた。

「彼がいないわ!」
 その叫びにも似た声で、目が覚めると涙をこぼす碇がそこにいた。辺りを見回し、窓から見えるいつもの景色に、
「無事に帰って来れたのね」
 安堵したようにそういう郁に、
「彼にも、貴方にも迷惑をかけてゴメンね」
 泣きながら謝る碇。郁は、少し考え
「彼は旅立ったの。何処かで逢えるわ」
 そう言って碇を優しく抱きしめた。
 耐え切れなくなったかのように、碇の謝罪の言葉と嗚咽だけが部屋に響いていた。


FIN