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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


因果応報

 仰々しい衣装を身にまとい、いかつい表情をしたマカ帝国の使節団が旗艦にやってきていた。
 妖精王国で疫病が発生し、一刻の猶予もない状況にまで追い詰められている。その妖精王国を唯一救う術として、科学水準の高いマカ帝国の試薬がどうしても必要なのだ。
 彼らの尊大な態度で調印する姿を見ていたあやこは、焦りと苛立ちが入り混じっていた。
「何なのよ、この面倒くさい儀式は……」
 歯噛みするあやこに、傍に立っていた郁はただ苦笑するばかりだ。
 郁にしても、長ったらしく続くこの儀式にうんざりしている。だが、この儀式が終わらなければ試薬が手に入らないのだから仕方がない。
「マカ民族は何より名誉を重んじる民族ですからねぇ……」
 痺れを切らしたようにあやこがため息を吐くと、すぐ傍に立っていた使節団の一人が声を掛けてきた。
「もう少しの辛抱です。耐え忍ぶことは美徳ですよ」
 得意げにそう言う使節団の人間に、あやこは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
 その国それぞれのやり方があるのは分かっているつもりだ。だが、どうにも苛立って仕方がない。
「では、我々の持つ疫病の試薬を受領する」
 国王がそう言うと、あやこは待っていましたとばかりに彼の前に立った。
 国王の手に握られている細長いガラスの筒に入った試薬。中で揺れる液体が妖精王国を救う大切な物となる。
 あやこはそれを丁重に受け取り、ホッと安堵の色を浮かべた。
「ありがとうございます」
 恭しく頭を垂れるあやこの背後で一連の流れを見届けようとしていた郁は、ふと何か気配を感じ背後を振り返った。その瞬間、彼女は後ろから羽交い絞めにされた。
「ちょっ!? 何すんのよ!!」
 郁に奇襲を掛けたのは国王の護衛官たちだ。
 錯乱する郁の声に背後を振り返ったあやこは驚愕に目を見開く。
「綾鷹!?」
 そうしている間にも、郁は自分に襲い来る護衛官たちに果敢に立ち向かっていた。
 鮮やかにその身を翻して、あっという間に彼らをねじ伏せてしまう。
「何してるの! こんなこと……」
 大切な試薬を前に事を荒立てたくないあやこは、狼狽して郁を見た。
 郁はそんなあやこに毅然とした態度で向き直ると、ハッキリとした口調で話し出す。
「ここで謝ると不利ですよ!」
 厳しい目つきで忠告をしてくるあやこの背後で、マカ国王は不適にほくそえみながらおもむろに拍手を送った。
「いや、実に見事だ。女が士官だと聞いて、少し腕試しをしたくてね。挑ませてもらった」
 あやこが驚いたように国王を振り返ると国王は満足そうに郁を見やる。すると護衛官が頷き、郁を振り返った。
「あなたに試合を申し込む」
 挑戦的な態度に、郁は堂々と受けて立った。
 マカ国王、そしてあやこと護衛官と郁は訓練室へと移動し、試合することとなった。
 訓練室で現れたのは虚像の兵士達。郁はそんな兵士達を簡単に倒すと、護衛官との対立となった。
 さすがに日頃から鍛錬を積んでいるだけ合って、護衛官は手強い。だが、郁も護衛官の攻撃を悉くかわしほぼ互角の戦いが続いていた。
 そして郁が護衛官を見事にねじ伏せると一連の流れを見届けていた国王は感心したように微笑み、おもむろに拍手を送り手を差し伸べた。
「素晴らしい。君の強さは本物だ」
 満足そうにほくそえむ国王に、郁は差し出された手を握り返した。その瞬間、ぐいっと国王側に引き寄せられる。
 虚を突かれてよろめいた郁は、すぐに国王の小脇に抱えられてしまう。
「では私は失礼する」
「綾鷹!!」
 白々しくほくそえむ国王に、あやこはなす術もなく彼女達を見送る事しか出来なかった。


 その後、あやこは智子と共に作戦室へと向かった。
 受け取った試薬の培養を試みて、疫病にかかった者全員に薬が渡るようにするはずだったが、ある誤算が生まれたのだ。
「騙されたわ。試薬の培養は無理よ。生の免疫がたくさん要るわ」
 悔しげに呟く智子に、あやこはギリッと奥歯をかみ鳴らす。
「畜生……」
 あやこはモニターに向かい、マカ帝国の国王への通信を試みた。
 帝国の流儀では国王に直訴する他無い。
 郁を奪われ、試薬の培養も不可。あまりにも酷すぎる。
 通信は事の他すんなりと繋がった。
 あやこはドン! とテーブルを強く叩きつけ、モニター越しに国王を睨みつける。
「綾鷹を還せっ!」
 手にしていた銃で威嚇射撃するが、相手の反応はまるでない。
『悪いがそれはできん。彼女は私が娶ることにした』
 飄々とそう言ってのける国王に驚いたのはあやこだけではない。国王の傍にいた正妻も同様だ。
『何を言っているの?! あの子を娶るですって?』
 目くじらを立てて怒り狂う正妻の怒りの矛先は、国王ではなく郁に向けられた。
『それならば、私はあなたに死闘を申し込むわ!』
 一方的に話を完結し、国王は通信を切ってしまう。
 何も出来ないまま真っ暗になったモニターを前に、あやこはただ悔しげにきつく拳を握り締める。
「これより旗艦は臨戦態勢に入る。これはマカ帝国に対する宣戦布告よ」
 あやこはモニターを睨みつけ、喉の奥から押し出すような低い声でそう口を開いた。


