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<東京怪談ノベル(シングル)>


●サマーナイト・キス
「待ちなさい!」
 エヴァ・ペルマネントの一瞬の隙を突き、イアル・ミラールは嫌悪極まる閉鎖空間──風呂場から飛び出していった。
「がぅううううっ!」
「唸っても駄目! 今日と言う今日は、入ってもらうんだから!」


 二人の出会いは、数ヶ月前になる。
 古びた洋館に住み着いた魔女を倒しに来たエヴァと魔女の呪いに囚われ心を野生化されたイアル。
 呪い解除の力を持たないエヴァは、イアルを不憫に思い隠れ家に連れてきたのであった──


 ──が、イアルの世話は想像以上に大変だった。
 魔女の館で半年以上囚われている間に身も心も野生化したイアルは激しく入浴を嫌い、入浴の度に大騒ぎである。
 だからと言って風呂に入れなければ、この連日の真夏日である。
 あっという間にイアルは悪臭の塊だ。

「もう逃げられないわよ」
 ようやく捕まえたイアルの体をしっかり抱きかかえ風呂場に向かうエヴァが、横目で部屋の惨状を見て溜息を吐く。

 エヴァは、閉鎖され費用面から解体される事もなく放置された高級ホテルに改造を施し、隠れ家として使用していた。
 洗練された調度品に彩られ落ち着いた雰囲気をかもし出す、道一本隔てた繁華街とは一線を画したものであったが、今は遠い昔の話である。
 イアルが齧りボロボロになったソファーや壁は、無残な状況である。
「野良犬を拾った人って、きっとこんな感じなのかしらね?」


 だがエヴァとて、単にイアルの世話し続けているわけではなかった──
 イアルをエヴァは番犬代わりに何度か魔物退治に同行させていたが、その際、ある法則を発見したのだった。
 それは、魔物と戦えば戦うだけイアルの呪いが、消耗されるのであった。
 以降、魔物退治に必ずイアルが同行するようになった。


 ボールで遊ぶイアルを横目に次の魔物(都心に住み着いた雪女郎)の情報を確認するエヴァ。
 夜になって涼しくなった頃を見計らい少女らを言葉巧みに路地裏へ誘い込んでは、口から吹雪を吹いて少女達を氷漬けや氷像に変え、生気を吸い取って生き長らえているという話である。

 確かに都心の繁華街ならば24時間エアコンが効いた涼しいビルがあり、餌になりそうな家出娘の数も多い。
 頭の良い魔物にも思えたが、季節はずれの雪女郎に何が出来るのだろう──
(イアルを同行させるには、丁度かしらね……)

(あれ、何の音?)
 水音に慌てて見るとトイレに間に合わず粗相をしているイアルと目が会った。
 どうやら今夜はイアルともう一戦しなくてはいけないようだ。
 大きな溜息を吐くエヴァだった。



 深夜というのに大勢の人が行きかう繁華街に降り立ったイアルとエヴァ。
「イアル、出番よ」
 エヴァに声を掛けられたイアルは、地面についた僅かな妖気を嗅ぎ取ろうと四つん這いになった。
 通行人がその姿に一瞬ぎょっとするが、無許可の撮影か何かだろうとすぐに興味を失って通り過ぎていく。
 やがて臭いを嗅いでいたイアルの表情が変わった。
 どうやら雪女郎を見つけたようである。
 走り出すイアルの後ろをついていくエヴァに関心を寄せるものは、誰もいなかった。


 ──闇を裂く一閃が煌き、少女を包もうとしていた氷がバラバラになった。
「お楽しみ中、悪いけど。ユーが、噂の雪女郎?」
「そうだったらどうした!」
 食事を邪魔された雪女郎が、息を吐く。吐息が吹雪となってイアルたちを襲う。
 ぱっと避けた二人がいた場所が、一瞬で氷つき大きな氷柱が出来上がった。

 イアルが雪女郎の注意を惹きつける隙に間合いに入ったエヴァが、雪女郎目掛けて剣を振り下ろす。
「くっ!」
 苦し紛れの一撃を放つ雪女郎。
 エヴァが避けた吹雪が、頭上の看板を凍らせた。
「あはっ♪ ユーは楽しませてくれるわね」
 蝶のように舞うエヴァの剣を躱す一方の雪女郎。

「貰った!」
 止めを刺すべく踏み込んだエヴァ。

 ズルっ──
 (え…?)
 ──エヴァの踏み込んだ足が、氷で滑った。

(逃げふりをして地面を凍らせていた?)
 雪女郎がにやりと笑ったのが見えた。
(駄目。避けられない)


 ドン!

