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<東京怪談ノベル(シングル)>


しっぺ返し




「……これは酷い……」

 郁は眼前に広がった光景を見て、心の底から現状をそう評した。



 調査船・柘号。
 阿蘇火口を調査、観測中に突然の通信が入った。

『今から無礼講だ』

 まったくもって理解し難い言葉を残して、墜落していったのだそうだ。



 異常事態と言うべきか、この船内の状況を調査するように命じられた郁は柘号に早速接近し、その中の惨状を目の当たりにしたのだ。

「……乱痴気騒ぎの氷漬けだわ」

 目の前には脱いだ衣服が散乱し、その周囲には幾つもの凍死体が散乱している。
 その痕跡から見て、恐らく『冷凍弾』を起爆させただろう事が窺える。

 郁はこの惨状に辟易としながら、この馬鹿騒ぎに軽い目眩を覚えた。ふらり、と崩れかけ、傾いだ身体をなんとか立て直そうと、真横にあった氷塊に触れてしまう。

「――――あ……」







 鍵屋智子は眼前の様子を冷静に判断しようと試みていた。

 工作室へと訪れた智子の眼前で、「なりきり艦長席」という郁がこっそり作った道具を使って皆が遊んでいるのだ。

「ぜんそーく、ぜんしーん!」
「殺っておしまい!」
「郁、超ウケる」

 艦長を茶化しながら、声マネをした郁達と乗務員達。まさに悪乗りだろう。
 「なりきり艦長席」にはしっかりと操縦桿まで用意され、艦長気分を味わえるという無駄に拘りを見せた逸品だ。
 そんな玩具をわざわざ作り、郁までもが一緒になって艦長に対して日頃の鬱憤をぶつける様に悪乗りしている光景。

「貴女性格悪いわよ」

 思わず呟いてしまう智子であった。

 しかし、この悪乗りだけならば智子も呆れ、その後の収拾を待てば良いだけだっただろう。船内の廊下に飛び出し、怒ったり踊り出したりと、突然狂い出す者達の姿が、智子の視界に映っていた。

 智子はこのただの大騒ぎを逸脱した状態に、一人の船員の肌に触れ、体温を調べる。

「……高熱……、感染症……?」

 ただの大騒ぎから一転、何かが暗躍している可能性がある。
 そう判断した智子は、工作室から他の部屋を見て回りつつ、医務室へと向かって歩調を早め、急いだ。



「……これと似ているわね」

 医務室。
 智子は現在の搭乗員達の症状を過去の症例に照らし合わせ、当たりをつける。

 しかし、船内にある可能性を考えて菌の存在を確認しようと調べてみるが、どうにも検出出来ない。
 どうなっているんだ、と訝しむ智子であったが、モニターのグラフは“激しく動いているだけ”だ。

 この状況に違和を感じた智子は、閃いた。

「……もしや私も、既に感染した菌に騙されてるんじゃ……?」

 それは、測定値は幻影かもしれないという一つの発想の転換。
 早速智子は、先程見かけた無事と思しき唯一の存在、艦長に測定を頼んむべく、踵を返して医務室を飛び出した。













 一方、智子がそんな状況に陥っているなど、露知らず、機関室では狂った機関士が鼻歌混じりに船のエンジンを分解していた。取り外した基板を並べて、さながら花札の様に遊び始めている。

「ねーねー! こっちこっち!」

 そこへ、鬱憤に任せて悪乗りをしていた郁が現れた。
 郁によって機関士は腕を引っ張られ、「なりきり艦長席」の前へと連れられて行く。もちろん、自分が頑張って外した基板は手放さず、しっかりと胸に抱きかかえている。

「じゃーん! ウケるでしょ♪」
「お、おぉ!」

 連れられてきた「なりきり艦長席」の前で、機関士は早速嬉しそうにその席へと腰を落とし込んだ。

「……フフフ、フハハハハ! 今日から俺がこの船の王となる! 大事な臣民には我がこれをくれてやろう!」
「ははーッ!」

 悪乗りもここまで来ればたいした物である。
 何故か突然の即位を宣言した機関士が、自分が大事そうに抱えていた基板を近くにいた郁や他の搭乗員に配り始めたのだ。

 恭しく受け取る搭乗員に対し、鷹揚に頷く機関士。

 理解し難い光景が眼前で繰り広げられているにも関わらず、この状況に冷静にツッコミを入れられる者も、収拾をつけられる者もいたりはしない。
 先程までからかわれていたはずの艦長の姿も、すでにここにはなかった。






「お、王様!」

 機関士王の玉座――「なりきり艦長席」――の前へと慌てて飛び込んできた一人の搭乗員が跪く。
 すでにこの場所は王宮を築き上げ、搭乗員を侍らせている。
 
「か、火山弾が船に接近中です!」

「「「な、なんだってー!!?」」」

 声を合わせてハイタッチする彼らに加え、郁が楽しげにキャッキャと手を叩いた。

「……ぐ……。バ、バカな事やってんじゃないわよ……」
「何奴だ!」

 そこへ飛び込んできたのは、額から血を流して倒れそうな身体をなんとか奮い立たせている智子だ。彼女を包囲するように、臣下もどきが駆け寄る。

「良い、離れよ」
「ははッ!」

 郁が智子へと歩み寄る。

「余は郁姫なるぞ。何用か?」
「……いつまでこんなバカ騒ぎしてるの……。早く、船を直して対策を……」

 そう言い残し、ドサッと倒れ込んだ智子。

 艦長を利用して館内の細菌に気付いた智子は、急いでそのワクチンを精製し始めた。しかし、無事かと思われた艦長もすでに細菌に侵され、突如智子を妨害したのだ。

 妨害を企てた艦長はと言えば、何を考えたのかかっぽれ踊りに興じている始末だが。

 ともあれ、郁は呟いた。

「お安い御用ぢゃ♪」

 そう返事をするなり、機関士王を蹴り飛ばし、「なりきり艦長席」に着地した郁が声をあげる。

「私が艦長代理よ! 総員、ただちにエンジンを修理せよ!」
「「「イエス、マム!」」」

 狂っていた搭乗員達も、ごっこ遊びの延長線上でならば指示を聞くようだ。
 蹴り飛ばされた機関士王も、慌ててその修理に参加する。

 火山弾の迎撃は、艦長の声紋認証でロックを解除しなければ迎撃出来ない。ならば回避行動を取るしかない。
 エンジンが直り、動き出すとほぼ同時に、智子が仕掛けたワクチンが艦内に散布された――――。












「……えとえと……発進です……?」
「野郎共! 艦長代理様のご命令だ! 発進!」
「ひぃッ!」

 再び静寂を取り戻し、通常運転に戻った艦内。
 郁は、「なりきり艦長席」から引きずり下ろされ、現在は本物の艦長席に腰を降ろし、涙目になりながら身体を強張らせた。

 罰として艦長に代理就任を命じられたのだ。

「あんなモン作って、やってみたかったんだろ? ん? 命全員分預けてやるから、しっかりやれよ?」

 脅しにも近い言葉をかけられ、郁は絶句するのであった。
 何はともあれ、事態は収拾したと言える。






FIN