 医療室では、智子が再び培養に挑戦してみるもやはり上手くいかないと肩を落とす。
 あやこは堪らず傍の壁を強く叩いた。
「免疫の件がなければ戦うのに!」
 怒りを露にするあやこに、試薬を前に座っていた智子がくるりと向きを変えてこちらを振り返る。
「悠長ね」
 静かにそう呟いた智子は、その場に立ち上がるとあやこの頬を容赦なく思い切り引っ叩いた。
 驚いたあやこが智子を見ると、彼女はこちらを睨みつけ諭すように口を開いた。
「そうしている間に、何人死んでると思うの?」
 逆上せ上がっていたあやこは、ようやく冷静さを取り戻し現実を見つめた。
「もう一度国王にアクセスしてみるわ」
 そう言ってその場を後にしたあやこを見送り、智子もまたおもむろに医療室を後にした。
 医療室を出た智子が向かったのは、モニターの前だった。彼女がアクセスを試みたのは、略奪された郁だ。
「単刀直入に聞くわ。あの国王、あなたのタイプでしょう」
 智子がそう訊ねると郁は視界をさまよわせ、一度考えてから小さく頷く。
『うん……。って、何を言わすの? もしかしてこのまま国王に娶られろとでも言うわけ? 酷いよ。友人でしょう?』
 ムッとした顔で睨みつけてくる郁に、智子は小さく笑った。
「そんなこと言ってないわ。タイプだって思うのは、あなたが健康な女性として当然の反応よ」
『またそんなこと言って……』
「とりあえず、国王の正妻との死闘で一つ作戦があるの。聞いてちょうだい」


「あなたは国王を寝取るつもりでいるでしょう!」
 その晩。郁の元を突如訊ねてきた正妻が、彼女の顔を見るなり目くじらを立てて威嚇してきた。
 正妻のその言葉に驚いた郁は、心外だと言わんばかりに首を横に振る。
「違うわ。免疫のためよ。誰が国王なんかと!」
 そう反論した郁だったが、正妻はまるで聞き入れようとはしなかった。
「馬鹿にするな! 明日絶対に殺す!」
 荒々しく怒鳴り散らし、正妻はくるりと踵を返すとその場を後にした。
「何なの、あれ……」
 呆れたように郁が呟いた言葉は、ただ空しく空気に溶けて消えていく。
 その頃、再び国王にアクセスを試みようとモニターの前に立ったあやこは、ふいに暗い画面から聞こえてきた声に気が付いた。
『女は可愛い生物だが、金以外に興味は無い』
 そう呟いているのは国王の声だった。その言葉に思わずギョッとする。
 あやこはすぐにモニターに向かい、声を上げた。
「なるほど。遺産目当てね。どう転んでもあなたには損は無いもの」
『なっ?!』
 あやこの言葉に、いつの間にかモニターが繋がっていた事に国王は驚愕する。そして画面に映し出されたあやこに知られてしまった以上、嘘をついても仕方がない。
 彼女の指摘に、国王は静かに頷くのだった。


 翌日。
 郁は決闘の間にいた。
 決闘の間には女性専用の武器が並んでいた。電流ロープのリングと毒入りの棘付きの小手。
 郁はそれらを手に、正妻の前に立ちはだかった。そして二人は互いに目線が合うと、どちらからともなく地面を蹴り攻撃を開始した。
 土煙を上げて、ほぼ互角に渡り合う二人。どちらかが倒れるまで続けられるその戦いは目覚しいものがある。
 やがて二人は互いに止めを刺し、相打ちの末その場にくず折れた。
「綾鷹!」
 激闘の末、相撃ちとなってくず折れた郁は棺に入れられていた。
 あやこは泣き崩れるも、これは全て演技でしかない。
 さめざめと泣きながら棺を運び出すあやこは、正妻の棺も共に運び出した。そして二人の棺は医療室へと運ばれていくと、待機していた智子が早速作業を開始した。
 死んでしまった郁と正妻のクローンを、突貫作業で培養し始めたのだ。
 そしてほどなく、二人は蘇生しあやこと共に国王の前に立ちはだかると彼は驚愕に目を見開いた。そして取り乱したように叫ぶ。
「これは詐欺だ!!」
 そう叫んだ国王の前に、智子はヒラリと一枚の紙を取り出した。
「ほら。正真正銘の死亡届よ。二人は確かに死んだ。でも蘇ったの」
 得意げに国王を見る智子に、国王はただ愕然とするしかなくその場に膝を着く。
 全ての遺産を手に入れたはずだったのにと、ただ悲壮に顔をゆがめることしか出来ない。
「結婚解消ね。私は死んだから。次期国王は彼よ」
 正妻は決闘前夜に自分を慰めてくれた護衛に家督を譲ることを宣言すると、元国王は強がって声を上げる。
「名誉が、名誉さえあれば!」
 だが、そんな彼の前にあやこが立ちはだかった。
「あなたは一切を失ったのよ。いい加減、現実を見たらどう?」
 吐き捨てるようにそう呟き、嘲笑するのだった。