 エヴァを激しく突き飛ばした者がいた。
 イアルだった。


 次の瞬間、エヴァがいた場所に大きな雪煙が覆い、
 そして煙が晴れると1つの氷柱が現れた。
「あ──」
 それはエヴァの身代わりに氷柱と化したイアルであった。


「あははっ♪ お仲間があんたの代わりに凍ったみたいだね」
 ぺたんと座り込んだままでいるエヴァの顎を掴む雪女郎。
「仲間が凍って、恐ろしくなって戦えなくなったのかい?」
「戦えない……」
 雪女郎の喉をエヴァの剣が貫いていた。
「誰が戦えないですって? 馬鹿にしないでよ」
 そのまま力を入れ雪女郎の首を跳ねるイアル。


 雪女郎の体は死と共に溶けてなくなったが、イアルが閉じ込められた氷柱は溶けなかった。
 こつんと、氷柱に額を付けるエヴァ。
 イアルの呪いが解けたら話したい事が色々あった。


 神様に祈った所で何もならない事を自分が一番よく知っている。
 でも、もし神様がいたなら──白雪姫もオーロラ姫も、王子様のキスで目が覚めた。


「わたしたち、友達になれたのかな?」
 静かに氷柱のイアルに口づけをするエヴァ。




 ──突然、氷柱が激しい光に包まれ、思わず目を庇うエヴァ。





 光が治まった時、氷は消え去り──イアルだけが立っていた。


「イアル!」
 抱きつく少女に目をパチパチさせるイアル。
「あ、あの……あなたは?」
「喋れるの? ああ、魔女の呪いも解けたのね。良かった!」
「魔女の呪い……?」

 段々と記憶が鮮明になるイアル。

「あなたが、私を助けてくれたの?」
「ええ、そうよ。魔女を倒すついでだったけど覚えていない?」
 魔女の館で少女達に取り押さえられた後の記憶は、靄が掛かったようなあいまいであった。
 よく覚えていないと言うイアルに、それだけ呪いが深かったのだろうとエヴァは言った。
「ごめんなさい」
「気にしないでいいわよ」
「でもお礼を言わせて……えっと……」
「わたしはエヴァ・ペルマネント。よろしくね、イアル」
「エヴァ、こちらこそよろしく」

 握手をするイアルとエヴァ。

「エヴァには、色々迷惑を掛けたみたいで申し訳ないわ」
 本当に大変だったと笑うエヴァ。
「イアルはお風呂入らないし、犬みたいにあっちこっちに粗相をするし」
「え? う、うそっ!!」
 エヴァの言葉に耳を疑うイアル。
「ウソじゃないわよ。仕方ないからイアルが今しているオムツもわたしが付けてあげたんだからね」
「お、オムツ?!」
 真っ赤になるイアル。
 言われて見れば見慣れぬ服に……声にならない悲鳴を上げるイアル。
「まあ、そういう訳で感謝してよね」
 硬直しているイアルに微笑むエヴァだった──。




<了>




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7523 / イアル・ミラール / 女 / 20 / 裸足の王女】
【NPCA017 / エヴァ・ペルマネント / 女 / 不明 / 虚無の境界製・最新型霊鬼兵】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 その後が気になっていたので、今回ご依頼いただけてとても嬉しく思います。
 野良犬扱いでは少々気の毒な気がしましたのでイアルは赤ちゃん扱いとなりオムツとなりましたが、
 楽しんでいただければ幸いです。